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10、平民街の小料理屋

 翌朝、朝日が昇ると同時に飛び起きた私は、寝間着を脱ぎ捨て、街娘姿に切り替える。

 

 髪をざっと梳いて、後ろで束ねる。街娘風の衣装に着替えた。


 鏡のなかの私をまじまじと見つめる。

 母と同じ、金髪碧眼。街娘ならちょっと目立つかな。

 毎日、お湯につかって香油を塗りこんでいる髪も艶がある。平民ならもう少し毛先がパサつくはずなのよね。学園に行く時は、流していくから、やっぱりそこで艶がないのは変。公爵家の令嬢として手は抜けない。

 

 平民に戻る時は。伊達メガネもかける。貴族令嬢のように薄化粧もしない。髪型と眼鏡と、化粧だけで結構違う。

 公爵家のご令嬢が何をしているのと、声をかけられても困るもの。お貴族様は平民の小料理屋なんてこないから大丈夫なんだけどね。


 最後に戸締りをするバトラーに挨拶して、私は出る。

 こういう日の朝食は断っている。料理人もメイドも、お休みは早い方がいい。何より、私も早く出たい。


 小さな旅行鞄を片手に屋敷の門を出る。

 馬車にも乗らない。父と母が営む店は、港と屋敷の間にある。


 都心の貴族が居を多く構える地域から外れている公爵家の屋敷は、海を望むことができる港側。貴族の住まいとしては珍しい場所でも、平民でもまあまあ裕福な家が多い住宅街の一角である。日が昇れば、女の子が一人で歩いても怖くない。


 歩いて、メイン通りに出た。

 

 新聞配達で走る人に、一声かけて、一部売ってもらう。 

 バサッと広げて、折りたたむ。片手に旅行鞄、もう片方の手で折りたたんだ新聞を持つ。


 今日の一面は、国内の食料生産量と輸入について。魚介の加工品の輸入量が増えている。隣国で生産される味付けの魚介類の缶詰が好評で、市民の食卓に受け入れられたことが一因だという。

 サバを使った甘辛い味噌だれを、湯がいた野菜と混ぜれば、味付けそのままに逸品のスープになる。さっぱりとした塩味のサバの缶詰は、パンに挟んでも美味しいのだ。


 簡単で美味しくて、栄養価が高く、保存もきき、手軽。毎日家族の食事を作る女性達が喜んで受け入れた。


 缶詰の輸入量が増えた背景には隣国の安定もある。数十年前にとある王族が統治していた小国を隣の大国が滅ぼした。数年前に生き残った小国民へ領地を返還し、自治区を認めたのだ。


 小規模な港、小規模な土地を得て、漁業や養殖から缶詰を作り稼げるようになった。その売り上げの一部を大国に納めるという形で、大国と小国はバランスが取られたのだ。


(約束を取り付けるまでに、とても時間がかかっているのよね。一度主権を失った人々が、再び主権を取り戻すなんて、並大抵のことではないわ)


 港へ向かうメイン通りが広がりはじめると、民家がなくなる。

  

 大きな十字路が広がる。そこは市民が使う商店街になっている。商店街より下は、工場こうばが並ぶ。金物を作る工場、家具を作る工場、日用品を作る工場などさまざまだ。さらに下に、やっと港関係の仕事を行う小屋が乱立し、漁船が並ぶ港がある。


 私は十字路を曲がった。飲食店が並ぶ飲食街に足を踏み入れる。

 その十字路に続く小道をさらに曲がる。角から二軒目、メイン通りにほど近い一階が店舗、二階が住宅という小さな店がある。そこが、父と母が営む小料理屋だ。昼間は異国の麺類を提供し、夜は酒と隣国の料理を提供している。

 まだ仕込み中だから、暖簾はかかっていない。暖簾も異国の文化。 

 

 私は扉に手をかけ、ぎぎっと横に押した。

 

「父さん、母さん。ただいま」


 調理場にいた父と母が振り向いた。

 明るい笑顔で笑いかけてくれる。


「おかえり、シエル」


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