閑話最終話「光の巫女だけど黒い私」-結-
◇
少しやり過ぎたと思いながら私はエルゴの背に寝そべりながら考える。今日までの間、全てレイのために動いていた……わけでは無い。半分は自己満足で私がやりたい事をしていた。
「私はレイに選択の機会をあげるだけ。それが私に出来る精一杯だから、お節介な嫁だって怒られちゃうかな?」
私は遠目に見えてきたホテルのバルコニーを見ながら今日はどうやって毎晩覗いている流美さんを煽るかを考えながら意地の悪い笑みを浮かべていた。だって本当の私は欲望に忠実で真っ黒だから。
◇
レイと話をする前に私は準備を終わらせるまでの六日間を振り返った。まずはレイとの再会、これは世界で一番大事なことだ。思い出の公園で二度目のプロポーズみたいで私としては大満足だった。
そのまま私達は二人で盛り上がりホテルに直行していた。だって私たちって実質新婚だし仕方ないよね? 本当はそのまま次の日も、なんて思ったけど私がヴェインに憑依していた状態で気になっていた事が有った。それはレイの家族の事だ。
「そっか、炎乃華さんも頑張ったんだ」
「ああ、剣技も昔に比べて数段キレも良くなってた。ただ浅慮なとこは相変わらずで将来を考えたらまだまだ。双極斬も昔に比べて……悪い、家の話ばかりで」
「いいよ。私も聞きたいよレイの家族の話。今は少しは話せるんでしょ?」
そう言うとレイは思案するように目をつぶって唸っていたかと思うと、ゆっくり口を開いた。
「いや、悪い。やっぱり実家とは距離を取った方がいいと思う。今回の騒動で闇刻術士も中枢を失ってほぼ壊滅的だし、わざわざ協力関係を築く必要は無いさ」
「本当にそう思ってるの?」
「ノーコメントだ。さ、そんな話よりもアイリス……続きをしようか?」
そんな風に抱き寄せられて再びベッドに連れ込まれると上手い具合にはぐらかされてしまった。久しぶりのレイの体温を感じながら行為の最中は幸福感に包まれていたけど事後になると、どうしても気になった。
◇
「と、いう感じで……どう思う? ママ、じゃなくて母さん!」
『う~ん……正直に言うとアイリス、レイにとっては余計なお世話だと思うわ』
私はホテルのバルコニーに結界を張って英国のサラ母さんと通信をしていた。レイは連日の激戦と昨晩の行為とですっかり疲れ切って今は寝ている。だから報告は私がしようと思って話している内に母さんに相談していた。
「そっか……だよね。なんかゴメン」
『でも私も画面越しだったのだけど、お爺様と一緒に見たレイは私達と同じくらいあっちの家も心配してるように見えたわ』
「母さんが私を煽った時でしょ? ヒナちゃんもす~ぐに報告するんだもん」
『氷奈美さんのおかげで私達も踏ん切りがついたから。感謝しなきゃダメよ? それにしても、ふふっ、まさかあなたがねぇ……』
それについては感謝していた。ヒナちゃんこと氷奈美ちゃんが強引に私を目覚めさせてくれなきゃレイは間違いなく消滅していたし日本は闇に包まれていた。
「なによ~。私だって色々考えてるんだよ」
『あなたと、あなたの夫の家族問題の話をするなんてね。本当に大きくなったのねアイリス』
急にしみじみと語り出す母さんの言葉に私は照れ臭くて無言になってしまう。
『小さい頃からあなたにはお役目で辛い思いも、我慢もいっぱいさせたわ』
「どうしたの? 光の巫女は私の宿命だもん仕方ないでしょ?」
私は当然のことを言われて少しだけ拍子抜けしていた。てっきり母さんのお説教か、お小言が待っていると思ったからだ。
『ええ。辛く大き過ぎる役目をあなたに課してしまった。だからね好きな人のことくらい……好きにやりなさい』
「でも、余計なお世話って……」
『それは私が感じたことよ。アイリス、あなたはどうしたいの?』
「私は……私はもう一度レイに選んで欲しい。過去の大事な人達が本当にそうじゃ無くなったのか、それと知りたい、今のレイを追放した人達の気持ちを……」
英国にいた時には恨みも言わず、ただ関わりたくないと拒絶していたレイ。でもヴェインを通して一緒に見た一ヵ月弱の期間で私は考えた。確かに酷いし自分勝手な人達だった。
それでも私はレイの中にそれだけじゃない何かを感じた。別に私はレイの実家を救うつもりは無い。だけどレイの心の迷いを晴らす事が出来るのなら、ついでに助けてあげてるのも満更でもないと思えた。
