第68話「進むための断罪と不吉の予兆」
「い、いや流美たちの料理も美味かったから……な」
「ですが私は……黎牙様の好みを存知ておりませんでした……」
がっくりと床に項垂れる流美は俺が思った以上にショックを受けているようで俺の言葉が届いてないように見える。そこに悪意の無いアイリスが口を開いた。
「レイは薄味が好きで、昔は鰹出汁が好きだったけど英国では手に入りにくくて合わせ出汁になっちゃってね」
「向こうではアイリスが作ってくれたから味の好みも変わってな。そうか、こっちでの違和感は食事だったのか……やはり馴染みのある味は落ち着くな」
また一口みそ汁をすすると落ち着くこの味だ。流美の味が懐かしい味ならアイリスの味噌汁は、いつもの味といった感じだろう。
「アイちゃんから事前に聞いてましたからね。薄味で少しだけ醤油も甘みのある私の地元の蔵のものを準備しました」
その発言を聞いて流美がさらに愕然としていた。別に味の好みくらい変わるものだろうに、そこまで深刻に考える必要は無いと思うんだけどな。
「ヒナちゃんのお新香も水森の家で食べた時と同じで美味しかったよ。まさかヒナちゃんの手作りだったなんてね」
「あの日もレイさんのために水森の農場から一番いい茄子を用意し、裏山に良い石が無いので水聖術で作り出した氷で代用しました」
水森家の朝食で何気無く用意されていたぬか漬けにはそんな苦労が……改めてヒナちゃんにお礼を言うと炎央院サイドは勝ったはずなのに敗戦ムードが漂っていた。
「そ、そんな……黎牙様の好みが変わっていたなんて、一月以上お世話をして……私は……」
「これは……私たちは試合に勝って勝負に負けた……のね」
「母様また負け犬~?」
俺の味の好みくらいでそこまで言うのは可哀想な気がするのだが、勝負には勝ったのだから素直に喜べば良いのにと思いながら俺はお新香をポリポリ食べた。やはり美味しい俺好みの味だ。
◇
「ではでは、ここからはチーム関係なく気に入った料理を食べて歓談となりま~す。ちょっとレイ君、真っ先に巫女チームの料理に行かない!! 空気読んで!!」
気に入った料理と発言したのは目の前の司会、かえちゃんなのだが、そしてアイリスとヒナちゃんは負けたはずなのにニコニコしている。
まるで二人が勝者で横で目の焦点を失っている流美と悔しそうに睨んでいる炎乃海姉さんが敗者のようだ。
「ま、これで一勝一敗ですね炎乃海お姉様~? 次は負けませんよ~?」
「はぁ、負けた方の態度とは思えないわね、まあ良いわ。次は逃げずに戦いなさい。なるほど、これが黎牙の好みの味ね」
確認するようにアイリス達の味噌汁を飲むと唸っている炎乃海姉さんを尻目に、アイリスは見えないようにブイサインをしてきた。どうやら大丈夫そうだ。
「アイちゃんは凄いですね。本当にレイさんを第一に考えて動いてる……憎らしいくらいに……」
「ヒナちゃん?」
「い、いえ……何でもありません。まだ、これで終わりでも無いのに申し訳ありません」
ああ、その通りだ。この集まりの目的は別に有る。アイリスの目的は違うらしいが、俺としては社運の掛かった発表が有る。
「それで例の発表はいつ頃するのですか?」
「ま、焦らないでよ必ずヒナちゃんには来てもらうからさ。俺達とね?」
「はい。今度は私もレイさんのお側に……必ず」
俺がニヤリと笑うとヒナちゃんも返事をしてくれた。あの時、素直に羽田から中国に行かずに水森の家を訪ねる選択肢は無かった。でも、もし俺に少しでも彼女に、そして清一に頼るような度量が有れば未来は変わっていたのかも知れない。
(でも、その未来じゃ、この光景は見れなかったんだろうな)
改めて会場を見る。アイリスと炎乃海姉さんが言い合っていて流美と真炎が二人を見ている。叔父さんと大人三人、それにジュリアスさんとワリーとフローが話をしている。おそらくは叔父さんの治った足についての説明だろう。
ジョッシュとクリス、かえちゃんの司会組も料理を比べながら話をしている。なんか口説いてないかアイツ……後でフローの怒られるな。そして清一はセーラにアプローチをかけているが空回りして清花さんとエレノアさんに止められている。
会場の隅では美那斗と琴音、そして勇牙が料理を食べ比べていて目が合うと頷いていた。これが俺が、いや俺とアイリスが紡いだ縁なのだろうかと少し感慨深く思っていたら不意に声をかけられる。
「あ、あの……レイ、さん」
「炎乃華か、どうした?」
先ほども少し話したが、ぎこちないままで不安そうな顔をして辺りを気にしているようだ。
「えっと……」
「話があれば聞くぞ?」
