閑話その2「絶望と喪失、炎央院炎乃海の場合」-離-
◇
あれから四戦目、既に疲労困憊だが、戦況は意外にも五分五分だった。全敗はしたが善戦していた。何より水森の小娘の光位術を弾いたり防いだりが出来ていた。
「せっかく光位術士になったのに噛ませは嫌ですよ~!! 行きます!!」
「くっ!! 厄介ね、聖具さえ有れば」(そもそも私は武器は苦手か……)
私の戦闘スタイルは聖霊と補助術そして、炎核の術による一撃必殺が基本だ。昔は母さんの形見の鞭の聖具を使ったりしていたが合わなかった。あれで黎牙を躾けていた時に少し興奮してたのは秘密だ。
「あの、炎乃海さ~ん! 炎聖術の出力も上がってると思うんで清花ちゃんに打ち込んで下さい!!」
「はっ!? 何を言って――――「いいから!! フロー録画しといて!! 清花ちゃんはグリムガードで防いでねっ!!」
やはり実戦データ取りか、しかし私のデータなんて何が狙いなのだろう? 途中何度か水森の娘を吹き飛ばしたりして気持ち良かった。ちなみに吹き飛ばされた方は最後まで「私は噛ませじゃな~い」と叫んでいた。
「清花、交代よ次は私が出ます!! えっとミセス、いえミズ炎央院? よろしくお願いするわ?」
今度は黒髪のメガネ女、海外ではブルネットと呼ばれている髪色の女が無手で歩いて来て模擬戦開始となった。
「手始めに、これはいかがかしら?」
まず向こうはレイアローを放ってくる。そして私は避け切れずに吹き飛ばされる。その後も一方的にボロボロにされるのを繰り返す。私が動けなくなると横からアイリスが、すぐにフォトンシャワーをかけるを繰り返された。
「ぐっ、がはっ……やって、くれる……でも、まだ!!」
永遠に戦い続けろってわけね……炎乃華や伯父様のような連中からすれば天国でしょうけど、私のようなタイプからすれば勝利と言う終わりが明確に無い戦いは地獄そのものだ。
「それじゃラスボスは私ですよっと、レイブレード……じゃあ、やりますか炎乃海お姉さま~?」
そして真打ち登場とばかりに腕にレイブレードを展開して構えるアイリスは中々に堂に入っていて驚いたのは、その構えに見覚えが有ったことだ。
「はぁ、はぁ、最後は貴女って訳ね……良いわ白黒付けてあげる!! 今の私なら多少は!!」
「ええ、少なくとも光位術士の第一段階くらいは有りますからね? これで貴女を正面からぶん殴れますからっ!!」
そして私の力が、ただの付け焼刃の力だと思い知らされた。一撃だった。たった一撃で私は地面とキスさせられていた。
最初の清花、そして二人目のフローとの二連戦で私は自分の体の使い方を少しは理解していたけど最後の戦いはまるで別次元だった。
「う~ん、やっぱり聖霊力が違い過ぎるかな? 手加減したんだけど……」
「ぐっ、なん、なの? 今の……」
フラフラになった私に今度は光の刃からの一撃で後方まで吹き飛ばされ壁に叩きつけられ、最後は無様に床に倒れ込む。
「じゃあ行きますね~!! えっと、炎皇流!! 炎刃裂破!!」
「なっ!? ぐっ……きゃああああ!! なっ、なん……で、その技を!?」
我が家の流派のそれも手練れの者、炎乃華と一部の術師しか習得していないはずの剣術の技を使った。どうして?
