26、暴漢を退ける
「あんたたち、その子から離れなさい!! こんな昼間の公道で、何をしているの!」
小娘に言い返されて、カチンときたとすぐに分かる表情を男たちが見せる。
男の一人が半歩出た。
シエルは一歩も引かず私の前に立っている。
脅されていることは分かる。弱い犬ほどよく吠えるとも言う。
「ああっ!!」
男の一人が声でシエルを威嚇した時、私は反射的に立ち上がっていた。彼女の肩に手をかけ、後方に下がらせ、前に出る。
私が何者であるかよりも、シエル、いや、シェスティンに、そもそも女性に威嚇など、見過ごすわけにはいかない。無礼なことをそのまま許すほど私も温くはない。
睨むと、男たちが一歩引いた。
男の一人が乱暴に拳をふりあげてきた。
私はとっさに重心を下げる。
大ぶりな拳の流れは、さっきまでの威嚇程度の効果しかない。
(動きが粗い。訓練はしていないか)
肩をいからせ、目につくものを脅すだけ。体術の経験もない。子どもが腕を振り回すに等しい。
(あまり好まない方法だが、この場合は仕方ない)
腕を振りすぎている男の、大きく空いた間合いに入りこむ。同時に、上半身を捻る。振り下ろされる拳を、伸ばした腕の手のひらで弾き飛ばした。もう片方の腕は脇を閉め、ひねった体の背後にて、手首を返す。指をわずかに曲げた、手のひらを、体の捻りを解きながら、前に突き出した。
男の胸に手のひらを押し出す。重く鈍い音とともに男が背後に飛ばされる。背後に立っていた二人の男を巻き込んで、男は更に後ろへと飛ばされた。
道の中央、ちょうど私が肉屋を見てへたれこんだ地点まで、三人の男が、私の突き一つで飛ばされ、転がり、呻く。
私は立ち、姿勢を正した。師の教えを尊び、礼を忘れてはならない。
直立し、軽く足を開く。拳を作り、胸元で合わせた。その姿勢のまま、二十度程度頭を垂れる。顔をあげた時、あたりは静まり返り、人々の視線が私に注がれていた。
(な、なぜ。なぜ、私を見ている!?)
男達をのしたことより、周りの反応に私は慌ててしまう。周囲の状況が呑み込めない。
男たちは立ちあがると、互いを支え合い、這う這うの体で逃げて行く。
「覚えていろよ!!」
一人が叫んだ。
(覚えていろ? 覚えていろと言われても。私は君たちの名前も知らないのだが……。なんと最後まで無理なことを言うのか)
ぐっと袖を引かれた。体が傾くと、シエルが私を覗き込んできた。
「大丈夫、ベン」
私の意識は蒼白となる。
今の私は、私ではなく私。
すなわち、私は私の株をあげてしまったのだ。
なんということだ。自分で自分の恋路を険しくしてどうする。
あわあわとする私を見て、シエルが憐れむ。
「ごめんね、怖かったのね」
ちっ、違う。
「でも、守ってくれてありがとう。本当は怖かったから……、ありがとうね。ベン」
はにかむようにシエルが笑う。
私としては、向けられたことのない笑顔。
私の脳天に幻の雷が落ちる。
「……いや、たいしたことじゃない。日々の訓練が功を奏しただけだ」
平静を装っていても、僅かに声が上ずる。
周囲からどこからともなく拍手が沸き起こる。
私とシエルを囲んで、歓声が飛ぶ。
「兄ちゃん、かっこよかったよ」
「えらかったわ」
「すげえよ、兄ちゃん」
「よくやった」
歓声と拍手に飲まれながらも、私の脳内に危険を知らせる鐘が鳴る。
私の恋敵、私に決定!