第85話「お勉強させられる継承者」
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「そもそも君達は私を何だと思っているんだ!! 先々月に二十九になったばかりで私はまだ三十ではないのだ……なのに皆、私をまるで凄い年上のように!!」
「は、はい……その通りです。素晴らしい経歴と戦績で、つい頼ってしまい申し訳ありませんでした!!」
俺が言うと横の美那斗がビクビクしているのに気付いてゴホンと咳払いすると今後は気を付けるようにと言ってデスクに着いてくれた。そして何を話していたのかと言われ先ほどの話に戻る。
「ふむ、なるほど……確かに継承者の知識に偏りが有るのはマズいか……」
「そうですよねエレノアさん!!」
流美が凄い勢いでエレノアさんに迫るが、それとは話が変わると前置きして俺達に話を切り出した。
「別件。例の水森の関連ですか?」
「それは半分はプライベートだから後で君に話す。社員寮のことだよ。私もいつまでも君の邸宅を間借りしている訳にはいかないからな」
俺の邸宅とは炎央院の南邸のことで、あれからエレノアさんと美那斗、そして炎乃海姉さんと真炎母娘が住んでいるらしい。
「炎乃海姉さん達まで? 西邸に戻ってないのですか二人は?」
「ああ、あそこは炎乃華と勇牙、それに一部の門下がメインに使っているからな」
「じゃあ元当主とその妻は本邸なのですか!?」
「ああ、筆頭とその補佐という扱いの二人については衛刃殿が以前から二人の居室をそのままにしたそうだ」
叔父さん、それは甘い気がする。せめて勇牙と炎乃華を本邸に二人は西にすべきだと思う。
「そうしなくては臣下に示しが――――はっ!?」
「その通り。さすが黎牙様いえレイ様、正しく嫡子のお考えです!!」
「元嫡子の癖は八年では抜けなかったんですね? 今はレイ=ユウクレイドルなのですから気にしないのでは?」
ひなちゃんまで流美の意見に頷いて笑っていて唯一の味方の筈のアイリスは横でポッキーを食べながらニヤニヤしている。味方なんて居なかった。
「ふっ、話が逸れたな。それで東京支社の社員寮だがレイやアイリスはご実家で私も仮住まいだが、他のメンバーはずっとホテル住まいだ」
例外としては水森の姉妹は清花のマンションで生活していた。今は清香が出張中だから多分ひなちゃんが一人で使っている。
「はい。さすがに一ヶ月ですから岩壁の業者に頼んではいるのですが本社のような要求は出来ないんで困ってはいたんですよね」
「ああ、だからワリーと私が相談したら仮の社員寮として衛刃殿がいくつか物件を用意してくれるから、その選定で君達に一度来て欲しいとのことだ」
だから俺とアイリスには炎央院の家に顔を出して欲しいと伝言を貰い今日はそれも有って報告に来たらしい。
「分かりました。善は急げと言いますから今から行きましょう!!」
「おっ、お待ちをレイ様!! まだお話が!!」
俺は紅茶を一気に飲み干すとアイリスを見るとウインクで答えて既に俺の荷物の用意を終わらせていた。
「じゃ、行こうレイ!! エレノアさんも!!」
「ふっ、仕方ないか。では美那斗はワリーとベラに付いて研修しているんだ」
「はいっ!! 了解です!!」
美那斗もすっかり光位術士の敬礼が板についていて仕事に取り掛かる、ベラとワリーも動き出すとオフィスは一気に仕事モードになった。
「では私達は残りの書類の整理をしましょう流美さん?」
「くっ、今の私では炎央院には近付けませんからね……ですがレイ様!! お帰りになりましたら――――」
ガチャンと事務所のドアを開けて俺は逃げるように階段を下りて後にアイリスとエレノアさんが続いた。そして俺は久しぶりに実家に戻る事になった。
◇
俺が車を停めて係の者に任せて無駄に長い階段を正門まで登り切ると目の前の門番の二人はは俺達を、特に俺の顔を見ると露骨に顔をしかめた。
「失礼ですがエレノア様以外の二名に許可を頂いてませんが?」
「これは異な事を……事前に連絡済みなはずなのだが?」
「申し訳ありませんが……連絡はない!! そして無能が通れる門など無い!!」
