閑話その3「懺悔と後悔、里中流美の場合」-起-
◇
「ま、これだけ煽れば来るでしょ? はい、フォトンシャワーっと……今のこの人の回復力なら一日寝れば、じゅうぶん……かな?」
そう言って私はスッキリ半分、虚しさ半分で部屋を後にした。そして部屋の前で控えていているように言ったのに入って来ちゃった人に指示を出す。
「さてと……流美さん。二人は?」
「はい、奥様。レイ様と真炎様は本日は水族館です。都内ですので午後からは合流が可能かと……思い、ます」
割と顔が死んでるわね……部屋の外で待ってて言ったんだけど見ちゃったから仕方ないか……流美さんって意外とポーカーフェイス出来ないのよね。
「そうね。じゃ、行きましょう。車をお願いします」
「はい。畏まりました」
二人で廊下を歩いて中庭を見るとSA3の三人組が霊薬の簡易型栄養ドリンク『エリク汁』を売っている。一本29,800円とか中々と暴利価格だ。でも中身を知っていたのなら実は破格だったりする。
「あんまり無理はしないで下さいね? お姉さま、いえ炎乃海さんと違って傷を塞いだだけなんだし、戦闘は厳禁です」
「はい、重ね重ねのご配慮、感謝致します……昨日頂いた、この商品のおかげで体に影響はほぼありません」
エリク汁はエリクシルの劣化版とは言え並の術師程度なら完全回復は出来る。本当は炎乃海さんにも飲んでもらいたかったけど私が渡したら飲まないだろうから、だから後で流美さんに渡してもらう予定だったが……。
「出て来ちゃうんだもん……」
「申し訳ありません……その、あまりにも聖霊力の圧が凄くて……」
流美さんの言い分も分かる。だってパワーアップした炎乃海さんの最大火力は私のレイアロー・トリプルと同じくらいは有る。スパークルバスターにはどうやっても勝てないが、この時点で並の炎聖師とは出力も何もかもが桁違いだ。
「だから私も手加減が出来なかったんだよね」
「心中お察し致します」
「ありがとう、さてと……行きますか!!」
そう言って私達は車に乗った。流美さんはカーナビを豊島区の某サンシャインに合わせると静かに車を出した。だいたい時間は四〇分弱、私は手持ち無沙汰で隣の協力者に声をかけていた。
◇
先ほどから話している助手席の女性と会うのは二回目で、最初はロンドンで、そして二度目は簡易ベッドの上だった。
私は暴走した兄の祐介に成す術も無く倒され、気絶し右足の太ももには風穴が空いていたらしい。そして話は数日前、例の決戦が終わった直後に遡る。
「うっ……ううっ……」
戦いの後に真炎様に運ばれた私の意識は混濁していて、朧気にしか声は聞こえなかった。一人は私の主の黎牙様、そしてもう一人は余り聞き慣れない声だった。
「アイ――――!! ――――美は!? ―――美姉さんは――――なのか!?」
「はいはい。大丈夫ですよ~!! まったく――――だよ」
もう一人の声は女性だった。足がビクンビクンと熱くなり、そして私が次に目を覚ますと目の前にいたのは銀髪の女性だった。
「こ、ここは……?」
「起きました? 覚えてないかも知れませんが、お久しぶり、流美さん?」
「あ、ああっ、アイ……リ、ス様?」
そこに居たのは英国で黎牙様の恋人だと言って私に手紙を渡した女性、そして死んだと思われた女性だった。
「んもうっ!! 『様』だなんて大げさですよ~♪ アイリスで良いですよ? それと憶えていてくれて良かったです。説明の手間が省けるんで」
「でっ、ですが……なぜ? それに、うっ……」
「さすがに今日一日は安静にして下さいね~? 搬送先は炎央院の家になると思いますけど、明日お会いしましょうね?」
それだけ言うと部屋を出て行ってしまい、私は数分後には聖霊病棟の担架付きの特殊車両、見た目はワゴン車で中身が救急車に乗せられ炎央院邸の南館に運ばれた。そして宣言通りに翌日、私は布団に横になったままで見舞いと経過を見に来た黎牙様とアイリス様と再会する。
「どうやら大事無いようだな。ま、当然か」
「はい……ご迷惑を、おかけしました」
黎牙様が心配して下さっている。あんな顔をしているけどあれは照れている時の反応だ。昔、何度か私に向けてくれたあの優しい顔だ。でも何でだろうか?
