第79話「風の目覚め、札幌戦線に異常なし?」
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いきなり明かされた従兄妹の存在や行方不明の術師など色々な情報が錯綜している上にこの場に居るべき人間も居ない。だから俺達一行は涼風の姉妹に案内されるままに奥の間に通された。
「それで早馬さんは? あとジョッシュは札幌なのか?」
「それを話す前に説明良いかしら。そうだ琴音、巧の居場所分かる?」
「さあ、巧さんは術師じゃないから分からないよ。別に良いじゃない今回は術師の仕事なんだし一般人なんて」
「はあ、ごめん少し呼ぶ人間が――――「失礼します。楓、外の敵が片付いたみたいだから出て来たんだけど……お客さんかい?」
なんか色々と不穏な姉妹の会話を遮るように入室して来たのは普通の人間だった。この場合の普通の人間とは聖霊使いでは無いと言う意味で、つまりは一般人という意味だ。
「ああ巧、良かった。あんたの意見聞きたかったのよ。レイ君、紹介するね彼は山内巧。私の幼馴染で外部協力者よ」
「ああ、貴方が……何度か聞いたことが有る。初めましてレイ=ユウクレイドルです。よろしくお願いします」
「噂の継承者殿に知られているなんて光栄です。見ての通りの一般人なんで隠蔽活動と海外との折衝や雑務のお手伝いをしています」
俺が追放される前、中学生の頃、かえちゃんと出会って少しした時に聞いた事が有った。なぜ俺に親切にしてくれたのか。無能の自分を同格に扱ってくれるのか不思議で警戒感を隠さない俺に当時の彼女は話してくれた。
『私の幼馴染は普通の一般人で外部協力者って扱いなのよ』
『一般人が術師の世界で生きて、いけるのか?』
『ええ、家は色々と先進的なのよ。岩壁の乱を見てから海外を視野に入れてるの』
だから俺も行き場が無くなったら訪ねて欲しい、いつでも歓迎だと、涼風は海外へと門戸を開いているから人手は幾らでも必要で一般人も大歓迎と言われた。
「その割に叔父さんからの輿入れの件は速攻断られたって聞いたんだけど?」
「それは、だってレイ君とは同士で結婚とかは考えられなかったし……」
そう言ってチラっと山内さんを見る戦友の顔は俺の知っている顔とは少し違った。俺の見た事の無い女としての顔だった。
「え? どうしたんだ楓?」
「ああ、なるほどね……そりゃ無理か、へ~」
「なっ、何よ!! 言いたい事有るなら……いい、やっぱ言わないで!!」
見ると俺以外も気付いていて、この状況は山内さん以外は気付いているようだ。なるほど水森は間に合わず、涼風は既に相手が居たと、一つ疑問が明かされたな。
「さて、かえちゃんの面白い顔が見れた所で、今度こそ今の状況について説明してもらおうか?」
「もう……いいわよ。じゃあ巧、準備して!!」
「楓どうした? えっと……では皆さん、今からそちらの画面に表示します」
準備を始める山内さんを見る顔は照れているのが丸分かりで戦友で同士が幸せそうで俺まで嬉しくなった。この地に来て初めて心から喜べた話だった。
◇
古めかしい奥の間に似合わない最新の大型ディスプレイ、それにPCを繋いで現在の概略の説明に必要なデータが一斉に表示された。
「う~ん、最近は紙とかホワイトボードとかばっかでこう言うPCでの会議懐かしいよレイ。英国での会議を思い出すよ」
「ああ、日本はとにかく紙が多いからな……」
炎央院でも紙が多かったし話し合いも集まるだけで水森も似たり寄ったり、岩壁は知らないが涼風は進んでいるなと言うと後ろに控えていた流美が口を開いた。
「あのっ、一応は炎央院家も炎乃海様の案で一部にPCや電子機器を取り入れたんです。そもそもレイ様が帰国された際の映像などは大型ディスプレイに念写されて公開されたんですから」
「そうだったのか。その割に俺が戻ってからは使われなかった気がするが?」
「炎乃海様が謹慎になったのでIT化が停止されたんです。進めようとしたのですが衛刃様も刃砕様も苦手なので止まってしまったんです」
なるほどな、今度帰ったら叔父さんにアドバイスの一つでもしておこう。そう考えていたら大体の説明が終わっていた。
