第64話「第二のサプライズ」
「そう言えば忘れてた。皆様、紹介しますね。こちら私のはとこでエウクリッド家のセーラ=エウクリッドです」
「ご紹介に与かりました。セーラ=エウクリッドです。当家、エウクリッド家は豪州の光位術士をまとめ闇刻術士との戦いをしています。と言っても英国や中国ほど激戦では無いので後方支援や研究メインの三大家です」
彼女はおさげにしたブロンドが両肩にかかっていて邪魔そうによけると会場の全員にはにかんだ笑みを浮かべた。
「う、美しい……」
「清一? ど、どうした?」
なんか弟子から普段絶対に聞かない単語が出たんだが、まさかと思って振り向くと酒を飲んでてた時ですら油断してなかった清一がボケーっとしていた。
「はっ!? 何でもありません師匠……、こちらの女性はアイリスさんの?」
「ああ、セーラだ。俺もアイリスの説明くらいしか知らないな。一応は親戚だ」
「あら、それは釣れませんね。あの戦いを共闘した仲では有りませんか? 光の継承者さま?」
あの戦いとはアイリスが昏睡する原因となった『エディンバラ消失未遂事件』だ。あの事件でも多くの犠牲を出していた。そして彼女もかなりの部下を失った戦いだった。一番の被害がアイリスの喪失だったので忘れがちだが、あの戦いは光位術士の総力を結集していて戦力の補強はあの戦いからさらに急務となっていた。
「あら、これは兄さまにも春ですか~?」
「なっ、何を言ってる清花!! お前こそこっちに居て良いのか?」
ほろ酔いで声をかけてきたのは清花さんだった。いつもは緊張してるように見えたが今日は隊服を着崩してラフに見える。最初に会った時は深窓の令嬢だったのに変わったものだ。
「私は非番で明日は里帰りですし? そもそもレイさんの護衛は本来は先輩達ですからね。なので今日は美味しいお酒とお料理です!! 美那斗もおいでよ~!!」
「清花先輩、私、そもそも従者で給仕係だったんで、お皿の用意とか料理を取り分けてる方が落ち着くんですけど」
生粋のお嬢様の清花さんに対して美那斗は炎央院の門下の炎央十選師に選ばれていた志炎家の傍流の娘だ。門下ではあるが冷遇されていて一般家庭と大差ない暮らしだと聞いた。その上、本家の奉公と言う名の雑用係をやらされていたから使用人に近い感覚しか無いのだろう。
「大丈夫だ。美那斗も今日は参加者だから気にするな」
「はい、レイ様。でも私、こういう会は出たこと一度も無くて服も無いので隊服を着てきたんです」
言われてみればジョッシュとフローは私服だし、ワリーとベラも戦闘後に先ほど隣の部屋の更衣室で着替えたらしく私服で、隊服は清花と美那斗の二人だけだ。
「そうか、あんまり無理はするな。俺の妻はあんな感じでパワフルだから疲れたら遠慮せずに言えよ? 係の術士も呼べば来るからな?」
「はい。ありがとうございます。あの……レイ様。改めてお世話になりました。私がこの場にいられるのは全てあなたのお陰です。本当に、ありがとうございます」
そう言って美那斗に深く礼をされてしまった。中学生なのに礼儀正しいのは両親の躾が良かったからだろう隣の深窓の令嬢は最初だけで今はただの酔っ払いだ。
「気にするな。お前を光位術士に推薦したのは俺だが、隠れた才能が有ったのはお前自身だ。それに大助さんの件は俺にも多少は原因が有る」
「そんな、それこそ叔父の増長と思い上がりです。それに炎央院の方には既に謝罪を頂きましたので……」
そんな話は初耳だ。炎央院の本家の人間が分家ならまだしも門下の、しかも半ば零落した家の少女に頭を下げるなんて驚いた。
「そうだったか。なるほど、なら俺は余計だったな。しかし炎乃海姉さんがそんな事を言うなんて意外だな」
「あっ、いえ謝って下さったのは炎乃華様です。私の家がすまないって……それだけ言って頂けただけで私は充分です」
炎乃華がそんな事を、確かに根は素直だったが最近は分からないし脳筋なのは変わっていなかった。そんな気遣いが出来る人間とは思っていなかったが、あいつも何か変わったのか。