この家に正面から俺に喧嘩をふっかけるバカがまだ居たのか。少し昔の俺なら正面突破するのだが今は協力体制だ。一応アイリスを見ると首を振るから考えを巡らせていると先に動いたのはエレノアさんだった。
「仮にも客人で私の同僚で最高の光位術士であるレイを侮辱するとはどう言うつもりか!!」
「失礼ながら連絡が無い以上客人では有りません。ましてや一度追放された無能で当家を襲撃した人間を入れるのは論外。それともまたここを無理やり通るか?」
さて、どうあっても俺にイチャモン付けたいのだろう。叔父さんの炎央院内部の掃除は未だ終わってないようで心中を察してしまう。だから一番シンプルで確実な手で行こう。
「レイどうしたの?」
「何も言えないか!? 無能が!!」
「ああ、炎央院の雑魚が犬小屋の前でうるさいと連絡させてもらった」
俺がニヤリと笑うと猛スピードで強い聖霊力が迫るのを感じる。門の中から全速力でこっちに突っ込んで来て内側から正門が開くと、そのまま門番の二人を扉ごと階段の下まで吹き飛ばしていた。
「黎牙にいさあああああああん!! お待たせ致しましたあああああ!!」
出て来たのは炎の虎にまたがった俺の従妹で近くに飛び降りると、さり気なく頭を近付けていた。さながら動きは忠犬で一応これが八年前に俺を追放した従妹だ。
「かなり早かったな……ま、助かったぞ炎乃華」
アイリスの方を見るとニコリと頷くから俺は久しぶりに従妹の頭をポンポンと撫でてやる事にした。
「だって黎牙兄さんが通信使ってくれたの初めてだし、さっきスマホにも連絡くれたから……嬉しくて」
俺はとにかく繋がりそうな知り合いに聖霊通信を繋げた結果真っ先に引っかかったのは先にスマホで連絡していた炎乃華だった。
本社から衛刃叔父さんに事前に連絡はしていたのだが正面から嫌がらせを受けるとは思わなかったのでこの方法しか思いつかなかった。
「あ~、ホノカ。甘えたいのは分かるが案内を頼むぞ?」
「あっ、エレノアさん!! 例の件ですよね? 父さんも首を長くして待っていますのでアイリス姉さんもこちらです!!」
「ありがと炎乃華ちゃん。じゃあ行きましょうか」
炎乃華の先導で俺達は炎央院の本邸に向かった。正門は炎乃華が連れて来た部下に任すから、そのままで良いそうだ。そして邸内の廊下は相変わらず広く所々に俺が前回の襲撃で付けた刀傷が有ってアイリスと苦笑していると、すれ違う人間の反応は二つだった。
「睨み付けるか、逃げ出すかの二択……俺も偉くなったもんだな」
この廊下を震えながらトボトボ歩いて追い出された八年前、そしてここを襲撃して走り抜けた数ヵ月前のどちらとも違う今の状況は感慨深い。横には妻が、そして前には俺を追放した従妹で弟子が居るのだから。
「失礼します、当主衛刃様、黎牙兄さんをお連れしました~!!」
「はぁ、炎乃華……まったく、今はレイだと何度言えば……待っていたぞレイ」
「はいっ!! 直接はお久しぶりです衛刃殿」
そして礼をする俺に対して立ち上がって俺を出迎えてくれた叔父の足は完全に回復していた。来月の定期検診を前に経過を見た方が良いかもしれない。
◇
「すまないなレイよ。そして炎乃華!! 今はレイだとあれほど」
「衛刃殿、いえ……叔父上、炎乃華は構いませんよ。俺が許可を出しました」
正確にはアイリスが勝手に言っても良いんじゃないみたいな事を言って俺が注意してないのだが直りそうも無いし今は公でも無い。
「しかし、良いのか?」
「はい。それに今は叔父上と炎乃華だけみたいですし……」
そう言ったタイミングで奥の障子が開いて入って来たのは赤い髪の炎乃華と同じ色ながら肩より高い位置で切り揃えられた女だった。
「あら私達も居るんだけど?」
「うむ、失礼する」
色々とトラウマ気味だが一応は俺を追放した連中も全員が入って来た。従姉とクソ親父、そして血縁上の母だ。あの女だけは衛刃殿に一礼した後は黙って親父の後ろに付き従って四席の席に着いていた。
「待て、炎乃華。お前なんで席番に付いてない?」
「あ~、返納しちゃったんです。一応は直系だし会合にも出られるんで、その……」
そう言って炎乃華はあの女、炎央院楓果を見た。なるほど叔父さんが合法的にあの女をこの場に置いておけるわけか。