俺が言うと二人で話したいと言われ横のヒナちゃんを見る。一瞬迷った様子のヒナちゃんは頷くと構わないと言ってくれたので、テラスへ促すと炎乃華は少しだけ遠慮気味に俺を見上げて呟いた。
「その……アイリスさんは、いいの?」
「アイリスなら大丈夫さ、それとも用が有るのはアイリスだったか?」
それは違うと言われ俺達は歩き出した。思いつめた表情で俯いたままの炎乃華を見るとさすがに心配になった。少しだけ振り返ると炎乃海姉さんと言い合いをしているアイリスと目が合い互いに頷いた。
◇
「二人で話すのは、いつ振りだろうな」
「この間の闇刻術士との戦いの時……だと思います」
それだけで沈黙してしまう。何だかんだで再会後はそこそこ話は出来ていたはずだが今は話が続かない。
「どうした話が有るんだろ?」
「…………レイ、さんが昔みたいに優しいのは、アイリスさんのおかげ、ですか?」
昔みたいにと言われて俺は逆に疑問をぶつけた。アイリスとの再会前と後ではそんなに違うのかと、俺としてはそこまで意識してなかったからだ。
「全然違う……私が声をかけても何をしても睨みつけられて、声も今みたいに優しく無くて……昔みたいに接しようとすればするほど、余計に……」
「ああ、確かにアイリスを失っていた間の俺は荒れていたからな」
睡眠不足と極度のストレスと自分の過去の所業に押し潰されそうだった俺に余裕なんて無くて、ただアイリスのために戦っていた三年間だった。
「それに……私はレイ、さんの追放に加担して……それをすっかり、忘れて……恨まれても仕方ないのに、大変な時に家とか私達まで助けてくれて……それから」
それを聞いて俺は昨晩のアイリスとの会話を思い出していた。
『――――え? 炎乃華を?』
『うん、ちょ~っとショック療法やり過ぎたみたい』
『アイリス、あいつは浅慮なだけで今は……』
『分かってる。でも昔に私に剣を教えてくれた時に言ってたでしょ? 大事な弟子がいたんだって、妹のような大事な子だったって、だから少しお灸をね』
病室で聖霊力をバラ撒いたと聞いて俺はアイリスにおしおきだと言って少し強引にベッドに押し倒し、そのまま夫婦のスキンシップに入って分からせた。聞こうと思って忘れていたが一体アイリスに何を言われたのだろうか?
「アイリスに何を言われた?」
「それは、その……アイリスさんだけじゃなくて、お父様とかレイ、さんの同僚の人とかに話を聞いて、私……私っ」
頭がパンク寸前って感じだ。昔から一度に何個も技などを教えたらよくこうなっていた。マルチタスクが出来なかったから丁寧に一つ一つ教えていたのを思い出す。
「炎乃華、一つ一つでいい、ゆっくり話してくれ」
そして頭をポンと撫でた瞬間に炎乃華の目から抑えきれなくなった涙が流れ出していた。昔の俺に勝てなくて泣いていた可愛い弟子のままだった。
「うんっ……レイさん……黎牙兄さん、ひっく……ご、ごべんなざい……ごっめんなさいっ……ごめんなさい、私っ、私……」
「はぁ、まったく……何で最初にそれを言わなかった? 許す条件だとか、和解したとか土下座じゃなくて俺は……お前が素直に謝ってくれれば、それだけで……」
本当は俺は俺で許せなかったし恨んではいた。それでも日本で過ごす間で分かってきたのは実家の呪いに等しい教育と洗脳と家の重圧。
目の前の従妹がそれらから解放された後はどうしていいか分からずオロオロしていて、その姿は昔から俺の後ろに付いて来た大事な弟子の姿でしかなかった。
そして同時に考えていた。俺がもう少し思慮深く冷静だったのなら炎乃華の家での変化はすぐ分かったはずだとも……気付いてしまったんだ。
「ごめんなさい、でも、私……今さらどんな顔して、黎牙兄さんが大変な目に遭ってる時も家で勝手に一人で頑張った気でいて……」
「そうか。だけど叔父さんや他の連中に聞いた。俺の追放後は勇牙を引っ張って頑張って家を守ろうとしたんだろ? あと俺の教えなんか守って色々な事件を解決してたんだってな。あと剣術も強くなった。双極斬も苦手な部分克服出来てたぞ?」
「ふぇっ? で、でも……」
「ああ、お前に酷いことを散々と言われたな。だけどな急にお前がそんな事を言い出して不審に思わなかった俺もかなりアホだったんだよ」
そう、確かに俺は裏切られたし炎乃華に敵を見誤るなと言っていたが俺は俺で目の前の従妹や弟への嫉妬心と元許嫁への猜疑心で溢れていた。
そうなるように仕向けられていたとしても心の中で味方だと思っていた人間を大事な家族を常に疑って生きていた。恨んで、妬んで、羨んで生きていた。
「え? 私を……だって、私は黎牙兄さんが鍛えてくれなければ今頃は……」
「それさえも今思えば俺は自分の虚栄心を満たす為だけの行為だったんだ。俺より才能の有る人間を導いたって……自分のプライドを守りたかったんだ」
