第75話「水の三家と因縁と」
清一の言葉で場が沈黙した。一昨日、水森の使者が来ていたのは氷奈美への催促だった。そして俺がその場で応対し俺や関係者が水森家に行くという返事をして帰ってもらったのだ。
「まずは当事者の意見を聞きたく思いますので氷奈美様」
「はい。そのお話、謹んでお受け致し――――「ひ~な~ちゃん!!」
流美の言葉を受けて了承の返事をしようとするのをアイリスが全力で止めていた。何を言っているのやら冗談に決まっているだろうと言うとアイリスは分かってないとムスっとしていた。
「分かってますよ。レイさんは既婚、しかも親友の夫で、ここで私の魅力でアイちゃんから寝取ってお家騒動なんて笑えませんからね」
「そ、それなんだがな、結婚は不要で子だけでも良いと言われてる……」
清一の発言にそれなら有りかもと悩み出している。それにアイリスがまた怒り出して話が一向に進まない。しかし四大家では愛人制度は健在か仕方ないと言えば仕方ない。
術師は血統を重んじる傾向が強く各術師の筆頭となる四大家は当たり前のように当主は愛人を持つし、それによって家中のバランスを保っていた時代まで有ったらしい。
「ま、そうなるか……前に令一さんと話した時にも冗談半分に、ひなちゃんを貰わないとか言われて妻が居るから無理と答えたんだ」
「師匠、今回の発案は親父じゃありませんよ」
「ああ。分かってる分家及び門下衆と言ったな? 俺は水森の本家はある程度知っているが分家やその下まではサッパリなんだ」
清花が、じゃあ自分が説明すると言い出し流美と交代すると、いつの間にか用意されていたホワイトボードを使い説明を始めた。
「まず当家は炎央院みたいな十選師などの武闘集団は居ません。基本的に水森家と、それを支える三分家が合議して決めています。門下衆とはその家とその配下の一族と考えて下さい」
「武力的には炎央院に次ぐと思っていたんだが、戦闘部隊は独立してないのか?」
「そうですね。そう言う意味ではユウクレイドル家と各家との関係に近いです」
ユウクレイドル家を起点としてジョッシュの家やエレノアさんの家などの関係に近いと清花は話した。二人の家は太古の昔から光位術士として有った家で四大守護騎士の流れの家系だ。特にジョッシュは直系だから継承者になるのでは噂されていた。
「そして水の三家は『水宝寺』『水鏡』『氷藤』の三家で、それぞれ武力が水宝寺、資産運営や事業展開、つまりお金の面が水鏡、そして方針を決めるのが氷藤で、それらをまとめるのが水森本家なの」
「私は英国行きが無ければ氷藤家か水鏡家へ来年には輿入れの予定でした」
清花の説明が終わると、ひなちゃんが意外な事を言った。門下に輿入れさせる気だったのか。てっきり他の四大家に嫁入りかと思っていた。
「ところが三家の内の『水宝寺』の家以外の二家が氷奈美をレイさんと結ばせようとしているのが現状です。この間の日本支社の発表が効いてるようです」
そう言ってキュキュッとホワイトボードに水の三家の苗字と各当主の名前が書かれた。全然知らない名前ばかりだ。
「ふ~ん、それで表向きのひなちゃんの結婚が消えた理由は何? 清花ちゃん?」
「それが、正面突破なんですアイリスさん。裏も表も無くて子供作って来い~って話で……氷藤のおじさんは分かるんですけど水鏡の当主までアレとは思わなくて」
アイリスと清花の話を聞いていると氷藤家は一番厄介な家のようで水鏡家は信頼しているように受け取れた。
「う~ん、信用というか一番安定してる家なんで、レイさんも会いましたよね。私のバイト先の清水課長、あの人も元は水鏡家なんですけど次男だから分家に婿に出されて清水になったんですよ」
そこで思い出したのは俺がアイリスのために日本に訪れ最初に会った水森家の人間だった。飛び込みの営業で驚かれたが終始物腰も柔らかな人物だった記憶が有る。
「清花のバイト先の人か……でもあの人は水聖師なのか? 聖霊力が無かったように思えたが」
「ええ、だから清水さんは表の仕事に就かされたんです。あの人も術師としては無能だったけど実社会では普通に有能な人だから表社会とのパイプ役だったんです」
