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3、公爵家次女の背景

 私の母は公爵家の一人娘だった。

 現王の弟と婚約していたのに、使用人であった調理人と駆け落ちしてしまったらしいのだ。詳しいことは知らないけど、断片の情報を繋ぎ合わせると、そんな状況ということね。


 娘がいなくなったから婚約破棄になるかと思いきや、王家と公爵家との間でうまくまとめられ、周囲に対してあやふやなまま婚約解消となった。

 物語のような婚約破棄になる前に、大人がちゃんと手をうつ。それが現実ってものよ。


 母は駆け落ちではなく、体調が優れず、生涯治らない病に伏して、自領にひっこんだということになり、今も世間はそう信じている。

 

 駆け落ちした両親だが、こちらは仲睦まじく。じきに私が生まれた。またもや一人娘。


 生まれた時の私の名は、シェスティンではなかった。本当の名前はシエル。シエル・ノイマン、これが生まれた時に両親がくれた私の本当の名前だ。


 母と父がどこに逃げたか。

 どこかの遠くの村へ行ったのか。はたまた、自領の片隅に町へ流れたか。

 じつは全然違う。


 父と母は、王都の平民街で、小料理屋を開き、朝食から夕食まで市民のお腹を満たす店を開いていたのだ。

 

 遠くへ逃げたのかと思いきや、目と鼻の先。

 祖父母の屋敷から、私の足でも一時間で歩いてついてしまう。すぐそこ。


 家を出て、店にうつって、長年音信不通。ご令嬢育ちの母が、小料理屋の女将ですよ。家に帰らず、投げ出さず、よくやったわと褒めてあげたい。私もずっと母を普通の平民だと疑っていなかった。


 祖父母の捜査力に問題があったのか、はたまた、木を隠すなら森という常套手段が功を奏したのかは不明。


 私、シェスティンこと、シエルは、祖父母に見つかるまでの間、貴族令嬢の娘であることを一抹も感じずに育ってきた。


 そんな、私の元へ、祖父母が訪ねてきた日は忘れもしない。


 父と母の不穏な表情。

 堅物然とした祖父。

 目を潤ませ、私を見つめる祖母。


 実はすでに記憶は曖昧だ。何年も前の話だから、勘弁して。母の駆け落ち状況も、この時の話と、夜にこっそり来た両親の話からの推測でも、大方間違ってはいないと思うわ。


 その中でもひときわこれだけは覚えている。


 私は、父と母を見て、祖父と祖母の顔を見て、自ら宣言した。


『私、公爵家の次女になります』


 平民の童女が何を分かっていると言えば、なにも分かっていない。

 親の顔と祖父母の顔を見て、話しを断片的に理解して、雰囲気を察した私。

 祖父母の家の子どもになったら、うまくいく。大人たちの様子からそんな風に思いこんだのだ。


 父も母も、だんまり。祖父もだんまり。祖母はしゃべっていたけど。


『シエルの将来』という単語が頭上を飛び交っていたから、ああ、私が彼らを悩ませているんだと子ども心に悟ったのよ。


 かくして、私は祖父母の養女になった。表向きは、自領の血縁者から養子をもらったことになっているが、そこは貴族、私が母の娘であることは見抜かれている。


 病気の母が自領で内縁の夫でも得て、子どもが生まれたから、その子を養子にした。そのように勘繰られているくらい、私もとっくに分かっている。分かっていても、建前重視なので、誰も何も言わない。


 それからかれこれ、数年。私も公爵令嬢と認知された。


 身の振舞い方も慣れたとは思っているけど、やっぱりどこかで平民気質が抜けない気がして、学園では緊張気味。祖母の監視も厳しいから、屋敷のなかも緊張気味。


 ボロが出ないとも言えないのは背景がある。


 祖父母の家である、公爵家にずっと住んでいるかと言えば、そうではない。


 父母の家と祖父母の公爵家を行ったり来たりする生活をしている。

 私は、公爵令嬢シェスティン・エールソンと、小料理屋の看板娘シエル・ノイマンという二重生活をおくり、二つの顔を使い分けているのだ。


 正直、どっちかというと、平民の方があっている。明けすけで、裏表がない。軽口を叩けて、裏を配慮する必要もない。


 公爵家を継いでもいい。

 婿養子をもらうのもいい。

 領地に行き、そこに住む人々を見れば、領主としての仕事も興味はある。


 教育を受けたら、公の場から引っ込みたいと望んでいたのに……。


 なのに、祖父母が王太子の婚約者という縁談を持ち込んできた。青天の霹靂とはこのことだ。私は理解に苦しんで数年。


 じゃあ婚約者と仲がいいかと言われたら違う。社交辞令と、必要な会だけでの接触に限り、やっぱりそこは貴族や王族。私的な感情はなく、家同士の繋がり重視。


 そういうのもなんか受け付けない。

 今は平民の母も愛を選び、父と仲良く暮らしているんだもの。


 しっかり教育を受けて、領地を営みながらも、母みたいに仲のいい夫婦になりたい。


 王太子殿下となんて、きっと無理よ。

 いつも、互いによそよそしいの。王太子殿下も茶会や夜会に私を誘うのもぜんぶ事務的。お仕事の一環みたいにさっぱりしている。


 ほら、家同士だもの。そんなものでしょ。そこは貴族なのよ。


 しかし、この度、めでたく、どこかの小説をなぞるように、素敵な泥棒猫様が現れた。この吉報が、事態を好転させてくれるに違いない。


 婚約破棄など、絵空事は望まない。

 せめて、円満に。冤罪をかけられずに、婚約解消を成し遂げられたら、それでいい。


 本の読み過ぎだと笑うかもしれないけど、冤罪を未然に防ぐため、婚約者と泥棒猫様のなれ合いをノートに記しておくぐらいの周到さは必要よね。


 自分の身は自分で守らないと!

 本当は平民でしたってばれて、首が飛んじゃっても、困るじゃない。


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