アイリスとの思い出を記憶の彼方へ封じられた俺はどこかで炎乃華や勇牙に依存していたのかもしれない。炎乃海姉さんや両親に見放された俺は二人に依存し同時に利用していた……そういう側面も確かに有ったんだ。
「それでも!! 私は大事に育ててくれた黎牙兄さんを……裏切ったんだよ? 酷いこといっぱい言って傷つけた……。それに鍛えてくれたのは本当、だよ」
「ああ、その通りだ。でもそれだけじゃなかった。お前の成長を妬むのも嬉しく思うのもどちらも有った。だから俺達の訣別は必然だったのかもしれない」
仮に俺が光聖神に選ばれなくても俺は家を追放されていただろう。その先で生き残れたかは分からない。それでも歪んだこの関係を続けて行くのは不可能で、どこかで一度断ち切るしか無かった。そして、それはまだ終わっていない。
「だからな炎乃華、あの時お前を弟子と言ったな……あれが炎央院黎牙の最後の言葉だと思え……その上で俺はお前を断罪する」
「最後の言葉? そっか……うん。ありがとう黎牙兄さん。これからは……」
「ああ、これからは……」
炎乃華が決意を込めたように口を開くと同時に俺も口を開いた。最初の音は同じ、だがそこから先は真逆だった。
「もう一度、一からやりなそう全てを――――ふぅ」
「もう二度と関わらないようにするね――――え?」
そう言って俺は少し強めにゴツンと炎乃華の頭にゲンコツをした。見ると困惑して涙目の従妹が俺を見上げている。
「っ~~~~!! 痛い……黎牙兄さぁん……」
「これでチャラだ。今ハッキリと断罪した。おバカな弟子が道を間違えたなら今みたいに軽くおしおきして説教すれば良かった。ただそれが昔の俺には出来なかった。だから子供の黎牙に出来なかった事を大人のレイが断罪する」
「でも、そんなの私――――「あ~うっせえ!! 師匠が良いって言うんだから弟子は大人しく分かりましたで良いんだよ!!」
またアイリス辺りがニヤニヤして「相変わらず甘いですな~」とか言うだろうし、ベラには説教されるだろう。だけど一度全てを失ったのなら取り戻すのだって当然の行動で間違ってない。
そしてこんな甘えたことを言えるくらいには、わがままな選択を出来るくらいには強くなれたつもりだ。
「でもぉ……」
「落としどころを俺が考えたんだ黙って甘えとけ!! 年上に花を持たせろ」
炎乃華からしたら一世一代の俺との決別宣言をあっさり覆されてどうしていいか分からない顔をしている。だから放っておけないんだ、その顔を見るとつい甘やかしたくなるから困りものだ。
「うん……ありがとう。黎牙、兄さん……うっ、ううっ……」
それから泣き続ける炎乃華を抱きしめて頭を撫でていると泣き止むまで暫くの間そうしていた。そして俺を見ると恥ずかしそうにしていた。
「泣いてるとこくらい昔からよく見てただろ?」
「でも、大人になってからは見られてないもん」
「なぁ~にが大人だ。まだまだガキだよ俺も、お前もな。さて戻るぞ炎乃華!!」
「はいっ!!」
そして俺と炎乃華が中に戻ろうとした瞬間、テラスの入り口からガラスを突き破り室内から人が吹き飛ばされ俺たちの足元に転がってきた。
◇
「なっ!?」
「ねっ、姉さん!?」
吹き飛ばされて来たのは炎乃海姉さんだった。そしてテラスの残った扉の残骸を蹴り飛ばして出て来たのは俺の嫁だった。
「お~っほほほっ!! あれれ~? お姉様~? 食後の運動はまだ始まったばかりでしてよ~?」
「っく……本当にバカげた聖霊力ね。私だってこの地の聖霊力を総動員しているのに……それで何とか防げるなんて……」
吹き飛ばされて来た炎乃海姉さんは左腕を中心にかなり膨大な聖霊力を纏わせている。対する高笑いを上げながら扉を吹き飛ばして出て来たアイリスは神器『神の一雫』を首から下げているだけだ。
「お前ら二人はいきなり何してんだよ!!」
「いやんレイったら、ま・さ・か、こんな所で浮気? ダメよ見つからないとこでしなきゃ、ね?」
さも今気付いたかのような顔をしてこっちを見てニヤニヤしてるから最初から見ていたに違いない。そう思った瞬間、白銀の蝶が俺の懐から飛び立っていた。もちろんアイリスの聖霊だ。
「はぁ……タイミングを合わせて人の従姉を吹き飛ばすなよ。色々と台無しだマイハニー?」
「もうっ、できる妻は夫を信じて待つものだけど保険も欠かさないの、どう? 惚れ直した? マイダーリン?」
「ここ数日は毎日惚れ直しているところさ。それで? これはどう言う状況だ?」
誤字報告などあれば是非ともよろしくお願い致します。
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