第80話「過去の罪とそれぞれの思い」
後書きの下に他作品へのリンクが有りますのでよろしくお願いします。
◇
翌朝、俺は横で寝ているアイリスを起こしてすぐに動く。アイリスにしては珍しく寝坊していたから正直あと少し寝かせてあげたいが今日は早く動く必要がある。
「うみゅ、レイ?」
「やはり昨日のは随分と聖霊力を使ったか……大丈夫か?」
寝起きで少し汗をかいて額に付いた彼女の髪を軽く整えると、くすぐったそうな顔をしてすぐに俺を見ると照れくさそうにソッポを向いてしまった。
「そんな事言ったらレイの方がお疲れでしょ? 私はレイの力を吸い出して結界に当てただけなんだから」
「だけど極光結界の発動はかなりの労力だろ? 俺はそれこそ手を握っていただけなんだからさ」
お互いに譲り合わないでいると、いつも通りアイリスが先に折れて「じゃあお互い様で」と言って俺達は着替えて昨日も案内された食堂に向かう。
「あ、起きて来ましたか、おはようございます。皆さん食堂に集まってますよ」
「あ、琴音ちゃん!! おはよ~」
「おはよう、ございます……その、少しお話いいですか?」
彼女の視線は俺の方に向いていて用が有るのは俺みたいだ。それを察したアイリスは先に行くと言って二人にしてくれた。
「用件は何かな?」
「これまでのご無礼、失礼致しました。やっぱりハッキリしておきたくて……だから今後とも是非――――」
「それは琴音さんの本心? 悪いが俺は色々と人を見る目だけは養われてね……疑り深いんだ」
今まで散々な目に遭って来た。それを誇る事は無いけど後悔はいつもしていた。だから自然と分かってしまう。似ているんだ俺の従妹に……。
「はい。本音……では有ります。何も知らずに突っかかったり他にも反省すべき点も色々と……」
「炎乃華はな……真っすぐで、俺が見てても眩しい顔でいつも俺を見て来てさ。それが凄い苦痛だった……」
「そ、それは、炎乃華は!!」
やはり隠し事が下手過ぎる。似た者同士だよ二人は、なら対処の仕方も同じだな。やだやだ、こんなのばかり上手くなっている。
「ああ、でもそれと同じくらいアイツの成長は嬉しかった。だから君のような友達が出来たと分かって俺はどこか安心していたんだ」
「そう、なんですか?」
本当に自然に話せるようになったんだ俺は…‥昔の事を。止まった時が動き出したとでも言うのだろうか。俺が本音でぶつかれば向こうも答える。そんな当たり前の信頼関係が壊れていたんだと改めて気付かされた。
「ああ。だから、ありがとう琴音さんあいつの友達でいてくれて、炎乃華の事はこれからは俺もたまには見てやるつもりだ……昔みたいにな」
「はいっ!! それと今までごめんなさいでした。レイさんに一方的に負けてイラっとして絡んでました。ごめんなさい!!」
勢いよく謝って来た言葉は今度は本音で、俺でも分かるくらいに耳が真っ赤で緊張している。ついこの間見た炎乃華と同じだ。
「ああ、だと思ったよ……まだまだ修行不足、これからも精進してくれ」
「あっ!! 今の言葉、炎乃華にも何回か言われた事有るんです!! レイさんが元祖だったんですね!!」
そして二人で仲良く食堂に入るとアイリスは澄まし顔で俺達を迎えてくれた。俺はまた過去と少しだけ向き合い訣別し先に進めた気がした。
◇
揺れるバスの車内、涼風家が出してくれた車の中で俺達は札幌に向かう間に再び作戦会議をしていた。何でも札幌までは昨日の移動時間と同じくらい時間がかかるらしく北海道の大きさを改めて実感させられた。
「じゃあ楓さんの話をまとめると朱家の光位術士が調子乗ってて、しかも私達の名前を使って好き勝手やってると……」
「言い方は乱暴なんだけど……そうね。レイ君の件では何も言えないし」
気になるのは俊熙は正々堂々とした熱血漢だし妹の凜風も竹を割ったような性格だ。二人の直属の部下がそんな事をするとは思えない。
「俺の件で面倒をかけた。涼風の二人にも、それから雄飛と翔子も悪かったな」
旋賀の兄妹の実家は札幌で元は向こうに配備されていたらしいが二人が俺と血縁関係だと分かると露骨に嫌がらせを受けたらしい。
