第九十七話「永遠への契り」
百話まであと少し!
「結月はまだふさぎ込んでいるのか」
「ええ、あの侍女に懐いていたもの。この家にはもう来ないと言ったらずっとあの調子で……」
庭の池に泳ぐ金魚を見つめ、虚ろな目をする結月。
その結月を両親は心配そうにただ見守るしかなかった。
侍女がいなくなったのは半月前。
結月は知らないが侍女は病に伏せってしまい、田舎で静養するために涼風家を去った。
ただ、幼い結月は『自分の前から突然いなくなった』としか思えず、落ち込み何日もふさぎ込む生活をしていた。
「そういえば、今日は時哉の代わりに朔くんが来ると言っていたな」
「ええ、時哉さんがどうしても政で手が離せないからと……」
「時哉も最近元老院にやんやん言われて大変らしいからな」
「心労にならなければ良いのだけれど……」
結月は両親の視線に気づくこともなく、いつもの『隠れ場所』に向かった。
涼風家にはいくつか蔵があったが、結月は自室から遠く離れた美術品の入った蔵で過ごすことが好きだった。
次第にそこは前述の侍女と二人きりの『隠れ場所』となり、遊び場となっていた。
結月のお世話役だったその侍女は、骨董商の娘であったため、美術品には詳しかった。
特に最近流行りの硝子製品が結月のお気に入りで、それを眺めるのが好きだった。
『隠れ場所』に着いた結月はいつものように、木箱の埃を払うとそこに座った。
いつもであれば足をぶらぶらとさせて愉快に侍女の話を聞くが、話してくれる侍女はもういない。
結月は一人ぼっちだった──
しばらくそこで佇んでいると、やがて外で足音がした。
(こんなところにだれ?)
結月はそっと分厚い蔵の入口扉から外を覗く。
そこには一人の少年がいた。
そして、二人は目があった。
「だれ……?」
「お前はここの一人娘の……なぜこんなところに一人でいる?」
「……あそんでた。おにいちゃんは?」
「一条朔だ。一条家の息子……とお前に言ってもわからないか。いつもの侍女はどうした?」
「いない……。ゆづきのまえからいなくなっちゃった……」
(侍女が辞めてそれで落ち込んでいるのか)
朔は蔵の中に美術品の多くを確認すると、硝子細工のうさぎを見つける。
「俺も中に入って見ていいか?」
「……うん」
朔はゆっくりと結月を驚かせないように距離を取りながら、蔵の中へ入った。
そうして、先ほど見つけたうさぎを手に取ると、結月に渡す。
「このうさぎは相当価値の高いものだ」
「わかるの?」
「ああ、骨董商がよくうちに来ているからな。それに、一条家の治める綾城は美術品が盛んだ」
「こんなきれいなうさぎさんたちがたくさんいるの?」
「ああ。今度一度来るといい」
「うん!」
「ようやく笑ったな」
「え?」
「お前は無邪気に笑っているほうがいい。ずっと笑っていろ」
結月は少し俯いて話し始める。
「ゆづきがわがままいったから、おねえさんはいなくなったのかな?」
「そうじゃない。仕方なくお前の傍を離れるしかなかったんだ」
「……」
朔は蔵の外に目をやると、入口のほうに向かって歩いていく。
「どこにいくの?」
「もう戻らなければ、千里様たちに迷惑がかかる」
「おにいちゃんもいっちゃうの?!」
結月は朔の着物の袖を引っ張ると、涙目で目を見つめる。
その手をゆっくり外し、結月の目線まで屈んで朔は告げる。
「俺はどこにも行かない。いつかお前を迎えに来る。そして、綾城に招待してやる。そして……」
『そして、迎えにいったらお前の傍から決して離れない。お前を離さない』
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