第74話「水森家のお家事情と二人の姫」
「改めて当家へようこそ……皆さん長旅お疲れ様です」
「え~、兄さま、私達も長旅で疲れてるのに~」
水森家に着くと俺達は応接室にすぐに通されると清一が珍しく次期当主で嫡子のような真面目な挨拶をして来た。それは俺とアイリス、そして流美に対してだったのは言うまでもない。
「清花、わたくし達は先週も戻りましたが《《まだ》》水森家側の人間です。それを忘れてはいけません」
「はぁ、それなんだよな……お陰で家の中ピリピリしてるし、俺への風当たりも強いし散々ですよ」
疲れたような顔の弟子を見ると思った以上に事態は深刻で前回とは違い今回は歓迎ムードな視線も多いが一部からは厳しい視線を向けられていた。
それもそのはずで、これは水森家のお家騒動に俺達が巻き込まれたからだ。
◇
始まりは例のパーティー『五大聖霊総会』が行われた数日後まで戻らなくてはいけない。俺達は総会の後に日本全国の術師に対して今回の内容を文書または映像で送り、その反応を見ていた。
「こう来たか……」
「どうしたんだレイ?」
支社がまだ稼働する前のデスクが二つ置かれただけの部屋で俺達旧SA3だけで集まっていた。
エレノアさんは美那斗の指導のために炎央院の家に逗留していて水森の姉妹は清一と一緒に里帰り中だ。そして流美は里中の家に最後の挨拶をしに行った。
「これが四大家の反応だ……」
「カップ麺も美味しい~。やっぱり日本のコンビニって素敵!!」
器用にフォークでラーメンを食べる嫁を見ながら俺は相槌も適当に打つとワリーとフローに書類を見せた。
「これは、ま、こうなるか……」
「しかし水森家まで、しかもこの条件って……日本でも有るのね」
フローを抑えながら状況を確認していくと、まずは炎央院家、これは満場一致で全ての提案を受け入れると当主の叔父さんが直々に書を認めてくれた。
有力な家の説得はこれからだが前当主《クソ親父》が味方に付き派閥が無くなった炎央院本家はむしろ安定した。
逆に弱体化した分家や門下衆などが里中家の後釜狙いで争いが起きゴタゴタしていて叔父さんはその間に炎央院の現体制を更に強固にするらしい。
「まず炎央院は問題無いわね、あなたの実家だから?」
「違う、衛刃殿が優秀なだけだ。それに炎央院の脳筋連中が半分くらい間引きされたのも大きい」
一週間前の『闇に包まれた日』の戦いで炎央院の分家筋や十選師の家からも相当な数の術師が出陣し、そして散った。エレノアさんの部下の光位術士が全滅した事からも分かるように下位術師は生き残った方が奇跡的な戦いだった。
七つまで減った十選師が今回の戦いでさらに三つ減り炎央院麾下の炎聖師の家系では未亡人や両親を失った子が増え女性や未成年者の当主も増えたそうだ。
「私とワリーが残って炎央結界の修復補佐よね。でも良いのかしら。アイリスとレイのお気に入りの可愛い巫女が構築した方が良いと思うのだけど?」
「それなんだが……ってアイリス!! 俺のからあげ弁当なんだが……」
「お米もお肉も食べたい年頃なの~」
横で俺のからあげを二つも持って行って米までしっかり食べるアイリスに軽く文句を言うと「はい、あ~ん」と言われ端っこの漬物を口に入れられる、幸せだ。
「んっ……美味い。さて、理由は二つ有るんだ。説明する」
まず一つ目、これは日本の将来を考えるとアイリスや真炎が強固な結界を作ってしまった場合、二人以外は調整や修復が出来なくなるからNGだ。
「だけど風と土の聖霊力は練り込めても水は……だからアイリスの方が適任だし実際に水森家は私とレイで構築したでしょう?」
「ああ水聖師の件は分かってるよ。英国から呼べない以上は国内から調達したい。あとは二つ目だが……」
二つ目については俺達は外部の手伝いであって長年機能不全だった炎央結界を炎央院家が再構築したという政治的パフォーマンスが必要だという点。
これは一部政府要人にもデモンストレーションを行い炎央院が弱体化していないと権威を内外に示す為でも有る。
「しかし権威……ね。衛刃さんは良い方だと思ったけどやはり古いわね」
「違うフロー、これを提案したのは俺だ」