「……理解した。色々とご苦労をしているようで、当主殿」
俺は叔父さんと炎乃華の二人ならと考えていたがこのメンツなら少しは警戒した方がいい。もちろんクソ親父ではなく他二名に対しての警戒だ。
「では、本日の用件とすり合わせなんですが……」
そして俺は叔父さんと社員寮について話をしていると資料を渡されアイリスと読みながら叔父さんの話を聞いていた。
「――――仔細は以上だ。直接見るのなら炎乃海を連れて行ってくれ」
「は、はあ、炎乃海殿は、もしかして案外暇なんですか?」
「違うわよ!! そこは元は私の持ち物だったから案内も私なだけよ」
元とは、わざわざ接収して用意してもらわなくても良いのにと思っていたら状況は少し違っていたようで叔父さんの補足説明が入った。
「レイ。君が当家での当主交代騒動を起こした時に兄上は当主を辞して頂き義姉上には封印牢に一週間、そして炎乃海は財産を全て没収したのを忘れたか?」
「ああ、有りましたね。それで追放免れたんですよね。俺も金持っておけば追放されなかったかもしれないですね」
「持っていても無能だったのだから意味無いでしょうに。妄想か、それとも英国で記憶でも書き換えられたのかしら?」
今まで無言だったのにボソッと喋ったあの女の第一声は嫌味だった。
「一々何か言わなきゃ気が済まないのかよアンタはさ!!」
北海道での出来事から少しは同情の余地があるかもなんて思っていた俺だったが間違いだったようだ。正面から喧嘩ふっかけやがって。
「ま~ま~、レイ落ち着いてよ。お義母様も心配なさらなくてもレイは記憶障害でも妄想障害でも無いですよ~」
「アイリスそう言う意味じゃなくて、それに今はこの女の――――」
「落ち着いて、あなた。今日は話し合いだよ? それに皆のためにもまずは社員寮だと思うけどな?」
そう言って少しだけ笑うアイリスに俺は冷静になった。最近はこのパターンが多いと俺は改めて自戒すると話し合いに戻った。
「では物件の確認は後日でよろしいですか? 炎乃海殿?」
「ええ、黎くんの都合の良い日で構わないわ。今は炎乃華が秘書業務もメインだから私は割と暇なのよ」
「なら真炎の相手してやれよ」
「最近はしてるわよ。あの子も『最近は母様でも少しは相手になる』とか言い出してね。本当にもう……」
そして今回の会合は一応は終わりを告げた。アイリスはまだ何か話しが有るらしく奥の間に残ったので俺はエレノアさんと目配せして炎乃海姉さんと少し話をしようと言って南邸に向かった。
◇
「私の部屋で問題無いか二人とも?」
渡り廊下を歩きながら俺が頷くと隣の炎乃海姉さんも「大丈夫」と小声で呟いた。そして元は俺の部屋で今はエレノアさんが使っている部屋に入ると自動で結界が展開され、いよいよ本題となった。
「さてと、まず黎くんと直接この件で話すのは初めてだけど、お爺様が本当に?」
「はい。『冷香は炎央院に殺された』そう言ってました。根拠となる話も俺が覚えてる限りで文字に起こして渡したと思うけど読みましたか」
「資料は読んだわ。それにしてもお爺様が……そして黎くんが引き受けるとはね」
何とも因果な事ねと言ってフッと笑う炎乃海姉さんを見て俺は自然と表情が固まって自嘲気味に笑いながら答えていた。
「俺はあの人と約束しました。それに、あの女や貴女と違って冷香叔母さんは最後まで俺を信じて励ましてくれたので」
「そう……ね。お母様は最後まであなたを信じて一緒に居るように言ってたわ」
今はもう昔の話だ。許嫁の件も完全に破棄されたし俺とこの人の関係は元・許嫁で今は従姉の間柄それだけだ。
「約束したのに果たせなかった……信じてくれたのに、なら真相くらい探らなきゃ落ち着いて眠ってもらえないからな」
「二人も積もる話は有りそうだが話を進めようか。私が刃砕殿や楓果さんから聞いた話では当時から体は弱かったらしいな?」
エレノアさんの話に頷くと付け足す形で炎乃海姉さんは俺の知らない事を話し出した。
「ええ、母様は『災厄』の序段に近い反応が有ったらしいのよ。もっとも暴走するんじゃなくてその逆、力が漏れて術が不発に終わるって言う不思議な状態だったの」
