12、看板娘
食べ終わった私は、カウンター上の台に空いたお皿と缶などをすべて置いた。
受け取った母が、代わりにふきんを置く。
「テーブル拭いたら、各テーブルにお水を用意しておいてちょうだい」
「はあい」
私は自分が食べたスペースを拭いてから、手を洗って厨房に入る。ピッチャーに水を入れ、各テーブルをまわる。
その際に店全体が汚れていないか点検もする。
「やっぱり、シエルがいてくれると助かるわ。今日は晴れた休日だもの。たくさん人が出てくるわよ」
「そうね。休日の午前中は家族団らんの時間だもんね~」
休日は、大抵の家がゆっくり起きる。朝ご飯は作らない。飲食店へ食べにいく。折角の休日なのだ、家族全員休みたいじゃない。
「店の点検が終わったら、暖簾出していいわよ。シエル」
「父さん、店開けて問題ないわよね」
「ああ、もう終わる。母さん、こっちの整理頼むよ」
「あいよ」
返事からして、とても元公爵令嬢とは思えない母。
父さんとざっくばらんと話す母を見て育った私が、生まれながらの一般的な平民だと勘違いしたのは当たり前なはずだ。
私は入り口上部に掲げている布を通した細い棒を、脇に置いている引っかけ棒を使って、降ろした。外に出て、入り口の上部の端にあるフックに布がついた棒の端をかける。降ろした時に使った棒を使い、反対側のフックに布がついた棒の反対側の端をひっかける。
異国然とした店構えのうちは、まずはこのように暖簾をあげる。暖簾には、異国の言葉。漢字で、『麺』と書かれている。この文字が、図柄のようで、面白い。
元々、絵が発展して文字になったという漢字。複雑な図柄もあれば、単純な図柄もある。図柄それぞれに意味を持つ漢字は見ているだけで、なかなか興味深い。
店内に戻ると、父が厨房に出てきた。
母が奥に行き、麺の整理をしている。
「今日はシエルがいるから、お客さんきっと多いぞ」
父さんがにかっと笑うと、がらっと店の扉がひらいた。
「いらっしゃいませ」
振り向いて、愛想よく、元気よく笑いかける。
入ってきたのは、馴染みの騎士であるシーグルさんだった。私が小さい頃から店に通うおじさんである。
「あれ、シエルちゃん。珍しいね」
「シーグルおじさん、お久しぶりです」
おじさんが嬉しそうに両手を広げた。
私も飛びつきたい衝動に駆られて、我慢する。もう小さい子どもじゃないのだ。こういう時に、教育を受けている一面が顔を出す。
「おお、シーグル。元気だったか。今日は、珍しい二人が揃ったな」
厨房から父の声が飛んできた。
「ヤン。嬉しいだろ。シエルちゃん帰ってこないってぼやいてたの。俺、覚えてんだよ~」
「そういうことを、ここで言うな。あほ」
「はは~、照れてるな。お父さん」
「うるせ。肉抜くぞ」
「うわぁ。それ意地悪。ただの意地悪。お昼にだすやつで、いつもの。よろしく」
そんな話をしながら、シーグルおじさんはカウンターに座る。私はピッチャーからグラスに水を注ぎ、テーブルに出した。
おじさんは、それを一気に飲み干した。
「おじさんも久しぶりだったの」
「うん、シエルちゃんが寄宿学校に行っている間、とっても忙しかったのよ」
シーグルおじさんはにこにこしている。この人はいっつも笑顔。
再びがらっと入り口が開いた。
「いらっしゃいませ」
「おお、シエルちゃん。久しぶり」
「あら、まあ、またきれいになったわね」
知り合いの家族連れが入ってきた。女性の腕には子どもが抱かれている。四人掛けのテーブル席に案内する。小さな子ようの取り皿とフォークを出して、注文を受ける。
また、お客さんが入ってきた。
「いらっしゃいませ」
店の席がいっぱいになるまで、お客さんは途切れることがない。