第77話「決着と疑惑、そして北へ」
「つまり結局は説得し切れずに後を私に引き継いで来月の頭には二人で戻って来いと? 日本人のあなたが説得出来ないのに私が?」
「俺も来月には迎えに来るから取り合えず二人の事を先延ばしするにはこれしか無かったんだよ。ひなちゃんだけでも許可貰えたのは大きいだろ?」
俺は運転する車内で部下に説教されていた。正直に言うと何も言い返せない。そもそも管理職なんて今まで経験なんてほぼ無いし、戦闘任務での小隊長が関の山だ。こんな業務全般を通していきなり役員待遇なんて継承者でも無理がある。
「確かに光位術士の見習いと水の巫女なら優先度の高さは……でも本当にそれだけかしら継承者殿?」
「え? まあ、ひなちゃんは頼りになるし側に居て欲しいとは思ったけど」
「っ!? 傍に……はい。可能な限りお傍に居ますね!!」
俺は本音を言っただけだが、ひなちゃんは喜んでるように見えた。部下の士気を上げるのも上司の務めだ。でもどうしてだろうか……横の妻の視線が冷たい。
「はぁ……それよりもレイ、あなたの耳に入れておきたい話が有るの。例の戦場、あなた達が闇刻神を浄化した場所だけど結界内の調査をしたら一部浄化されないままの遺体や遺品が見つかったのよ」
それは初耳だった。例の戦場について最後に聞いた話は結界の一部に穴が開いたという話くらいだ。俺は気になったが運転中なので頷くだけにして先を促した。
「何があったのフロー?」
助手席で少しご機嫌斜めだったアイリスが後ろを向いて先を促すとフローは話し出した。
「ええ、ダークソイルとダークウィンドーのローブと神器の刀がそれぞれ見つかったわ。私の聖霊で周囲を確認もしたけど確実に倒したようね、二人だけは……」
「二人だけ!? まさかダークフレイは倒せてないのか!?」
俺は運転中なのに思わず大声を出してしまいアイリスに運転に集中しろと言われてしまった。全くの正論で俺は一気に冷静になれた。
「詳しくは分からないけどダークフレイの存在は聖霊力も含めて痕跡が欠片も無いのよ。二人と違ってダークフレイだけ異常なのよ」
その事実だけで車中は沈黙してしまった。だが幾分か冷静になれた俺はふと思い出した事が有った。
「フロー、それは奴だけが四卿の中でゴーレム術師だったからじゃないのか?」
奴は仮初の肉体だった。だから闇の力の込められた土と水だけで簡単に回復していた。その後の報告でゴーレム術師は戦闘後に行われたアイリスの大規模浄化で簡単に滅せられたと報告が有った。
「ええ、私もそれが引っかかってね。だからPLDSと過去の結界のデータを見たかったのよ。ここで闇刻術士と一度戦ったでしょ? その時の結界のログを回収できればと思ってね……それで早く来たのよ」
「あの時か……あの時は本当に助かったよ。二人が……フローとジョッシュが来てくれなければ俺は今頃」
改めて二人には頭が下がる思いだ。英国に渡ってからは仕事はフローに生き方はジョッシュに教えてもらった。友や部下であると同時に二人は大事な先輩だった。上司や部下の関係になってもこれは変わらない。
「そうよね~、ひなちゃん守るために全力だったもんね? あの時こっそり私もヴェインと出てたんだから」
「そうだったのなら助けて下さいよ。私もレイさんも必死だったんですから……特にレイさんは誰かさんが寝坊助だったせいで凄く、すご~く怖くなったんですよ?」
ひなちゃんが言うとアイリスが「うっ」と呻いていた。
「ま、アイリスも大変だったから、その辺で勘弁な? ひなちゃん」
「分かっていますよ。アイちゃんが一番大変だったのは、よ~く分かってます」
ひなちゃんは苦笑しながら言うがアイリスは俺の横で頬を膨らませていた。怒った顔も可愛いな俺の嫁は、運転してなければ抱きしめていただろう。そして程なくして俺達の車は水森本家へ到着した。
◇
「フローせんせ~!! 支社長に生贄にされました~」
「よしよし、私がしばらく一緒にいるから大丈夫よ~。パワハラに二人で耐えましょうね~。大丈夫、経費はふんだくって来るから」
