第67話「実食、愛情VSテクニックの行方」
◇
「それではメニューを発表してもらいましょう!! まずは挑戦者の炎央院チーム」
「炎乃海様、真炎様、どうぞ」
流美が一歩下がって二人を前に出す。流美はいつもの割烹着ではなくて派手なピンクのエプロンで俺が見ると身動ぎしていた。
「ええ、ありがとう流美。メニューはカキフライと牡蠣グラタンそして牡蠣のクラムチャウダーよ」
「母様は流美さんの指示に従うだけで余裕が、ぜんっぜん無かったからクリスさんを睨んでたけど悪意はないの!!」
それを聞いてクリスさんがホッとした表情をしていて二人の目が合うと会釈していた。炎乃海姉さんにしては殊勝だなと思っているとなぜか睨まれた。
「レイは顔に出ないようで分かる人には分かっちゃうんだよね~」
見るとすぐ隣にアイリスが来ていて笑っていた。
「そうか? いや普段はポーカーフェイスを心がけているんだが」
「そう言うんじゃないんだよね~。じゃあ戻るね。お料理、期待しててね~」
すぐに元の位置に戻るとヒナちゃんとまた言い合いをしていたが目が合うと一転、ヒナちゃんは優しい笑みを向けてくれた。やはりあの二人が居ると心が落ち着く。
「なるほど、これは当家の責任は意外と大きい……か」
「おじ、え、衛刃殿?」
「ふっ、気にするな我が師よ……男の甲斐性だ」
「んだよ、クソ親父まで気持ち悪いな……俺はっ!!」
俺は複雑な思いで叔父さんとクソ親父を見ながら納得がいかず、仕方ないから中央の会場のアイリス達を見た。決して不貞腐れたわけじゃない。
「ではでは続いては……麗しの新妻とおまけチーム? で、良いんですか?」
「楓さんお気になさらずに、もう何も言いませんよ私は……ふぅ」
ヒナちゃんも遂に諦めたようで大人しく先を促すと鼻息荒くアイリスはメニューを発表した。
「私たちは牡蠣の炊き込みご飯と牡蠣のお味噌汁、牡蠣の天ぷら、そして付け合わせの茄子のお新香です」
アイリス達は和食、それに対して流美たちが洋食に近い組み合わせだ。そこで俺が思った感想はシンプルだった。
「なんだか……逆なイメージだよな」
「そうだね兄さん。アイリスさん達が和食で炎乃海さん達は洋食だ」
俺と勇牙が不思議そうにしていると後ろからあの女が感心したように呟いた。
「なるほど流美、考えたわね」
「伯母様どういう意味なんですか?」
炎乃華も不思議だったようで質問していたので俺も一応は聞き耳を立てていた。
「巫女の二人の作ったものは手の込んだもので短時間で作るには手順もそこそこ難しく初心者には不向き。普段ある程度は料理に慣れてないと難しいものが多いわ」
和食はこだわれば出汁の取り方一つから工夫することも有ると聞く。そして手間や行程も面倒なものも多い、味噌汁一つとっても味噌をぶち込んで、お湯を入れればいいと言う話ではないのだ。
「その点において流美が選んだメニューはグラタンにカキフライ。クラムチャウダーは分からないけど残り二つはそこまで難しく無い上に流美ならフォローくらい出来るでしょうね」
「嫌に詳しいですね。料理もまともに作ったことの無い人間の言葉とは思えない。今日は随分と饒舌なのはご自慢の知識でもご披露したいからなのですか?」
俺の小馬鹿にした発言にムッとする女に対して動いた影は一人はクソ親父ともう一人は意外な人物だった。
「黎牙いや、我が師よ楓果はだな……」
「黎牙様、それは違う……かと」
クソ親父が俺を呼び捨てにするほど動揺していることよりも流美が乱入して来たのが驚いた。最近の行動で流美はこちら側だと考えていて、まさかこの女を庇うなんて思わなかった。
「流美、今さら気にするな。奥方殿は昔から色々と舌は肥えていたからな。いつも豪勢な物を食されていて俺とは違うからな」
俺が言うとさすがに顔色が曇る女の顔を尻目に俺は言い切った。勇牙と違って本邸での豪華な食事とハッキリと格差を付けられていたのを今でも思い出すと複雑な気持ちしか湧いてこない。十歳より後は一緒に食事はとらせてもらえず流美と二人だけの寂しい食事だった。
「そうだった……兄さんだけは……ずっと」
流美の食事がマズいなんて思った事は一度も無い。むしろ大好きで、だから余計に俺は最後の弁当が色んな意味で辛く悲しかった。
