第69話「新たなる門出と不穏な影」
俺とアイリスの軽口の応酬に横の炎乃華が恥ずかしがっているのを見てまだまだ子供だと思っていると床で倒れていた炎乃海姉さんが喋り出した。
「そこの女に珍しく隙が出来たから軽く一発返させてもらったのよ」
「ええ、ボディにキツイの貰っちゃった。レイとの子供が産めなくなったらどうしてくれるんですか? 本当に危なかったんだから~」
「よく言う。あんなに手応えの無い攻撃は生まれて初めてよ。貴女の聖霊の防御はどうなっているのよ!? 普通の聖霊魂なわけが無い。耐久性が異常よ」
アイリスの聖霊は巫女の力で進化出来るから実質は一体一体が聖霊王みたいなものだ。それに集合体のエルゴは聖霊王で有りながら神降ろしが出来る聖霊で実質は聖霊帝だ。人型を取っていないという理由で聖霊王扱いらしい。
「お姉様もだいぶ溜まってたみたいで焦らすのも限界だったから、かる~く食後の運動をしていたのよ」
「そして母様が吹っ飛ばされたの!!」
真炎が壊れたテラスの入り口から出て来てアイリスの後ろにいる。おい娘、自分の母がボコボコにされてるんだから助けろよ。ま、俺は実の母親がどうなろうと助けないけどな。
「そうか、それで何が原因で二人は戦ってんだ?」
「「あなたよっ!!」」
知らないところで俺が勝手に原因にされていた。まだしばらく続きそうなので俺は炎乃華と真炎を連れて中に戻ることにした。まだ二人はやり合う気らしい。
「アイリス、ほどほどにな?」
「はいはい。待っててね、あなた。例の発表も有るしね」
しかし屋内に戻った俺たちを待っていたのはまたも予想外の出来事だった。
◇
「継承者、それに炎乃華も一緒か、ちょうど良かった」
「俊熙、それに凜風そう言えば料理対決の少し前から居なかったけど、どうしたんだ?」
料理対決前、叔父さんの足の回復を見届けると二人は会場から消えていた。どうせすぐに戻るだろうと思っていたらアイリスが料理対決を始め、さらに炎乃華との話ですっかり忘れていた。
「ええ、兄さんと一緒に報告を受けていたのよ」
「実は封印していた例の戦場跡地の結界が破られた形跡が見つかった」
例の戦場は浄化が終わるまで封印されていて今日までは朱家の人員が監視を行っていた。そして明日の二人の帰国に合わせて中国の人員は全て撤退するのでエウクリッド家の人間への引き継ぎをしていた時に結界の穴を発見したようだ。
「結界が破られた?」
「それは穏やかじゃないわね。詳しく聞かせてもらいましょ、あなた」
いつの間にか少し服装の乱れたアイリスが俺の横に立って呟いたのに俺も相槌を打っていた。
「ああ、アイリスどう思う? それと足元の炎乃海姉さんを離してやれ」
「はいはい。気絶してるだけだから大丈夫よ。美那斗ちゃん、お姉様をよろしく~」
当たり前だがアイリスが勝って炎乃海姉さんをここまで引きずって来たらしい。聖霊で運んでやれよとは思ったが今は話を聞きたい。美那斗が清花さんと二人して運んで行くのを確認すると話を再開した。
「フローとベラが結界の構築をしたはずだから簡単には破られないはずだよ」
横に来ていたベラとワリーも同意している。俺とアイリスはその場に立ち会ってはいないがヒナちゃん、つまり水の巫女もその場で結界の確認しているだろうし光位術士が何人もいたはずだ。
「私達より封印の術に特化した巫女の聖霊力も上乗せしたので隙は無いはずよ」
「はい。あの時、最後に確認したのは私です。問題は……はい、無かったはずです」
フローの言葉に答えるヒナちゃんは少し歯切れが悪い気がしたが、それよりも問題は別に有る。仮に破られたのが事実だとしたらそれは内からか外からか、どの程度の規模なのかを早急に知る必要が有る。
「結界の穴の大きさは? そしていつ破られた?」
「連絡では見回りもしていたが、少しの間だけ結界以外に気を取られたらしいんだ」
俺は俊熙に詳しい状況を聞こうとしたら凜風が間に入って状況を説明してくれた。
「監視の目が離れたのは東京での三ヵ所同時襲撃時です。その時に現場の八人の光位術士全員が敵の襲来を警戒し迎撃準備に入ってます」
