第76話「深まる謎と騒動」
最近は忘れていた過去だ。俺の追放前は心に留めていた思い出だったのに追放された後は他の過去と一緒に忘れていた数少ない優しくて楽しかった思い出。その象徴的な人物の一人が炎央院冷香、俺の叔母だった人だ。
「つまり、あなたは、あの二人の祖父……?」
二人と言うのは俺の従姉妹の事だ。言われてみれば俺は血縁上の母親の出自が涼風家の関係だと最近まで知らず、そして当然ながら二人の外縁の祖父母の存在など聞いた事が無かった。それだけ俺の元実家が閉鎖的だったということだ。
「知らされていなかったのか。本来なら私は君に恨まれても仕方ない人間だ。だが、同時に私は炎央院を強く憎んでいる。私の娘を奪った炎央院を……」
「自分も叔母さんの、いえ冷香殿の葬儀には参列しましたがそのような事は」
俺が動揺して答えると少し落ち着きを取り戻したのか目の前の老人、いや遠縁の親戚に当たる人間は話し出した。
「ああ、だが娘は苦しんでいた。私に窮状を告げる手紙が何通か届いた後、それが急に途絶えたかと思えば急死の知らせ、元から体の弱い子ではあった……それでも術師だったのだ……有り得ん!!」
「その、俺にとって冷香殿は失礼ながら母のように思っておりました。あの二人と同様に……私のことも可愛がってくれました」
そう、あの人は俺が無能で期待外れだと思われ始めた時でも叔父さんと一緒に励ましてくれた一人だった。乳母とも引き離された俺の拠り所は優しかった頃の炎乃海姉さんと冷香叔母さんくらいだった。
「炎乃華はまだ小さくて何も理解してなかったので……」
「孫二人にも君の追放後は一度も会っていない。情けなくてな、君に対してかなりの不義理を働いたと草から、炎央院に潜んでいる部下から……な」
もしかしたら叔母さんの葬儀の時に会ったのかも知れない。あの頃はまだ嫡子として扱われていたからだ。しかし葬儀の時は幼い勇牙と炎乃華の世話をしたり、炎乃海姉さんを慰めたりと流美と二人で子供の世界ながら色々と忙しく動いていて記憶が曖昧だ。
「そうですか……っ!? まさか叔父さんと通じて炎央院側と連絡を取り合っていたと言うのは」
俺が日本に戻って令一氏と話した時、炎央院側に内通者が居ると令一氏は言っていた。炎央院側は叔父さんとその部下なら水森側はこの人だったのではと俺は推測していた。
「ああ、私の部下だ。報告は私がしていた」
なるほど、確かに令一氏や叔父さんは大学時代の学友だと聞いたが互いの立場上、大人になってからはそこまで親しく出来なかったそうだ。その代わりに文などでやり取りはしていたと聞いた。
「その仲介をしていたのが、あなただと?」
「元は冷香の仕事だったのだよ……そして気付けば衛刃殿を好いていたそうだ。当時は令一くん、いや現当主の護衛として大学にも通わせていてな」
そうだったのか……叔父さんは政略結婚じゃなくて恋愛結婚だったんだ。いや、叔母さんにしてみれば職場だから職場結婚なのか?
