23,手を繋ぐ、血に驚く
私とシエルは海へ向かうメイン通りを背にして歩いている。飲食街は続き、左右に店が並ぶ。シエルの店と同じように布を下げている店もあった。
わが国にはない風習である。異国情緒漂う物珍しさに惹かれてしまう。
「よく店の入り口にかかっている布。シエルの店にもかかっているあれはなんなのだろう」
「暖簾よ。表に掲げていると店が開いていますってことなの。下げるとその店はもう終わったと分かるのよ」
「便利な合図だね」
料理屋が並ぶ道からさらに小道に曲がる。
人通りは減り、道に木箱などが無造作に置かれており、表の明るい道とは雰囲気が変わった。
余った布でひさしを作り、その下に、品物をばらばらと入れた箱をいくつも並べ、文字が書かれた木の板を刺している店が多い。売っているのは食材。魚、野菜、果物、肉など。種類も豊富だ。
面に並ぶ小奇麗な店とはまた違う雰囲気に、私はおののいてしまう。
迷子になりたくなくて、シエルの肩に手を添えた。
シエルの足が止まる。
「どうしたの」
「ご、ごめん」
「怖い?」
「いや、そういう、わけでは……」
誤魔化そうとしてもおどおどしてしまう私をシエルは射貫くように見つめてくる。
恥ずかしくて、更にもじもじしてしまった。
「いいよ。ここら辺、まだがら悪く見えるものね。ちょっと怖いよ。表は綺麗になったけど、表を支える裏側はこんなものよ。これでもまだましになっているらいの。昼間なら、女一人で買い出しに行けるぐらいなんだから、大丈夫。襲われることはめったにないわ」
「いや、襲われるとか、そういうのではなく」
強いて言うなら、雑多な雰囲気が慣れないのだ。
「逆におどおどしている方が狙われるから、しゃんとした方がいいよ。大丈夫って言っても、変なのは隅に潜んでいるものよ」
「変なのって……」
シエルが私の手を掴む。
「迷子になりたくなし、怖いなら、手を繋ごう」
「あっ、はい……」
無造作に掴まれた手を引っ張り彼女が歩み始める。引っ張られるように私はついてゆく。
母に手を引かれる子どものようだが、私は紛れもなく彼女と手を繋いでいた。
「昔は、もっと治安が悪かったのよ。飲食街もなかったし、産業も漁業ぐらいしかなかったうえに、隣国が争いを始めちゃって、海にもろくに出れなくなって、寂れていた時期があったのよ」
「大分、昔の話だね」
「そうね。私たちが生まれるずっと前よね。しかも、そこに隣国から逃れてきた人たちも混ざったら、仕事もない、喰うも困るで、散々だったでしょうね」
「そういう時代もあったな」
「その時期に、公爵家がこの地域の比較的安全な場所に屋敷を構えたのがきっかけだった。自領の不揃いだったり、間引いたあとの出荷しない作物を、安価で売ったのよ。それが市場に出回ると、一気に食料が回り始めた。食べることが叶うようになり、異国から来た人々が自国の料理を再現し、それを食べた人々が輪を囲むようになったのが、この飲食街の始まり。食べることで人が集まり、形成されてきた地域なのよ」
「シエルは、詳しいね」
「ここに住む人ならだれでも知っているわ。ここはまだ、公爵家が食材を安価で流していた当時の雰囲気を残しているのよ」
「まるで時をさかのぼるような小道だね」
店を切り盛りする者たち。
店の影で座り込んで遊ぶ幼児。血色は良く、笑顔も絶えない。
老人は家で糸車を回している。時々、こくりこくりと首が上下に動き、手が止まる。
店の裏側が住居で、人の営みが良く見えた。
子どもや老人、男たちの数のわりに女性が見当たらない。
「女性が少ないね」
「表の飲食街で給仕をしているのよ。女性の方がそういう仕事は向いているでしょ。
ついたわ、肉屋。あそこよ」
シエルが示す店へと目を向けた。
何頭もの豚の足が、それこそ、暖簾のようにぶら下がっている。腸詰の肉も、鎖のように連なり、引っかけられている。
その下で、今まさに、店主がどでかい鉈のような刃物を振り下ろし、豚を掻っ捌いている最中だった。
「……!!」
その光景に、私はへなへなと地面にへたり込んでしまった。