「そ、そんな、恐れ多いっす。楓様や琴音様にレイさんの話は聞いていたんで……それより自分達が一緒して良かったんですか?」
「ああ、大丈夫だ。札幌には二人の実家も有るんだろ? 家族には会える内には会っておけばいい」
「それはレイにも言えるんだけどな~?」
アイリスが俺を見て言って来たから曖昧に笑って会議に戻る。琴音や流美、それと山内さんの話し合いに俺も加わった。
「それで山内さん。この敵の分布図なんだが――――「あのレイさん。俺の事は巧でいいですよ。同い年だそうですし、ね?」
「了解だ巧、もちろん俺の事もレイで頼むぜ?」
「ああ、分かったよレイ。それで分布図なんだけど――――」
その後話し合いを進めて今日の突入は止める事に決定した。しかし向こうには伝えずジョッシュと早馬さんにだけ伝えるように流美に頼むと話題は昨日の事になっていた。
「昨日の楓さんの覚醒でいよいよクリスちゃんが目覚めれば四封の巫女が揃うね。それで今どんな感じ?」
「ええ、聖霊力が凄まじいんだけど、こう不思議なのよね」
「分かります。恐らく攻撃よりも結界や補助の術の精度が上がったのでは?」
三人の巫女がそれぞれの所見を話していると三人の中で一番理知的な、ひなちゃんが意見を言う。隣のアイリスは頷いているが分かっているのか少し不安だ。
「本当だ。前より結界術が上手くなってる。なるほど氷麗姫……じゃなくて氷奈美もそうだったの?」
「ええ。私は英国でアイちゃんのお母さんのサラさんから一通りレクチャーを受けたので、ただ巫女のトップに直接聞くのが一番よろしいかと」
そんな感じで三人が話している中で俺の後ろでは琴音と旋賀の二人が話をしていた。俺は視線を感じて琴音と目が合ったから三人の元に行くと流美まで付いて来た。そこで俺は予想外の翔子の言葉に驚いた。
「その、お嫌かも知れないですけど……レイ様にお母さんに会って欲しいなって」
「翔子!! すいませんレイ様、聞き流してくれて結構なんで」
彼女らの母親、つまりあの女の妹か俺にとっては叔母に当たる関係、どうしたものか恨み言でも言われるのかと気にはなる。
「レイ様、お会いするのもしないのも貴方のご判断です。ですが……」
「ああ、分かった流美。ご挨拶に伺おうか……今日のゴタゴタが片付いたらな」
「本当ですか!! 母さんも喜びます!!」
翔子の喜ぶ顔は初めて見たがどこか懐かしい感覚がして甘やかしたくなる。
「これは……なるほど」
「なんだよ流美、言いたい事有るんなら言えよ」
我が意を得たと言わんばかりの流美の態度に少し気まずさを感じて言い返すが、これが却って相手の思う壺だった。
「いえいえ。昔は泣き虫で泣きながらレイ様の後ろにピッタリ付いていた誰かを思い出しただけですよ?」
「それって、まさか炎乃華がっ!? そんな泣き虫だったんですか!?」
「あんま言ってやるな流美。よく年上に剣道やら剣術の試合で負けてピーピー泣いてて俺に泣きついて来てな。琴音さんもあんま言ってやらないでくれよ」
「はい。からかうのは程々にしますね?」
いじられるのは彼女の中で決まっているようだ。すまない炎乃華これも修行だ頑張ってくれよ。そんな事を考えていたら気付けばバスは札幌市内に入っていた。
◇
「早急に指揮権を我らに渡してもらおうか!!」
「ですが、あくまで光位術士の皆様は助っ人という扱いで独立遊撃隊として……」
俺達が到着すると札幌の仮本部が置かれたビルでは口論が起きていた。どうやら朱家の術士が早馬さんと言い合いをしているようだ。ドアの向こうでそれを聞いていた俺はシャインミラージュを解いてアイリスとジョッシュと一緒に入室した。
「そこまでだお前ら、静かにしろ」
「何を言うジョシュア殿、あっ、あなたは!! 継承者様それに巫女様まで……」
俺やアイリスの登場に明らかに動揺する彼らを見て思ったのは見覚えのない顔だという点、少なくとも例の闇に包まれた日での戦いでは見なかった連中だ。
「早馬殿、昨日こちらに入りました。ご連絡が遅れ申し訳ありませんでした」
これはもちろん嘘で昨日の時点で琴音が連絡を入れていて先ほど俺も流美経由で連絡していたのでポーズに過ぎない。
「いや気になさるなレイ殿。昨晩の聖霊力の爆発の件も含めて感謝する」
