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18、麺料理

『くつろいでってね』


 そう告げ、シエルは笑った。満面の笑みだ。

 いまだかつてシェスティンが私に笑いかけることがあっただろうか。いや、ない。


 私は、ふらふらとカウンターに座った。肘をつく、叔父がニヤニヤしている。まるで、偽名使ったな、とでも言いたげだ。


 シエルはシェスティンなのか。

 叔父は知っていそうだ。わざわざここまで誘い、入店前には偽名を考えるようしむけている。


 シェスティンが当主夫妻と領地に行ったと思ったのは、状況からの判断に過ぎない。彼女がどこに行ったのか、私は確かめてはいないのだ。

 だからと言って、こんな市民の憩う飲食街の小料理屋で働く娘になっているなど誰が想像するであろう。否だ。


(だが、あの声は、まぎれもない。シェスティンだ)


 しかも、彼女は笑った。

 愛想笑いや、社交辞令の笑みしか見たことがなかった私に。

 僥倖である。

 僥倖ではあるが、王太子である私に向けた笑顔ではないのだ。なじみ客の甥っ子への笑顔だ。

 もやもやする。

 叔父上の甥っ子であることは変わらないのだ。私は私であるのに、なぜもやもやする?

 

「へい、おまち」


 調理場に立つ店主が私の前にどんぶりを置いた。赤いような、茶色いような、とろみがありそうなスープである。油分が小さな楕円をいくつも作り浮いている。ゆでた卵とほうれん草、厚みのある肉が二切れ載っている。

 どんぶりの端に添えてある匙を手にして、スープをすくうと、見た目よりさらさらとしていた。

 一口飲んでみると、魚介のうま味が凝縮された濃厚な味わいだった。喉をスープが落ちた後にほど良い辛みが残る。鼻腔を誘う匂いに食欲が誘発された。


(誰の味見もなしに食べたとカールが知ったら困惑しそうだな)


 二匙目をすくおうとした時に、叔父が二本の棒を差し出してきた。


「ベンは、箸は使えるのか」

「隣国のカトラリーですよね。一応、使えます」

「スープの中に麵があるから、箸ですくって食べるんだ」


 私は、叔父から箸を受け取る。

 珍しいカトラリーだが、隣国に行くことも今後は考えられるため、練習はしていた。


 スープのなかに箸を入れる。箸の先に何かがからみ、持ち上げると、細長い麺がすくいあげられた。


(この麵にスープを絡めて食べるのか。とはいえ、この長い麺をどうやって食べたらいいのだ)


 パスタのように、フォークでからめとれない。細長い麺を口に入れるのか。食べて、噛み切れと。一度口にしたものを、口外に出すのは、少々躊躇われる。


 箸に麺を絡め、持ち上げたはいいが私は次の行動をどうしていいか分からず止まってしまう。


「苦手なら、その匙に麺を少し載せて、飲み込めばいいんだ」


 頭上から声が降ってきた。上目遣いで見上げると、店主が仕草で食べ方を示してくれた。真似するように、箸で数本持ち上げた麺を匙の上に乗せて、飲み込むように食べた。

 濃厚なスープが麺にからみ、美味しかった。

 

「うまいだろ」

 

 横から叔父が声をかけてきた。

 私は無言で、頷く。


 にやりと笑った叔父は、エールを片手に、つまみをつつく。

 

 私がゆっくりと食べている間も、忙しく店は回っていた。何人かの客の出入りがある。

 叔父もゆっくりとくつろいでいるので私はあまり急がず、食べた。

 食べている途中で、シエルが店の入り口にかけていた布を下げた。


 私が食べ終わる頃には、最後の客も会計を終えて出て行った。


 店のなかには、私と叔父、店主の家族だけとなった。




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