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32,墓穴を掘り続ける

 夜、海辺に花火を見に行く話がまとまり、仕込みをするという義父義母ふぼが厨房で仕事を始めた。シエルから「ちょっとあがって、休もう」と声がかかり、上の居住部分に案内される。

 上階にあがると、小さな台所と小ぶりな四人掛けのテーブルがあった。左右に部屋がある。


「奥が両親の寝室で、手前が物置兼客間。私が泊った時に寝る部屋でもあるのよ。今日はあの部屋で寝るわ。ちょっと片づけてくるから、待っててね」


 そう言うと、シエルは入り口側の小部屋に入って行った。


 私は一人、小さなテーブルにぽつんと残される。深呼吸を二度繰り返す。


 今朝方、カールとメルタ嬢と一緒に馬車で公爵家の屋敷へと赴いた時には考えられない事態に遭遇している。たとえ偽名であり、別人と称しても、シエル、いやシェスティンと一緒に出掛け、彼女の本当の両親と会い、夜も一緒に出掛ける約束をし、さらに、今晩彼女と一つ屋根の下……。


 私は、ぶんぶんと頭を振った。


 花束に手紙を添えて、挨拶して帰るだけと言っていたはずが、予想外の方向に進んでしまった。


(メルタ嬢、私はとんでもないところまで来てしまったよ)


 突撃どころではない。

 挨拶どころではない。

 

 天井を仰ぐ。


(しかも、偽名を使ってしまったがために、自演の恋敵を育てている私がいるよ)

 

 悲しくて、途方に暮れる。


「ごめんね、待たせちゃって……。どうしたの、ベン」

「いや、なんでも……」


 そう答えて、絶句する。


 シエルが束ねていた髪を降ろしていた。箸のような棒を一本さしていたはずの髪が、学園で見るようにきれいに放たれている。今さっきまで、まとめていたために、ゆるいウェーブもかかっている。


「どうしたの?」

「髪、さっきまでまとめていたから……」


 髪をおろすとまさに、シェスティンである。

 茶会や夜会で隣にいる時には、しない緊張に襲われる。私は、今日何度緊張し、戸惑っていることだろう。ちょっと環境がかわっただけで、まともな対応ができないなんて……。なんて、不甲斐ないんだろう。


「うん。まとめていた方がいい」


 いいか、どうか、言われても。いや、流していても、まとめていても……、いや、どちらかと言えば。


「……流している方が、可愛いかな」


 ああ、言ってしまった。言ってしまったが。これも、ベンが言ったことになるのだ。恋敵を育成してどうするのだ。こんなところで、自演の恋敵に悩まされるなんて……、絶望の穴を自分で掘って、飛び込む気分だ。


 悲しい。


 シェスティンが私の前に座った。横顔が彼方を見つめている。

 

 ちらっと私を見て、また前を向いた。


「……ありがと」


 かわいいって言ってよかったのか。よかったのか……。

 今までなんで、もっと伝わるように言っておかなかったのか。ベンが言っても、意味がないじゃないか。恋敵ばかりが巨大化し、ベルンハルドがどんどん小さくなっていく。


 虚しい。


「ねえ、でっ……」

「なに?」


 これ以上、ベンとして、優しく接してもベルンハルドが不利になるだけなのに。もうこれ以上、ベルンハルドベンの株をあげたくない。あげないために、彼女にちょっとだけ冷たく接するか。素っ気なく接するか。

 そんな器用なことができるなら始めからできているだろう。出来ていたなら、こんな悩むこともなかった。そもそも、シェスティンに冷たくすることなんて……、出来ない。


 情けない。


「ベン、浴衣を着てみない」

「ゆかた、とは?」

「隣国の衣装よ。一般人が切る衣装だから、簡素なの。あんまり、見栄えはしないと思うわ。ほら、隣国の民族衣装である着物よりずっと、簡便な布一枚の衣装だから。でも、ベンが着るなら、一緒に着ようかなって……」


 横を向いたままのシェスティンが髪を耳にかける。

 首筋が見える。ほんのりと赤いような気がするのは気のせいか。

 シェスティンが、ゆかたという隣国の衣装を着てみたいという意思表示なのだろうか。


 シェスティンの視線が落ちて、息を吐く。下からくいっと視線が流れて私を捕らえた。その視線に、私は、どんと心臓が捕まれる。


「ごめんね。気にしないで、急にそんなことを言われても、困るよね」

「いいよ。シエルが着たいなら、一緒に着ようか」


 合意するしかできない、残念な私。恋敵を自己生成することをやめれない!!


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