「気にしないで下さい。それよりも朱家の精鋭ともあろう者達がどう言うつもりか? 彼らとは協力関係なはずだが?」
「何をとは? 彼らはあなた様を迫害した者と共謀した人間の一族と聞きました!! 一人で困難を達成し戦いを終結させた英雄のあなたを!! 罪を問うべきだ!!」
「然り!! その通りだ!!」
なるほど俺が原因か、どうやら熱心な俺のファンのようだ。見ると他の四人も頷いている。全員が見た感じ俺と同い年か少し年齢が低い感じで熟練の術士は一人も居ないので事情は理解した。
「だから今度は逆に迫害するも止む無しと?」
「はいっ!! 私が仕える朱家では必罰必定は世の常というのが習わしでも有ります!! ましてや下位術師は我らの傘下に入るのが当然です。現に次期当主であらせられる俊熙様には指揮権が譲渡されていました!!」
それはそうだ。あの時は早馬さんは負傷していたし朱家でも彼らのような若者、それも戦場に数度しか出てないような人間は居なかった。だから俊熙が後を任せられる熟練の術士に頼んでいたはずだ。
「なるほど、諸君の言い分は理解した他の四名も同意見か?」
「「「「はっ!!」」」」
そう言った瞬間にアイリスがニヤリと笑って光の蝶を展開した。
「はいダウト。あなた闇漏れすぎよ? もっと上手くやりなさい?」
「え?」
アイリスが真後ろから四人の中で唯一の女性の光位術士を光の蝶で拘束しレイブレードで串刺しにしていた。
「ガアアアア!?」
「巫女様っ!! 何を……何だと!?」
そして女術士の偽装が解けた。その女はすぐに光の粒子が弾け黒のローブを身に纏っていた。
「簡単な偽装術。ダークローブって言うらしいね。光聖神様に聞いたのよ私達のシャインミラージュと同じように向こうにも似た術が有ることを、ただ私達は消えるのに対して向こうは化けるから用心しなさいってね?」
「ぐっ、なぜぇ……光の巫女ぉ!!」
「巫女舐めないでね。私、死にかけてからパワーアップしたの。それにビル内に入った瞬間に闇の聖霊力が出過ぎ。ひなちゃんと楓さんも分かったんだよ?」
俺達の後ろにいる二人も頷いてアイリスの左右に展開していた。さらに後ろにはエウクリッド家の術士も油断無く構えていた。
「そんな、い、いつの間に!?」
「さて、そこら辺を聞かせてもらおうか?」
俺もレイブレードを出した時に目の前の女のローブすら取れて黒色の半透明な裸身をさらけ出した。
「ギギッ!! ガアアアア!!」
「なっ!? 人工聖霊だと全員伏せろっ!!」
次の瞬間、人工聖霊は一切の躊躇無しで闇の聖霊力を爆発させ飛び散っていた。目を開くと部屋中に闇の聖霊力が飛散し完全に消滅していた。
「きゃっ!?」
「ひなちゃん!! 大丈夫か?」
アイリスは余裕で防いだが、二人の巫女は反応が遅れ咄嗟に俺がガードに入る。ひなちゃんの隊服に少しだけ黒い闇が触れたが、それも隊服に編み込まれた防御術で浄化されていた。
「すっ、すいません……少し油断を、レイさん強い、です……」
「あ~、レイがどさくさに紛れて抱き寄せてる!! 浮気!! 浮気です!!」
アイリスがプンプン怒っていて改めて見ると俺はひなちゃんを横抱きにしていた。よく見ると顔が真っ赤で少しだけ照れていたから慌てて離した。
「あっ、すまない。つい、本当に大丈夫か? ひなちゃん」
「あっ……大丈夫ですレイさん。ありがとうございます。まだまだ修行不足ですね」
フフッと笑って俺から離れるとアイリスと話しているが彼女の笑顔が少しだけ寂しそうに見えたのは気のせいだろうか。それよりも俺は茫然としている朱家の四人を改めて見た。
「さて諸君。何か言うべき事が有るかな?」
「そっ、それは……」
「まず人工聖霊と遭遇したら浄化のためにレイフィールドが基本!! またはフォトンシャワーで仲間を救護!! マニュアル思い出せ、ボサっとするな!!」
「はっ、はいぃ~」
俺が一喝すると弾かれたように四人が動き出す。動きはさながら新兵で情けなくなる。
「情けない。朱家の精鋭がこの程度で動揺するな!! 貴君らの行動は俊熙のひいては朱家全体の名誉にも関わるんだぞ少しは考えて行動しろ!!」
