第62話「開戦の狼煙と女の戦い」
「ではでは、色んな意味でお世話になった皆さんを集めました~!!」
アイリスが一段高い台の上でマイク越しに言った。おそらく今この場の人間の全員と直接面識があるのは俺と司会をしている彼女だけだ。パーティーと言う名の懇親会だが広いこの一室に三十人弱のメンバーが集まった。ちなみにこの会は立食形式だ。
「ああ、ではまずは各々歓談を――――「そういうのは要らないわ、アイリス=ユウクレイドル!! 娘を返してもらう!!」
俺の発言に割って入ったのは炎乃海姉さんだった。雰囲気が最後に会った時より明らかに剣吞な上に目も血走っていて、そして何よりも聖霊力が桁違いに強い。これではまるで光位術士だ。アイリスの報告ではこんな状態だと聞いてない。
「え? 炎乃海姉さん、何を言って――――「ふっふっふっ……あの日、無様に敗れた貴女に今さらその資格が有ると思って? 炎乃海お姉様!!」
俺が喋ろうとするのを遮るように今度は嫁が意味深な笑みを浮かべ挑発し出した。見るとウインクして任せてと目で言ってるが嫌な予感しかしない。流美を見るが首を横に振ってため息を付いている。
「あの日の屈辱は忘れない!! だから貴方を倒して娘を返してもらう!! 真炎、さあ母様と一緒に家に帰りましょう?」
未だに俺の足に抱き着いている真炎との間に割って入ったのは、またしてもアイリスだった。そして真炎は俺をチラっと見た後に今度はアイリスを見ると二人でイタズラっぽい笑みを浮かべて言った。
「え~やだ~!! 私はレイお父様とアイリスママの家の子になるから~!!」
「「なっ!?」」
俺と炎乃海姉さんの声が同時にハモって周りもザワついた。家に何度か居る時にもお前の母親は一人だけだと教えたのに何を言ってるんだ。
「確かにマホちゃんが私とレイの養子になれば、四封の巫女の修行という面でも問題なくなるわねマホちゃん?」
「「ね~♪」」
こいつら、絶対に何か企んでる。女がこう言う返事する時は大概、勢いで押し切る時だ。昔アイリスとサラ義母さんに押し切られた時にやられた俺が言うんだから間違いないと思う。
「そう……そう言う事なのね!! 既に真炎は篭絡済みと……なら、もう遠慮は要らないわね!! 今こそ全力で奪い返すまで!!」
こんな安い挑発に乗るほど今の炎乃海姉さんは余裕が無いのが見て取れる。だから俺は異常事態を察して彼女を止めに入る。
「待ってくれ、炎乃海姉さん!! 落ち着いてくれ!!」
炎乃海姉さんが明らかに強くなっているのは分かったが同時に以前のような思慮深さが欠けているように見える。既に俺とアイリスを除くSA3の全員、計七名が光位術を展開して動けば蜂の巣にされるような状況にすら気付いていない。
「周りを見てくれ!! 頼むから」
「くっ、敵陣なのを忘れるとはね……恩を売ったつもり黎牙?」
「何があったんだよ、アイリスと真炎も、サプライズが過ぎる!!」
俺は咄嗟にグリムガードを展開しアイリスと炎乃海姉さんの間に入る。いつの間にか真炎はアイリスの横に移動していた。
「ま、今はこの辺りで止めますか、レイが本気で怒りそうだし。炎乃海お姉様、後ほど必ず時間は作りますので、もちろんここで果てても構わないなら別ですが?」
「分かったわ。あなたも取り巻きを連れなきゃ何も出来ないわけじゃないでしょ?」
「この間、完膚なきまで徹底的に教えてあげましたよね? そうよね流美さん?」
待て、流美も何か事情を知っているのか? アイリスが何か仕掛けたのは間違いない。だが危険なのは俺の嫁はたまに暴走する。それを止めるのも俺の仕事で、そうやって互いに支えてきたのが俺たち二人だ。