『じゃあ私が言うことは何も無いわ。でもねアイリス、人の心の内面を暴く以上あなたは自分でその責任を取らなくてはいけない。その覚悟だけは決めておきなさい』
最後に母さんはそれだけ言って通信を切った。そして私は次にフローに連絡を取った。私の話を聞いて最初は反対されたけど横に居たジョッシュはなぜか協力しようと言ってくれて、ヒナちゃんや清花さんにも連絡して私はベッドに戻った。まだ寝ているレイの手がまるで私を探しているように見えたから反射的に手を握った。
「任せてねレイ。今度も私がしっかり素敵な旦那様だって実家の人達にプロデュースしちゃうんだから!!」
こうして私の計画は幕を開けた。報復よりも本心を知りたい。その上で最後はレイに決断してもらうためのお膳立てをしようと私は動き出した。
◇
「と、いう訳なのであなたと炎乃海さんの怪我を治しました。そして炎央院の家の皆様を見定めさせてもらいます……レイの妻として」
「分かりました。それで私は何をすればいいのでしょうか……奥様」
「あっ、その呼び方いいですね!! 名前に様付けられるよりもそっちが良いです」
流美さんには私の計画のほとんどを話した。その上で一番最初に試した人間でもあった。主家であり永遠に仕えなくてはならない宿命の炎央院家と主として仕えたかったはずのレイ、どっちを取るかの踏み絵をさせた。
「話は分かりました。でも口では何とでも言えますよね? だから何か私を信じさせる証を出して下さい」
「ではこちらを……炎央院の今までの政府からの公金の裏帳簿及び取引相手のリストのコピーです。それと炎央院の主要な人間の住所と緊急時の隠れ家及び、結界の起点と解除方法と龍脈のポイントです。お納め下さい。奥様」
えぇ……ここまで出して来るとは思わなかった。目がガチだこの人。あとで内容は精査するけど本物なんだろうなと目の前の流美さんを見て思う。
「まだ、足りませんか? 私は二度と黎牙様、いえレイ様を裏切りたくない。そのためには全てを捨ててでも、何を言われても構いません。あの時、黎牙様を裏切った失態を償えるなら……どんなことでも致します」
「なるほど、よく分かりました。信用するわ流美さん。レイと、そして《《私のため》》に働いてもらいますね?」
あえて私のためにと強調したらすんごい顔してる。従者としてはどうなんだろうか? でも女同士なら分かる。だって小さい頃から大好きだったんだよね? 恐らく初恋、それが叶わなかったと今、改めて実感させられたのだから。
「……っ!? はい、かしこまりました。奥……様っ!!」
「ふふっ、ありがとう流美さん」(うわぁ、これ私のレイ好き過ぎるじゃない。なんで気付かなかったのよ……でも気付いてても渡さなかったけどね)
私の内心の焦りを悟らせないように余裕の笑みを崩さずに話を続けた。正直言うと下手な闇刻術士より黒いオーラ出てるよ流美さん。
「では、今後の予定を――――」
こうして私達はレイのために手を組んだ。同時に私は密かに流美さんを合格にしていた。実のところ私はレイほど彼女に悪い印象を持ってない。だってレイが生き延びることが出来たのは間違いなく彼女のお陰で、少なくとも中国脱出までは彼女の助けが無ければレイは死んでいた可能性が有ったから。
◇
翌日、私は当初の予定通りに真炎ちゃんを連れて行く事にした。そもそも私がヴェインに憑依していたのを勘付いていた彼女の資質は相当高い。そしてレイは真炎ちゃんに過去の炎乃海さんに重ねて見ているのも知っていた。
「マホちゃんが可愛いから色々と厄介ね~」
「真炎ってぇ、めんどうな女?」
そう言いながらクリクリと目を真ん丸にしてる真炎ちゃんは可愛い。こりゃレイもやられるわ。しかも思い出補正付き、もしかしたら一番厄介な相手は目の前の少女なのかもしれない。
「そうね罪な女かもね? 可愛いぞ、うりうり~」
「きゃっ、アイリス様~」
そんな会話をしながら鳳凰の上でマホちゃんを抱きしめたりしていたら、すぐに炎央院邸に到着し、二人で炎乃海さんの治療をした。触診とマホちゃんの話では体に光と炎の二つの聖霊力が馴染んでいるようだ。
私の光とマホちゃんの炎で炎乃海さんを無理やり浄化した成果はしっかり出ているみたいで安心した。それとガッツリとレイへの想いも残っているみたい。かわいそう、私より恵まれた環境だったのに気付いても全て手遅れです。
◇
そしてホテルに戻ってレイが真炎ちゃんをお風呂に入れてる間に流美さんと話をすると同時に怪我の状態を改めて診せてもらっていた。
