第66話「なぜか始まる料理対決と裏側の因縁」
「では本日のメイン食材は!! 牡蠣だ~!!」
いきなり叫ぶアイリスが構えを解いて走り去ると今度は何かを載せたカートをガラガラ押して俺達の前に戻って来た。一方で戦闘態勢の炎乃海姉さんは固まっていた。
「あ、楓ちゃん。これ読んで、ヒナちゃんとクリスさんもこっち来てね~」
「はぁ、今度は何ですかアイちゃん……もう、分かりました」
ため息を付きながら渋々つき合う姿勢を見せるヒナちゃんと悩んだ末、かえちゃんがクリスさんを引っ張って来て巻き込まれる決意を固めたようだ。
「えっ!? はい、ええと……本日は舞鶴産の新鮮な岩牡蠣をご用意しました……って、これはいったい何ですか」
マル秘と書かれた小冊子を渡され困惑してる様子の風の巫女にアイリスは堂々と腰に手を当て答えた。
「それはね、私と炎乃海お姉様との料理対決の台本よ!!」
「料理対決!? あなた何を言ってるの今日こそ直接、真剣勝負を!!」
そう言うとビシッと指差すアイリスとなぜか動揺する炎乃海姉さんの隣で腕組みする真炎がいた。本当にあの子の立ち位置が分からない。
「だから直接、料理勝負で決着を着けましょう? 女同士ですしね?」
「はっ、今日日、料理をするのが女ですって? 女性の社会進出が進んでいる欧州の人間とは思えない発言ね?」
横で真炎がうんうんと頷いているが絶対に意味が分かってない。しかし、その姿が可愛くて会場の何人かは真炎から目が離せない。そんなムードとは無縁の二人の舌戦はヒートアップして止まる様子が無い。
「私、四分の一は日本人なんで、それと愛する旦那様に手作りのお料理を食べてもらうのも嬉しいですから。あ、旦那様がいない人には分からないかな~?」
「あなたの考えなんてどうでも良いわ、こんな茶番より勝負をしてもらう。術師として本気の、プライドを賭けた一騎打ちをね!!」
あからさまなアイリスの挑発にもビクともしないで炎乃海姉さんが言い返すがアイリスも負けずに言い返す。ちなみに聖霊間通信で俺にだけ『負けられない女の戦いがここにある』とか解説している余裕はあるみたいだ。
「はぁ、思った以上に脳筋なんですね。しかも私に料理勝負で負けるのが怖いと見ました。勝負勝負って口だけですか~?」
なおも煽る俺の妻、確かに再会してから数年で強気な性格は戻ったがここまで子供っぽくなるのは俺たちが子供の時以来な気がするとジョッシュとフローに言えば二人は意外そうな顔をしていた。
「あなたが見てない時はあんな感じだからねアイリス」
「ああ、お前がイギリスに来て最初の頃、散々バカにされてた時なんて今以上におっかない状態だったな」
そうだったのかと話していたらいつの間にかベラまで横に来て話し込み始めたので三人を放置して問題の現場を見ると予想外な展開になっていた。
「何度言われてもそんな安い挑発――――「いいわ、その勝負うけた~!!」
「真炎……あなた何を言ってるの!?」
唯一、この場で参加していなかった巫女五人組の最後の一人、真炎が炎乃海姉さんの横でドヤ顔をしていた。
「アイリス姉様、私の母様と料理勝負です!!」
ふふんとドヤ顔をしている真炎とニヤリと笑うアイリス、そして対峙する炎乃海姉さんはため息をついた。
「そう言う事ね……はぁ、その安い挑発、あなたと娘に免じて乗ってあげる。その代わりこれが終わったら今度こそ戦ってもらうわ」
「はいは~い。素直じゃないんだから、もうっ!! あとハンデとしてそちらには真炎ちゃんと流美さんをアシスタントで、こっちはヒナちゃんを補佐に付けます!!」
勝手にどんどんルールが決まっていく中で流美は従ったがヒナちゃんから文句が出た。当然かえちゃんも了承はしていないしクリスさんも置いてけぼりだ。
「え? わたくしは協力するなんて――――」
「審査員はレイなんだけどな~」
「私の全力を持ってお手伝いしますわ。皆さん張り切って参りましょう」