「はぁ、レイ。素直に心配したで良いでしょ? ほんとに……もうっ」
「そんな顔しないでくれよアイリス。君の術を信頼してただけさ。俺の可愛いお嫁さん?」
ああ、その顔、その表情、全部が昔の黎牙様だ。最近の仏頂面で皮肉めいた私達を嘲るような顔じゃない。心からの私が見たかった本当の笑顔……そして二人の雰囲気と今の一言で理解させられた。
「あ、あの……黎牙、様……」
「なんだ?」
だから私は言わないといけない、従者として、いや人としても慶事を祝うのは当然だ。上手く笑えているだろうかと不安に思いながら何とか言葉を絞り出す。
「その、アイリス様と…………ご結婚、おめでとう、ございます……」
「え? ああ、そうか。実家連中には黙っていて報告が遅れたな。理由は色々と有るんだが、改めて紹介する俺の妻のアイリス=ユウクレイドルだ」
「えっと英国で一度、それと小さい時にも数度、憶えて無いかもしれませんが改めてアイリス=ユウクレイドル、レイの妻です」
その一言でまるで封じられていたような記憶が私の中に蘇る。私が二度ほど黎牙様の後を付けて様子を見ていた時に公園で遊ぶ四人を知っていた。
その中の二人は顔だけは知っていた有名人で水森の家の次期嫡子とその妹、しかし最後の一人は誰か知らなかった。
「これは……なんで? 私は今まで、こんな大事な事を忘れていた?」
その事実を言われて思い出した。近所の子であると黎牙様に言われ調べたら少し離れた薬局の子供だと分かりそれ以上調査はしなかった黒髪の少女。それが目の前の女性の正体だ。
「ああ、それはね、お節介な神様の試練だったのよ」
アイリス様の話によると闇の勢力から幼少期の未熟な二人を守る必要が有ったらしく、そのためにアイリス様に関わった人間の記憶は認識の阻害、または封印に近い処理が施されたそうだ。
「それが試練、なのですか?」
「私のはね……レイの試練はもう一つ。生きて私の元に辿り着く……ただそれだけ」
それだけ、と言った時にアイリス様の表情が曇った。どう言う事なのかと考えたが私には分からなかった。
「さて、無事も分かったし、これ以上は……」
「レイは少しここで待ってて、私は少しやる事が有るから、じゃ!!」
なぜかアイリス様はそのまま勢いよく部屋を出るとどこかへ行ってしまった。
「おいアイリス!! ここの家の構造分かるのか!?」
「大丈夫、ずっと視てたからね!!」
それだけ言うと私は黎牙様と部屋で二人きりになってしまい焦る。正直なところ何を話していいか分からない。
◇
「あのっ……黎牙様、いえレイ……様」
「どちらでも構わない、もう気にはしてないと言ったはずだが?」
「いえ、ですが、ご成婚されたのですし……その」
この家で一番最初の結婚の報告するのが流美とは思わなかった。元従者で幼馴染のような存在、昔は一番近くにいた大事な人間だった彼女への報告は必然だったのかもしれない。
「好きにしろ。それにしてもアイリスは何してるんだか……えっと、怪我は本当にもう良いのか?」
「はい、問題は有りません」
「嘘を付くなら少しは上手くなれよ、前に言ってたな、俺が嘘付いてる時の癖とか、お前も大概だからな? 瞬きが多くなるし、横になってても首を左に傾げるなよ。いつも昔は困ったらそうしてたろ?」
これでも炎乃華や炎乃海姉さんそれに勇牙の癖や特徴は今も覚えているんだ。腐っても家族だったからな。その中には十年以上も俺についていた従者も含まれている。
「っ!? 申し訳っ――――「悪くないんだから謝るな。ふぅ、それもお前らしいのか……」
「黎牙様……わたしは……」
何か言いたそうな感じがする時の流美は言葉をよく選んで喋るから待つのが多くなる。昔から炎乃華がよく急かしたりして困っていたのを思い出す。しかし次の言葉が出る前に襖が開けられ入って来た二人のせいで流美が喋る事はなかった。
「たっだいま~!! レイ!!」
「レイおじさん!! 遊園地~!!」
アイリス、まさかシャインミラージュで気配ごと消していたのか、迂闊だった。戦いが終わって休暇だからとPLDSは切ってるしスカイやレオールとアルゴスは休憩とか言って向こうの世界に行ってるから今すぐに呼び出せるのはヴェインだけだ。