「それに暗殺者の自分を救って、さらに取り立てて下さり、こうして部下として扱って頂き本当に感謝しか有りません」
「へ~、私のレイを暗殺、そうなんだ、え~っと美那斗さん?」
いつの間にか会場で他の人間にセーラを紹介して回っていたアイリスが俺の横に来ていた。そしてゾッとする笑みを浮かべていた。
「おいアイリス? いい加減に――――「レイは静かにね? それで、暗殺って何かな志炎美那斗さん?」
「アイリス。そこまでだ彼女は私の弟子でも有るのだからな?」
そこでさらに割って入ったのはエレノアさんだった。いつもの凛々しい隊服とは違って今日は深いワインレッドの肩出しのワンピース姿でアイリスよりも背が高く威圧感は有った。しかしアイリスは一切聞かずにエレノアさんを押し留めた。
「エレ姐さん。分かってますよ、だからしっかりネタバラシはしなきゃダメなんですよ。仮にも同僚になるんですからね?」
「どういう意味だ?」
エレノアさんの疑問を一切無視してアイリスは俺の方を向くと手を合わせて。いつものおねだりをする時のポーズをする。
「レイ。ヴェインを出して、あれをやるから、それと気を失うから私の体しっかり支えてね、あ・な・た?」
次の瞬間に俺は頷くとヴェインを呼び出し同時にアイリスは気を失って俺に体重を預けて来たのでしっかり支える。『流転憑依ノ術』という初代の光の巫女が使っていた術で光聖神から教えられた彼女の得意な術だ。
「アイリス!?」
「アイリス様!?」
二人の叫び声が会場に響きさすがに皆が注目するが俺がアイリスを支えているのを見てSA3のいつもの四人は納得したのか食事を再開した。
「ちょっとアイリスさん大丈夫なの!?」
「大丈夫よ楓さん。アイちゃんは意識失っただけでしつこいから」
会場中を見ると叔父さんを始めクソ親父たち、そしてセーラや朱兄妹も驚いていたが炎乃華は驚いて無かった。横の琴音さんが驚いているのがより一層それを引き立てているのが印象的で不意にヴェインが動き出した。
「あの、レイ様、アイリス様は!? え?」
アイリスに駆け寄ろうとしたエレノアさんと美那斗に待ったをかけたのはヴェインだった。そして美那斗の肩をポンポンと叩いてグッとサムズアップしていた。
「あぁ、なるほどな。美那斗とは二度目どころか三度目の顔合わせか……」
「そう言えば前も聖霊帝様に元気付けてもらいました……って今はそれより」
そうして今度はヴェインがすぐに消えて俺の腕の中のアイリスがパチッと目を覚ます。いや意識を取り戻していた。
「と、まあ仕掛けとしてはこんな感じよ? エレ姐さん、美那斗ちゃん?」
「えっ? えええええええ!?」
「まさか聖霊帝に憑依していたのか!?」
俺の腕の中で体を預けたままウインクするアイリスは二人に向かってにこやかに笑顔を浮かべながら言った。
「せいか~い。毎回じゃないけど美那斗ちゃんの時の事情も知ってるし、何回かレイと一緒に特訓もしてあげたでしょ?」
「おっと、先に言っておくと俺もアイリスと再会してから知ったんだよ。だからアイリスは全然怒ってないから心配すんな美那斗」
「は、はいぃ~」
「言ったろ? 俺の妻はパワフルだって、ずっと見られてたんだ困ったもんだ」
「優し過ぎて色々と心配になっちゃう旦那様から目が離せないだけよ?」
そう言ってアイリスは抱き着いたまま俺にキスをしていた。本当に毎回不意打ちのキスが好きなようで会場から一部悲鳴と、どよめきが起きて目の前のエレノアさんは額に手を当て美那斗は尻餅をついていた。
「このバカップルを初めて見たらこうなるわね。彼女は連れて行くわ」
そのままフローに運ばれていく顔が真っ赤な美那斗を見送りながらアイリスはニヤリと笑ってあらぬ方向を見ていた。見ると炎乃華も琴音さんに運ばれて行ったのが見えた。やはり刺激が強過ぎたか。
「真炎もチューしたい!!」
