21、母と娘の秘密の会話
私、ことシエルは、ちらちらとベンを盗み見る。
ベルンハルドによく似たベンは大人しく料理を食べている。ベンがベルンハルド王太子殿下なら、シーグルおじさんは、あの王弟シーグル?
まさかと思いながら、私はどんぶりを厨房に下げた。
「シエル、お願い。麺が無くなるの、暖簾を下げてくれる」
「わかったわ」
私は暖簾を下げて、お勘定をお願いするお客さんの会計をすまし、どんぶりを母のもとへ下げた。
暖簾をさげたので、もうお客さんは入ってこない。一息ついたことを確認し、私は母に話しかけた。
「母さん」
「なあに」
「シーグルおじさんって、まさか……、王弟殿下ですか」
「そうよ」
私は絶句する。今まで、そんな素振りを見せたこともない。ただの騎士のおじさんだと思っていた。しかも、王弟殿下と言えば、母と婚約解消した相手である。そんな人が、父とも長年仲良くしていたということでもある。信じられない!
「なんで、なんで、なんで。母さん、王弟殿下と婚約解消したのよね」
「そうよ」
「なんで仲良しなの。父さんとも仲良しなの」
「あら、私たちずっと仲良しよ」
「そういう問題じゃないわ」
慌てる私にも、母はとても和やかな笑顔を向けてくる。なにも不思議がることはないと言いたげである。
「私たちは私たち三人で決めた取り決めがあるのよ。私は父さんが好きで、シーグルとは友達だったのよ。もちろん、父さんとシーグルも友達。それだけの仲なのよ」
「それだけって。王家と婚約を解消するだけの、価値があったの」
「あったのよ」
「表では色んな噂がでているのに!」
「そうね。それでも、今、私は楽しいし、幸せよ」
母は笑顔である。すでにそれは終わったこと、吹っ切れていることなのかもしれない。そんな母が私の額を小突く。
「あなたにとって大事なことは、あなたのことよ」
「私のことって!?」
「ベンさん。彼がシーグルの甥っ子なら、分かるでしょ」
「分かるわよ。最初から似ているなって思ったもの。でも、なんで今さら?」
にこやかな母。私はバツが悪い。
「なんでかしらね。私たちがあなたの婚約者と顔を合わせる機会なんて望めないから、連れてきたんじゃない」
「父さんと母さんに会わせに来たってこと」
くすくす笑う母が、うんうんと頷く。
「私たちはもう平民だもの。どう転んでも、仕方なことがあるわ。シーグルは嘘をつくような人じゃないから、きっと本当にすぐそこで会ったのよ。なんでこんなところに一人できたかは分からないけどね」
「ただの遊興じゃない。シーグルおじさんだって、のこのここんなところに歩いて来るんだから」
「殿下ってそういう突飛なことをするタイプなの」
「あまりそういうタイプじゃないわ。もっと優等生かな」
「でしょうね。あんなに、知らない場所で小さくなって、食べている子だもの。おっきいのに、ちょっと可愛いわね」
「かっ、かわいいって!」
私が、さっき思ったことと一緒じゃない。
「父さんも、仕事しながら、ちらちら、見ちゃって気になるのね」
そんな会話の後に、シーグルおじさんから、一緒に買い物だの、泊るだのと話が出て、父さんと、ベンことベルンハルドは大慌てだ。母さんが間に入ったところで私に声がかかる。
「ねえ、シエル! ベンさんがお買い物手伝ってくれるそうよ。それから、今日はうちに泊まってもらおうと思うのだけどどうかしら」
ベルンハルドはなぜか祈るように手を組み、私を見つめる。ずぶ濡れ、泥まみれのわんこみたい。
「かまわないわよ。行くなら、一緒に行こう。泊るなら、泊って行けばいいわ」
こうして、私たちは一緒にお出かけすることになった。
初めてなんじゃない、一緒に出掛けるの。