17、なんでここに、この人が?
「ありがとうございます。またのおこしをお待ちしてます」
二人連れを見送る私は、シェスティン・エールソンこと、シエル・ノイマン。
カウンターに残ったどんぶりを父に渡し、ふきんを受け取る。
入り口の扉が開かれる音が鳴り、父がそちらに視線をなげる。
私は気にせず、ふきんで厨房に隣接するカウンターを拭き始めた。
「シーグル、どうした」
入り口の扉を開け、入れ替わるようにシーグルおじさんがはいってきたようだ。
まずはカウンターを拭くのが先。私は一通り拭き終えたら、たたまれたふきんを折り返して、キレイな面でもう一度拭きなおす。
「ちょっとそこで、甥っ子と会ってな」
「甥っ子!」
父の素っ頓狂な声に、私は手をピタリと止めた。
(シーグルおじさんに甥っ子いたんだ)
家族とか、家庭という雰囲気を感じさせない人だけに、親族がいるなんて初耳だ。
「ああ、偶然だな。ここに遊びに来たみたいなんだ。折角だから、美味いものでも奢ってやろうと連れてきた。
はいれよ」
入り口からもう一人の足音が響く。誰かが入ってきた。
私はカウンターを拭きつつカウンターを整える流れ作業をしながら、言った。
「シーグルおじさんに甥っ子なんていたの」
「ああ、俺の兄の長男だ」
私は顔をあげた。
「ちょうど、カウンターが二席空いたから、ここに座ってね」
ふりまいた笑顔が引きつりそうになった。慌てて、誤魔化す。相手はきっと気づかない。
シーグルおじさんの横には、黒髪に朱の瞳の男の子が立っていた。
王太子殿下そっくり。他人の空似にしては、似すぎている。
だとしたら、シーグルおじさんは何者?
いやいやいや。シーグルなんてありふれた名前だわ。
王太子殿下だってこんなところに来るわけがないのだし。
内心動揺しながら、それを隠して、私はカウンター席を示した。
「シーグルおじさん。どうぞ、こちらへ」
「ありがとう、シエル」
シーグルおじさんの甥っ子は、ちょっと驚いた目をした。あまり感情を表に出さない殿下とちょっと違う反応だ。髪色と瞳の色が同じであるだけで、やっぱり勘違いかもしれない。
男の子を値踏みする。勘違いされない程度に眺めた私は目を瞬かせた。
営業用笑顔に切り替える。
「初めまして、シーグルおじさんの甥っ子さん。私は、シエル。シエル・ノイマンと申します」
数歩進み、彼の傍で手を差し出した。
男の子は、戸惑いながら私の握り返す。
おどおどとした所作は、まるで殿下とは違う。
(やっぱり、見た目だけ似てる気がしただけよ。他人の空似だわ)
小さな声で、これまた自信なさげに彼が言う。
「初めまして、ベンと申します」
「よろしくね。ベン」
私が笑い返すと、ベンが照れたように笑った。
(あっ、可愛い子だ)
「ヤン。悪いけど、もう一杯頼むよ。俺には、エールにつまみでもつけてくれ」
「おう。そら、シエルも仕事に戻って。ベンか、君もこっちへどうぞ」
父がベンを手招きする。
「どうぞ、座って。父が作る隣国の料理はとても美味しいのよ」
横にずれて、どうぞと出て示すと、彼ははにかんで目礼した。
「お勘定お願いします」
「はい、今行きます」
テーブル席から声がかかり、私はベンに笑んで、手を振った。
「くつろいでってね」