「じゃあ要点をもう一度確認するわね。今現在、北海道では三ヵ所が攻撃に晒されていて、ここ涼風本家の函館、そして兄が拠点にしている札幌、ここにジョシュアさんと一部の光位術士が逗留していて今も防衛行動を取ってるわ」
「そして最後が旭川です。皆さんにはまだ伝えて無かったのですが札幌以外にも敵の拠点が見つかりまして、そこに風聖師を派遣したんです」
楓と巧の話で大体の事情は理解した。その上で聞きたい事も有ったが先ほどから琴音の様子もおかしいし、後ろの俺の従兄妹たちも気にしている事について質問する。
「それで旋賀の二人の引率してた凪沢さんってのは誰なんだ?」
「ええ。この間の戦いで亡くなった前当主の弟で現第四席、つまり私の叔父さん。この間までは札幌で現当主の兄の補佐していた人なの」
姉妹が叔父と言っていたから親戚だとは思ったが、まさか生き残りが居たのか。闇刻術士と対峙して生き残っていたなんてな。
「ええ。早吾叔父さんは改革派だったから最近までは小樽に飛ばされててね地理的にも要所に居なくてほぼ戦闘に晒されなかった。逆に保守伝統派は、その……」
「いいよ楓姉ぇ私が話す。レイさん、保守伝統派の生き残りは本家を除いては分家七家の内二つでその内一つはレイさんのお母様の実家、嵐野家です」
「そう、なのか。じゃあ残りが改革派なのか? 意外と多いんだな」
なるほど、あの女の実家の話だから気を遣ってくれたのか、それにしても琴音さんは俺に遠慮が無い。やっぱり炎乃華のことを今も怒ってるのだろうか。
「いいえ、改革派は凪沢家のみでした。残りの保守の四家はこの間の戦いで全滅し家として断絶しました。一族郎党全て討ち死にか、ゴーレム術師になったか……もしかしたら私自身が……手をかけた、かも知れません」
「そうか……言い辛い事をありがとう。よく生き残ったな君も」
「私は皆に助けられただけです。満足に戦えていたか……そしてレイさん改めて、あの戦いの時は……ありがとうございました」
そして深々と礼をするのは二週間前に会った彼女と違い覚悟を決めた戦士の顔だった。なるほど俺にだけ怒っていたんじゃないようだ。では何に憤っていたのだろうか気になるが今は情報だ。
「そして戦闘に参加させないで逃がした分家の分家という意味で旋賀家の二人のような家もそれなりに有るのですが……実質的に当家は壊滅状態です」
「そんな事態になっていたんだ……こっちにそんな情報入って来なかったよ」
「それは仕方ないよ、アイリスさん。家もなるべく弱味を見せたくなかったから」
アイリスや流美も沈黙している中で、ひなちゃんがポツリと呟くように言った。
「私の実家は運が良かった……」
「そうね……例の試製試作型大型PLDSが一機でも有れば状況は変わってたと思う。そう言う意味で水森は幸運だったよ氷麗姫」
「さて、じゃあ状況も分かったところでどうする? こことは違って札幌には最新の設備を優先的に運ばせたよな? それに人員も」
「ええ、札幌はおかげで少数精鋭で戦えているわ。やはりエウクリッド家と朱家の人々の力が大きいわ。ただ……」
何か問題が発生したのかと聞けば楓も琴音も黙ってしまった。だから俺は山内さんの方を見て軽く頷いた。
「言おう楓、彼なら大丈夫なはずだ。そのためにジョシュアさんにもお願いしたんだ。実は――――」
そこで聞いた話に俺は言葉を失った。あまりにも想定外の言葉だったからだ。
「それは、本当……ですか?」
「はい。ジョシュアさんが来てくれてからは少し収まったのですが……我々では」
複雑な表情で言う山内さんに俺は軽く頭を下げた上で涼風の姉妹にも頭を下げてゆっくり話を切り出した。
「了解した。かえちゃん、いや涼風楓殿、そして琴音殿、お二人にはご迷惑をかけた。本当にすまない」
「いいのよ。全部、力を失った私達が……それに貴方への仕打ちを考えたら我が家は罰を受けるべきよ……」
俺はあの女や炎央院には恨みが有るし、あの女を支援していた涼風にも恨みが無いわけでは無い。だが、それでも俺の価値を認めてくれた戦友に対する仕打ちとしては看過できないし許せない。