「だが彼も私の娘を守ってはくれなかった……」
「そっ、そんな事は……」
「分かっている。ああ分かっているさ……彼がそのような人間では無いと!! だが炎央院側からは心不全だと、急死だと、こんなふざけた答えが許せるか!!」
「なっ……そんな事って有るんですか師匠?」
それは確かに有り得ない。憤るのも当然だ。なぜなら聖霊使いは聖霊に守護されているから安易に原因不明な死などは起きない。老衰以外で有るとすれば聖霊ごと消滅か、それに近い何か大きな事件が有った場合のみだ。
「……通達は、知らせは誰から告げられたのですか」
「前当主、つまりは――――「クソ親父からですか……凍夜殿、冷香叔母さんは無能と呼ばれた俺にも優しくしてくれた恩人でした。あの家で叔父さんと叔母さん、あの二人が俺にとって心の支えでした」
「そうか、そうだったのか……冷香が……」
そう、叔父さんの教えと叔母さんへの想い、意識はしていなかったが俺が追放されるまでの地獄のような日々を耐え抜けたのは二人との絆が有ったからだと言っても過言では無い。
「だから俺が今こうしていられるのは冷香叔母さんのお陰です。お約束します。必ず冷香叔母さんの死の真相を炎央院の奴らから聞き出します」
「本当にか? 炎央院であった君が……?」
冷香叔母さんの死の真相が分からない上に無下に扱われては不信感を募らせるのも当然だ。それに俺は叔母さんには本当にお世話になった。昔、あの人と果たせなかった約束も有るから俺の口は自然と動いていた。
「炎央院の人間であったかは関係有りません。冷香叔母さんの甥だったからです。信用されずとも構いません。ですが俺は必ず恩には報います」
「分かった……では、それまでは……」
「はい。その問題が片付くまでは氷奈美さんの事は棚上げで先送りした方が良いと考えますので、《《その事について》》お口添えをお願いしたく思います」
そう言うと凍夜殿は深く一礼すると俺も返す。そして朝の邂逅は終わった。まさか朝からこんなハードな事態になるなんて思わなかった。だが同時に収穫も有った。
叔母さんの件を利用してしまう形になったが、ひなちゃんの問題を先送りに、つまりは時間稼ぎが出来ると俺はそう考えていた。
◇
「では以上で水森家としてユウクレイドル家への要望は伝えた事になる。レイ殿、そしてアイリス殿、仔細の確認のお時間も必要と考えるがいかに?」
「当家と致しましては三点、まずは水鏡家との事業提携は東京支社を窓口にこれまで以上の支援と技術提携をと考えております。その際にはL&Rグループとして水鏡商事との直接の取引として頂く点」
ここは昨日も使った会合の場で落ち着いた和室だ。会議というよりは寄り合いに近い形を取っており座布団に座っての会議だからアイリスは慣れないようで少しやりずらそうに見える。
「分かりました。ですが当社は九州に本社が有りますので今まで通り東京の方が、いさぎよーのではないとよ……ゴホン、ないのでは?」
「それで構いません。水鏡さんとは表と裏の双方での付き合いを密にして行きたいと当家は考えております」
眼鏡をかけたほっそりした壮年の男性、水鏡昇流、水鏡家の当主が少し九州の訛りを出しながら焦った様子で答えた。確かに清花の言う通りどこか清水さんに似ている。
「とよ? って何ですか?」
すると横に座っているアイリスが不思議そうに何か契約に関わることなのかと俺に聞いてきた。
「確か九州の方言……でしたよね?」
「すいません。共通語でないと奥様には……」
そう言って互いに苦笑していると割って入るように隣に座っていた大柄な男性、氷藤洋直が話し出す。正直言うと一番面倒だと言っていた清花の言い分は正しかった。
「そうでしょう、そうでしょうとも!! 私も出身は広島なので、たまに訛りが出てしまうのですがね、はい。今は会談の場ですから問題有りません。はい」
このように良い感じでウザい。なまじ悪意が無いが喋り方がウザいのだ。それだけならマシなのだが、それだけじゃない。一言でこの人を表すなら《《お見合いオバサンの男版》》なのだ。
「そこでレイ殿、氷奈美お嬢様です。お嬢様は奥方様と同い年で聡明、さらに奥方様が疎い日本の術師事情にも精通しています。お側に侍れば水森の家との関係を内外にアピール出来ます!!」
「洋直殿……その、アイリス殿もいらっしゃる前で……」