「そりゃあもうっ!! 私の愛する旦那様が手取り足取り、丁寧に教えてくれましたからね? レイは刀以外で使うなって言ってたけどパパと私はレイブレードでも使えるんですよ?」
「我が家の流派を、黎くんが外に? そ……んな」
「私って昔は接近戦苦手だったんですよ。だからレイに教えてもらったんです。私のパパはレイから更に色々と詳しく教えてもらってましたよ?」
それは炎央院に我が家に対する明らかな、そう考えてハッとした。そうだった、彼はもう実家の私達の事などどうでもよくなっている。それにここまで研鑽した技術を味方に伝えるのは当然だろう。
「ぺっ!! ふぅ、そう言う……こと、ね、我が家の秘匿情報を流出させるとはね……やってくれたわね!!」
私は口の中に溜まっていた血をツバとを一緒に床に吐くと防御術を展開しながら聖霊を呼び出し繰り出した。
「秘匿する程の価値が無くなったんでしょうね?」(なぁ~んて嘘、私が何度もお願いして技の方は無理やり教えてもらったんだけどね、実際は凄い渋ってたし)
「でしょうね……それでも、私は!! 行きなさい!! 炎雀!!」
炎雀のスピードも術の威力も明らかに増していた。私の聖霊力の強さが上がっていたお陰で聖霊の強さも格段に上がっていたのは大きい。
「ふ~ん、王クラス。でも何も特徴は無い? 万能型、ううん違う、器用貧乏で中途半端……もしかして、主と似ちゃったのかな~?」
「戯言を、言うなああああああああ!! 炎気爆滅!! 炎陣裂波!!」
至近距離で炎の爆発と周囲からは炎の波、そして炎雀の炎陣散華で囲む。私の最大のコンプレックスを突かれ、女としても術師としてもプライドがズタズタにされていた私は炎雀の術で囲み、さらに周囲に術をバラまいて目くらましにする。
「ちょっ!? アイリス!! 威力がシャレになってないわよ!? 大丈夫!?」
「今の火力凄いですね……消耗も、フロー先生!! これ!?」
二人で横で何かぐちゃぐちゃ煩いけど私はもう破れかぶれだ。禁じ手の炎核の術も用意して即座に展開する。これは本来は聖具に溜めた聖霊力とさらに地面に触媒を設置し龍脈からも聖霊力を搾り取り威力も拡大する私の切り札だ。
「でも、今なら!! 私だけの自前の聖霊力でもかなりの威力が、出せる!!」
「あ~、それですか、レイに聞きました。飛行機爆破しようとしたりとか、あとは元の旦那さん爆破したりとか中々に危ない術みたいですね~?」
「そうよっ!! この術は、私と黎牙が小さい頃に、二人で研究して……二人で完成させた……大事なっ!!」
小さい頃から私は術の研究をしていた。そして脳筋集団の我が家の中でそんなのに付いて来れる人間は一人しか居なかった。
今にして思えば二人で術の研究を細々としていれば良かったのかも知れない。小さい頃は、それこそ母様が亡くなるまではそこまで家にも固執してなかった。もし戻れるなら……私は……。
「ふ~ん、ま、ギリギリ私がレイと出会う前みたいだし……許してあげます……よっ!!」
「ぐっ!! 昨日も言ってたけど、再会とか、まるで黎牙とあなたは昔から!?」
「ええ、世間で言う所の再会した幼馴染に近いかも知れませんね? 小さい頃に一年弱、二年はいかない位の短い間に私はレイと一緒に居ましたからね!!」
幼馴染? そんなのは流美だけでお腹いっぱいでしょうに、いつの間に……そもそも流美は気付いていなかったの!? 外部の、それもこれだけ力が強い女と黎牙が密会してたなんて。
「当時、家であなたや他の人間に虐待や暴行を受けていたレイが数日で全治数か月の怪我が治ったの不思議じゃなかったんですか~? 頭脳派さん?」
「えっ、まさか……光位術であなたが……っ!?」
過去の出来事が思い出された。黎牙の覚醒だと思い込んでいた回復力の異常性、それは目の前の女の仕業だった!? つまり小さい頃からこの女に私は既に……黎牙を取られていた?
「はい隙有り!! ええ。いつも公園では傷だらけのレイを私が癒してました。でもね、私って……すっごい悪い女なんですよ? あなたに少しだけ感謝もしてるの……だって傷付いたレイは必ず私の所に来てくれたから……」
「ぐぁっ……あっ、ああ……この性悪女ぁ!! でも、どうして……炎核の術の起点が……なんでっ!?」
炎核の術の起点は通常は知覚出来ない。発動までは聖霊力がほぼ感知が出来ない『聖霊使い殺し』とまで言われる術だからだ。ただそれでも弱点は有る。それが周辺地面の微弱な温度上昇だ。
こんなのに気付かないの? とか思うかもしれないが実は聖霊使い同士の戦いにおいては盲点で聖霊使いは周囲の聖霊力は索敵をするが、戦闘領域自体の探査はあまりしない。なぜなら聖霊術で大概の攻撃は感知もしくは防御など対処が可能だからだ。
「レイ本人から術の発動条件から弱点まで全部教えてもらいましたよ? あれ? も・し・か・し・て、二人だけの秘密だったりしました~? でも違うかな?