それを聞いてアイリス以外は驚いていた。実はパーティーの翌日に俺がアイリスと二人だけで炎央院の家に訪問した際に話し合いをしてこの話は決めてきた。
「手柄を渡したの? 意味が分からないわ、情でも湧いた?」
「いや、俺は段々分かってきた。ビジネスとは違う日本の商売、商いってのをな。レイは対価に何を要求した?」
「さすがワリー。これは俺と叔父さんだけの密約だが『幻崔堂』と直接取引出来るように確約してくれた」
それを言った瞬間にワリーが歓喜の声を上げていた。
「ファンタスティックだレイ!! それは氷奈美の聖具を作ったチームだろう?」
「ああ……他にも俺が英国で話した聖具や神器の付属物や戦闘衣なんかも作ってる店、というか技能集団だ」
幻崔堂とは端的に言えば日本における聖霊使いの武器屋だ。国内では唯一と言ってもいいだろう。
「確かに技術部としては良いけど――――「聖具の整備費は全て炎央院持ちにしてもらった。それに代替物は幻崔堂から上級聖具が無償貸与だ」
「本当なの!? それはジョッシュが真っ二つにしたアレも対象よね?」
フローの指差す先を見ると壁に立てかけられた大型のバスターソードが無残な形で放置されていた。
これは日本で闇刻術士と遭遇した際に威力を間違えて道路ごと真っ二つにしたもので修理をどうするか考えていた。
「さらに道路の件も向こうで隠蔽と国への根回しも全部やってくれるらしい。これは叔父さんからの提案な?」
フローも少し不満気な表情だったが最後は納得してくれた。今回の失態は自分の身内それも夫の責任だから帳消しと言われたら頷くしかないだろう。
「そう言う訳で中心が炎乃海姉さんなのも納得してくれ。あれな人だけど優秀な人では有るからさ……」
「私は仕事と割り切るけどベラはいいのかしら?」
「お嬢様とレイから昨日言われました。不承不承では有りますが納得します」
ベラは明日はオフで同じくオフを合わせたアイリスと二人でショッピングという条件で納得してもらった。しかし出先で二人は面倒な術師や妖魔と遭遇する事になるのだが今回はその話は割愛しよう。
「そんなわけでワリーとベラには炎央院を中心に動いてもらう予定だ。もちろん俺も不測の事態があったら協力する」
「んじゃ、残りは水森と涼風への対策だろ?」
後ろでジョッシュが牛丼をスプーンで食べながら紅ショウガだけを器用にどかして言う。紅ショウガは美味いのにと思いながら俺は慌てて答えた。
「あっ、ああ……まずは戦力も人手も足りてない涼風にはジョッシュ、お前に行ってもらいたい」
「良いけど、俺の聖具はあんな感じだぜ?」
それも考えてある。だから炎央院を立て今回はこちらの功績は捨てる。その分は実を取り名は捨てるという理屈だ。
「だから今言ったろ。聖具に関しては炎央院に手配済みで明後日には代わりの聖具を炎乃華と真炎がここに届けてくれる手筈になっている」
「え? お前の従妹は分かるがチビ巫女もか?」
何でもアイリスに話が有るらしく炎乃華と一緒に送ると昨日、炎乃海姉さんから直接連絡が来た。本人が連れて来たかったらしいが分家や他の家との調整で忙しいから炎乃華に任せたらしい。
「たぶん巫女の封印術についてだと思う。あれは私しか教えられないから……炎皇神から何か言われたのかも」
「真炎の件はアイリスに頼む。新しい聖具については俺と炎乃華で説明する。それで今回の不測の事態、つまりは水森家だが――――」
そこで俺は清一から声をかけられ回想を途中で止めた。そのまま応接室から俺達は宿泊のための部屋へと案内された。
◇
それぞれの部屋を用意されたが少しだけ広い俺の部屋に清一を含めたメンバー六人が集合すると結界を張り今回の話し合いを開始した。
「さて、では……今回の水森家からの打診についての対策を話し合いたいと思う」
「はいレイ支社長、いいですか~?」
真っ先に手が上がったのは水森家の末っ子の清花だ。俺は無言で頷いて促した。
「今回のメイン議題は私じゃなくて姉様ですから先に私の方を片付けた方が良いと思うんですよね~、私の場合お父様だけですし」
「そうですわね……清花の言う通りかと」