ひなちゃんが青筋をピクピクさせて言うが氷藤家の当主は悪びれた様子も無く形式上の謝罪を示して愛想笑いを浮かべる。正直強いぞ、この人。方針と言うよりか交渉係で面の皮が厚すぎる。
「これはこれは、つい、つい家を思うあまり口が、出過ぎたことを申し上げました氷奈美お嬢様。いやいや年を取ると、こう色々と、ハハハ」
「下らんな。レイ殿、口だけのたわけ者の話は流してよろしい。それより当家としては英国や中国などの聖具の件、さらには大型結界発生装置についての話がしたい」
ここでアイリスが能面になって俺とひなちゃんが焦っていると凍夜殿が流れをぶった切って入って来た。見ると微かに頷くのを見て味方だと再認識した。助けられたんだ。さすがは冷香叔母さんの父上だ俺のクソ親父とは違う。
「なっ!? 水宝寺の、君は水森の将来について何も考えないのかね!? 事情は知っているが個人的な――――」
そう言って二人が言い合いになるのを察した上座にいた令一氏が怒声を発した。
「止めんか騒々しい!! 洋直、お前の言い分非常にもっとも、なれど今は水森家とユウクレイドル家との交渉。氷奈美と清花の事は最後まで待たぬか!!」
「ふんっ、洋直よ少し黙って見ておれと当主からのお言葉しかと受け取れよ」
「凍夜殿も……我ら若輩を煽るのをお止め下さい。客人が驚いていますぞ?」
そう言って令一氏はこっちを見て懇願するような目で頷いた。ここで聖霊間通信など使ったらバレバレなので使えないが分かったので助け舟を出す。
「いえいえ。忌憚なき意見を聞け当家としても安心しました。氷藤殿のご提案も氷奈美さんと話し合って近くお返事したく思います。それで凍夜殿の話ですが――――」
そこからは前回、簡易的に設置した大型PLDSの成果報告や不満点などのレポートの確認。さらには各聖具や試作型光位術バッテリーの貸与などの戦闘方面の話が続いた。そして凍夜殿は長々と話して氷藤家の時間を大幅に奪った。
本当に老獪な人間で、朝の出来事は本当に我を忘れていたのだろう。
「むっ、時間……ですね。では氷奈美様とお子の事などは引き続き一緒に行動し仲を深めて頂くということで今回は納得致しましょう」
「はぁ、頂いたお時間を無駄にせず誠実に向き合いたいと考えております」
それにしても厄介だった。このオッサンは凍夜殿が時間を削って二十分しか無いのにデートのセッティングやら、とにかくしつこく闇刻術士と戦うよりも大変だった。
「ふぅ、では氷奈美のことは……納得、しよう……レイ、殿。どうか我が娘を……よしなに、たの……む、ぞ?」
うわぁ……血涙出てもおかしくないくらい怖い顔してる。ひなちゃんは顔真っ赤で恥ずかしそうにして横のアイリスがニヤニヤして拍車をかけている。
「はっ、これからも氷奈美さんには水の巫女として我が妻の補佐として、また当社の有能な社員としても支えて頂きたく、今回はご許可頂きありがとうございます」
「うむ。レイ殿を信用している……だがっ!! だが、清花はダメだぁ!! 絶対にダメだっ!! 話が違う、何で東京などに戻さなくてはいかんのだ!!」
「「お父様っ!!」」
「親父ぃ……我慢の限界か……」
三人の子供達がそれぞれの場所で頭を抱えていた。娘二人はその場で叱責し息子は横で呆れている。
「確かに彼は強くなった。氷奈美も嫁にとは昔から考えていたから仕方なく、仕方なく諦めるためにここ最近は考えていた……だが清花はならん!! まだ術師になって日も浅いのだ。せめて半年は……」
「お父様!! 半年も有ったら私が職場で後輩に置いてかれます!!」
「そんなに厳しい職場なのか!? そんな場所にお前を置いておくなど……。そうだ、ここはやはり水鏡の関連企業で働くのはどうだ? そもそも婿などまだ早いのでは無いか、そうだろう?」
「お父様は過保護過ぎます!! 私だって今や立派な光位術士なんです!!」
こうして水の三家と俺達を置いて親娘喧嘩のようなやり取りが始まった。清一は俺の方を見ると目で合図した。助けてくれと……いや、無理だから、さらにこの騒動に三家は見事にバラバラの行動を取った。
「お二方の話はまた後日で良いではないか、客人の前ですぞ」
と、凍夜殿が言うと即座に洋直殿は反対を表明し牽制する。
「凍夜殿、お二人の進退は間違いなく水森家全体の問題です!! そもそも清一殿の相手も考えねばならないのですよっ!!」
「まあまあ、お二方、今は当主の判断に――――」