「マホちゃんも素敵な恋人が出来たら好きなだけできるからね~? ちょうどいいから私と練習しとこっか?」
真炎を抱っこしてキスしようとするとアイリスの腕の中から真炎が奪われていた。
「あなたね!! 真炎になに教えてるのよ!!」
「あらら、負け犬、じゃなくてお姉様? まだ出番じゃありませんよ~?」
そう言って今度は真炎がアイリスに奪い返されると思ったら真炎は既に俺の足に抱き着いていた。何かの術を使ったようだが術の種類は分からなかった。
「今のは炎聖術か? 変わり身の瞬間はフレイムダミーに似てた気がしたが?」
「今のはアイリス姉様に教えてもらった炎気放出の凄いやつだよ?」
アイリスは炎聖術は使えないのだがと見てみるが相変わらず炎乃海姉さんと言い合いをしている。酒が入ってる分、酔っ払いに絡まれている感じがするが実際に煽ってるのは俺の嫁の方だ。
◇
開始から怒涛のパーティーだった。まだ一時間も経ってないがアイリスの企画したのは色々と強烈だった。本人が言うには俺自身が蹴りを付けるためのパーティーでもあるらしく、同時に本人もやりたい事が有るらしい。その一つが巫女たちのお披露目だったそうだ。
「俺なりの蹴りか……やっぱり俺は、逃げたんだろうな」
中の喧騒を眺めつつ俺は一人テラスに居た。手持ちのワインも底をついたしグラスを取りに戻ろうと考えていたら後ろから声をかけられた。
「あの、兄さん、いい?」
「勇牙? ふっ、どうしたクリスさんは良いのか?」
俺が言うと露骨に動揺していて驚いた。まさか隠せているとでも思っていたのだろうかと聞いてみたら答えは違った。
「いや、兄さんは家に居た頃は恋愛事とかには疎いイメージが有ったから……」
「疎かったと言うよりも煩わしかった……だってさ、全然上手くいかないんだぞ?」
俺が言うと困った顔をする勇牙に俺は自然と話していた。小さい頃から家の事を第一に考え行動していたこと、炎乃海姉さんに釣り合うように努力したこと、炎乃華を頑張って鍛えて自分の価値を見出そうとしていたこと。
「それと、お前に対するコンプレックス……かな?」
「兄さん……今でも僕のことが……」
俺は苦笑して首を横に振った。今だから言えるが家に突撃して炎央院家の正門を破壊した時に俺は目的は達していた気がする。
「正直、分からなかったんだよ一週間前までは……過去を振り返る度に怒りよりも悲しさや辛さが先に来るんだ。俺は炎央院を恨んでたはずなのにってさ……」
でも今なら分かる。いや分かってしまったんだ。
「怒りや悲しみ、悔しかったのも有るけど、一番はお前達と家族と一緒に居たかったんだって、一人置いていかれるのが辛くて、苦しくて……だから追放された時に俺はどこかで安心したんだよ」
「安心? どうして? 置いていかれたく無かったんだよね?」
「ああ、追い出されたなら仕方ないって、置いてかれたんじゃなくて途中で道が違えたんだって……諦める口実が欲しかったんだ俺は……でもさ、やっぱ一人になると悔しくて辛くて、泣くんだよこれがさ」
そう、中国で襲撃された日に自分が情けないと思い、もう家に帰れないんだと実感した俺はあの日から家に捨てられたと本当の意味で理解した。だが同時に家から逃げ出せた、解放されたとも思っていた。
「兄さん……」
「ま、色々と考えたけど結局は家を追い出されて初めて俺は家から逃げたかった事に気付いたんだ」
結局はそれだけ、俺は家や家族を大事にしていたけど、同時にその重圧から常に逃げ出したかった。本当はそんなの無視して逃げ出したかった。だから追放されて俺は喪失と安堵を同時に感じていた。
「兄さん、今なら、今ならさ――――「それ以上は言わなくていい。お前は本当に優しいな勇牙……だが、その優しさはクリスさんだけに向けてやれよ!!」
「なっ!? 何を言ってるんだよ兄さん!! それよりも……」
俺は一転、暗い表情を止めてシニカルに笑顔を浮かべると大事な弟を上手くからかうのに成功したのを確信して最後に宣言する。
