25,暴漢から助けられる
「大丈夫、ベン。びっくりした?」
「だっ、大丈夫だよ。ちょっと驚いただけ」
狩りはしているものの、狩った獲物の処理まで見たことがない私は、豚を捌く様に一気に血の気が引いた。大丈夫だと伝えたく笑うものの、口元が引きつる。
シエルが同じ目線までしゃがんで、背に触れる。
心配そうに覗き込む彼女に、私は心臓が飛び出そうなぐらい驚いた。
彼女の手がゆっくりと背を上下に動く。
体中がざわめいた。恥ずかしくなり、どうしていいか分からなくなる。
「脇でちょっと休もう。ほら私の肩にてをかけて」
「あっ、ありがとう」
「いいのよ。刺激が強かったのよね。ごめんなさい、気が付かなくて」
優しいシエルの声に、脳天から煙が出そうになり下を向いてしまう。彼女を見ないように、おぼつかない足で立った。
すでに気持ち悪さより、彼女の手と優しさにどうしていいか分からない戸惑いが大きくなる。
押されるままに前へと進む。座るように促されると、頭上から声がした。
「大丈夫か、そこの兄ちゃん」
「ここでちょっと休ませてもらえるかしら。肉を買ったら、卵を買う予定なの。四十個ほど欲しいけど、用意してもらえる」
「まいどあり。肉を買っている間に、用意しておくよ」
木箱が彼女から渡されたので、それを尻にしいた。
「待っててね。肉を買ってきたら、すぐに戻るから」
そう言うと、シエルは私から離れ、肉屋へと向かう。
(情けない)
情けないのは私なのだから、実際の私の評価とは関係がないはずなのに、私は頭を抱えた。
シエルが優しいのは私であって、私ではないのだ。彼女は、シエルとして普通に優しくしているだけだ。その優しさを受けているのは私とは別人と言える私。引っかかるのはそこだ。
彼女は私ではなく、私に優しいだけだ。とらえようによっては、彼女が浮気しているようにも、彼女が別の男に惹かれているようにも見えてしまう。
私として彼女から好意を得ても、真に喜ぶことができない。
彼女がただの善意で私に優しくしているだけだとしても、誤解しそうな私がいる。
目の前で、彼女が浮気しているように感じる私がいることが否定できない。でも、その浮気相手も、私自身。
婚約者も浮気相手も、私って、それはないだろう。いや、そもそも、私と彼女は初対面。ただ、荷物を持ってあげるだけ、買い物を手伝うだけなのだ。
そう思えば、浮気などと大事にとらえている私の器の小ささが際立つではないか。
そもそも、私が私にやきもちを焼いてどうするのだ。
では私として、彼女に冷たくできるかと。いや、できない。なんで私が彼女に冷たくしなくてはいけないのだ。
しかし、私として、優しくすればするほど、私としては面白くない。なんとも言い難い、この捻じれた気持ちは、なんなのだ。
もんもんとしていると影がおちた。
太陽が陰ったのかと顔をあげると、いかつい男たちが数人、立っていた。
目が合った。
睨まれる。
「ああっ」
「どけよ、邪魔だ」
「見慣れないやつだな」
見上げる私をじろじろ見てくる。変な男たちだと思うと、途端に私が座っていた木箱を蹴られた。
こんな急な暴力を受けたことがない私は呆気にとられる。
「じろじろ見んじゃねーよ」
いや、見ているのはそちらですよと言いたかったが、私はあまりのことに声が出なかった。
彼らもまた一般人なら、私が手を出して良い相手ではないのだ。
「だめ!」
その時、シエルが私の前に飛び込んできた。
「あんたたち、その子から離れなさい!! こんな昼間の公道で、何をしているの!」