そして勇牙が幼少期に何度も俺と一緒がいいと言ってくれたのも覚えている。だが目の前の女は頑なに許可を出さず、流美と二人自室で食べていたのは暗い思い出だ。しかし、そんな俺の想いに反して言葉を発したのはまたも流美だった。
「違うんです黎牙様、楓果様は……私の料理の師なんです」
「料理、この女が? 流美、嘘を付くならもっと上手く――――「レイ、流美さんの話を聞きましょう」
アイリスが心配そうに俺を見つめていた。分かっているが皮肉の一つでも言わなければ過去の俺が報われないのも事実。俺は極めて冷静で先ほどとは違い事実を指摘したに過ぎない……はずだ。
「私は里中の家の女で一通り特殊な技術は鍛えられました。ですが家事など炎央院を守り監視する仕事以外は全て不要と言われ育てられました」
里中家の役割は名の通り里の中を見張るという役目があると以前聞いた事が有る。内部においての監視役、だから代々、炎央院家に仕えている十選師や分家よりも上の立場に置かれていた。
「その結果、私は料理はおろか家事など一切出来ないまま奉公に出されました。そんな私に簡単な家事と料理の手ほどきをしてくれたのが奥方様でした」
「そんなはず……だってこの女は料理なんて」
隣の勇牙も、炎乃華も頷いている。俺はこの女が料理をする所なんて見た事は無いし勇牙や炎乃華に作っている所すら見た事が無い。
「我が師よ、楓果は元は嵐野家の三女でな、そして嵐野家は分家の中でも一番立場は低かった……あとは聡明なお前なら分かるな?」
親父の言葉に俺は嫌でも納得せざるを得なかった。この女の立場は元は涼風の一門でも相当低かったという事実。例えるなら光位術士になる前の美那斗と同じような立場だ。
「え~っと、で、では実食と審査に入りま~す!! クリスさんと係の術士の方、お願いしま~す」
「はい!! では皆さん、テーブルの用意しましたのでこちらまでお願いします」
嫌な空気と沈黙を破ったのは司会の二人だった。そしてエウクリッド家の術士たちも即座に動き出すとテキパキと準備を始め、いよいよ審査が始まる。
◇
まず並べられたのはアイリス達の料理だった。和食を俺のために作ってくれる事は多いが牡蠣を使った料理なんて初めてだ。
「愛情たっぷりに作ったよレイ!!」
「私も持てる全ての想いを込めましたレイさん!!」
アイリスとヒナちゃんの言葉に感謝して手を合わせて俺は食事を始める。他の者もそれぞれ食べ始めていた。
「ありがとう二人とも……いただきます」
一口食べると炊き込みご飯の味、少し味が薄目な気もするが俺は好きな味だ。牡蠣の旨味をより強く感じるのもこの味付けのお陰かもしれない。さり気無く上に刻まれた生姜もいいアクセントになっている。
「うん、なるほど俺の好きな合わせ出汁だな。ご飯も同じか……美味いよアイリス」
「えっ!?」
なぜか流美が驚いていたが構わず俺は食事を続ける。天ぷらは衣がサクッとして美味しく無駄な油は丁寧に落としているのが好印象だ。
「えへへ、ありがと。でも味噌汁はヒナちゃんなんだよね~」
「なるほど確かにアイリスは味噌汁は少し苦手だったね」
アイリスが得意なのはトマトスープなどで味噌汁は作るのが苦手だと言って向こうではインスタントにしていた事もあった。
「なるほど、確かに水森で食べた味に似てるかも」
「ふふっ、覚えてもらっていて嬉しいです。では箸休めもどうぞ」
そう言って味噌汁以外のものが強引にどかされ茄子の浅漬けが中央に鎮座させられた。特に牡蠣の炊き込みご飯が端っこにされていた。
「あら~? 副食が真ん中は変じゃないヒナちゃん? しょせんは、《《おまけ》》なんだしさ、ね? 立場わきまえよっか?」
「慎ましくも脇で支える強かさと、常に陰に居ながらも助けになる。そんな風に支える人間は必要で、お新香はそういう意味でも一度は主役になるべきです!!」
美味しい料理に舌鼓を打っていたら二人の言い争いが始まった。さっきから仲が良いのか悪いのか分からないな。
「だが切磋琢磨か……いいライバル関係と言う奴だな」
「あれを見ての感想がそれとは、ある意味で大物ね……」
勇牙と炎乃華を挟んで横に居た女が箸を動かしゆっくり咀嚼しながら終わると皮肉たっぷりに言葉を吐いていた。
「言いたい事が有るならハッキリと言ったらいかがかな?」
「ま、まあまあ良いではないか黎牙。アイリスさんの手作りのご飯は絶品だな」