これは……思った以上に荒れていたようだな水森家。前に俺、ひなちゃんの婿になる未来も有ったとか言ってたけど、ここに来たら来たで大変だったんだ。
清一を見ると令一氏を抑えつつ妹二人も止めていた。そして俺の方に助けを求めるように再度見て来た。
「さて、行きますか……」
「りょ~かい」
俺と隣のアイリスも立ち上がると騒々しい水森家の人間達を止めに行った。客に仲裁させるのはどうかと思うぞ水森家よ。
◇
「では、ささやかながら問題解決に一応は、乾杯」
「「「「かんぱ~い」」」」
ここは清一の部屋で俺達は五人で打ち上げをしていた。この場に居るのは俺と清一以外はアイリス、氷奈美、流美の五人で清花は居なかった。
「ま、あれで納得してくれれば安いもんさ」
「でも良かったのレイ、一時的とはいえ清花ちゃんが抜けるのは……」
あれから駄々をこねる水森家当主をどうやって落ち着かせるか考えた結果、俺は一つの判断を下した。
「戦力として抜けるのは痛いが業務と言う面ではむしろ好都合だ。お目付け役も明後日には俺達と入れ違いで来るように打診したしな」
一ヶ月の中国地方への視察と出張という名目で水森清花をここ水森家へ派遣する事にしたのだ。つまりこのまま清花を置いて行く判断だ。その話し合いと言う名の久々の親子水入らずを今、二人はしているのだろう。
「日本も一ヶ月振りだし里帰り出来るのならさせてやるのもな? それにリモートも出来そうだし令一さんにはその間に頭を冷やしてもらうさ」
「本当にすいませんレイさん。私の事それに清花までご迷惑をおかけしました」
「仕方ないさ今回はこちらが事前連絡無しにヘッドハンティングしたんだから」
「本当ですよ。せめて俺には話しといて下さいよ。氷奈美ですら俺に話してくれなかったんですから」
そう言って愚痴りながら缶ビールを一気に飲んで俺を睨む清一に俺は謝りながら用意しておいた日本酒を用意する。ひなちゃんから好みを聞いているから昼の内に流美に用意させておいた一品だ。
「酒じゃごまかされませんよ~……でも師匠の酌なら、いいっすね……俺らも、大人になりましたね」
「ああ、そうだな。今思えばここに居るメンバーは一度はあの公園に集まった事が有るのか」
あの公園とは俺とアイリスが出会った公園で、そのすぐ後に家出した清一とも出会った場所だ。そこで最初は俺とアイリスと清一が集まり、そこに家から言われて付いてきたのが、ひなちゃん。そして最後に俺の様子を見に二度ほど後を付けていたのが流美だ。
「私の方が先に出会っていたら……変わって、いたのでしょうか?」
「え? ひなちゃん、今……なんて?」
「何でも有りませんよ~、ふふっ、少し酔いが回っただけです」
それだけ言うと清一に酌をしに行ってしまった。先に会っていたらか……つまり水森家の中で一番最初に俺に接触していた場合の事を言っていたのだろうかと不思議に思って振り返るとアイリスと流美に盛大に溜め息をつかれた。
「ま、これがレイよね……私としては逆に安心なんだけど、こう……ね」
「氷奈美様のお気持ちが痛いほど分かります。レイ様は色々と反省すべきです」
なぜか理不尽な事を言われたような気がしたが今夜は無礼講だ。ちなみに日本支社の場合は本当に無礼講になる。
そして翌日には流美と清一それに清花の三人に細かい交渉を任せると俺とアイリスの二人は、ひなちゃんの案内で高野家へのお土産を探していた。そして今日こちらに来る部下との合流場所へと向かっていた。
◇
「あっ、来た来たフロー!! こっちだよ~!!」
俺達はまたも出雲空港に来ていた。そこで清花の監督役兼指導係として呼び寄せたのがフローレンス=ターナーことフローだった。アイリスがゲートから颯爽と降りて来るフローを見つけて二人でこちらにやって来る。
「お、お疲れ、フロー……さん?」
どうしよう、見るからに笑顔でもう恐い。昨日の夕方に無理やり決めて強引に来てもらったから当然だろう。本当は明後日で良いと言ったのに文句を言うために今日来ると昨晩PLDSに連絡が来たのだ。
「これはキチンと手当てが付くのよね支社長?」
案の定、俺の元教育係で今は部下のフローは不機嫌だった。俺は乾いた笑いを浮かべながら言い訳をどうしようか考えていた。
誤字報告などあれば是非ともよろしくお願い致します。
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