フローと水森家の本邸に戻ると清花がフローに抱き着いて甘えていた。部下に恨まれるのは上司の務めだと自分に言い聞かせるが内心は複雑だった。
「それでレイさん実際どうなんですか? 私の拘束は一ヶ月で終わりそうですか?」
「終わらせるさ。二人も光位術士を出すんだ。見返りはしっかり頂くよ。あと清花にはこっちでフローと修行してもらって同時にPLDSの整備とチェック方法も習ってもらう、つまり新人研修だ。幸い凍夜殿の方も援護してくれるしな」
俺の意図を説明していると清花は不思議そうな顔をしていた。そう言えば業務中なのに普通に『さん付け』だし注意すべきだろうか。
「水宝寺のおじ様とレイさん、あっ、支社長って何であんなに親しいんですか? 昨日の会合中も援護してくれてたみたいだったし……」
「そうか清花だけは昨日居なかったから話して無かったな、あの人、炎乃華や炎乃海姉さんの祖父、つまりお爺さんなんだ」
「へ? ええええええ!? 家の一門から炎央院に人なんて出てたんですか!?」
これも昨日の飲みの席で話して知ったのだが、清一は俺と一緒に居た時に初耳だったが同じ水森でもあった、ひなちゃんも炎央院と水森の関係は知らなかった。
「実は私も昨日知ったの……清花」
「姉さまもなんて……当然、兄さまは知らなかったんですよね?」
清一をからかうように言う清花の話を聞き流しながら俺は今さらながら考えていた。岩壁、つまり現ロックウェル家を除けば四大家の三つが外戚関係だった。それ自体は驚きが無い。何度も言うが日本の術師は血筋が重要視される。
「だけど納得した。炎央院の合議では女性は数名居たけど当主の関係者は一人も居なかったのは二人とも傍流だったからか、叔母さんもあの女も……」
「直系主義でしたか、我が家の男系主義とは違ってまた厄介ですね炎央院も」
直系の炎央院の人間、または門下や分家も家長とその直系の者だけしか合議には参加出来ない。つまり基本的には家長と嫡子のみで例外は実力を認められた席番付きのみだ。厄介だと言ってるが、ひなちゃんも席番は水森で第三席だったはずだ。
「ま、その席番も基本的には本家の人間に聖霊力で勝てるはずが無いから自動的に本家の人間と分家代表だけで固まるんだ。それでも家の中で一番強い次期嫡子が女子の場合も有るから女性は居たんだ」
「ある意味で我が家よりも先進的なんですね。水森は男優先ですからね。ま、私やレイさんには関係無い話でしたよね~?」
なぜか家で冷遇されてた同士で同意を求めて来た清花だったが実は俺は少し違った。
「いや、俺は合議や会合には参加出来てたんだよ。叔父さんの強い要望でね。これでも無能とは言え嫡子だったからな」
「そうですよ清花。そもそもレイさんは小さい頃から嫡子として教育されていたんですから貴方とは立場は違うのよ。それに知略や自分の力だけで炎央院の家で生きて来たんですから基本的な能力が高かったのです」
清花に言い含めるように言うひなちゃんの言葉は俺には少しくすぐったい。無能時代の俺を褒めてくれる人間なんてアイリスくらいだったから他にも見てくれている人がいたのを知れて嬉しかった。
「私だって小さい頃からレイのいいとこいっぱい知ってるから!! ね?」
「ああ、アイリスが見守ってくれてなければ今の俺は居ないさ。ひなちゃんもありがとう、見ててくれた人が居たってだけで救われるよ。当時の俺が……」
そしてその日はフローの歓迎会と俺達が東京へ戻るため宴が開かれた。なんか俺達こっちに来てから飲み会しかしてない気がする。
その宴で令一さんは元より他の三家の当主にも酒をガンガン飲まされ不覚にも酔い潰れそうになり部屋に運ばれてしまった。アイリスと清一に運ばれたのが最後の記憶だった。
◇
「ううっ……んぁ? アイ……リス?」
その晩、俺は不思議な夢を見た。嫌にリアルな夢だったが夢に決まっていると起きた今でも思っている。
「レイさん……」
「え? ひな……ちゃん?」