「なるほど、戦闘が終わるまでの所要時間は?」
パーティーの始まる数時間前の出来事なら俺たちはここで準備をしていたはずだ。闇刻術士の気配は感じていたが出撃は禁じられていたので皆を信じて、この部屋を色々と改装していた。
「俺たちと炎乃華のチームが聖霊爆弾と護衛の闇刻聖霊を倒して他の三ヵ所の戦闘が終わるまで三十分弱といった感じだ。その後の処理を含めると約一時間か」
「その間は敵の襲来を警戒していたそうだ。それで先ほど引き継ぎをしている時に発見されたらしく報告が来たんだ」
そうして送られてきた映像を見せてもらったが正直分かりにくい状態だった。
「この程度の穴なら弱い聖霊が出られるかどうか……だよな?」
だが嫌な予感はする。こうした予兆を見逃したら後で取り返しのつかない事になる。だから俺はすぐに判断した。
「現場の八人には悪いが引き続き調査を、セーラ!!」
「何かしら継承者様?」
「エウクリッド家の術士も二個小隊追加で周辺の探索を、そして残りの日本にいる術士にも警戒を頼んでくれ」
少し考えてヒナちゃんと清一を見て他にはジュリアスさん、かえちゃんと琴音を見る。
「四大家の皆様にも今日の襲撃は既に報告が行ってそうだけど結界が一部破られたことも加えて報告をして欲しい」
「了解よレイ君。アニキに伝えとく、琴音、アニキは今日は?」
「そー兄ぃは今日は札幌の方にいるはず、連絡取ってみるね!!」
そう言ってジュリアスさんとクリスさんも一緒に廊下に出て行った。対して少し酔っ払った清一は頼りにならずエレノアさんに介抱されていてダメそうなので連絡はヒナちゃんがしてくれていた。
『はい、お父様。分かっております。はい……では、また今夜ご連絡します。え? 兄さま……は、その……はい』
水森家はすぐに動いてくれるようだ。今日から警戒を強化してくれるらしい。
「だが正直、闇刻聖霊の一体程度なら杞憂な気はするが……」
「ダメだよレイ。そう言って油断してると大変なことになるかも……」
アイリスの発言で俺は過去の自分のやらかした事を思い出す。アイリスに守られ彼女に消滅を救われ失ったこと、自分を見失い力に溺れそうになった事、部下を失った原因、その他トラウマ込みで俺は思い出していた。
「そうだな。もう君を失うわけにはいかないからな……アイリス」
「うん。再会してすぐにさよならは嫌よ。私だって」
思わずアイリスを抱き寄せて離したくなくなる。この腕の中から離してしまったら彼女が消えてしまうかもしれないという恐怖心が俺の心をかき乱した。
「アイリス……」
「レイ……」
それはアイリスも一緒だったようで目が合うと自然とキスをしていた。そして俺たちは今回も周りが見えていなかった。普通に二人だけの世界に入っていたが周りにはかなりの人間がいる。ちなみに同僚達は全員流してくれた。
「羨ましい……ですわねっ」
「わわっ……」
ヒナちゃんと流美がそれぞれ呟くのが聞こえた。そして一番反応しそうな従妹を見てみると。
「涼風家は問題無い……って、炎乃華!! ほのかああああああ!!」
炎乃華は横で気絶していた。涼風家への連絡が終わった琴音が倒れている炎乃華に声をかけるが起きないので、そのまま隅のソファに運ばれ姉の横に寝かされた。
「レイ様、アイリス様。負傷者増やさないで下さいね?」
「ほんとほんと、フォトンシャワーもタダじゃないんだから~」
SA3後輩組の二人が愚痴を言うと酔っていた清一を介抱していたエレノアさんが立ち上がった。だいぶ酔いが醒めて来たようだ。
「取り合えず結界については報告待ちだな。二人とも、宴もたけなわ……と言うわけでは無いが、例の報告はいいのか? 正直この茶番は全てそのためだろ?」
「え? 違いますよ? レイのためだよエレ姐さん?」
「アイリス!? それは隠そうって話したよな!?」
本来ならエレノアさんが言う”例の報告”が大事なのだがアイリスと俺の中では俺が実家とどのような形であれ決着を付けるためのパーティーだった。だがそれは俺たち夫婦とヒナちゃんと流美しか知らない秘密だ。
「私が本社から聞いていた話と違うようなんだが? やはりオリファー隊長やローガン師の危惧は当たっていたのか」