「えっ、あ……はい?」
「そう言えば流美はすっかり寝返った、いいえ表返ったわけね?」
こっちはこっちでバチバチと火花が散っている。アイリスの考案で今日は和解の場だと聞かされていたのに嫁と実家がバチバチしている。だがそれ以上に俺にはもっと別な問題が発生している。
「問題はこっちだけじゃ無いのにな、はぁ……」
なるべく見ないようにしていたのだがクソ親父と勇牙、そして距離感の異様に近いクリスさん、あの戦いの後からは完全に女の子の恰好してるらしい彼女と、そして何よりも気になる原因はそこに俺の血縁上の母親が居るからだ。俺が見ているように向こうも見ているのがハッキリ分かる。
「師匠、なんか凄い事になってますね?」
「本当に……レイさん本日はお招きいただきありがとうございます」
そんな感じで実家との距離を測りかねていた俺の横に幼馴染兄妹の二人が来た。今日も闇刻術士と接敵し撃破してくれた水森家の二人だ。SA3に末の妹の清花さんが後輩として入って来て二人ともますます近い関係になれた。
「二人とも来てくれて助かるよ。昨日アイリスに簡単に報告はされたんだが正直なところ家との関係を決める集まりだから逃げるなとしか言われてなくてね」
「アイちゃんらしい……強引ですね? あっ、レイさん、お飲み物どうですか?」
そう言いながら水森家の長女で幼馴染の一人の氷奈美ちゃんがさり気なく横に立ってテーブルの上のグラスを渡してくれた。
「ありがとヒナちゃん。でも不思議だな。改めて顔を合わせて酒を飲めるなんて」
「そうですね。水森の家ではサシ飲みでしたし、あとはリモートで飲み会でしたから。俺も未だに驚いてますよ師匠が生きていて、そして今度は共闘まで……ううっ」
そう言って泣きそうになる清一に俺は苦笑しながら俺はグラスの中身を一気に飲み干した。中々いい味わいの白ワインだ。選んだのはアイリスだな俺の好みがよく分かっている。
「本当に、みんな大人になってしまいましたね? あら?」
俺と同じようにグラスの中身を一気にあおると急に俺の方に倒れ掛かって来たので俺は慌てて支えていた。
「ヒナちゃん? 大丈夫か?」
「ええ、わたくし、まだお酒には慣れてないみたいで、実は水森の家にレイさんが来た時に晩酌したのが初めてのお酒だったんですよ?」
そうだったのか、アイリスと同い年だから当然飲んでいると思っていたのが意外に感じた。向こうでは俺も十八歳になったら飲んでいたからだ。
「そうだったんだ。どうする? どこかで休んだ方がいいかな?」
「ええ、では少し気分も悪いですしベッドまで――――「ぬぁ~んて、させないからね? ヒ~ナちゃぁ~ん」
俺が肩を貸してどこか休憩出来そうな場所をと考えていたら炎乃海姉さんとの小競り合いを終えたアイリスが横からヒナちゃんを奪うように引き離していた。
「アイリス、何をするんだ? ヒナちゃん酒には慣れてないらしいんだ」
「そうですよ~。もうアイちゃんは強引ですね?」
「へ~、ほ~? そうなんだ私が聞いた話と違うなぁ~? ヒナちゃん?」
どうしてだろうかアイリスの圧がいつも以上に強い。昨晩はあんなに可愛かったのに今は色んな意味で強さが際立っているように見えていた。
「ヒナちゃんは向こうにいる間にお酒に目覚めてパパやママと飲み比べするくらいには強靭な肝臓をお持ちなはずなんだけどなぁ~?」
そんなはずは無いだろヒナちゃんがそんなはず……。
「ちっ、喋ってましたか……そう言えばヴィクター氏の方は、あの時にまだ意識が有りましたね。迂闊でしたわ」
「え? ヒナちゃん?」