ストッパーなんて居なかった。割とまともな弟子の清一はセーラと話してそれどころじゃないし、清花さんは美那斗とエレノアさんと成り行きを見守っている。ワリーを見ると叔父さんと炎乃華と足についての説明などをしているようだ。
「あっ……っ!?」
炎乃華と目が合うと反らされた。今までの俺の態度が態度だったからさすがに嫌われたかも知れないのだが、一週間前とは明らかに違う。どんな形でも炎乃華とは一度しっかり話しておきたい。不貞腐れた態度や皮肉な物言いではなく、勇牙と話した時のように本音で話したいと思っていた。
◇
「えっと、皆さん。本日なぜか風の巫女に任命された涼風楓です。今日はこの謎の料理対決『術士のエプロン~光の巫女様がボッコボコにしてやんよ~』の司会をする事になりました。では挑戦者? からご紹介します」
あれから三十分、ステージを整えると言われテラスに全員が出され戻ったら部屋の内装が昔こっそり家で見ていたテレビ番組のようなキッチンスタジオ的な雰囲気になっていた。
「これって……小さい時に見たテレビの?」
「やっぱり、あれだよな……炎乃華もそう思うか」
そして俺はなぜか審査員席にいた。横には炎乃華と勇牙がいて叔父さんやクソ親父とあの女も後ろにいた。この采配は明らかにアイリスの指示だ。そんな事を思っていたら横の炎乃華にまた視線を外された。
「あっ、レイ……さん。そう、ですね……」
「炎乃華? レイさんなんて、他人行儀に――――「勇牙は黙ってて、別にいいでしょ……もう……」
そして中央ではエプロン姿のアイリスを始め四人の美女と炎乃海姉さんにピッタリくっ付いて同じピンク色のエプロンを付けた真炎がいた。
「そして途中経過を報告してくれるのは岩壁家のクリスさん。大地の巫女になった可憐なハーフ美少女です!! ちなみに私は金髪ですけどハーフでは有りませ~ん」
案外かえちゃんもノリノリだな。そして紹介されて出て来たクリスさんの恰好にも驚いた。先ほどまで着ていたブルーのカクテルドレスからなぜかファミレスのウェイトレスのような恰好になっていたからだ。
「か、可愛い……」
弟よ、許嫁が横に居るんだからそれなりに上手く立ち回れ。ほれ後ろを見てみろクソ親父と叔父さんが複雑な顔してるじゃないか。あの女はため息ついてるし……。
「クリスも内心楽しそうだな……おっと失礼、継承者殿」
「ジュリアスさん。すいません妻が勝手に……」
現在は岩壁とロックウェルの両家の当主代行をしているこの人も今日の会に呼んでいた。水森と涼風両家の当主が出ないのならせめて当家はと言ってくれたのだ。もっともそれだけでは無さそうだ。
「いえ、まさかクリスが巫女の一人とは……今の当家には願ってもないことです。それに京子さんも喜びます」
ちなみに忘れがちだが京子さんとはクリスさんの母親で故アイザム氏の奥方だ。今日は体調が優れないので炎央院邸で休んでいるらしい。岩壁家が落ちてから一部の門下と俺のいた南邸に今も居るはずだ。
「そう言えば京子殿のお加減は良いのですか? あちらを優先しても」
「はい。今日はクリスの方に付いて欲しいと言われましたので」
本来なら当主代理のジュリアスさんの方が上だが岩壁家を立てて従っているのだろう。家の因習や風習に縛られるのも大変だろうし、米国人のこの人からすれば理解出来ない文化も有るはずだ。
「今日は少し妻が暴走してますが……くつろいで頂けると幸いです。お立場も有るでしょうが気になさらずに。自分も向こうで中間管理職的なポジションもしていたのでご苦労は分かるつもりです」
話していると後ろから気配を感じる。勇牙以外の四人が俺とジュリアスさんの会話に耳をそばだてているのが分かる。
「恐縮です。レイ殿、ですが私は好きでやっていますので心遣いだけ頂戴致します」
その表情は少しの憂いと、それ以上に晴れやかだった。自主的に家を建て直しているのか俺みたいに無理やり再建をさせられているのではない……と、いう事なのか。
「そう……ですか。余計なお世話でしたか」
「人の心の機微に敏感なようで疎い、光の継承者だか何だと言われても人心の把握が出来てないような未熟者が術士を束ねる立場とは、世も末ね……情けない」