目の前には寝巻用の薄い浴衣の帯を緩めて半裸になった水森家のお姫様が居たからだ。どうやらここ数日アイリスと夫婦の営みをしていなかったせいで色々と欲求不満だったのかもしれない。こんな夢を見るなんて……。
「せめて、せめて一夜だけでも……」
「あっ、ああ……いやいや酔ってるよね? 嫁入り前の女の子がこんなこと」
「構いません!! 私は、私はっ!!」
「ちょっ、ひなちゃ――――んっ!?」
そして彼女に覆いかぶされてしまうと言うとんでもない夢だ。本当にたった数日で俺は大事な部下で妻の親友のこんな夢を見るなんて最低だ。起きると本当に何も無く嫌な汗だけをビッショリかいていた。
「いつつ、二日酔いか……それにしても変な夢を見た。いや正直夢の中では良い思いしたんだけど……って最低だ。俺……」
そんな事を思っていると障子越しに声をかけられる。
「レイさん。良いですか? 出立前に父が話が有るとか、兄さまと私とアイちゃんも呼ばれてますので来て頂ければ」
「あっ!? ああ、わ、悪い。すぐに出る!!」
「えっ? すぐでなくて大丈夫ですよ? 朝食後で大丈夫だそうです。では私はこれで、後ほど食堂で」
陽光に揺れ障子に映る影が昨夜の夢の中で着崩した彼女を連想させて俺はまるで思春期の少年のように焦っていた。そんな歳でも無いだろうに何をしているのやらと俺は焦りながら自分の浴衣が少し着崩れているのに今さら気付いた。
「寝相が相当悪かったようだな……さて着替えて軽く汗を流してから行こう。汗臭いのはさすがにな」
俺はそのまま朝の鍛錬の終わった清一と朝から浴場で出会って朝から裸の付き合いとなってしまった。そこでぼかして夢の話をしていた。
「いや、俺は基本的に女の夢とか見ないですね、あ、師匠は割と出て来ますよ!! 昨日も負けました夢の中で!!」
「そうか……ま、お前に聞いた俺がアレだったか……」
その後に朝食の場に行くとアイリスやフローが座っていて水森の姉妹は厨房で料理を作っていたらしくパン食のメニューを二人に、そして残りのメンバーはご飯を主食としたものを用意してくれた。
「私はどっちでも良いけどフローが一人でパンはかわいそうだったからね~」
「悪いわね。どうもライスはね。嫌いじゃないけどシリアルかパンの方が助かるわ」
「お任せ下さいフロー先生、準備はしておきましたので!! もちろん例のワインも!!」
そう言って盛り上がる二人を見ながら俺は朝のことを思い出して、ひなちゃんの顔を正面から見れずにいた。なるべく清一やアイリスの方を見るようにして変に思われたりしたので慌てて話題を提供する。
「当主の話って何か分かるか清一?」
「いいえ、氷奈美の方がこう言う時は分かるんじゃないか?」
動揺して俺は清一に話を振ったが、ひなちゃんの方に丸投げしやがった。しまった、こいつは頭脳労働苦手だからこの手の話は全部ひなちゃん任せだったんだ。
「えっ!? そう、ですね……たぶん私のことでのお小言かと……あの、レイさん? どうしたんですか?」
「そうだよレイ。さっきから様子が変だよ、な~んか怪しい」
咄嗟に目を背けたから俺の行動はますます怪しいものになっていた。迂闊だった何も悪い事はしてなのにこれでは浮気を隠す男じゃないか。夢だったんだし堂々とすべきだ。
「いや、朝から変な夢を見てな……それで少し、何でも無いんだ。そうか、やっぱり令一さんは最後に何か有るのか」
「変な夢、ですか? 夢見が悪かったのですか? お体には気を付けて下さいね。私の実家で何か有ったのでは、その……さすがに心配してしまいますから」
確かにその通りだ。俺が毒殺なんてされる事は無い。しかし実は酒などのアルコール類では酩酊する。病気や死に至る怪我以外では聖霊は意外とノータッチなのだ。
一説によると聖霊使いは酒豪が多いのは聖霊も聖霊使いを通して飲酒しているのではという逸話もまことしやかに囁かれている。
◇
「じゃあ後は頼んだぞフロー、それに清花も」
「了解、支社長」