だってぇ、私がベッドの中で少しおねだりしたら全部教えてくれたから、違うとは思いますけどねぇ~?」
ニヤリと嗤いながら彼女は私に近付くと隙だらけの私に無造作にレイブレードで斬り上げて天井に叩きつけた。
「っ…………うっ」
悲鳴すら上げられず地面に落ちる私を炎雀が庇ったが私の心は既に崩壊寸前で立ち上がる気力も無くなっていた。
◇
「うっわ、エグいですねアイリスさん……」
「清花、SA3に入った以上は覚えておいて、アイリスはレイの事になると男女問わずマウントを取らないと気が済まないのよ……うちの旦那はそれ知ってから、からかうのが楽しいらしくて後処理がいつも私とレイなのよね……はぁ」
な~んか私の評価が酷い。だってレイにとっての一番が私なら私の一番がレイじゃなきゃおかしい。少なくとも私の両親はそうだった。
「その、お疲れ様ですフロー先生……今度フロー先生の好きなロゼの良いの実家のお金で取り寄せますから飲み会しません?」
「本当!? 清花!! 良い助手だわ。私が男ならジョッシュ捨てて求婚してたわ!! 素敵っ!!」
なんか二人で抱き合ってるし、私も早くホテルに戻ってレイにぎゅ~ってしたいし、されたい。今夜もお世継ぎのために頑張らなきゃいけないし光聖神からもせっつかれてるからなぁ……ほんと神の啓示で「早く作れ」って、あれは止めて欲しい。
「えっ、私は今でも、日陰の女でも……そのぉ」
「はい、そこ浮気匂わせ&百合っぽい空気禁止!! 浮気ダメ絶対!!」
いくら私をからかって来るのが趣味のジョッシュ相手でも不義の恋はダメなのです。誠実が一番なのよ!!現に誠実じゃない人は今、私の足元に這いつくばってるんだからね? こうなりたくないでしょ?
「うっ、くっ……ううっ……」
「まずは実験への協力&ご参加ありがとうございます炎央院炎乃海さん?」
「はぁ、はぁ……これ、で……終わり、なのかしら?」
まさか、本番はこれからよ? 何を言ってるのやら……レイは全部失ったんだから、あなたも代償は払ってもらわなきゃダメです。
「ええ、取り合えず体の説明とか聞きたいんじゃ有りません? 今の収集データ込みでお教えしますよ?」
「ええ、そう……ね。頼むわ」
そうして私はフォトンシャワーを弱くかけた。体が一応は動いて会話は出来るくらいのさじ加減にして……。
◇
場所を私の部屋に移すとアイリスと二人での話し合いとなった。残りの二人は本邸と、それから西邸で色々やる事が有るらしい。許可は取ってますからと釘を刺されたから大丈夫だとは思う。
「まずは炎乃海さんの体なんですけど実験に使ったのと、あとは真炎ちゃんとレイにお願いされて腕を戻したのが半々です。ただそれなりの代償がありましたが」
「なるほど、それが今日までの治療行為だと?」
私が言うと彼女は曖昧に笑みを浮かべながら、まだ続きが有りますと言ったので先を促す。
「私の聖霊力でも限界が有ったんですよね……だから、普通の治療を流美さんに、その上であなたには特別な治療を施したんです」
「なぜ私にだけ特別な治療を?」
私にだけと言うのは気になる。何か仕掛けられていると考えるのが普通だろう。
「私の気分と……あとは貴女の強さへの執念ですかね? レイには貴女が力に、強さに固執してたって聞きましたんで」
どうやら私の事は大体筒抜けと考えて良さそうだ。対してこっちは何も知らないに等しい。今は情報収集に徹するべきだろう。
「すっごい単純に説明すると、あなたの右腕を起点に日本の龍脈と直接リンクさせて理論上は日本の土地上にある全ての聖霊力を行使出来るようにしました」
その発言には私も絶句したし驚きを隠せなかった。日本中の龍脈とリンクした? 話が想像より大き過ぎて混乱する。
「そんな事が……」
「ええ、だから今日まで相当無理をしたんですよ」
