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30/50

30、積み重ねて今がある

 シエルと二人きりで歩く。

 市場を抜け、メイン通りに向かって進む。

 彼女の両親が営む店に帰ってきた。がらりと入り口を開ける。


「ただいま、母さん、父さん」


 がらんとして、店内には誰もいない。


「シーグルおじさんも帰られたみたいね。父さんと母さん、ちゃんと休んでいたかな」


 シエルがカウンターに品を置いたので、私も同じように卵が入った麻袋を横にそっと置いた。重なっている卵が割れないように注意する。

 横に立つ彼女が私に顔を向けた。


「今日は夜遅いんだから、若いつもりで休まず働いてたら、どこかで倒れちゃうわよ。ねえ、そう思わない」


 同意を求められても、一般の人々の生活はよく分からず、困ってしまう。


「シエルの両親は、働き過ぎなのか。市民とはそういう生活をしているものなのかな」

「そうね。普通の市民はいっつも仕事しているわ」

「休みもなしに?」


 それでは身が持たないだろう。市民がそんなに仕事ばかりになってしまっているのは、なんだか申し訳ない。


「違う、違う。うちは平日に休むから、休日忙しい仕事ってだけよ。お休みが普通の人とずれているだけだからね。人が休む時に働き、人が働くときに休むのよ」

「休みなしに働いているわけではないのか」

「もちろんよ。一般市民が休みもなく、働いてばっかりと言うことじゃないから、安心して」

「へえ……。私も、まだまだ知らないことばかりだね」


 苦笑すると、シエルが笑む。シェスティンの時と違い、親し気に私を見る。

 これがベルンハルドではなく、ジムに向けられたものなのだと思うと少し胸苦しい。


「国が把握するような大きな数字上の経済と、市民が体感する経済には違いがあるわ。私たちは、仕事と家庭のバランスがとれていればいいのよ」

「そういうものなのか?」

「そういうものよ。家族と、住んでいる街がすべてだもの。そういう意味では、こうやってちゃんと生活が営める場があることが大事なの。活気があることは、本当にいいことなのよ」


 シェスティンが面白いのは、私の知らない目線で話をするからかもしれない。言葉にはしなくとも、彼女はいつも私とはまったく違う目線で世界を見つめている。

 

 隣国という異文化に慣れ、市民と貴族を往来する彼女だからこそ、いつも出会う貴族のご令嬢にない刺激がある。


「活気は大事なのか?」

「活気があるって、余裕があることなのよ。  

 一見、荒れているように見えたさっきの男の子たちだって、近いうちに、このままじゃいけないとどこかで働き始めるわ。誰かが、働き口を与えてくれるのよ。仕事してお金を得て、また変わるわ。余裕があって、おおらかだから、人に手を差し伸べられるのよ。余裕がないところでは、助け合う前に、奪い合うことになるもの」


「それは由々しいな」

「昔、ここがそういう場だったのよ」

「そんな時代、あったかな」

「あったんだけど、見向きはされてなかったのよ。丁度、隣国が争いを始めて、漁船が海に出ると、巻き込まれて、落とされちゃうの。それで一気に仕事が減ったのよ。船が無くなること、海へ出れないこと。色々重なっていたのよ」


「……歴史の授業ではあまり学ばないことだね」

「そうね。争いはほんの数年間だもの。そのあおりをくったのも、限られたこの地域だけ。見向きもされなくて当然よね。仕事を失う打撃に加えて、隣国から流れてくる人々もごった返して、人口密度も高くなり、衛生面も悪くなって病気も流行って、子どももたくさん死んだわ。水道も通わないため、水さえ手に入れられない時代よ。どれだけ大変だったか、想像にかたくないでしょ」


「もしかすると、その時期に、公爵がこちらに移り住んできたのだろうか」

「御名答。自領の廃棄するか、出荷できないか、間引いた食べ物を流して、少しづつ仕事と食料を増やしていったのよ」


 凛としたシェスティンの声が私の胸に響く。彼女は私の知らないことを教えてくれる。真っ直ぐに意見し、臆することもない。

 私にとって、得難い何かがそこにあり、そのすべてに触れたくなる。


「ベン。どうしたの? なにか、変」

「いいや。とても勉強になった。ありがとう」

「そう。ここに住んでいたら、誰でも知っていることよ」

「でも、私は、知らなかったよ」

 


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