「危惧って、何ですかエレノアさん?」
「アレックス老は孫娘夫妻に甘過ぎるという話だ。アイリスさえ溺愛していたのにレイには境遇に同情し過保護なまでに権限を与えすぎているとな」
「エレ姐さんでも言い過ぎだよ!! 私は甘やかされてるしコネで色々やってる自覚有りますけどレイは実力です!!」
そこは自分も実力と言おうかアイリス。二人での共同研究をさっき成功したばかりなんだから。叔父さんの足だってあんなに光って……あ、忘れてた。
「黎牙よ……その、先ほどから私の足が光ってるのだが……これは?」
「そ、それは……『燈火』の副作用で聖霊力が安定化するまでは余剰分の聖霊力を消耗させるために光ってます」
そうなのだ。俺たちの作った術士・術師用の再生用の核はまだ研究中で部位を再生、または近い効果を発揮できるが、安定するまで時間がかかる。
「うむ、歩けるようになったのは良いが、こう目立ってはな」
「大丈夫ですよ衛刃叔父様、聖霊力を行使してる間に過剰に反応するので寝る時は自動で消えますから」
逆に言えば起きて意識が有る時はピカピカ光っていることになる。
「恐らく二、三日はそのままかと……」
「お爺様ピカピカ?」
「そうなるなぁ……真炎、どうだ?」
「まぶし~」
孫と祖父の会話が凄い和やかに進む中で俺は色々と考えてアイリスの方を見る。そして話を逸らすために改めて状況を確認していくことにした。
◇
「まずは最大の懸念の結界の穴については報告を待つとしましょう。万が一の可能性はありますが、光位術士が総勢十六名で追跡していますし、日本中の術師にも連絡が行ってますので問題は無いでしょう」
打てる手は打ったし問題は無い。岩壁家や涼風家、水森家にはそれぞれ連絡したし炎央院の重鎮はこの場にいて、衛刃叔父さんが既に手配してくれている。
そしてエウクリッド家の術士もパーティーが終わり次第、都内を中心に簡単な警邏をしてもらうことになっている。
「俺と凜風は帰国するが人員は置いて行こうと思う。例の結界の穴に関する報告は継承者レイ、君に直接するように通達するが構わないか?」
「ああ、頼むよ俊熙。助かる」
中国の友人に改めて感謝の意を伝えると気にするなと言ってくれて安心した。正直、英国の本社は今は復旧途中で援軍を頼み辛い。だからエウクリッド家に援軍を頼んだが、術士として実戦の強さは朱家の精鋭には及ばないのが現状だ。
挨拶の時にセーラが後方支援や研究などが得意な三大家と言ったのは謙遜ではなく単純にそうなのだ。
「じゃ、あなた、最後に発表だよ!!」
「ああ、だがその前に、起きたか炎乃華?」
「ひゃい、黎牙兄さん……バレました?」
見ると耳を真っ赤にした従妹が寝た振りをしていて清花さんが俺をチラチラ見て起こすかを通信で聞いてきたので直接声をかけた。
「寝た振りして勉強サボろうとかしてたもんなお前、じゃあ隣も起きてますよね? 狸寝入りは止めてくれ炎乃海姉さん」
「ええ、タイミングを逃しただけよ」
少し決まりが悪そうに起きたのは敗北した恥ずかしさからなのか顔を背けられてしまった。アイリスにボコボコにされた怪我は清花さんのフォトンシャワーで綺麗に治っているから問題は無さそうだ。
「母様、たぬき? 化かし合い得意?」
「真炎!! あなたが私をどう思ってるのか、よ~く分かったわ」
「たぬきは腹黒いもんね~? マホちゃん?」
そう言ってまたアイリスが真炎に抱き着いて炎乃海姉さんと取り合いになっている。本当に相性が悪いなこの二人。実際はアイリスが二人で遊んでいる感が否めないのだが、それは今は置いておこう。
「アイリス、収拾がつかなくなるから程々にな? ではドタバタしてますが……SA3部長のワリーから正式に発表してもらう事が有ります。頼むワリー」
「分かったレイ。本日の催しの最大の目的、それは日本の術師の重鎮の方々に我々の存在を認知して頂くためです。まずはSA3及び関係者は全員この場へ」
ワリーの指示で俺たちは全員が集結する。清花さんと美那斗とエレノアさんも集合し、ヒナちゃんも俺の隣に立った。反対側にはアイリス、そして最後に流美も俺の斜め後ろに立った。