つまりは無能力者だけど関係者だという事だ。純粋なエージェントみたいな感じなのだろうが俺は驚いていた。それは流美も同じようで目を丸くしていた。
「そうなんですか……それは……」
「ああ、驚きだな」
そう言うと清花となぜか清一まで得意そうな顔をしていた。だけどここで疑問を持ったのはアイリスだった。
「一般人の協力者って珍しいの? ユウクレイドル家でも事情を知ってる一般人は割といるわよ? レイも知ってるでしょ?」
「ああ、だけどそれは光位術士いや海外の日本以外の術士や術師の常識なんだ」
「奥様。炎央院では構成している人間は全てが術師で世話役なども含めて例外は、ほぼ有りません。最近は台所仕事などの小間使いは美那斗みたいな例外も有ったようですが……」
「それでも珍しいな炎央院が無能を雇い入れるとは、なんせ嫡子ですら追い出した生粋の術師主義だったはずだが?」
俺が言うと流美が頷いて事情を話し出す。そしてそれは意外と簡単な答えだった。
「衛刃様が前当主の刃砕様を上手く乗せたんです。小間使いのような仕事は一般人にやらせるべきだと、そう言って『無能』の居場所を作ろうとしたのです。過去の教訓を生かすために……」
さすがは叔父さんだ、そして過去の教訓とは俺の事だったのだろう。そして最終的には小間使い以外も有能な家中の者を取り立てようとしていたに違いない。
「なるほど……じゃあ日本では術師以外が術師と居るのは珍しいんだ」
「ま、例外は涼風家なんだけど、今は関係無いからその内話すよ。それじゃあ本当に俺達をくっ付けたいだけなのか?」
「ええ、ただ逆に水宝寺家だけは反対していて親父は板挟みと言う状況です」
何で水宝寺家が反対しているかは分からないが利用できる状況はそこだけだろう。令一氏は当主として動くとなると俺と結ばれる事を止める事は難しいはずだ。
その一方で自分の娘を愛人などにしたくないと子煩悩なあの人は考える事は想像に難くない。しかし今回は分家の二つが賛同している状況でキチンとした理由も向こうに有る。反対できる要素が無いのだ。
「一番キツイのは既婚であるって切札が日本の術師には効かない事だな」
「なるほど、つまりレイは結婚してもモテモテって事ね……常識が通用しない国ね日本って……」
「いやアイリス普通は違うから、普通の日本の家庭は昔から一夫一婦制だし日本だって昔の武将とかだけだ。こんな風習残ってるのは術師だけだと思う」
俺がそう言って弁明するとアイリスはニヤリと笑って分かってると言った。そもそも英国の術士の間でも政略結婚や養子入りなどは盛んに行われている。ただ違うのは血筋よりも聖霊力重視で孤児なども力が有れば跡取りにするのだ。
「つまり外国では実力重視で血脈重視じゃない。そもそも人種や血脈に拘っていたら俺が光の継承者になれないから」
「ついでに言うと私の母さんも光位術士になってないから私も生まれないという結果になるんだよね~」
俺とアイリスが言うと他の四人はなるほどと言って感心していた。こればかりは日本の術師の常識、さらには現代社会の常識からも隔絶している連中じゃ分からないだろう。
「でも事情は理解した。その上で俺は、ひなちゃんと清花さんの二人には付いて来て欲しいんだ」
「それはアイちゃんのため……ですか?」
清花は光位術士になれたから当然こっちに付くと言った後に彼女は言った。ひなちゃんの表情が少し愁いを帯びている気がするから俺はなぜか慎重に答えていた。
「それも有る……けど一番は俺の使命を果たすためかな?」
「そして使命を果たすのに私が必要なのですか?」
ひなちゃんの問いかけは切実で最近は子供の頃のように”ひなちゃん”と呼ぶのにも抵抗が有った。もう弟子の妹としてではなく味方、同士として見ているからかも知れない。
「分からない。だけど少なくとも俺はここに居るメンバーには来て欲しいと思ってる。本当なら清一にも来て欲しいくらいなんだ」
「さすがに嫡子だから無理ですよ。でも嬉しいです」
「私も……黎牙さんに、いえレイさんに必要とされるなら決めました。あなたに最後まで付き従いましょう。ついでにアイちゃんのお手伝いもね?」