「一応は闇の聖霊力は全部抽出したんだけど、今日の炎乃海さんを見る限りかなりしつこい闇の炎だったから心配になって」
「そう……ですか。ふっ、本当に死んでもしつこいですね兄さんは、どこまでも邪魔な人。やっと死んでくれたのに、ふふっ」
「えっ、あ、流美さんのお兄さんか、間男さんって……」
所々、この人は闇が出るなぁ……流美さん。一つとはいえ年上だからベラと同い年か……そう言えばベラも見ないけど色々と勝手に動いてそう。ベラの場合、私を思って動いてくれるから言い辛い時も有る。
ワリーが口ごもってたし恐らくはお義母様への対応はベラね。お爺様から直接頼まれてる可能性も有るかも。
「ええ、黎牙様を、失礼しましたレイ様を害した人間の末路としては良かったのではないかと、実の娘に引導を渡されたのですから」
「そうね……って待って!! よく考えたらマホちゃんって流美さんの姪よね!?」
「血縁上はそうですが兄は最後まで炎央院になれなかったので関係有りません。私も真炎様とお呼びしてますから叔母としてよりも主君の娘として見てますし」
「そ、そうなんだ……」
複雑な血筋のお家事情を聞いたその夜も、複雑な内心の私なんてお構いなしにレイが求めてくる。もちろん私も次世代を残す気満々ですぐに受け入れた。マホちゃんを見て子供が欲しくなったのも手伝って二人で頑張っている時にふと気配を感じた。
「ふぅ、レイ……」
「アイリス大丈夫かい? 少し休む?」
「ええ、その……私は大丈夫よ」(明らかに扉から気配がするんですけど……レイは気付いてないの?)
くぐもった声が聞こえる……いやな予感がする。そして蝶を飛ばして見ると予想通りの光景が広がっていた。すんごい見てる。
(Oh、流美さん……本当に見てるなんて……でも、ここで追及するのは同じ女としてかわいそうだし、さり気なく注意を促して)
そんな事を考えてるとレイが問答無用で覆いかぶさって来た。レイってベッドの中では凄い強引なんだよね普段と違ってワイルド。なんて思いながらその先は前後不覚になって朝まで流美さんへ気が回らなかった。そして明け方に水分補給をしに起きた時には流美さんの姿は無かった。
◇
そのまま朝起きると私とは普通だったのにレイと顔を合わせると露骨に慌てるのを見て確信した。この女、最後まで見てたなと……。三日目のこの日、レイには真炎ちゃんと水族館へ行ってもらいその間に私は炎乃海さんの本性を審査する。
「――――私はその内に炎乃海お姉様にすこ~しだけお灸を据えてくるから」
「あっ、あの、こんな事、言えた義理でないのは理解してます!! でも……」
不思議だ。昨晩は肉親の兄をあっさり見限ったのにレイを裏切った主犯に等しい義姉、いや流美さんの場合は主君の家の娘か、それを庇うのは炎央院の縛りや教育だからなのかそれとも……と、気になったけど今はやるべきことをする。
「じゃあ後で通信で呼んだら炎乃海さんの部屋の前で会いましょう」
そして私は炎乃海さんを試した。レイと真炎ちゃん両方とは強欲過ぎる。残念だけどそれは永遠に叶わないし私が許さない。だから考えを変えるか再審査をしようと完膚なきまでに叩き潰した。
「でも、その必要は無かったかも……」
「どういう事ですか奥様?」
炎乃海さんを倒した帰りの車の中で流美さんと今日のことを話している中で私は自然とその日のの出来事を話していた。
「だって炎乃海さん、最後はマホちゃんのことしか考えてなかった。だから本当に大事な者を無意識に選んでたのよ。これでレイを選んでたら本当に灸を据える気だったんだけど、たぶん当日は間違えないだろうしレイのことも諦めてもらえるね」
そして裏で流美さんには衛刃さんへの探りとレイの両親の様子も探ってもらい、ついでに三日後のパーティーについて話したとの報告を受けて、いよいよ私は本丸へと挑む……前にレイと健全に夜の夫婦の営みをする。
(忘れてた……流美さんに注意するの……なんか普通に今日も居るし……どうしよ)
「ふっ、どうしたアイリス?」
レイはすっかり準備万端だよ……でも少し考えてみよう。流美さんにも諦めてもらわなきゃダメなんだし私達のアレを見せつけて諦めてもらうのも手じゃないだろうか? いや、それが一番だ!! ちなみにこの時の私も興奮していて、この過ちに気付くのは数日後だった。
(ふふん。流美さんに見せてあげるわ!! 私達のラブラブっぷりを!!)