「なっ!? そんな話、初耳だぞ、何で俺に一言も」
「それは……あなたが『無能』だったからよ。視る事が出来ても当時のあなたじゃ何も出来ないでしょ」
「そうか……ああ、そうでしたね」
そうだった。八年前には確かに俺は『無能』だった。何も出来ない無能と無能力者のダブルミーニングという皮肉。なまじ基礎能力が高過ぎたゆえに言われ続けた言葉は今も俺を縛り続けている。
「それに母様自身が言うなって……その、あたなの嫡子の目覚めを優先させるべきだと、お父様も納得していたわ。だから許せなかった」
「俺を優先したのが……ですか?」
思い当たるのはそれ位だし、冷香叔母さんが亡くなって半年後には目の前のこの人は俺に厳しく当たるようになったからだ。
「いいえ違うわ。あなたに隠しても母様を静養させる事は出来たでしょ!! それを……いくら母様の要望とは言え聖霊病棟にすら移さないなんて!!」
「その、衛刃叔父さんがそんな無策をするはず無い……ですよ」
「ええ、だから未だに真実を話されないのが腹立たしいのよ……でもね黎くんになら話してくれると思うわ」
「いや、それこそ事情を知らない俺には難しいんじゃ」
俺がそう言うが目の前の従姉は首を振って薄く笑みを浮かべた後に少しだけ間を置いて口を開いた。
「お父様が家中で信用しているのは良くも悪くも兄である伯父様、つまり刃砕様だけ。そして家の外では恐らくは貴方とあの女よ」
「あの女って……アイリスことですか? 腕の件は許してあげて下さいよ。費用もある程度は勉強しますからそこまで嫌わなくても……」
「別に、根本からあの女とは合わないだけよ。お父様は足のことも有るだろうけど、あなた達二人の信頼度は桁違いよ」
「確かにな。それで居心地が悪いから二人で南邸に来たくらいだものな」
そこで黙って聞いていたエレノアさんが苦笑気味に言うと痛い所を突かれたのか、この人にしては珍しく目をそらした。
「それは言わないでよエレノア……」
「そう言う事だレイ。君が直接聞いた方が早いと思うのは私も同感だ」
だがここで問題になるのは俺が炎央院に出入りするのが難しい点だ。せめて数ヵ月前のように動けるのなら俺が直接探りも入れられると話していたら何も無い所から突然声が聞こえた。
「良い方法ならもう思いついたよ。レ~イ?」
そして当たり前のようにアイリスがシャインミラージュを解除して後ろから抱き着くと、さらに声が聞こえてダイブをしてくる小さな影が俺に飛び掛かった。
「レイおじさ~ん!!」
「うわっ、真炎かっ!? まったく、今日も学校は頑張ったか?」
「うんっ!! 算数頑張ったよ!!」
「偉いぞ。それでアイリスどう言う事だ?」
俺達の視線を集めてアイリスはニヤリと笑うと驚くべき秘策を持ち出し、しかも全員の要望を叶えるもので翌日からすぐに行われる事になった。
◇
「と、言う訳で今日から基礎聖霊学の授業を一緒に勉強する事になったレイ=ユウクレイドル君です。皆、拍手~」
まばらな拍手で迎えられた俺は炎央院家が術師研究院と同時に開講したという『聖霊使い基礎講座』が開かれている炎央院の西邸の教場に居た。
「レイおじさ~ん。こっちこっち!!」
「では黎くんは真炎の隣の席に着いてちょうだい」
周りには十代ばかりで真炎ほど年は離れていないが、それでも十三~十六歳の若き炎聖師が十名弱。そして教師は、よりにもよって炎乃海姉さんだ。何でも暇な炎聖師が持ち回りで講師をしているらしい。
「母様、最近は暇人だから先生が多いんだよ!!」
「そうか……確かに暇だと言ってたな……」
「ふふっ、久しぶりにミッチリ鍛えてあげるわ、黎くん?」
目の前で着物から黒のタイトスーツに着替えて女教師スタイルを決めている従姉を見て嫌な予感しかしないが俺は諦めて席に着いた。
周りからは敵意が有るのか無いのか分からない中途半端な視線が有るし、こんな事で上手く行くのかアイリスと俺は今頃、別行動中の妻を思いながらテキストを開くのだった。
誤字報告などあれば是非ともよろしくお願い致します。
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