叔父さんがアイリスを褒めてくれるのが嬉しくなって思わず過去の話もしていた。一年の追放生活の中での割と軽めの貧乏飯の話とアイリスの手料理の中で一番最初に食べたお粥の話をしていたらなぜか場が暗くなったがどうしてだろうか。
「レイ様……そんなボロボロになって、ひもじい思いもされて……私は……」
「黎牙、あなた……そこまでの扱いを」
流美と炎乃海姉さんが茫然としていて真炎が蛇さん可哀想と言って場が固まったが、サバイバルでは多々有る事だ仕方ない生きるためだったんだ。
「兄さん……蛇にまで手を出して……」
「黎牙兄さん……」
横の二人まで涙目になったが八年も前のことだ。恨んでいるが今はそこまで気にしていない。衛刃叔父さんは沈痛な面持ちで、あの女はポーカーフェイスだが少し表情に変化が見えた。
「ふむ、ワシも山籠もり中は兎や蛇は食したがな……鹿は血抜きが面倒だった」
「あ~分かる。ウサギ一羽を血抜きするのも苦労したわ中国脱出する時とか」
なぜか親父に血抜きのコツを聞いて和んでいると気付いた司会の二人が慌てて話題をそらすように喋り出す。
「さ、さて色々とレイ君が思った以上に壮絶な旅をしていたのも分かった所で次は炎央院チームの方の実食で~す」
「クラムチャウダーは熱々なので気を付けてくださ~い」
クリスさんの言う通り鍋から移されたクラムチャウダーからは湯気が出ていて美味しそうだ。一口食べると牡蠣の旨味とプリプリとした食感が損なわれていないのは中々に評価が出来る。
「レイおじさ~ん。真炎が玉ねぎ切ったんだよ!!」
「なるほど、それでゴーグルをしてたのか、えらいぞ」
実は先ほどから真炎は水泳用のゴーグルをしていた。真炎もピンク色の可愛いフリルエプロンをしていて自分も立派な参加者だと言わんばかりに胸を張っている。
「えへへ。人参とかセロリは母様が切ってたんだ~」
「味付けも流美に見てもらいながらしてたわ……それで、どう、かしら?」
炎乃海姉さんがここまで自信の無さそうな顔は滅多に見た事が無いから少しだけ笑いそうになるが睨まれたのですぐに正直に感想を言う。
「いや美味いよ牡蠣の身も固くなってないしね」
「同意見ね。この手のものは牡蠣の調理の失敗で大きく減点されるわ。先ほどの牡蠣のご飯はその意味で少しだけ負けているわ」
俺に被せるように言ったのは、またもあの女で的確な評価だ。確かにアイリス達の方が少し固めだった気がする。
「あははバレちゃいましたか、私が鍋から目を離しちゃって」
「そうですね。レイさんを気にしてチラチラ見て一分ほど多く下煮してましたから私が気付かなければもっと長く……」
「ごめんって、助かったよヒナちゃ~ん」
両手を合わせてゴメンと言ってる二人を微笑ましく見ながら次の料理を食べる。カキフライはサクサクしていてアイリス達の天ぷらとは違った美味しさと牡蠣の食感はまたしてもこちらに軍配が上がった。
「うむ、これは昔食ったのに似ているな、さすがは楓果の弟子という事か」
「恐れ入ります刃砕様」
流美が答えたと言うことはカキフライは流美がメインなのだろう。味付けは炎乃海姉さんと真炎がしていたようだから役割分担していたようだ。今回の事で二人は良い母娘をやれているようで安心した。
「う~ん俺は火が通ってた方が旨いんだがなぁ……なんか半生な気がして」
「私もね。でも食感は確かにこっちが好きかも知れないわ」
「お嬢様の料理に勝るものはございません!!」
一方で俺の同僚は火がしっかり通っていないと言う意見が多かった。しっかりと、お国柄が出てしまっていた。
「なるほど確かに……ならSA3の皆さんはこちらのグラタンはいけるんじゃない?」
見るとセーラがグラタンを一口食べて頷いていた。いつの間にか清一は隣で頷いていて素手でグラタンを持っているのに全然平気そうだ。よく見ると手にだけ水流陣を張っていて聖霊術の無駄遣いだな。
「セーラ様が言うなら……ああ、なるほどチーズといいバランスだな。美味い」
「ワリー!! 敵方を褒めるとは……ふむ、確かに……はっ!?」
ベラはワイン片手に意外と気に入ってしまったようだ。だがこれは仕方ない。アイリスの作ったのはガチガチの和食でチーズが有る時点で英国サイドは自然と評価が傾くのだろう。
ジョッシュなんかはガツガツ食べていてフローのより美味いと言って壁に矢で縫い付けられていた。
「ふっ、料理は化学よ。キチンとした分量と的確な温度調整で完璧なものが作れるわ。それこそが調理に必要なスキルね」