◇
そして翌日は完全オフ、流美さんに真炎ちゃんを任せると英国に通信をしていた。そこで私とレイはお爺様と通信で会談をしていた。
「と、言うわけなので義理のお母様と明日、お話したいと思いますので許可を頂きますお爺様」
「アイリス待ってくれ!! どうもこの数日間怪しかったけど、それは……そもそも当主の、お爺様の好意を無駄にするのは違うだろ!!」
『アイリス、レイもこう言っている。考えを改めたらどうだ?』
レイもお爺様も隠し事がバレたように焦っているのが見て取れた。正しいのはレイだし結論としては正しい。私もレイが心の底からそう思っているなら賛成した。だけど迷っているのがバレバレ、私があなたの一番近くに何年いたと思っているの?
「私は落ち着いてますし覚悟も決まってる。レイは炎央院の実家を見限ったのは本当なの?」
「あっ、ああ……今回協力したのはあくまで闇刻術士との戦いのためだけで……」
はい嘘確定です。レイは癖で分かりやすいんだよね。必死に皆のために最後まで努力したのに裏切られ過ぎて歪んでしまったレイ。だから思い出してもらうんだ優しくて強い本当のレイを、私の大好きな旦那様を……。
「ふ~ん、じゃあ何で炎乃華さんを見捨てれば良かったのに助けたり、さり気なく炎央院のお仕事を手伝ったり、炎乃海さんや流美さんが大怪我した時なんて助けてくれって土下座する勢いだったよね? お義父さまの相手も嫌々ながらしてたしね?」
「そ、それは……」
でも根本は変わっていない。それに変わっちゃいけないんだ。私のエゴだけど、それでもレイが今なお迷っているのなら助けたい。それで出した結論なら私も今度こそ従うつもりだ。
「レイ、お爺様に言われたからでも、光の継承者としてでもなく、ただのレイとして考えて欲しいの。実は明後日にね、親族と親しい人達だけを呼んで、ここでパーティーの準備をしているの……そこで私はレイの決断を聞きたい。ダメ?」
「俺は……結論は決まっている。だけど流されたのも事実だ。俺は心のどこかでまだ十五年育った家を……捨て切れなかったんだ。なんでなんだよ!! どうして、俺はあんな扱いを受けたのに、あいつらを助けたいなんて思うんだよ!!」
やっと見れたのはあの日、ホテルの一室で一人慟哭した顔。聖霊越しにしか見れなかったレイの辛い思い、それをレイは八年間も隠してた。
「それは私も分からない。それこそレイが家から追放されたこの八年間で出さなきゃいけない結論なんじゃないかな? 今度は過去を斬ったなんて曖昧な答えは許されない。決めなきゃダメだよ」
「アイリス……俺は……」
「どんな決断をしても私は……私だけは最後まで味方だから、ね? レイ」
このやりとりにお爺様も折れたようで許可をくれた。そして私たち二人を画面越しに見ると最後にため息をつきながら話し出す。
『はぁ、分かった。レイのために排除しようとしたが、やはり自分で過去は乗り越えなければいけない……か。レイ、そしてアイリスお前達の望むようにやりなさい。しかし二人で決めた以上は二人で乗り越えるのだ……許可は出す。衛刃殿には私から話しておこう。会ってその目で見定めて来なさい』
「「はいっ!!」」
◇
そして今、私の目の前にはレイの母、私にとっての義母の炎央院楓果さんがいる。全ての黒幕でレイを追い出した女、おそらくレイは一生この人を許せないだろう。私も許せない。それでも、それでも私は何かをしたかった。
「それで、何が狙いなのかしら? お嬢さん」
「アイリスとお呼び下さい、お義母様?」
挨拶もそこそこに用件を切り出し話してみて分かったのは炎乃海さんとレイを足して二で割った上に性格を悪くしたような人だというのが私の印象だ。レイの髪色が藍色に近い黒なのはこの人似だ。
「では、あなたはレイに謝罪する気は無いと?」
「ええ。当たり前でしょ? 私は黎牙に人生を狂わされたし、最後は敗れたのだから、それとも今さら私の人生を取り戻してくれるの?」
話し合いの余地は無さそうだ。この人の中で結論は出ている。ならせめてレイに会場でしっかり訣別してもらうくらいは生みの親としてしてもらいたい。レイの邪魔になるのなら蹴りは付けさせたい。