「はっ、で、ですがぁ……」
「言い訳無用!! 仮にも光位術士ならば敵の侵入に気付いて然るべきだ。そのような未熟な術士に指揮権を渡すなど論外。君たち四人は闇の聖霊力に汚染されている可能性も有るから別室にて拘禁する!!」
そして俺とジョッシュそれにエウクリッド家の人間で彼ら四人を拘束した。この場の浄化と事情説明はアイリス達に任せて俺は彼らを一週間の拘束、謹慎処分にした。
◇
「申し訳ない早馬殿」
「すいませんでした~」
俺とアイリスは二人で早馬さんに頭を下げていた。今回はどう見てもこちらの失態だ。敵に侵入されるわ指揮権まで奪おうとするわで酷過ぎる。
「いや気にしないでくれレイ。彼らの言い分も分かる。それに俺はどんな形であれ君の追放計画を知って反対しなかったのだからな」
あれから四人を地下の部屋に拘束すると見張りのエウクリッド家の人間を置いて後を任せて来た所で俺とアイリスはまずは謝罪から入った。
「そうよレイ君。知らなかったとは言え同士なんて言ってた相手を追いやって何も出来なかった私達が悪いんだから」
「それについては私もですレイさん。炎乃華のこと抜きにしても私は、いえ私たち一族は何を言われても仕方ないです」
楓、琴音の両名も頭を下げてこの場で合計五人が頭を下げたままの事態になっていた。そしてそれを止めたのはジョシュアだった。
「やるとは思ったが日本人は本当に謝罪合戦が好きだな。いつも謝りまくってると段々とありがたみ減るぞ? ま、俺も何か変だとは思っただけで気付かなかったしな……悪い」
「ジョッシュ、お前なら気付けただろ……」
「ですがジョッシュさんの言う通りで話も進まない訳ですし今日はこの辺でどうですかレイさん、それにアイちゃんもね」
そして氷奈美に続いて黙っていた流美も一歩前に出ると涼風の三人に向かって口を開いていた。
「私もレイ様を裏切った身で偉そうなことは言えないのですが涼風家は公式に謝罪をしました。主犯で実行犯の炎央院側の処分も終わったのですから……」
「だが俺はレイが死んでも構わないと思って頷いた側の人間だ。しかし妹二人は違う。本当に知らされてなかった。これは信じて欲しい」
そう言う早馬さんの顔は必死で俺は頷いた。俺も二人を糾弾するつもりは最初からない。それは目の前の人間についても同じだ。
「早馬さん。俺は日本にいた頃はあなたとの接点は有りませんでした。それは俺を追放することを直視出来ずにいた罪悪感からだったんじゃないですか?」
「そうかも知れない。ただ当時から楓に聞いていた話では君は良い奴だと聞いて悩んでたのは事実さ」
そう言って表情を引き締める彼の顔を見ると俺は疑いの余地など無かった。それはアイリスも同じようだった。
「ま、レイ個人の話はこのくらいで、それはそれとして今回は完全にこちら側の落ち度ですし闇刻術士に侵入されていたのも事実。だけど今回は怪我の功名でした」
「ええ、さっきの浄化した人工聖霊、奴が結界から抜け出た固体ですよ。脱走した者は女性のようだと目撃されてましたし間違いありません」
俺達の懸念事項の一つだった結界の穴から出た謎の人物、その足取りは中々掴めなかったが目撃情報は有った。それは黒いローブの女で、さっきまで闇刻術士だと思っていた。
「だけど人工聖霊なら納得がいきました。人工聖霊なら独自行動も取りますし喋る固体とも遭遇した事が有ります」
「そうか、なら警戒を次の強襲作戦が終わったら久々に解けそうだ。では仕事の話をしようレイ殿?」
そして俺達は北の地での強襲作戦のための具体的なプランを話し合う事になった。合議は数時間にも及び無事に完了し、決行は明後日となった。
◇
「と言う訳で今日はこれから余裕が出来たんだが……君達のお母さんに会う事は出来るかな?」
「「はいっ!!」」
旋賀の兄妹との約束を思い出した俺は会議室前で見張りをしていた二人に声をかけていた。そして二人の母であり俺の叔母と会うために彼らの実家へと向かうことになったのだった。
誤字報告などあれば是非ともよろしくお願い致します。
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