龍脈との直接リンク、聖霊使いは基本的には自身の体内の聖霊力と契約した聖霊との聖霊力を使い戦う。
だが聖霊や聖霊使いはそれ以外にも周囲に漂う生命力やこの星の息吹から聖霊力を得る事が出来る。私の炎核の術などが正にその運用をする。
古代から言われている霊道、様々なスピリチュアルな事象も元を正せば聖霊力で、この星を循環している。その道こそが龍脈だ。つまり力の源から直接付与を受けられるという事だ。
「つまり、私は腕を一回無くした代わりに無尽蔵の聖霊力を手に入れたってこと?」
「少し違います。まずその腕は正真正銘あなたの腕です。真炎ちゃんが回収していたのを私がくっ付けただけ。ただ闇の炎、あなたの元夫の……名前忘れたんで、クソ野郎さんで、その邪な聖霊力が憑りついていたんで今日まで浄化していたんです」
それで昨日、今日と聖霊力を輸血のように私の体に無理やり入れ続けて今までの悪い聖霊力を放出させ、その際の痛みが、あの激痛だった。つまり昨日まで私の体内を洗浄していたらしい。
「あの男、死んでまで迷惑かけてくれたのね……」
「自業自得ですよ? 私の、わ・た・し・の!! 素敵な旦那様よりもあんな品性の欠片も無いゴミクズ野郎を選んだ報いです。ま、炎乃海さんの目が節穴だったお陰でレイと私が結ばれたからそこは複雑なんですけどね~?」
怒ったり笑ったりとコロコロ表情が変わるのを見て、どこか炎乃華にも似ている。私や黎牙より年下だし、こういう妹的な側面も気に入ったのかも知れない。そう話すとなぜか彼女はムッとして説明を続けると言い出す。相当な気分屋なのは理解した。
「ついでに右腕を中心に膨大な聖霊力を取り込むんで、私や真炎ちゃんの聖霊力で聖霊力を取り込む際の反動にも慣れてもらったわけです」
「なるほど……あの激痛はそう言う事、理論は叶っているわね。でもそれなら貴女と黎牙で良かったんじゃないの?」
「ああ。それは私が嫌だからに決まってるじゃないですか……何言ってるんですか?」
なっ、ストレートに言ってくれる。これで二人の関係がただの恋人同士ならまだやりようは有るが、よりにもよって黎牙が私より先に結婚していたなんて、しかも相手が絶世の美女とか聞いてない。
「なるほど……取り合えず、体の事は感謝していいのかしら?」
「いえいえ、レイにお願いされなければ応急手当で終わらせる予定でしたので、それよりもこれで今のあなたは体を制御できるようになれば炎央院で最強ですよ?」
そう言われれば気付かなかった。日本中の聖霊力を自由自在に使えれば私は最強だ。制御には時間もかかるだろうが術をぶつける純粋な威力の勝負ならば、まず誰にも負けないだろう。
「その体、キチンと使えれば後衛では最強ですし、でもレイとか後は接近戦の強い人とかには負けるかも知れません。ま、私には興味有りませんけど」
「確かにね。そう、これで……私が炎央院の最高峰に……」
そう言われて急に展望が開けて来た。私は自分のこの無才に嘆いて生きて来た。だから頭を使い、最後は女を使ってまで今の地位を築いた。でもそんなのはもう必要無い。力だ、力があれば私が全てを統べられる。
「はいはい、取れますよ~。修行はそれなりにしないといけませんけど、だからね、これは手切れ金代わりなんです」
手切れ金ね、つまり黎牙を諦めろと、残念だけど今の私は力と同じかそれ以上に黎牙に戻って来て欲しいし今なら私の全てを捧げても良い。それくらい彼に執着しているし文字通りの初めての恋なのだから。
「悪いけど、それとこれとは――――」
「だから、もういらないですよね? レイも、それから《《真炎ちゃん》》もね?」
確かにこの力があれば私には……え? 今、なんて言った? この目の前の女は笑顔を浮かべて何かとんでも無い事を言わなかったか?