突如、俺の背後でボソッと囁かれた言葉は俺の琴線に触れるには十分で即座に振り向いていた。
「これはこれは、口だけ達者で今の今まで微弱な聖霊力でどこにいるか気付きませんでした炎央院の元当主の奥方様!! 何用ですか?」
「そして感情の抑制すら出来ないなんて本当に子供、臆病で冷静さだけが取り柄だったのにそれすら失うとは、八年間も外の世界で何を学習したのか理解に苦しむわ」
奴の横を見ると叔父さんとクソ親父が頭を抱えているが無視する。いつの間にかジュリアスさんは別な審査員席でエレノアさんと話していた。引き際が見事だ。
「母さん!! せっかく兄さんも戻って来てくれて話せているのに……兄さんも、ここは少し落ち着いてくれると……」
「ああ、悪いな勇牙。どうも下らない年寄りの雑音が入って――――いってぇ!?」
突如飛来した金属製の何かが俺の頭を直撃した。カランと音がして見ると、お玉が落ちていて続いて聞こえてきたのはアイリスの声だった。笑顔だけどこめかみがピクピクしている。
「あ・な・た~? 食事の時間は楽しくよ~!! そ・し・て!! 調理中も料理の内だからね~?」
「だけどアイリス、これは――――「勇牙くんも言ってるでしょ? 冷静に、いつもの優しいあなたが世界で一番大好きよ~!! あなた愛してる~!!」
投げキスまでして言ってくれるなよ……ああ、そうだ。前も、いつもそうだった。俺は肝心な所でいつも君に……。
「ありがとうアイリス!! 俺も愛してる!! 美味しい手料理待ってるよ」
そして振り返ると俺の心の乱れは収まっていた。本当に悔しいが言う通りだな。
「あら、おままごとは終わったのかしら?」
動じていない炎央院楓果に対して勇牙と炎乃華の顔は真っ赤だった。特に赤面する場面など無かった気がするのだが、考えても仕方ないので俺は冷静に、ゆっくりと言葉を紡いでいく。
「ええ。まずは謝罪を、冷静さを欠いて取り乱すのは確かに子供でした。奥方殿」
「今度は女の尻に敷かれる様を見せつけられて謝罪ね……。本当に随分と情けなくなったものね黎牙」
「あなたの目から見ればそうかも知れない……ですが、これが今の俺です。炎央院を追放され、自分の意志で訣別するために今日この場に来たレイ=ユウクレイドルという人間です」
俺は一呼吸置いて数週間ぶりに目の前の母だった女を見る。前に封印牢に連行した時は気付かなかったが、追放されたあの日に比べて瘦せ細っていて何より小さくなったように見えた。今度は目をそらさずハッキリと奴の目を見て俺は言った。
「えっ!? 訣別って……兄さん、どういうこと?」
「そのままの意味だ勇牙、昨日、決めたんだ。詳しくは俺の嫁の料理が来てからだ」
◇
「え~何やら審査員席で色々とゴタゴタが起きていますが炎央院さん家はいつも問題が起きているので続けますね~。ではクリスさん、どうですか?」
席に着いて改めて司会のかえちゃんが司会進行をしている。どうやら料理を作ってる所を報告するのはクリスさんだ。一人でやっているからかアイリス側と炎乃海姉さん側を行ったり来たりして大変そうに見える。
「は、はいぃ~。今、私はアイリスさんと水森さんペアの方にいます。えっと、先ほどレイさんにお玉を投げつけた後は牡蠣を取り出してよ~く洗ってます」
「え? じゃ、じゃあ他に何を作ってるか分かりそうな情報有りますか?」
「他には……水森さんが野菜を切っています。先ほどまでアイリスさんと人参の皮は包丁でむくかピーラーでむくかで揉めていたのでタイムロスが気になります」
アイリス、そんな事で……でも意外にもヒナちゃんも乗ってしまったのか、しかし結局は何を作ってるのか分からなかった。
「じゃあ炎央院さん側をお願いしま~す」
「はい。ヒッ!? えっと……」
炎央院側に行くと射殺さんばかりの表情に完全に怯んでいた。今のあの人は聖霊力も増幅してるし戦力としても光位術士と同じくらいは有りそうだから手に負えない。どうしてアイリスはあんな施術をしたんだろうか。