「それは……でも、今のレイは力を示した。刃砕様のように力の前に従うのも一つなのでは? 確か炎央院の家は力が全てのはず、今のレイの話を聞くだけでも……」
私が力が全てと言った瞬間に露骨に眉が吊り上がって表情が崩れた。今まではどこか精気に乏しかった顔に力が入って私を睨みつけるのはかつての姿と言われても違和感が無かった。
「下らない。力、力と言っても家格が下の分家では術師としての力は有っても愛人止まり、そして最後はお払い箱よ。だから売られた家で私は……それで生まれたのがあの子よ、笑わせる。本当に今さら……なんで」
「なら、あなたは、少しでもレイに親として愛情は注げなかったのですか?」
「さあ、そんな古い話、もう覚えてないわね……でも、見返すためにあの子達を育てたのは……事実ね」
「そう……ですか」
ダメみたいレイ、この人はダメだ。根底から考え方が違う。価値観を統一するのは難しいし交渉も無理そうだ、そう私が諦めかけた時だったポツリと何の気なしに楓果さんは私に問いかけてきた。
「聞きたいのだけどアイリスさん。あなたは黎牙のどこに惹かれたの? 強かったから? それとも顔かしら? 違うわね、選ばれていた事を知っていたからかしら?」
「いいえ!! それだけは違います!! 例えそんな運命なんて無くても、あの日、孤独な私を慰めて優しくしてくれたレイに私はずっと恋してるんだと、今でもハッキリ言えます。私は力だけであの人を……レイを選んでないっ!!」
我ながら初恋を拗らせてるのが恥ずかしい。こんなことレイ本人にすら滅多に言わない。でもこれが私の正直な気持ちだから誤解されたままなんて許せないし、私の想いをバカにされているような気がしたからつい大声が出ていた。
「そう……最後まで私の負けか……冷香、よりにもよってあなたの娘は私に似て、あなたに似たのが私の生んだ子供なんて……本当に最後まで憎々しい女」
いきなり憑き物でも落ちたように大人しくなって私には意味が分からなかった。自嘲気味に笑いながら、今度は湯飲みのお茶を一気飲みすると私を睨んだその人の目には諦めの色が浮かんでいた。
「いいわ。最後に一つくらい恥の上塗りをしても冥途への笑い話が増えるだけでしょう。行くわ。その集まりとやらに……」
「本当ですか!? でもなんで……」
「理由は言いたくない。それ以上聞くなら行くのを止めるけど?」
そしてそのすぐあとに刃砕さん、お義父さんが来て楓果さんを連れて行ってしまった。監視は女性の術師がするそうだけど監視の部屋の近くに居るらしい。その後に流美さんが来て炎乃華さんが倒れたと聞いて私は急いで動き出した。
◇
今までの報告を俺はホテルのバルコニーで聞いていた。本当に色々と裏で動いてくれていたようだ。
「と、言うわけなのよ!! だ・か・ら、明日の主役頑張ってね? レ~イ!!」
「はぁ、お膳立ては全てやってくれて今夜は二人で最後のミーティングか、流美や真炎はそのために夕食を買わせに行かせたのか?」
本当に聞けば聞くほど自分が情けなく思えてくる。彼女は復活して一週間も経っていないのに俺のためにここまで動いてくれた。できた嫁だよ本当に、俺にはもったいない。
「ええ。マホちゃんの胃袋はガッチリ掴んで明日は悪役っぽく振る舞って貰わなきゃね? 私と一緒にさ」
「相変わらず演出好きだなアイリスは……俺の死を偽装する時もそうだったけど」
「そりゃあ当然よ。明日は私の夫の晴れ舞台なんだから!!」
ここまで言われちゃ……やるしかない。ああ、もう全てに決着をつけなきゃいけないようだ。追放されたのは事実、だけど俺も炎央院の家から逃げ出したかったんだ。だから逃げないで今度こそ向き合おう。
「ああ……俺の追放されるまでの十五年間と戦い抜いた八年間、その全てか……じゃあ俺の決着、一緒につけてくれる? アイリス?」
「もちろん!! レイが嫌だって言っても一生付いて行くよ? 今度はどこまでもね!!」
後ろでドアの開く音が聞こえたから二人が帰って来たのだろう。俺たちは頷き合うと手を繋いで部屋の中に戻った。明日に備えて英気を養うために……でもたぶん夕食はハンバーガーなんだろうなと思いながら二人を迎えた。
「継承者の知らない黒アイリス」編 完