「きっ、聞き間違いかしら? 今なんて言ったのかしら?」
「難聴系ですか? 流行りませんから、そう言うの。レイとそれから炎の巫女でもある真炎ちゃんは今後、私の母国に連れ帰りますんで、治療代はそれで結構です」
「ふっ、ふざけないで!! 真炎は私の――――「娘と言う割には随分と不遇な扱いだったそうですが? レイに聞いたら虐待と同じような境遇とか?」
確かに今まではそうだったけどこれからは違う、今度こそ私は変わる。黎牙にも誠心誠意謝るし何でもする。もちろん真炎にも今までの罪滅ぼしだってする気だ。それを目の前の女が壊す? 許すわけにはいかない絶対に。
「ちなみに真炎ちゃんはユウクレイドル家の将来にも必要だから養女にしますから、もちろん私とレイのね?」
「なっ!? あなた、まさか最初から真炎を!?」
「ええ、だって、そもそもあなたが母親の必要は無いでしょ? 自分の父親ですら執着しないあの子なら尚更ね?」
それを言われて私は思い出した。あの子に自分の父親を捨てさせた事を、でもあの子は特に気にせずに黎牙をすぐに新しい父親と見ていた。なら一切の躊躇もせずに私を捨てる? そんなはずない……だってあの子は私の……。
「でも、私は!! 真炎を産んだ母親でっ!!」
「今のあの子の興味はレイですよ? そして、その妻はわ・た・し。ちなみに何回かもう呼んでくれたんですよ? レイお父さん、アイリスママってね? 凄い可愛かったな~。私もママになる時が来たんですね? 元、お母様?」
「あああああああっ!!! 貴っ様あああああああああああ!!」
その瞬間、私は完全に頭に血が上って錯乱していた。何も考える事無く術を全て展開する。今までは有り得ない威力と素早さだ。怒りに我を忘れて炎核の術を発動させる。自分の部屋や炎央院邸など、どうでも良かった。
「へえ、まだ動けるんだ……でもね。遅いのよ!! 性悪女!!」
しかし、またしても術の発動前に起点は封じられ、さらには他の補助術も発動などさせてくれなかった。圧倒的なスピードで手も足も出なかった。先ほどの模擬戦では力の一端しか出していなかったのを思い知らされた。
「確かに炎乃海さん、あなたは強くなった。だけど私の敵じゃないっ、のよっ!!」
強烈な蹴りが顔面に入る。口の中で鉄の味がした。だけど目の前の光の巫女は止まらない。倒れる私の顔をアイアンクローのように掴んで再度床に叩きつける。頭がクラクラして脳震盪でも起こしているのかもしれない。
「ごふっ……ぐっ、ごほっ……うっ……」
「それじゃ。真炎ちゃんの、元お母様? ご心配せずともキチンと教育も受けさせますし、私とレイが愛情を持って育てますよ?」
ほとんど無意識で私は何とか掴みかかる。なぜか目の前の美女は抵抗せずに話を聞いているのが不思議で、だからイチかバチか賭けに出た。今まで一度たりとも使った事の無い手だ。
「まっ、待って、お、願い……あの子は、あの子、だけは、わたし……から」
泣き落とし。こんな惨めで情けない手なんてプライドの高い私は絶対に使いたくない。むしろこれは懇願に近い、だけど娘の……真炎には代えられない。
「ふふっ、ならリベンジの機会を与えますね? これどうぞ。四日後に開催するパーティーのチケットです。場所は書いて有りますから、お待ちしてますね?」
しかし彼女の返答はイエスでもノーでも無く私に謎のチケットを握らせただけだった。だから私は再度説得を試みる。
「おねがっ、は、なしを……きいっ――――「は? 聞くわけないでしょ? レイの事を『優しいだけの無能』って言ってたんでしょ!? なら、自分が今さら他人から優しくしてもらえると思うな!!」
でも目の前の女神は無慈悲だった。いや違う私の過去の罪を断罪した。そして一切の容赦の無い強烈なボディーブローが決まって私は血を吐き地面に倒れ伏した。
「げほっ……そ、んな……まっ……て」
「その想いを、感情を、少しでも八年前のレイに向けてたら……状況は違ったかもね? では炎央院炎乃海さん……四日後にお会いしましょう」
それだけ言うと彼女は扉の前にいた人間に指示を出していた。そしてその人間と目が合った。
「る……み? あな、たが……ど、して……」
「申し訳ありません炎乃海さま、奥様、次のご予定が……」
「そっか、じゃ行きましょうか流美さん?」
そこで私は今度こそ意識を失った。疑惑と疑問を残しながら最後に残った感情は怒りと、そして絶望さらには喪失感だった。結果的に力を手に入れたのに私は大事な物を失ってしまった。これが報い……なのか無様だ。