「さすがフロー先生!! 姉さまのより絶対に美味しいです!!」
ヒナちゃんのこめかみの血管が浮き上がっていて笑顔なはずなのに俺は本能的にビクッとしていた。その隣を見るとアイリスが苦笑いしている。これは後が怖そうだが自業自得だな清花さん。
「ではでは~、お互い出揃った所で審査に入って下さい。審査は単純。どちらが美味しかったか、ちなみに私とクリスさんも投票しま~す」
「そして除外されるのは料理人の真炎ちゃんも含んだ五人です。相談とかは一切禁止となってます。投票用紙に良かった方に〇を書いて下さい」
司会のコンビに言われるままに記載していく、ちなみに記名式なので誰がどちらに入れたのかは分かるようになっていた。俺はもちろんアイリスとヒナちゃんペアに投票した。
◇
「集計は終わりました~。これは……僅差ですね。では発表して行きます」
「えっと巫女チームが……九票、炎央院チームが十票です……」
「なので勝者、炎央院チーム!!」
なん、だと……アイリスが負けた。あんなに美味しかったのに敗北しただと。
「勝った、勝ったわ真炎、流美!!」
「私たちの勝利!! ぶい!!」
見ると雄叫びを上げる母娘とにこやかに笑う流美がいた。三人でハイタッチをしていて目が合うと恥ずかしそうにしている。だが俺はそれを見ながら別の二人の方に向かった。
「う~、負けちゃったよヒナちゃん」
「仕方ありませんわ。流美さんが一枚上手だったという事です」
そこは絶対に炎乃海姉さんに負けたと言わないあたりヒナちゃんの鉄の意思を感じたが俺は二人に声をかけていた。
「ま、一票差だし炎央院の身内も多いから仕方ないさ……」
だが俺のこの発言はまたしても予想外な方面に繋がるのだが、意外とガッカリしていないアイリスとヒナちゃんを見て違和感を覚えていた。
「ではでは、色々有ると思いますが投票者発表で~す。楓さんお願いします」
「まずは巫女チームに投票したのがレイくん、勇牙くん、炎乃華さん、刃砕様それと清一さん、清花さんと琴音と私です」
その瞬間、俺とアイリスは顔を見合わせてSA3の面々を見た。
「いやぁ……正直、和食は……」
「もっ、申し訳ありませんお嬢様!!」
そう言えば六人で任務後に味噌汁を作っても他の四人には不評だったし、潜入任務でも俺たち二人と食の好みに関してだいぶ乖離していた。
「まさか、戦友に刺されるとはわね……ふふっ」
「アイリス大丈夫だ!! 俺は最高にいつも通り美味しかったからな!!」
二人で抱き合っているとヒナちゃんに言われ、さらに司会にも離れるように言われて結果発表の続きを聞く。
「ええと、では炎央院チームの票は、衛刃様、ジュリアス叔父さん、エレノアさん、ワリーさん以下SA3の三名、セーラさん、私と……楓果様です」
「ま、当然の帰結ね……」
料理勝負からやたら饒舌になっていた女だから、てっきり勝ち誇った顔でもするのかと思ったら逆に面白く無さそうにしていた。
「どう言う意味だ?」
「分からないとはね……料理勝負をしていた人間と違う目的の人間が戦えば当然の帰結だと、そう言ったのよ」
意味が分からないが目の前の女は確信を持って俺と隣のアイリスに向かって言っていた。俺が不思議そうにアイリスを見るとペロッと舌を出して答えていた。
「べ、別に負けたのは事実ですけど、それに私は勝つ気でしたし~」
「さっきからどう言う事なのかしら伯母様?」
アイリスと炎乃海姉さんのそれぞれの答えを聞いた上で俺の方を見ると溜め息をついて炎央院楓果は話し出す。
「ふぅ……。そこの追放された継承者とかいう人間の好みに合わせた料理と勝負に勝つためにレシピ通りに作った料理じゃ勝負は決まっていたと言いたいのよ」
「え? それって……」
「つまりアイリスさんと氷麗姫は勝負のために料理を作っていない。あなたのために作っていた。だから好みが偏重していて負けたのよ」
そう言うと今度こそ扇子を取り出し沈黙してしまった。
「っ!? なるほど私たちの料理は技巧だけだったのですね……黎牙様には届かなかった……そう言う事なんですね楓果様」
流美の叫びに俺の産みの親は小さく頷いていた。
誤字報告などあれば是非ともよろしくお願い致します。
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