ひなちゃんも同意して横を見ると清一も同意してアイリスは苦笑すると最後に流美を見る。
「では私が簡単に書記として問題点を書き出します。まずは事前に聞いていた限りでは清花さんについては三つ、一点目が――――」
流美が上げた問題点は三つ。まずは清花は聖霊使いになるために渡英し光位術士になったのなら実家に戻るのが筋という令一氏の言い分。二点目は当主である父の許しもなく大学を中退しL&Rグループに就職した点。
最後に水森家当主、水森令一が寂しがっているという点だった。
「ほんっっとに父がすいません。電話で口約束だけにした私が甘かったです。まさか帰国した後に『やっぱり嫌だ』とか言い出すなんて思わなかった」
「つまり清花に家に戻って欲しいだけなんですよ」
清一が言うには先週、氷奈美&清花の二人がうちに所属になったことの挨拶に里帰りしたら当主と一族から反対され危うく軟禁されそうになり三泊四日の予定を前倒しして、その際に二人を逃がしたそうだ。
「朝一で私とレイが出社したら二人が居るから焦ったよ。私ん家に来れば良かったのに、レイが迎えに行ったよ?」
「アイちゃんの心遣いは嬉しいけど、東京に到着したのが夜中でしたからね。さすがに遠慮しました」
アイリスの言う通り気にしなくて良いのに、日本での数少ない良い思い出が清一、ひなちゃん、アイリスの三人と遊んだ記憶くらいだから遠慮は無用だ。
「俺も交えて上司として清花のことを説得するのはどう?」
「話は聞いてくれるでしょうが確約は無理かと、それは恐らく私も同じですから」
ひなちゃんから色好い返事は無いが当然だとも思う。前に訪問した時も思ったが水森家の当主は娘達に甘く溺愛している。そうじゃなければ清花を軟禁し島送りにしていたはずだ。それが出来なかったのは娘可愛さ故なのだろう。
「俺とは大違いだ……正直、令一氏の言い分に頷きたい気持ちは有るさ」
「師匠……」
「レイ、でも難しいのは分かってるよね?」
「ああ、今は光位術士が一人でも多く欲しい。今、戦力的に余裕が有るのはエウクリッド家だけだ」
エウクリッド家は本来は三大家の中でも相当な力も技術も有ったが十数年前の闇刻術士の襲撃により数名を残し全滅し、生き残りの後見人をユウクレイドル家が出す形で家を保たせている。
その代行はアレックス老の実の弟で俺もエディンバラ消失未遂事件で一度顔を合わせた人物だ。より分かりやすく言えばセーラの祖父が現当主代行だ。
「つまり戦力的事情からも清花はもちろん、ひなちゃんも手放せないんだよ」
「ま、まぁ、私の場合はある意味で手放さなくても問題は無いのですが……」
そうなのだ姉妹の問題はそれぞれ同じような問題なのにベクトルが真逆、いや同じか……と、こうなるので一つ一つ解決していく必要が有る。
「良いでしょうか皆様、お二方と私の場合とは規模は違いますが同じ問題と思われますので、ご提案をさせて頂いても?」
「あの、流美さん今は同僚ですしレイさんはともかく私達にまで敬語は……」
ハッとした顔でつい癖でと言いながらも敬語は崩さない辺り今までの生き様は中々変えられないのだろうと思って苦笑していたらなぜか睨まれた。
「なんだよ……で? 流美の案は?」
「別に何でも、昔レイ様にからかわれた事を思い出しただけですので……それで本題ですが私は先週、里中の家を完全に追放されました。入院中の兄と墓にすら入れなかった次兄にも挨拶をして参りました」
そうか祐司は入院中だったな、祐介は炎乃海姉さんと流美そして真炎が倒したんだった。そうなれば里中家は悲惨だ跡取りが一人も居ない。
「他人事だけど、レイのせいだよね~?」
ヴェインを通して見ていたのでアイリスは知ってるだろうが祐介に関して言えばアイリスのせいだ。俺は寸止めしようとした。
「いや、確かに二人を再起不能にしたのは俺だけど、アイリスもさ」
「ついイラっとして、それに妻の責任は夫婦の共同責任で~す」
それはズルいだろと言い合いをしていたら流美が横からピシャリと一言。
「レイ様、それに奥様も、別に兄達がどうなろうと関係ありません。あれは当然の報いです」