なるほど琴音さんもそれで怒りとも何とも取れない態度を俺に対して取っていたのか理解した。
「だがっ、くっ……明日、札幌に行こう。構わないなアイリス?」
「ええ、部下の不始末は私達夫婦の責任……それにお爺様も朱家は牽制しておけって言ってたから、良いわレイ」
「それと迷惑料と言うわけじゃないけど俺とアイリスがこの地域一帯に大規模な結界を展開するよ。一ヶ月は持つはずだ」
横のアイリスと一緒に協力すると、ひなちゃんも言ってくれた。
「いいの? 今はとても対価は出せない状況なんだけど?」
「何度も言わせないでくれ。俺と君の仲だ……当時の俺の価値を見出してくれた数少ない同士だろ? 任せろよ……これでも強くなったんだぜ俺」
そう言うと俺達はすぐに奥の間を出て涼風の屋敷の庭に出る。簡易結界が効いているようで結界に触れて悪鬼が次々と消滅しているがビクともしない。ひなちゃんの結界は前と比べて格段に強力で、これなら安心して俺達の準備が出来る。
◇
「じゃあ行くよ!! 光の巫女としてここに結界を展開しますレイ……」
「ああ、久々だが行ける……アイリス」
俺とアイリスは手を繋いだ。実は今回の俺の仕事はこれだけだ。簡単な防御結界なら俺でも発動出来るが幾重にも編み込む複雑な対魔の結界は俺だと数日かかる。しかしアイリスは違う。膨大な聖霊力を用いれば数分で展開が可能だ。
「エデンバラを思い出すな……」
「そうだね。あの時も私が結界を展開して闇刻術士を結界内に追い込んだ……じゃあレイの力貸してね?」
「ああ、全部持って行け!!」
俺がやる事は聖霊力の供給だ。俺が闇刻神を二度撃退した時レイブレードを使う際にも手を繋いだが俺達は二人で一つの唯一無二の存在。だから最大の術を使う時は常に二人一緒に放たなければならない。
「じゃあ行くよ!! ひなちゃん補助よろしく!!」
「お任せを!! 二人は存分に力を解放して下さいませ!!」
俺達が結界を作り出し始めた時に周囲でざわめきが起こる。ひなちゃんと水の聖霊帝が出現し青い光で結界の余波を抑え、同時に溢れる聖霊力を制御し結界の形を固定していく、そして函館の夜空に白と青の閃光が迸る。
「凄い数の聖霊だ……」
「何百、いやもっと多くの聖霊が……」
「人型の聖霊、あれが聖霊帝……」
旋賀兄妹が驚いているがそれは琴音や他の風聖師たちも同様だ。俺達三人の聖霊力に反応して何百何千の聖霊達が集結する。
唯一この場で聖霊が見えてない山内さんは周囲の空気や流れで何とか察している感じに見える。そしてその横で楓が突然光り輝いていた。
「えっ? これって……私……何なの?」
「まさか、楓様のこの力は似ている……氷奈美様と同じ、まさかっ!?」
そんな話をしている間にも結界がどんどん構築されていく。ひなちゃんの作った簡易結界を内部から浸食し合わさりさらに規模を広げて巨大になっていく。
「レイ、一気に行くよ~!!」
「ああ、頼むぞアイリス!!」
「よっし一気に……って、あれ? この力は、そっか、手伝って楓さん!!」
再び楓の方を見ると彼女は濃い緑色のオーラに包まれ強い風の聖霊力を纏っていた。そして隣にいた山内さんが吹き飛ばされ琴音さんに支えられていた。その場所に新たに出現する影が一つ。
「なっ、なんなの? これって……まさか!?」
「そうだよ!! それが風の聖霊帝だよ……大丈夫、楓さん全部任せちゃえば自然と同期できるから。落ち着いて!!」
そしてさらに強い風が吹き荒れ緑と白に近いグレーのような色の十二単を着た人型の聖霊が顕現した。
「あっ、分かる……うん、じゃあ今日からお願いね『疾風の兵』光の巫女と一緒に結界を!!」
緑の着物の聖霊は確かに頷くと両手を天に掲げ俺達の構築した結界の補強をするように風の聖霊力を送り込む。さらに負けじと水の聖霊力も補助に入る。これが巫女三人による三重結界で日本市場最も強固な結界になるだろう。
「良い感じ。二人とも初めてなんて思えないよ……じゃあエルゴ、それとヴェインもお願い!!」
そしてさらに激しく輝き青と緑の奔流が白い巨大な光と混じり合うようにして、まるで昼間のように明るくなり、その光で周囲どころか北海道中の悪鬼や妖魔が一瞬で殲滅された。
