プロローグ
ここからカイの長い物語が始まります。登場人物達の感情や風景をお伝えできればと思っています。
とある山奥にある、貧しい小さな村ナリーシャ。まだ夕方というには早い時間だが、山の東側に位置するこの村は、暗くなるのがとても早い。山奥の村の為、訪れる者も少なく、いつものように平和な一日が終わろうとしていた。
村のまた一番奥にある少し大きな屋敷が、この村の村長の家だ。この屋敷には村長であるゾーダ、今年12歳になる双子の孫、兄のカイと妹のネネの3人で住んでいる。ゾーダの妻は13年前、娘夫婦は5年前に同じ流行り病で亡くなっている。
いつもなら兄妹の賑やかな笑い声と、それを叱るゾーダの大声が響く屋敷内だが、今日は静かで、暗い雰囲気が漂っている。
「とりあえず症状は一旦落ち着きました。」
白衣を着た初老の訪問医は、額の汗を拭い、ずれた黒ぶち眼鏡を直しながら、ゾーダとカイに告げた。
「しかし……」、と話を続ける。
「これは一時的に症状が治まっているに過ぎません。ネネさんの病は、黒斑病です。ゾーダさんはよくご存じかと思いますが……。」
『黒斑病』は、この世界特有の病気である。この世界には、空気中に瘴気と呼ばれる、人だけでなく、あらゆる生命に悪影響を与える物質がある。この瘴気を人間が大量に吸い込むと、体内の細胞が次第に瘴気に侵され死に、身体中に黒い斑点が表れ、やがて死に至るという怖い病気である。今のところ特効薬は無く、免疫力を上げて、進行を遅らせる方法を取っている。
瘴気は世界中のありとあらゆる大気中に存在している。しかし、中でも特に瘴気の濃度が濃い場所というものが点在する。そこに足を踏み入れた人間は、数時間で黒斑病にかかる事はもとより、強い幻覚症状も表れるという。昔亡くなった身内や恋人がいた、幽霊を見たという目撃情報が多い。
尚、こういった場所には、必ずといって良いほど強力なモンスターがいる。モンスターがいるから瘴気が濃いのか、瘴気が濃いから強力なモンスターが生まれるのかは不明だ。
また、数年の周期で瘴気が大量に発生し、比較的安全な場所にまで瘴気が広がる事がある。その年の黒斑病の羅患率は爆発的にあがる。ゾーダの妻ハンナと娘リアナ、夫のジェスも、これが理由で他界している。
健康な大人が町で生活するだけなら、黒斑病にかかることも少ないが、免疫力の弱い子供や老人、病人等がかかることがある。また、罪人や、貧困層の人々が、比較的瘴気の薄い町を追われ、瘴気の濃い場所の近くに住まざるを得ない場合も多く、そういったもの達の羅患率がとても多い。
ゾーダ一家が暮らすナリーシャ村の近くにも、残念ながら瘴気の濃い死者の森と言われる森がある。この村もその昔、民族間の対立に負け、この山奥にまで追いやられた歴史がある。
「死者の森に咲くと言われるミレンの花があれば……。」
と老医者は口を滑らせ、慌てて口元を手で押さえる。
『ミレンの花』とは伝説に等しい花で、『その昔、死者の森のさまよう幽霊となった女が現れ、黒斑病となったその女の夫にミレンの花を煎じて飲ませた所、たちどころに黒斑病が治った。』という言い伝えがある。話の真偽もわからず、眉唾物の話である。
しかし、「瘴気の濃い死者の森で、瘴気への免疫がついた花であれば、あるいは黒斑病が治るのでは。」と言い伝えを信じて森に入り、そのまま帰らなかった者も少なくない。誰でも大切な身内が病気になれば、また、少しでも治る見込みがあるのなら、藁にもすがりたい気持ちになるものである。カイもまたその一人だった。
「俺、ミレンの花採ってくる!!」
と言って家を出ようとするカイを慌てて引き留めるゾーダ。
「待ちなさい。どうやって探すつもりだ?ミレンの花がどんな花かもわからない、そもそもこの世に存在するかどうかもわからないのに。しかも森に入ればお前まで黒斑病になってしまうのだぞ。」
「だけど、このままじゃネネが死んじゃうじゃないか!!そんなの絶対に嫌だ!!」
そう叫ぶと、カイはゾーダの制止を振り切り森に向かった。
まだまだお話は始まったばかりです。これからよろしくお願いします。