あれから四人で令一氏に挨拶に行くと最後まで諦め切れないのか泣きそうな顔をして懇願された。ひなちゃんの事をくれぐれもよろしく頼むと、そして新たな聖具を渡された。
「ですが、『氷麗の角』ですか……わたくし、短刀はあまり使った事が無いのに」
「守り刀、つまりはお守りだって親父も言ってただろ?」
どうせなら実用性の有る物が良いと言っていた辺り令一氏の想いは届いているのか心配になったが彼女らしいとも思ってしまう。そうして俺は後ろから光位術士の隊服に着替えた彼女の項を見ていた。
「レイ? どうしたの?」
「あっ、いや、何でもない……少し考え事だ。それよりフロー、例のデータの吸い出しと精査を頼む。奴が生きているのなら油断は出来ない」
そう言うとフローも頷いて任せて欲しいと言った後に連絡して来ない自分の夫についても見て欲しいと頼まる。ジョッシュが連絡を取らないのは割と多いのだが、それでもフローにだけは高確率で連絡をするのだ。
「それは少し不気味だな……ま、初めての日本での単独行動で、しかも札幌なら飲み歩いてる可能性も有りそうだが」
「あ、無事は確認出来てるの楓さんから連絡貰ってる。今は涼風の姉妹と朱家の残った光位術士の四人で動いてるらしいのよ」
なるほど、朱家の次期当主が残してくれた人間なら戦力になる。涼風の二人も基本的には奥伝を使えるから対抗は出来るだろう。
例の封印の穴から逃げた何者かは恐らく聖霊で、結界が現在進行形で消失している東北から北海道にかけて潜伏している可能性が非常に高い。
「分かった。俺に直接連絡するように戻り次第手配する。フローにも連絡するように言うか?」
「いいえ。久しぶりに羽も伸ばしたいだろうからねアイツも」
そして俺達は最後までしつこい令一氏を押さえつけ密かに俺個人の連絡先と連絡手段を交換して真相を探る約束をした凍夜殿や他の三家の人間とも挨拶を交わし出雲の地を後にした。
そしてそれから三日後に俺達は今度は北の地、札幌に向かう事になった。情報は風の巫女の楓からで闇刻術士と日本の協力企業の潜伏先が判明したのだ。
「レ~イ、また出張なの? さすがに疲れたよ~」
「嫌ならアイちゃんは残っても大丈夫ですよ? 私は付いて行きます。それに嵐迅結界の調整なら私も協力出来そうですし」
巫女二人の意見がバラバラだが俺達は東京に戻ると今度はすぐ札幌に飛ぶ事になった。メンバーは清花を抜いた四人で動くのだが、その前にある懸念事項を解決するため東京支社にある人物を呼んでいた。
「それで私なのか継承者?」
「はい、エレノアさん。美那斗の教育と同時にこの件について調べて頂く事は可能でしょうか? 流美にはもう頼めませんので」
「調べるのは問題無いが、しかし私が探りなど入れるのはマズイのでは?」
「その点は心配無用です。ある人物に協力を頼みました。あの人なら動いてくれるはずです。何より知りたがるはず……俺と同じで」
それだけ言うと俺はエレノアさんに冷香叔母さんの件の事前調査をお願いした。今は仮でSA3の特別顧問に就いて貰っているが実際はSA1の再編成が始まるまでは休暇扱いとなっている。
美那斗が中学校に行ってる間は炎央院の南邸、つまり俺が逗留した場所で放課後の美那斗の訓練や一緒に炎乃華や真炎の面倒も見てくれているそうだ。
「君のお父上や当主殿も最近はお相手をしているよ。特に当主殿は足が治って日が浅いから実戦の勘を取り戻したいらしい」
「叔父さんが……では、よろしくお願いします。あくまでメインは協力者が動いてくれるはずです。協力者の……炎乃海姉さんのサポートをお願いします」
「ああ、炎乃海とも何だかんだで付き合いはそこそこ有る。それに我が社の利益が関わっているのなら動かざるを得ないからな。任された」
そして俺達四人は即座に北へと向かう。拠点への攻撃ならジョッシュと光位術士が五名も居れば安心だが俺は嫌な予感がしていた。
誤字報告などあれば是非ともよろしくお願い致します。
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