「炎乃海様、先ほど聞きましたよね? 失礼致しましたクリス様。私達は現在、カキフライを作っております」
「な、なるほど、私、牡蠣って生とかお鍋では苦手なんですけどカキフライなら食べられます!!」
カキフライか、海外では食べた事が無かったんだよな。そもそもエビフライやらミックスフライも意外と海外では見なかった。洋食と言うが意外と日本発祥の物が多いんだよな。
「なるほどクリスは牡蠣が苦手なのか……」
そして弟よ、お前は少し自重しろ。さっきからお兄ちゃん気が気がじゃないぞ……なんて思って横を見たら炎乃華と目が合った。
「どうした?」
「あっ、いえ……その、レイさんはお料理出来る女性が好み……なんですか?」
「出来ないよりは出来た方がいい、それよりもアイリスの料理は絶品だからお前も楽しみにしてろよ。なんせ俺の愛妻の手料理だからな!!」
俺が自慢気に言うと、なぜかしょぼんとした炎乃華。どうしたのかと見ていたら露骨にため息を付いたのは後ろにいる女だった。
「挑発ですか、それとも諍いをお望みか奥方殿?」
「いいえ。失礼、むしろ自分への戒めよ。他意は無いわ」
意外な答えで拍子抜けしたが戒めとは何だろうか、先ほどみたいに歯に衣着せぬ言い方をするのが目の前の女の常だ。なぜ溜め息など付かれたか気になったが、今は料理対決を見ようとしたら勇牙にも溜め息をつかれた。俺が悪いのか?
「はい、こちら司会の楓です。どうやら皮むきはジャンケンでアイリスさんが勝ったのでピーラーで固定になりました氷奈美さんが悔しがっています」
「屈辱です……アイちゃんの雑な料理が基本方針なんて……付け合わせの漬物は私が用意しますのでメインを!!」
「はいはい。私だって作れるけどヒナちゃんほど和食は得意じゃないのよ~」
アイリスは先ほどから洗っていた牡蠣を鍋にかけているようだ。対するヒナちゃんは背中越しにボウルを持ちながら卵をかき回している。
「あら、機内では自分の作る和食が一番美味しいってレイさんに言われた話をして、それは大層に自慢してくれやがりましたよね?」
そう言いながら今度は切った野菜とアイリスが洗っていた牡蠣を手に取り色々と吟味していた。IHは使いにくと愚痴るとまたアイリスと言い合いを始める。
「ヒナちゃん、張り切るのは良いけど時間無いからね!! パパっとね!!」
「分かっています!! アイちゃんこそ効率を求め過ぎて雑にならないように、料理は愛情もですが見た目も大事なのですよ?」
どうしてだろう俺の妻と親友サイドの方が相手よりもバチバチにやりあっているような気がする。そして炎乃海&流美ペアは意外と噛み合っていて驚いた。
「二人は親友なのに今日は珍しく火花を散らせている。何が原因なんだ? まさか何かの作戦か?」
「えっ?」
「はぁ……」
なぜか元実家の面々に呆れられたり、あの女に限ってはまた溜め息をついていた。そしてそれは同僚達も同じようなリアクションだった。
「ま、レイは昔から鈍感だったからな」
「そうね……アイリスと付き合うまで数年を要したのは私達の間でも語り草よ」
ジョッシュとフローはそう言うが果たしてそこまで鈍感なのだろうか、作戦の意図や部下への同僚への気配りはしっかり出来ていたと自負しているつもりだ。
「そう言えば、日本に居た頃もそんな兆候が……」
「う、うん……黎牙兄さん、あっ、レイさん小、中学校ではモテモテだったし、門下の人間だって……」
今、言い直したな。本当に炎乃華の態度が気になって尋ねようとしたタイミングで、かえちゃんの調理終了の声が聞こえた。調理が終わったようだ。
そして今気付いたが俺は元実家の人間たちと一時間以上も話していた。追放前とは違って自然と……何だかよく分からないが少しだけ俺の心は温かくなっていた。
誤字報告などあれば是非ともよろしくお願い致します。
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