俺としては一発くらいはやり返したいと思っていたから良いのだが、妹としてそれで良いのだろうか。
「そもそも、あの二人の諫言で私は……どうせならもっと苦しめばいい……私の八年間は……黎牙様に捧げて――――「流美さん、漏れてる!! 黒い本音が漏れてるから落ち着いて!!」
流美がヒートアップしていくのをアイリスが慌てて止めて軌道修正して続きを聞くと、その後も実家から色々と言われたらしく最終的にキレて実家の一部を爆破して逃げて来たそうだ。
「私の話はこれ位で、そこで清花様いえ清花さんの問題ですが、私が実家を爆破したのはレイ様と奥様の様子を逐一報告しろと言われたのが原因です」
「ええっと、さすがに私は実家を爆発炎上は……」
ドン引きしている清花を尻目に密かに里中の家も危険だと叔父さんに連絡をするのを決めた。こうなると例のあの計画を急ぐ必要が有ると内心考えていると話は進んでいた。
「ええ、水森の家はその必要は有りませんが私が言いたいのは報告についてです。大変でしょうが一日一回はお電話して差し上げてはいかがでしょうか?」
散々回りくどい説明をした流美だったが結局は毎日連絡を取ること、長期の休暇が取れたら必ず戻る事などを提案した。
「それだけじゃ難しいですね……親父、いえ父は特に清花を溺愛してますから」
「あっ、じゃあさアレで良いんじゃないテレビ電話とか」
アイリスの提案に俺は一瞬考えた後に「スマホの?」と聞くが違うと返された。据え置き機の固定電話のようなタイプでディスプレイは大型のものと言われる。
「あぁ……何か昔、見たこと有るな……」
「うん。私も小さい頃に英国のパパと母さんとそれで週に何回か連絡取ってたから、清花ちゃんの方はPCとかスマホで良いでしょ?」
俺とアイリスの言葉に清一も考える素振りを見せて観念したように言った。
「もうそれでごり押しするしか無いか……一度は東京に出させたんだし」
「私も可能なだけ説得に回ります」
ひなちゃんも清一と一緒に説得に回ると言ってくれたし大丈夫だろうと思ったが俺はこの時にふと思いついた。
「あと、もう一つ俺に良い考えが有る」
「え? 本当ですかレイさん!!」
「ああ、今の清花なら令一さんを圧倒している。だから実力を見せれば納得するだろう? 日本の術師は力こそ全てって考えが今も根強いしな」
俺の名案に清一と流美は「なるほど」と頷いたのだがアイリスは俺をジト目で見て来た。どうしたのだろうか。名案だと思ったのだが、お気に召さなかったようだ。
「レイがどんどん炎央院家の考え方に染まって行くよ~、これじゃ考え方が完全に脳筋だよ……」
それを言った瞬間ひなちゃんまでも呆れたように苦笑していた。この二人は昔から静と動だったが意見は割と合っている事が多く、二人揃って公園とかでキツイことを言われていた気がする。
「なるほど……ちゃんと連絡は取るし、自分の身は自分で守れるってのを証明すればお父様も安心してくれるかも!!」
「う~ん。それで良いのかなぁ……」
「今回は脳筋理論も通りそうですよ。でもアイちゃん、レイさん放っておいたら少し危ないと思うの」
何か色々と言われているが最後は力で道理を通すのも一つの選択だ。妻や友人には不評だが致し方ない。
「では皆様、問題の一つは解決、いえ方針が決まったと考えてよろしいですね?」
流美が全員に確認するように言うと俺を含めたこの場の全員が頷き了承の意を示した。それを見ると流美がもう一つの厄介な案件について口を開いた。
「はい、では二件目、いえ今回の本命です……水森家からユウクレイドル家への打診というよりも提案です」
「ええ……わたくしの件ですね」
ひなちゃんが言い辛そうに呟くと清一が言葉を引き継いで言った。
「氷奈美をレイさん、いえ光の継承者への側女……つまり愛人にと言う本家と水森家の分家及び門下衆からの要請について、ですよね?」
そう、ひなちゃんと清花が家出同然で日本支社まで先週逃げ出して来た理由がこれだった。
誤字報告などあれば是非ともよろしくお願い致します。
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