「ついでじゃなくて巫女の本業は私の補佐なんだけどな~。ま、つまりは現状でやって行くって事だねレイ?」
ひなちゃんやアイリスら全員が頷くと俺は最後に言った。
「ああ、ひなちゃんは大事な仲間であって愛人では無いという事で押し通す。やっぱり俺にはそう言う関係は性に合わないし、こんな政治絡みの婚約なんてダメだ!!」
「なら、政治絡みじゃないのなら……いえ、何でも有りません。委細承知致しましたレイさん……」
最後のひなちゃんの言葉が気になったが、これから今夜の会合や会食の対策の話し合いをしようと言う清一と流美の話で結局続きは聞けずじまいとなってしまった。
◇
「そらっ!! まだまだ甘いぞ清一!!」
「なんのっ!? やっぱり炎聖術だけじゃ、俺の方が強い……ってあれ?」
「その分、技術は俺の方が上だ!! 英国で鍛えた腕を見せてやる!!」
俺は朝から昨夜の会食やらでたまったストレスを清一と一緒に武道場で発散していた。今回の会合は前回のような俺と令一氏だけの話し合いや水森本家だけの人間との会食では無い完全な政治絡みの食事会だった。
「あんなんじゃ、お前もっ!! ストレスがたまるな清一!!」
「分かって、くれました……かっ!! 師匠!!」
俺の木刀と清一の木刀がカンカンとぶつかり合う。やはり剣を振るっていると落ち着く。それは目の前の清一も一緒で今は互いの術を纏わせての技を競っていた。やはり炎聖術で縛っていると純粋な剣技が鍛えられてる気がする。
「っ!? 今のは焦ったぜ、清一!!」
「うわっ!? 急に本気にならないで下さい!?」
それからタップリ一時間はお互いに打ち込んだ。レイエナジーやフォトンシャワーで回復は出来るが俺は鍛錬後の疲労感が、どこか心地良くて好きだった。
「はぁ、はぁ、だから……こうやって道場の床で倒れるのは好きなんだよ」
「ふぅ、はぁ……分かります。ガキの頃から俺も好きでした」
二人して笑っているとピシッと足音が聞こえた。その音で道場の入り口を見ると和服姿の老人が立っていた。面識は無いが昨日の会合や会食でこの邸には多くの人間が逗留しているから恐らくは分家の人間だろう。
「っと、失礼しました」
倒れていた俺は居住まいをすぐに直すと正座に切り替える。清一も俺に続いて慌てて直そうとするが入口の人物を見て焦ったような顔をして俺を見た。あまり歓迎できる相手では無いようだ。
「いや結構。噂に聞こえた異国の最強の術師と当代の新世代最強の手合わせを見させて頂いただけだ。気にせずとも問題は無いです」
改めて見ると男性は令一氏より一回り以上は年齢的に上に見える。白髪交じりで令一氏の世代とは違う威厳が備わっているように感じた。そして同時に昨晩会合で会った水聖師達よりも強い聖霊力を感じた。
『師匠、あの人です。昨晩欠席していた水宝寺家の当主。水宝寺凍夜さんです。親父の次に水森では強くて俺も勝つのが中々難しい人です』
『この人が……』
「これは失礼した。光の継承者殿、私は水の三家の一つ水宝寺家の当主の水宝寺凍夜と申します」
「ご丁寧にありがとうございます。昨夜はご挨拶も出来ず申し訳ありませんでした。光の継承者、レイ=ユウクレイドルです」
昨晩の会合で俺と、ひなちゃんの愛人契約について強硬に押して来た二家とは違い、そもそも会合や会食にすら出て来なかった人間だ。唯一の反対派だから話はしたかったのだが体調不良を理由に欠席をしていた。
「炎央院を捨てたと言うのは本当のようで、当然の判断でしょうな。あんな力だけの家、あれが日本の最高峰など悪い冗談だ」
「当家、ユウクレイドル家は日本の事情に疎いゆえ言及は避けさせて頂きたく……」
だが思った以上に元気そうだ。やはり昨晩の欠席は他の二家や水森本家への嫌がらせだったのだろう。
「そうです凍夜殿、今朝は私の個人的な縁でレイ殿には稽古を付けて頂いただけで」
「それはおかしい。炎央院の出来損ないの貴君が、『無能の黎牙』が知らないはず無かろうよ。違うかね?」
とぼける俺になおも出自を知っているとアピールし追撃する凍夜殿に俺はポーカーフェイスを崩さないが清一が限界だった。
「凍夜殿あまりにも不敬ですっ!! そして師匠っ……レイ殿は!!」