一瞬だけ黒い表情を浮かべたように見えた幼馴染は振り返るとニコリと上品な笑みを浮かべてアイリスから離れていた。
「ふふっ、何だか気分も良くなりましたので、ベッドに運んで頂くのはまた今度で」
「今度は永遠に来ないから!! まったく油断も隙も無い、一番厄介なのはやっぱりヒナちゃんか……」
肩で息をしているアイリスの横に立つと、ポカンとしていた清一が急に我に返って俺達に向き直って謝ってきた。別に謝る程のことでも無いのだがな。
「師匠……それと愛花ちゃんも、なんか氷奈美が悪い」
「清一、気にするなよ。ヒナちゃんも調子が良くなったみたいだし一安心だな」
そんな俺の発言にアイリスがジト目で見て来る。こういう表情も可愛いとか思っていると彼女の方はゲンナリした様子で言った。
「ふっ、これですよ清一くん。レイは心許す相手にだけは無防備になるの。敵意や悪意を抱いてない相手には、ここまでノーガードなんだよ。あと私、本名はアイリスだからそっちで呼んでもらえると嬉しいかな」
「何と言うか心中お察しするよ。それでは改めてアイリスちゃん? いや、アイリスさんかな? 久しぶり。でも驚いたよ最後に会った時は髪も目も黒かったからね」
そう言えばこの姿になったアイリスに会うのは清一は始めてだ。ヒナちゃんとは向こうで会ってるし俺は向こうでずっと一緒だった。
「これも光聖神の加護のせいでね光の巫女になる際の私にとっての試練だったのよ」
そう、これもまた試練で容姿が変わって愛する人間と引き離されても耐えられるかという試練の一環だったのだが、その瞬間に偶然にも俺自身が立ち会ってしまったので記憶を消すという過去の継承者でも初代にしか課さなかった試練が俺には追加で課されたそうだ。
「その試練の本質自体を知ったのはあの決戦時だったからな。そう言えば清一、よく生き残ったな、あの戦いで炎乃華や皆を守って戦ってくれて感謝する」
「そんな、師匠に比べたら俺なんて……ただ必死でエレノアさんの後に付いて皆を守っていただけですよ」
それが凄い事だという認識が無い清一は気付いてないようでアイリスと俺は目を丸くして驚いていた。
「エレノアさんは光位術士でお前は水聖師だ。実際にこの戦いは光位術士にも多数の被害が出たからな。それを生き残ったんだ、お前は充分に強いんだよ」
「そうそう、それにエレ姐さんは我が社の精鋭主力部隊SA1の元ナンバー3なんだよ? その人に付いて最後まで戦える下位術師なんて居ないから。光位術士だってSA2とかのメンバーじゃ付いて行けるか怪しいんだよ?」
再会してから聞いた話だとエレノアさんは一時はアイリスの教育係でその時に同時にベラの戦闘教官もしていて二人を引き合わせたのは彼女だったらしい。俺の知らない所で三人で女子会なんかも開いていた事もあったそうだ。
「そうだよ? あなたが新妻を置いてどっかの同僚とコッソリ飲みに行くからさ~」
「呼んだかレイ、アイリス?」
「呼んでませ~ん。ジョッシュは本当に地獄耳ね?」
すると会場の端でフローに怒られて逃げて来たジョシュアがすぐ後ろに居た。俺は呆れ顔だがアイリスはプリプリ怒っている本当に俺の嫁が可愛すぎる。昨日あれだけ愛し合ったのにもう我慢が出来なくなりそうだ。
「これでもお前ら二人の護衛だからな? そっちは確かセーイチか、おっと聖霊間通信に切り替える」
三人で英語で話しているのに気付いたジョッシュが聖霊間通信に切り替えようとするが、それに待ったをかけたのが清一だった。
「ダイジョウブです。ジョシュアさん。水森清一です。元気です」
「清一、お前英語喋れたのか?」
片言ながら英語が喋れるようになっているのに驚いた。ここ一ヵ月弱で練習したのだろうか?