――――同時刻・札幌
「だからいい加減にしやがれ!! 今は手柄や縄張りとか言ってる場合じゃ――――んっ!? これは……やっと来たのか……バカップルが」
「こっ、これはジョシュア殿、何ですかこれは……」
ここは涼風の札幌の仮本部で先ほどまで妖魔や悪鬼への対策などを巡り議論がなされ今は乱闘寸前でジョッシュが止めに入っていた所だった。
そこにレイとアイリスと二人の巫女による強大な聖霊力が大爆発したような揺らぎが来たのだ。
「来たんだよ。お待ちかねの二人がな。良かったな明日にゃ指揮権は統一されんぞ、それと覚悟しとけ、お前らはレイを、光の継承者を知らな過ぎる」
「ですが、これは我らの総意、光の継承者様のためでも有ります!!」
「そうかよ。取り合えず今日はもう各自待機でいいだろ?」
そう言うと朱家の光位術士はそれぞれ持ち場に戻って行った。それを見てジョシュアと先ほどまで口論になっていた涼風家現当主、涼風早馬は大きくため息を付いた。
「申し訳ないジョシュアさん」
「気にすんな。レイならこんな事は認めねえよ。それにあんたには美味い酒を奢ってもらったからな」
そう言ってジョシュアはウインクすると早馬も苦笑した。早馬は心から彼が来てくれて助かっていた。そして彼を寄こしてくれたレイには感謝しかなかった。
「今の聖霊力が黎牙、いやレイなのか……あの戦いは途中から気絶していてね。恥ずかしながらここまでなんて知らなかった」
「ま、これがあいつらの本気……より少し足りないから70%くらいの力かね。ま、これなら明日来るぜ、敵は今の浄化で当分は出現しないから寝ようぜ?」
「ああ。ではエウクリッド家の皆さんも休養してくれ見張りは我らで行います」
そう言うと仮本部の残りの光位術士もその場を後にした。室内にはジョシュアと早馬、そして数人の風聖師のみになった。
「良いのか? そっちの負担が大きいぞ?」
「大丈夫。今の我らにはこの程度の事しかできない……明日にはレイも来てくれるのなら、これくらいは任せてくれ」
そうしてジョシュアは分かったと了承して部屋を後にした。そして自室として割り当てられてる部屋に戻ると英語で悪態をつく。
「ったく……こう言うのは頭脳労働担当だろうが、レイとかワリーとか……あとはフロー、連絡してねえから怒ってんだろうなぁ……」
◇
まさか同僚が愚痴っていたとは知らず俺達は函館の、いや北海道の夜空を三色の光で幻想的に彩った。翌朝の新聞には北海道全域で季節外れのオーロラが出たと翌朝のワイドショーを賑わせて俺の元実家や他の四大家から苦情が来るのだが、それはまた別の話だ。
「よし完了~。ひなちゃん、それに楓さんもお疲れ様、どう? これが巫女式の結界術だよ、行けそう?」
俺から力の供給の有ったアイリスとは違い氷奈美、楓の両名は息も絶え絶えな様子で地面にへたり込んでいた。
「何とか……ですが消耗が凄まじく……しばらく動けません」
「うっ……もう、ダメ……」
そして楓の方が先に倒れてしまった。慌てて向かおうとする俺をアイリスの手が離さずに目線だけ楓の方に向け見ると納得した。
「楓!! 大丈夫か!? 誰か医療班を!!」
「はっ!! そうです山内さんの言う通りです。すぐに!!」
倒れ込む寸前の楓を真っ先に支えたのは吹き飛ばされそうになって琴音に支えられていた山内さんで心配そうに楓を抱き抱えていた。
『アイリス、フォトンシャワーはしなくて良いのか?』
『それは野暮でしょ。聖霊力の枯渇だから数時間で目覚めるから大丈夫。巫女舐めないで、それに楓さんと山内さんを二人きりにしてあげられるでしょ?』
『それはまた、随分とお節介な事で』
『私は恋する巫女の味方なんですよ~』
二人だけで聖霊間通信をして微笑み合う俺とアイリス。この晩の戦いは何とか終結したのだが、この時の俺達二人を呪うように見ていた視線に最後まで気付けなかった。
誤字報告などあれば是非ともよろしくお願い致します。
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