「止めとけ清一。お前の反応で正解と言っているようなもんだ。これはブラフだ。こちらの御仁は戦闘以外も出来る方のようだ……そこまで胸襟を開かれた理由をお伺いしても良いでしょうか?」
清一は乗せられたが俺はそうはいかない。これでも切った張った以外も色々な交渉や折衝は経験済みで越えた修羅場も一つや二つじゃない。
「やはり世界を見て来た人間は違う。清一様も見習うべきです。炎央院の家になど生まれなければ違う生き方も出来たでしょうに……本当に聞いていた通り惜しい」
「私の噂を誰に聞いたかは存じませんが質問には答えて頂きたく思います」
俺が見ると水宝寺家の当主はフッとため息を付くと今までのような諦観したような顔と違って睨みつけるように俺を見た。
「私は氷奈美様を炎央院の血の、それも本家の人間に嫁がせるなど絶対に、絶対に許す事など出来ない!! それだけだ!!」
「っ!?」
そう言った瞬間に聖霊力を爆発させて威圧してきた。清一はビクッと反応していたが俺にとっては大した力でも無い。
「今のも水の奥伝ですか……心地良い波動です。もう、終わりなのですか?」
今度はお返しと言わんばかりに俺は光位術レイフィールドを展開する。過去にもこの道場で使ったがあの時よりも少し込める力を強くする。
「なっ!? こ、これが……光位術、ぐっ……」
「あなたとは立つ土俵も器も全てが違うんです。下位術と上位術にこれだけの差が有ると情報収集はなさらなかったので?」
俺はスッと立ち上がり水宝寺の当主を見た。しかし老人ながら聖霊力は伊達では無く、未だに闘気すらこちらにぶつけてくる始末だ。どうやら少し老人を痛めつける必要がありそうだ。
「何と言う……本当に無能だったのか貴君は、まさか炎央院が謀って!?」
「そうであったなら俺はここまでの力を得る事は出来なかった……大事な人のために俺は強く、そして誇れるように、ここまで来たんだから……」
驚愕の表情を浮かべる老人を諭すように俺はレイブレードを展開する。目の前の人物の水聖術は奥伝だ。なら警戒は必要だ。光位術に対抗できる数少ない下位術、それが奥伝なのだから。
「だ、だがっ、それならどうして氷奈美様を……あの方を、私の娘と同じ目に合わせる訳には……絶対に!!」
「何をおっしゃりたいか意図が理解出来ませんが、一戦交えることが無益な事だと理解できない方ではないでしょう。話を、しましょう」
俺は凍夜殿の水の圧を光で蒸発させてゆっくりと近付く。さらに数発強力な水の槍が飛んでくる。水聖術でも水をここまで変幻自在に操る術師は中々居ない。武門の家というのも納得だ。
「だけど、それでも俺の敵じゃない……」
俺はそれさえもレイブレードで触れて蒸発させる。そしてまた一歩近づき諭すように言葉を紡ぐ。
「あなたが家の事とは抜きで氷奈美さんを、ひなちゃんを心配している気持ちは分かりました。俺はあなたとは初対面です。だから話をしましょう。対話をして行けば少しづつでも分かり合えるはずです……」
俺は最後の水の障壁を蒸発させ凍夜殿を見た。目の前の老人は戦意を失うと同時に驚愕の表情と目に涙を浮かべていた。
「なんで……」
「凍夜……殿?」
「なんで貴君の中に娘を……炎央院に殺された私の娘が見えた……のだ?」
何を言ってるのかまたしても理解が出来ず困惑した。先ほどの会話で目の前の人間が耄碌しているような素振りは見えなかったから余計に理解が出来なかった……次の一言が発せられるまでは……。
「どうして君の中に冷香が居たように……感じたんだ……教えてくれ、継承者殿」
その名を聞いて驚愕した。その名は俺の生きて来た人生の中で思い当たる人は一人しかいなかったからだ。
「あっ、あなたは……冷香叔母さんの……父親、なのですかっ!?」
炎央院冷香――――俺の叔母だった人で俺が小さい頃に亡くなった人だ。炎央院家中で俺に優しくしてくれた数少ない人で俺の叔父で炎央院の現当主の衛刃叔父さんの奥さんだった人の名前だ。
誤字報告などあれば是非ともよろしくお願い致します。
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