「真炎っ!?」
「真炎様っ!?」
どうして真炎がアイリスと一緒に来てるんだ……ここ怪我人の部屋だぞ。思わずアイリスを見るとウインクしてるし、大丈夫なんだろうけど何がしたいんだ俺の嫁。
「レイ、実はね流美さんに症状の説明をしたいから二人きりにして欲しいの」
「え? いや、別に俺が居ても――――「女の子同士の話なの!! だから真炎ちゃんと遊園地行って来て!!」
「待ってくれアイリス、土日に掃除するのに邪魔だからと追い出される父親みたいな扱いをされるほど俺達は夫婦生活長くは無いだろ!!」
「大体理解してくれてるなら真炎ちゃんとデートして来て、大丈夫、当主様に許可は貰ってきたから!!」
「わ~い!! デートデート!! 行こうレイおじさん!!」
「いや、真炎、お前、今日は平日だし学校――――「さぼり~!! お爺様も休んで良いってお金もチケットもくれた~!!」
衛刃叔父さん……あんた娘だけじゃなくて孫にも甘過ぎんだよ!! 仕方ないアイリスにも考えが有るのなら今回は俺は真炎と遊んで来た方が……だが彼女の将来を考えたら、どうすべきか悩ましい。
「どうせレイはまた色々悩んでるんだろうから仕方ない、ふぅ、あ・な・た~?」
「な、なんだいアイリス……」
この猫なで声はマズイ、無茶振りしてくる時のやつだ。そして俺はこれに逆らえた事は過去に一度も無い。
「目覚めたばかりの新妻の、お・ね・が・い、だよ?」
「分かったよ……真炎!! 今日は遊園地で豪遊だ!!」
「わ~い!!」
そして俺は家族サービスのお父さんよろしく真炎を肩車して遊園地へと向かう事になった。少し不安そうな流美が気になったがアイリスなら大丈夫だろう。
◇
お二人が出て行ったのを確認すると笑顔のままアイリス様がこちらを見る。その笑顔は明らかに作り笑いで恐怖が先に立った。
「さて、では少しお話をしましょう流美さん?」
「はい……」
それから三十分後、話はアッサリと片付いた。そして私は彼女から渡されたビンを持っていた。
「ですが、本当にこれで?」
「そうです。グイっと行って下さい。我が社の試作品『エリク汁』ですっ!!」
これも全ては我が身から出た錆と思い勢いよく飲む。少し苦く酸味は強い……そして最後に炭酸、味は少し微妙だった。
「ううっ、大変、おいしく――――「無いと思いますよ? なるべく味は的確に教えて下さい試作品で味の改良が急がれるって現場でも言われてるんで」
そんなものを飲まされたのか、これはやはり復讐なのか。なんて思っていた瞬間、体に急激に聖霊力が溢れて来る。むしろ溢れ過ぎて今にも力が爆発しそうになる。
「こっ、これは……何なのですか!? アイリス様!!」
「大昔に作られた瀕死の人を蘇らせる事が出来るくらい強力な栄養剤を大体、千倍くらい薄めて味付けした飲み物なんだ」
「では、これが先ほど話にあった黎牙様、失礼しました、レイ様があなたを復活させるための?」
先ほど聞いた内容は衝撃的だった。今日まで黎牙様が戦っていたのは目の前の女性を救うためだったこと、そして日本へ来たのは霊薬『エリクシル』の素材の一つである『草薙の霊根』を手に入れるためで完成したそれを服用し彼女は復活して昨日、日本に来て黎牙様を真っ先に助けに来た。
「そう言う事、それがエリクシルの量産試作型なんだ。一般販売はまだまだ無理だけど今は術師のデータ取りがしたくてね、それで、味以外は大丈夫かな?」
「凄いです……もう、立てます」
「大丈夫? 無理してない?」
「はい、本当に驚くべき効果です。改めて感謝致します。アイリス様、いえ奥様」
まさかあれだけの重傷でまだ傷を塞いだだけだったのに今は通常時と同じくらい、否、それ以上に調子がいい。そんな事を思っているとアイリス様が遠慮がちに口を開いた。
「自分から言っておいて、なんだけど流美さん本当にいいのよね?」
「はっ、この身は今度こそ、我が主に、レイ様に捧げると決めております。なんなりと申し付け下さい」
「ありがとう。じゃあ最初は炎乃海さんだね。今日はさすがに無理だけど、明日から仕掛けるんで色々と協力をお願いしますね? それと今日は下準備もお願いします」
