24,暴漢に立ちふさがる
私の横で、ベンがへなへなと手をつないだまま、へたり込んだ。
ベンはベルンハルド。王太子殿下に、市民の台所を賄う肉屋は生々しすぎた。
「大丈夫、ベン。びっくりした?」
「だっ、大丈夫だよ。ちょっと驚いただけ」
ショックで軽く青ざめたベンが震えながら笑う。さすがの私も刺激が強すぎたのね、と気の毒になる。一緒にしゃがんで、彼の背を撫でた。
ショックだった顔がみるみる変な顔になる。気持ち悪くなりすぎて、吐きそうなんてないわよね。道の真ん中で吐く醜態を、殿下に晒させるわけにはいけないわ。
「脇でちょっと休もう。ほら私の肩にてをかけて」
「あっ、ありがとう」
「いいのよ。刺激が強かったのよね。ごめんなさい、気が付かなくて」
ベンがふっと顔を避けた。とても気持ちが悪いのね。
よろよろとベンは立ち上がる。肩に手をかけたまま、道の脇へ進む。肉屋の横だと生臭い。より気分が悪くなるかも。
私は、彼を真向かいにある卵屋のすぐ横に連れて行った。卵屋の横は、さらに細い道が続く。その角に、私はベンを座らせる。
「大丈夫か、そこの兄ちゃん」
卵屋の店主が話しかけてきた。
「ここでちょっと休ませてもらえるかしら。肉を買ったら、卵を買う予定なの。四十個ほど欲しいけど、用意してもらえる」
「まいどあり。肉を買っている間に、用意しておくよ」
卵を買うと言っておけば、脇で休んでいても悪い気はしないだろう。その証拠に、卵屋の店主が空の木箱を差し出してくれた。
ベンに座るように促すと、本当に素直に従う。
弱っているベンは、いつものスマートさのない素の若者になっていた。
(殿下ってこんなにも繊細な方だったのね。いつもの余所余所しさや、丁重な接し方は、もしかしたら、こういう気の弱さを隠すためだったのかも。だって、貴族社会だもの、弱さや、繊細さも含めた隙なんて誰にも見せれないはずよね。
特に素っ気ない婚約者になんて、信用が置けなくて、余所行きの顔で誤魔化すしかなかったのかもしれないわ。私、本当に、素っ気なかったものね)
殿下にも、殿下の大変さある。そんな当たり前のことに、今まで気づかなかった。
「待っててね。肉を買ってきたら、すぐに戻るから」
私はベンを置いて、肉屋に走った。父に頼まれた品を買い付ける。領収書ももらった。肉屋の親父さんに、礼を伝えた時だった。
背後から、バンと木が破裂するような音が響く。
何事かと振り向いた。
周囲の人達も一斉に音が鳴った方を向く。
そこには、数人の男たちに囲まれたベンが地べたに座り込んでいる。顔をあげて、呆気にとられていた。
地面に木片が散っている。さっきの音は、座っていた木箱が壊された音らしい。
「だめ!」
殿下が傷つけられてはいけない。怪我でもしたら大変なことになる。下手に身なりの良い服を着ていたから、お金を持っていると勘違いされたのかしら。
私はベンに向かって走っていた。
「あんたたち、その子から離れなさい!!」
ベンと男たちの間に滑り込む。
「こんな昼間の公道で、何をしているの!」
ベンを守るように私は踏ん張って立ちはだかった。
周囲で人がざわめき始める。この調子なら、すぐに自警団がやってくるだろう。
こいつらは、力を持て余している若い衆だ。それでも王族や貴族から見れば一般人。知らずに貴族や王族に手を出しても罪になる。彼らだけでなく、家族や親族も危ない。
なにより、殿下にここにいる人たちを嫌ってほしくない。
折角ここにいるのだから、殿下にも楽しんでもらいたい。