「でも、まだ練習中?」
「はい。私はまだ練習中です」
実に日本語の構文らしい答えだ。どうして英語を覚えようと思ったのか聞いてみたら意外でも有り予想通りの答えが帰って来た。
「師匠が以前話してたヴィクターさんと戦いたいからですよ!!」
そこは日本語に戻るのか……本当に片言だな。
「ああ、なるほどな。義父さんか、俺も一度しか勝ててないからな」
「そうだよね~パパに勝ったのは後にも先にも一度だけだもんね~?」
アイリスの言う通り勝ったのは一度だけ、アイリスにプロポーズした時だけだ。あれは今から三年前のことだ。任務で無茶しないようにアイリスに泣かれ俺は少しづつ無理な戦いをするのを避けるようになっていた、そんな時だった。
◇
――――三年前
その日もロンドンに出た闇刻術士と悪鬼、英国ではデーモンと呼ばれる者たちを討伐した帰りだった。
「よし、SA3は全員負傷者無しだ……レイも最近は無茶をしなくなったな」
「ああワリー、ここ最近は焦り過ぎてたんだ。皆も済まなかった」
あの日、俺が戦う強さだけを追い求める文字通りの戦闘マシーン、ある意味で俺の実家の炎央院の家を体現したような存在になりかけた時にアイリスにビンタされて泣かれて初めて気付かされた事件から一ヶ月が経ったそんな時期だった。
「俺は構わないけどな楽が出来てたし」
「よく言うわね。寝る前に毎回『レイを止めた方がいいか?』とか聞いて来たのはどこの誰だったかしら?」
「フロー、お前、そういう事はバラすなよ」
アイリスはもちろん、ジョッシュやフローにも心配をかけていた。そんな事にも気付けないくらい俺には余裕が無かった。アイリスの隣に立っているために、ずっと傍にいるために戦い、そのためなら何でもするとその時は考えていた。
「二人とも悪かった。力を求め過ぎていたんだ。いくら強くてもそれで俺が俺を失っちゃダメだった」
「分かってくれて嬉しいよ。さっすが私の恋人だね!!」
腕にじゃれつくように抱き着いてくるアイリスの頭を撫でながら俺は幸せを嚙みしめていた。日本を追放され間も無く五年が経とうとしていた俺は確かに異国の地で小さな幸せを掴みかけていたんだ。
そんな俺が彼女と結ばれたいと思うのは自然の流れで、そしてそれは英国での俺の家族となる人達も同じ思いだった。
◇
L&R社のCEO特別室そこにはユウクレイドル家の面々が集まっていた。この部屋の主のアレキサンダー=ユウクレイドルの他愛のない一言から始まったと俺は後に聞かされた。
「レイとアイリスは本日も仲睦まじいようだ。これなら曽孫の顔も早く見れそうだ」
「どう言う意味でご当主? いや親父よ」
そしてアイリスの両親のヴィクター義父さんとサラ義母さんもその場にいて話し合いをしていたらしい。
「深い意味は無い息子よ。しかし二人の付き合いも早四年だ。恋人になって既に一年以上、もうすぐ二年らしいからな、そろそろかと思ってのう」
「それがですねご当主、アイリスが言うには煮え切らないみたいですよ~? レイくんの方が」
サラ義母さんは、こんな事を言っていたがそれは違う。恋人としての時間を大事にしていただけで、決してプロポーズとはどうすればいいのか、どうすればアイリスを喜ばす事が出来るのかと色々考えている内にタイミングを逃していた訳では無い。
「なんだと!! あの野郎、俺のアイリスのどこが気に食わないんだ!! この間なんて俺の金で車まで用意してやったのにな!!」
「そうね~。何だかんだで二人で車の運転の練習してる時とか楽しかったみたいだしね? この間も『俺に息子がいたらこういう事も増えるのか、悪くない』とか言ってたものね~?」
今でこそ義父さんとは一緒に飲みに行ったりバカ話したり、良い親子関係を築けているが当時は光位術士としても剣士として、そして何よりアイリスの父として俺には特に厳しかった。
そして次の休暇に俺は義父さんに呼び出されていた。なぜか朝から模擬戦をする事になりアイリスがご機嫌斜めだったが納得して家で待ってもらっていた。
「レイ!! お前が色々と過去に思い悩んでいる事は聞いた」
そして俺はいつもの本社の地下の訓練場に二人だけでいた。朝の七時で朝食も摂らずに朝から紅茶を一杯だけ飲んでこの場に来た。
「はい。それで本日は稽古を付けてくれるとの事ですが」
「ああ、それとその後に少し付き合って貰う。だが、まずは訓練だ!! レイ、いつもの通り互いに術無し、聖霊無しの全力だ!! 来い!!」
俺と義父さんは木刀を互いに構えた。義父さんはユウクレイドル家に伝わる騎士の剣術以外にもフェンシングと剣道を収めている。
俺も剣道は手を抜いても中学の時には個人で全国制覇をしている。そして炎皇流を収めているが当時から真剣勝負では一度も勝てず、練習試合も7対3の割合で負け越している。
「はいっ!! 今日こそ勝たせてもらいます!!」
誤字報告などあれば是非ともよろしくお願い致します。
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