「そして皆様へのご報告とは光位術士の三大家の当主の一人で我が社のCEOでもあるアレキサンダー=ユウクレイドルの発案によりこの度、L&R Group plc日本支社の設立が正式に決定致しました事をここに報告させて頂きます」
「なるほどな……流美はそちらを選んだと言うことか……」
「ふむ衛刃よ、どうする? 勢力図が大きく変わる、いや変わらざるを得ない。里中の家にも色々と言われるぞ?」
親父と叔父さんが静かに話す中、ワリーのスピーチは続いていた。まだ最大の発表が終わっていない。
「そして支社長に、当社のレイ=ユウクレイドル、副支社長には私、ウォルター=キャンベルが就任する事をここに報告させて頂きます。そしてこちらのメンバーが日本支社所属となります」
「えっ!? レイ君が!?」
「なるほど……これでは当家は口は出せないな」
かえちゃんとジュリアスさんがそれぞれ驚きの表情で呟いた。
「師匠!! 清香は聞いてましたが氷奈美までとは聞いてませんよ!?」
「悪いな清一、ヒナちゃんは貰っていく。あと衛刃叔父さん。流美も俺と来てもらいます。二人は俺にとって必要なのでね?」
そう言って見ると二人は頷いた。横の妻から圧が凄いがこれは昨日アイリスから話されたのだから今さら睨まれても困る。
「はい!! そのまま一生でも構いませんわ!! 是非とも!!」
「ヒナちゃ~ん? 色々と洒落にならないからね?」
対する清一は完全に酔いが醒めたのか唸っているが最後は不承不承頷いた。
「俺は構わないですが親父がうるさいですよ。清香だけでも出したくないと言っていたのに氷奈美までなんて……二人とも明日、家に帰ったら覚悟しとけよ?」
それだけ言うと頭を抱えていた。心配になったセーラから水をもらっていて浮かれていたが意外と考えているようで百面相をしている。そして流美も声を上げていた。
「私も今度こそレイ様に付いて行きます。衛刃様、刃砕様。どうか、ご裁可を頂戴したく、どうか!!」
流美からしたら初めて主家に歯向かう行為だ。今まで表立っては一度も逆らった事の無い立場からしたら清水の舞台から飛び降りる思いだろう。そして俺は不覚にも昨晩話した時に俺を選んでくれた事が凄く嬉しかった。
「ふむ、一度持ち帰って一門と相談をと言うべきなのだろうな……、だがレイ、いや黎牙。こちらも条件を出したい。聞き入れてもらえないか?」
「何でしょうか? 衛刃……殿」
叔父さんがニヤリと笑って俺を見た。何か挑むようなそんな顔だ。
「ふむ。まず今日まで当家を支えてくれて感謝する黎牙、いやレイ。だがお前が抜けた場合、当家は補佐筆頭がいなくなる。そこで補佐筆頭を兄上に、そしてその補佐を義姉上に頼みたい。お前にこれが飲めるか黎牙?」
「ぐっ、なるほど……俺も、いえ……もう私は炎央院ではないので……そちらの人事に口を挟む事は有りません。ですので飲む以前の話です。どうぞ、ご勝手に」
せっかく地位から追い落とした俺の両親二人を復帰させる。それは俺が流美を連れて行くわがままへの当てつけのようだが実際は俺の本気度を見たかったのだろう。これで炎央院の家中に里中の家の人間は居なくなり流美は炎央院はもちろん、責任を取って里中の家にも居場所が無くなり帰れなくなる。
「流美、良いんだな? 気軽には帰れなくなるぞ?」
「はいっ、今度こそどこまでもお供致します。レイ様……」
「いや待て衛刃よ。ワシは嫌だ。せっかく当主も辞められ好きに戦い、黎牙という師も得られた。それを今さら責任の有る地位になど戻りたくない!! 嫌だ!!」
えぇ……クソ親父、お前さ、空気読めよ。お前が当主補佐筆頭になれば全て丸く収まるんだよ。大人しく頷いておけ。
「あ、兄上、ですがここは……」
「絶対に嫌だ、嫌だああああああああああああああああああああ!!」
今年で御年五十一歳になるクソ親父の叫びがホテルの最上階に響き渡った。息子として恥ずかし過ぎる光景だった……。
誤字報告などあれば是非ともよろしくお願い致します。
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