13、市民の飲食街
休日にもかかわらず、突撃すると宣告したメルタ嬢に押され、私は公爵家の屋敷前まできてしまった。
まさか、こんな唐突に、先触れもなく、訪問するとは夢にも思わなかった。
馬車の車窓から、公爵家の屋敷を見ていたメルタ嬢が呟く。
「おかしいわ」
「それは、やはり、訪問の約束もなしに突然に行くのはどうかと……」
「殿下。殿下はシェスティン様の婚約者です。突然会いたくなって、会いに来たということができるお立場ですよ。花束でも抱えて、突然の訪問申し訳ないと、言い訳しながら、手紙を添えた花束を置いて行く芸当ぐらいしてよいのです。いまだかつて、それさえしていないのですから、もう、もう、もう、話になりませんわ」
メルタ嬢に言わせると、今までの私は、シェスティンに対してあまりにも奥手すぎると言われているようであった。
メルタ嬢の婚約者である護衛騎士のカールは同じ馬車内で、真面目な顔で座っている。
「でも、ですね。殿下。今日の公爵家のお屋敷はちょっと変です。人気が感じられずに、ひっそりとしています」
「領地に戻っているのではないか。公爵の領地はなかなかに広い農作地を保有している」
「可能性は高いですね。休日は議会も動きませんので、この時とばかりに視察に行っているのでしょう。門まで見に行ってきます」
「頼む、カール」
護衛のカールは馬車を降りるなり、小走りで門へと走っていく。
「では、メルタ嬢。今日の突撃は中止ということになるのかな」
「そうなりますね。シェスティン様がいらっしゃらないのでは、作戦実行は無理ですもの」
私はほっとした。
見逃さないメルタ嬢がきっと私を睨んできた。
「こんなところで安心されてはいけません、殿下。時間はどんどん過ぎていくのです。縁がなかった、また今度と、先延ばしにしていましたらね。どんなに婚約者として胡坐をかいているつもりでも、逃げられてしまいますわよ。つまり、シェスティン様の御心が別の誰かのところにいってしまうのです」
「そんな……」
「いいですか。表向きは、殿下の婚約者でも、シェスティン様の御心を掴んだ別の方が彼女をさらっていかれるのです。
殿下の配偶者になりながら、別の方を想っている。または、泣く泣くお別れして殿下といる。
殿下に相応しくないと、身を引かれることもあります。その場合、公爵家と王族の間で、殿下抜きで、婚約解消の手続きが進むことだってあり得るではないですか」
「まさか、そんな……」
「いいですか、公爵家には前例がありますでしょう。公爵家長女のマルグレット様と王弟殿下の婚約破棄という前例があるのです。前例があると言うことは、可能性を否定できないのです」
「あれは、破棄ではなく、解消だが……」
「どっちでも大差ございません。同じなのです。きっと王弟殿下のアプローチ不足か、マルグレット様の御心が別の誰かの元にあったためにとられたのです。殿下はもっと前例があることをご認識して、いただきとう、ございます!!」
私はメルタ嬢の勢いに押されてしまう。
「わっ、わかった。要は、今回いなかったことは残念だと言うことで……」
馬車の扉が開き、車内に風が入ってきた。私とメルタ嬢が振り向くと、カールがいた。
「殿下。やはり、誰もいないようです。門にはがっちりと鍵がかかっていました。やはり、休日ですので、領地に戻られているのですね」
「そうか、残念だ」
「本当に、残念です。殿下」
カールが乗り込み、メルタ嬢の隣に座る。
「では、殿下。いかがいたしますか。予定通り、港側の市民街へ視察へ向かわれますか」
「そうしよう。ここまできたのだ、当初の予定通り、見てみたい」
カールが御者側の小窓を開き、囁くと、馬車が走り始めた。
「話には聞いておりましたが、このような場にお屋敷があるお話、本当だったのですね」
「メルタ嬢。公爵家は隣国と近しい関係があったのだ。今は滅びた小国ともつながりが深かったというよ」
「そのような縁で、港近くに屋敷を建てられたのですね」
「詳しいことはわからない。そういう一面もあったとは思うよ」
「公爵家がこの地に住むようになってから、この地域も安定していますよね」
「そうだね、カール」
「貧困が目立つ地区だったが、公爵が居を構えた頃から解消されたというのは有名な話だ」
そんな雑談をしているうちに、メイン通りから飲食街へ続く十字路が見えてきた。
馬車が止まり、脇に寄った。
私は公爵家に訪問するために着ていた上着を脱いで座席に置いた。
三人で馬車を降りる。
目の前のメイン通りには、どこからこれだけの市民が集まったのだと思うほど、人が溢れていた。
「初めて見るが、壮観な景色だな」
人々の活気に私は息をのんだ。