再度頷くと私とアイリス様、いや奥様と私は今日から共犯だ。レイ様のために動く事が決まった。私達はまずは一通りの許可を衛刃様にもらうために本邸へと向かった。そして全ての許可を取り付けると即座に準備をする。
◇
「それじゃワリー、SA3の皆によろしく!!」
「いや、一応は君は今日から休暇なのだが……」
「そうよ。だから夫の実家の諸問題を解決しておきたいの、これはプライベートなのよ? それに、お爺様が余計なことしたでしょ?」
アイリス様、いえ奥様が言うとワリーさんは明らかに動揺していた。どう言う事なのだろうか。
「なっ、なんのことだ?」
「言わなきゃ分からない? レイのお義母さまの事よ。明日また来るから」
「アイリス。どうしてそこまで? 彼女は俺でも擁護し切れないくらいレイに酷い仕打ちをしているんだぞ?」
楓果様の話とはどう言う事なのだろうか? そう言えば今は本邸の雑居牢に移動させられていたと聞いた。
「それでも、レイのお母さんだよ? 今回の事態に備えて衛刃様と、お爺様があらかじめ準備してたんだよね? レイに聞いてた限りだと衛刃様は温厚な性格らしいから、積極的に動いたのはお爺様でしょ?」
「そうだ……だが、風聖師の技術が必要だったのも本当だ」
「分かったよ。明日はレイの家族の炎乃海さんのお見舞いに彼女の娘と来るから、よろしく。どうせ他のメンバーもデータ収集するんでしょ? なら炎乃海さんのメディカルチェックも一緒にするから誰か人員を寄こして」
それだけ言うと奥様は踵を返すのでワリーさんに一礼するとすぐに後を追う。今の話が全くかみ合わない。この人はいったい何を考えているのだろうか?
「流美さん、レイのお母さん、えっと奥方様? の、所在とか知ってます?」
「いえ、その、話題にするのも憚られる状況でして……炎乃海様たちも話題にはされませんでした」
「やっぱりね……私の聖霊でも探らせてたんだけどね……この本邸? だけは調べられなかったんだ。ま、明日分かるかな? じゃあ今日はここまで、流美さん二人と合流しましょ?」
そして私は車を出すと、指示された場所へと向かう。それは近所のテーマパークで、平日なのにも関わらずそこそこ賑わっていた。なぜかアイリス様はフリーパスを持っていて私も渡されると迷うことなく園内を歩いて行く。
「あの、レイ様と真炎の居場所なら私が探知を」
「大丈夫です。もう居ましたよ、レ~イ!! 真炎ちゃ~ん!!」
手を振って走り寄るアイリス様を見て私は気付いた二人から銀色の光る蝶が離れるのをあれがアイリス様の聖霊なのか、聖霊魂? 聖霊獣よりも位階の低い最下位なのに、あんなに強い聖霊力を放つなんて、やはり規格外なのは二人揃ってなのだと思い知らされた。
「アイリス、やっと来てくれた、さすがに疲れて……」
「な~に言ってるの? レイお父さん? ふふっ」
そう言ってよしよしと頭を撫でられている黎牙様は本当に幸せそうで二人だけの世界に入ろうとしていたら手を引かれていた真炎様が怒り出す。
「むぅ~!! 光の巫女様でも、今日はレイお父様取っちゃだめ!!」
「あっ、そうだったね。今日は真炎ちゃんとのデートだもんね?」
苦笑しながらよしよしと今度は真炎様の頭を撫でると真炎様もデレっとしていた。
「あっ、でも……光の巫女様も一緒に……遊んで、くれるなら、いいよ?」
「うん。私も一緒に行きたいな~。それと私の事はアイリスでいいよ?」
真炎様は満面の笑みで「アイリスしゃま!」と、少し嚙みながら手を握っていて反対の手は黎牙様を逃がさないようにしていた。まるで本当の家族のような光景で私は嬉しさと寂しさ、それと少しばかりの嫉妬心が心に渦巻くのを感じる。
「なんだ、流美も居たのかよ。早く来い!!」
「え? ですが……」
「良いから、俺一人で真炎の相手は疲れたんだよ……お前も付き合え、頼む」
「はっ!! お付き合い致します!! レイ様!!」
こんな私でもまだ必要とされるのなら、ならば今日からは私は黎牙様、そしてアイリス様の二人に尽くそう。これが少しでも贖罪になるのならと私は今度こそ後悔しない道を選ぼうと決めて三人の方に走り寄っていた。




