第八十九話「真実」
「どうしたんですか? 凛さん」
凛は結月を自分の部屋に呼び出していた。
「呼び出してしまい、すみません。それに、呼び方は『凛』でしょう?」
「あっ! すみません……」
結月は座ろうとした際に、凛が腕に怪我をしていることに気づく。
「その傷、どうされたんですか?!」
「転びました」
「……絶対嘘ですよね」
「嘘ですね」
「とにかく、傷みせてくださ……」
結月が傷を見ようとしたその時、凛がその腕を掴んだ。
「──っ!」
「結月、私はあなたが好きです」
「は……はい、私もです」
「いいえ、あなたは私を見ていない」
結月ははっとしたような表情を浮かべ、その後気まずそうな顔をする。
「あなたは朔のことがやはり好きなんです。それは見せかけの婚約者なんかじゃない。私にはその壁を超えられませんでした」
「……」
「悔しいですが、朔を忘れさせることは今現状できなさそうです」
「凛……」
凛は結月の腕を離す。
「おゆきなさい。朔が自室で待っています」
「朔様が……」
「朔にこう伝えてください。『あの日の借りは返しましたよ』と」
「? わかりました」
「凛さん」
「はい、なんです?」
「私にとって凛さんは素敵な男性で、胸が高鳴ったのも事実です。ですが、私はたとえ好かれなくても、朔様が好きです。ごめんなさい……」
結月は涙を拭き、凛に謝る。
「なぜ謝るのですか。私にあなたを振り向かせる力がなかった。それだけです。さぁ、行きなさい」
「はい!」
結月はお辞儀をすると、廊下を走って朔の自室へと向かった。
「廊下は走らないと前もお伝えしたのに、これはまた叱らないといけませんね」
凛は結月の去った部屋で一人、月の光を眺めていた。
部屋の畳にはわずかに雫が流れ落ちた──
結月は逸る気持ちを押さえながら、朔の自室へと向かっていた。
(朔様っ!)
朔の自室前に到着した結月は、入室の許可を取るのを忘れ、そのままふすまを開けた。
「朔様っ!」
「──っ!」
朔は目を見開き、状況が掴めないという表情をした。
しかし、すぐに書物に目を通し始める。
「なんの用だ」
「え? 凛さんが朔様がお呼びだと……」
「…………あの馬鹿」
「?」
朔は小声で凛に文句を言った。
「あ、それと凛さんから伝言で、『あの日の借りは返しましたよ』と」
「……はぁ……わかった」
結月は内容についてさっぱりわからなかったが、朔には伝わったようで安心した。
「結月、来い」
自分の名が呼ばれる声に胸が高鳴る結月。
「侍女との口づけは誤解だ」
「え?」
「していない。顔を近づけられた際に断った」
結月はその言葉に安心した。
(誤解だったんだ……)
「だから、撤回しろ」
「え?」
「凛が好きだということ」
結月はその言葉に、こみあげてくる嬉しさがあった。
「私は、うぬぼれていいのでしょうか?」
結月は目を潤ませ、朔に言う。
「私は朔様の婚約者だと思ってもいいのでしょうか」
「婚約破棄した覚えはない」
結月は朔へ近づくと、そのまま胸にもたれかかった。
「──っ!」
結月のあまりの大胆な行動に、朔は珍しく困惑した。
「朔様……お傍にいさせてください」
「いろと初めから言っている」
「そうでした」
結月は満面の笑みで朔を見つめた。
それを見て、朔はふと笑った。
夜の闇に紛れて、一人の男が宮廷から姿を消した。
「朔様っ!」
「どうした」
結月と朔のもとに美羽から火急の知らせが入った。
「凛様が【一条家の宝玉】を盗み、逃走しました」
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