「悪いが、今の俺は実家より居心地のいい場所を見つけちまってな。だから、あの家はお前に任せた!! お互いの居るべき場所で頑張ろう……勇牙!!」
「でも……いや、うん。僕なりに頑張ってみるよ!!」
「じゃあ早く行ってやれ、クリスさんは大地の巫女だ。不安に思ってるだろうから行って話を聞いてやれ」
分かったと言って会場に戻る弟の後姿が完全に見えなくなるのを確認すると俺は青空を見上げて一人深くため息をついた。
「八年振りに兄貴らしいこと、出来たかな?」
「うん。かっこよかったよ、レ~イ!!」
当たり前のように俺の後ろから抱き着いてきたのはアイリスだった。シャインミラージュを使ってどこから聞いてたのかは知らないが振り返って視線が合うと少しだけ涙目になっていた。
「マホちゃん取られちゃったよ~」
「嘘つけ。炎乃海姉さんがかわいそうになって返したんだろ?」
泣いてたのは俺と勇牙を見てたからだな……さっさと真炎を預けてこっちに来てたに違いない。
「お見通しか……本当にレイには敵わないな~」
そう言っていつの間にかテラスの横のテーブルにグラスが二つ、そこに赤ワインを注ぐと渡された。
「それで? どうなんだ?」
「そっちこそ、どうなの?」
チンとグラスを軽く触れ合うようにぶつけて掲げると互いに笑って言う。どうやら俺が先のようだと思ってワインを一気に口に含むと独特の渋みが伝わる。やっぱり俺は赤は苦手だ。
「少しは前に進めたと思う……言いたい事も言えたしさ」
「そっか、良かったよ。私の方は巫女達に覚醒を促すのは無事完了かな、それよりもレイ……私、少しだけ嫌な予感がするの」
アイリスもグラスのワインを一口含むと「苦手かも」と言って俺に渡してくる。そして自分の不安を吐露していた。
「炎乃海姉さんを煽ったことか? それは自業自得だろ?」
「ううん。それも有るけど……なんだろう、何か大事な事を見逃してる気がするの」
アイリスに渡されたワインを飲むとグラスを二つとも置いて俺は真剣な顔になった妻の顔を見た。彼女の瞳はどこか遠くを見ているようで、またどこかに行ってしまいそうな気がして思わず抱き締めていた。
「きゃっ!? もう、レイどうしたの?」
「どこか、また……どこか遠くに行きそうな気がしたんだ……不安になって、悪い」
「いいよ。三年も寂しい思いさせたもんね? しょうがないな~昨日あんなに愛し合ったのにね?」
俺達はタップリ三分以上は抱き合っていた。そして俺が目を開けると彼女は既にこちらを見ていた。
「もう大丈夫?」
「ああ、じゃあ第二ラウンドだ!!」
俺が言うとアイリスもニヤリと意地悪く笑うと言った。
「了解!! 私たち夫婦の力、見せつけてあげましょ?」
そして俺たちが戻るとパーティー会場は相変わらず混沌としていたが俺達が同時に戻るといくつもの視線が向くのを確認した。
◇
「さてさて、お待ちかねの第二幕、私達ラブラブ夫婦の次の出し物はこれだ~!!」
「これだ~!!」
どこからか用意したくす玉と、いつの間にかアイリスのすぐ傍にスタンバイしていた真炎が大声を出して紐を引っ張ると垂れ幕が降りて来た。
『当主・炎央院衛刃様の足を快癒させちゃう光の巫女様のコーナー』
「「「「ええええええええええええええ!!!」」」」
その文字を見て戻って来た炎乃華と美那斗、それに琴音が驚いていた。勇牙やクリスさんも口をあんぐりと開けているし、エレノアさんも俺をチラリと見て来た。そして当の注目された衛刃叔父さんは少し居心地が悪そうにしていた。
「いや、しかし……以前も言ってもらったが……私は」
「もう、良いのではないか? 衛刃よ」
「兄上……」
渋る衛刃叔父さんに声をかけたのは意外な人間だった。
「クソ親父?」
誤字報告などあれば是非ともよろしくお願い致します。
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