第53話「別離と試練、十年前の真実」
◇
翌朝、俺は自分が起きる前に別な人間の悲鳴で起こされた。それは朝一で陽が上るか上らないかの時間に部屋に勝手に入って来た炎乃華の悲鳴だった。
「れ、黎牙兄さんが!! 女の子を縛って監禁してるううううう!!!」
「んぅ? 珍しく四時間も寝てしまったか……炎乃華、お前は……嫁入り前の娘が男の部屋に勝手に入るなと言ってるだろ? 少しは勇牙に……あっ」
炎乃華の叫び声と同時に昨日は気絶した美那斗を縛って床に転がしているのを忘れていた。目は覚めているようで何か喋ろうとしているのだが口にタオルを噛ませていたので唸っている。
「悪いな。取るから騒ぐなよ?」
「ぷはっ、空気おいしい……」
「昨日の事覚えてるか~?」
そう言って縛っていた美那斗の頭を小突くがぼんやりしている。
「昨日、夜、緊縛……そ、そんな黎牙兄さんってまさかロリコン? そう言えば真炎にも優しいし、昔の小さい頃の私にも……」
最近は急激に性知識が悪い方に付いている炎央院炎乃華ちゃん(一九歳)を取り合えずゲンコツして黙らせていると奴の悲鳴が邸中に響いたせいで俺の部屋に人間が殺到する。
「集まってもらって悪いけど解散してくれると助かる。叔父さんは……さすがに居ないか……エレノアさん、後は清一も残ってくれるか?」
「黎牙様、衛刃様をお呼びしますか?」
流美の提案に頷いて頭を押さえている炎乃華を炎乃海姉さんに預けると部屋が三人に……ならなかった。なぜか楓も残っていた。
「かえちゃん? どうした?」
「いやぁ、他家の話ならって思ったんだけど清一くん残るんでしょ? なら《《家も》》混ぜて欲しいって思ってね?」
そう言って清一を見ると何の事と言う顔をして俺を見た。やはり伝わらない、現状で水森家とユウクレイドル家は関係が割と良好だ。
そして腐っても俺が元は炎央院と言う扱いを受けているので涼風家としては除け者は不味いと判断したのだろう。
「ま、問題無いけど……実はエレノアさんに頼みが有りまして、この子に『矯正』受けさせてくれませんか? 光位術を頼みたいんですけど」
「継承者、いやレイ。それはどう言う事だ?」
「清一は知ってるから残したんですが、実は彼の妹が光位術士になったんですよ」
そしてそこからは俺の仮説を話し出す。俺や清花、そして目の前の美那斗に共通するのは生まれてから術の行使が出来ないと言う点で、そこから日本の術師の家系に居る『無能』や『災厄』はもしかしたら光位術士になれる可能性が有るのではないかと言う事を話していた。
「ふむ、だが君は特別だろう? 光の継承者なのだからな?」
「そうですが、エレノアさんは当時の俺を知ってますよね? 炎聖師になろうと修行した時代を、そしてその後に諦めて半年後には光位術士としてほぼ完璧に術を使えるようになった。話を聞いた限り清一の妹の清花さんも似たような状況らしいです」
「それで? 聞いて無かったんだけどこの子は結局は誰なのレイ君?」
そう言えば美那斗について何も話していなかったので俺は少しだけ脚色して彼女の事を話す事にした。
「彼女は『災厄』認定され悩んでいた術師で昨晩に俺を訪ねて来たんだ」
「っ!? え? でも――――「そうだったろ? かつての十選師の家で没落したから俺に助けを求めた。それで昨晩いきなり聖霊力が暴発して俺が気絶させた。で、俺もそのままにして寝てしまったんだ」
「そうだったんですか!! 大変だったな君も」
「えっ、あ、はい……」
ちなみにエレノアさんと、かえちゃん両名には何となくバレていそうなので後で事情を話す事にして彼女、志炎美那斗に俺は光位術士としての『矯正』を受けさせる事にした。
◇
そして結果は拍子抜けする程あっさりとしたもので彼女の手からは光の刃が輝いているのが彼女が光位術士となった証拠だった。
「私が術を……聖霊使いになれてる!?」
「それが光位術だ。さっそくだが美那斗、君には今日から訓練に入ってもらいたい。家とは別に君個人に要請したいんだ」
「まさか新たなる同胞に異国で出会えるとはな……ミナトだったな、君は術士になる覚悟は有るか?」
彼女は目を見開いた後に一瞬だけ思案する素振りを見せた後に元気よく了承の返事をした。そして彼女をエレノアさんに預ける事にして俺は別な問題に直面していた。それは彼女の聖霊が居ないと言う事だ。
今回だけ一時的にレオールに『矯正』に協力してもらって解決したが日本に光位聖霊は殆ど居ない。そして俺の契約聖霊はいつもの三柱以外にも居るのだがアイリスの守りのために英国なので今この場には居ない。
だが運が良いのか日本に殆ど存在しないはずの光位聖霊の聖霊獣が弱った状態で保護され、その場に居た美那斗と契約する事が出来た。
「運が良いとしか言いようが無いな」
「エレノアさん、そうですかね? 俺にはタイミングが良過ぎると、そんな違和感を感じますよ」
そして俺の予感は的中していた。美那斗が目覚め三日後、基礎訓練を終えた頃にエレノアさんの別動隊の部下が帰還した。しかし帰還した人間は一人で、その一人も重傷を負いながら何とか炎央院の敷地に辿り着いていた。
「隊長、継承者様……敵ロードと接敵し、お預かりした……部下は全滅しました」
「もう喋るなマックス、今は休め!!」
エレノアさんがフォトンシャワーで治療しつつ峠は越えたので他の光位術士が担架で副長のマックスを運んで行った。
「迂闊だった継承者、美那斗の聖霊を詳しく調べたら部隊登録されていた聖霊だった。死んだ部下の聖霊が先に戻り報告のためにミナトと契約した……ようだ」
「そう、だったのですか……自分も部下を失った事が有るので心中お察し致します。それにエレノアさんは日本に来てから俺以上に活動的でしたよね? 気付かないのも無理は有りませんよ」
「だが失態だ。情けない……」
「あ、あのぉ……エレノア隊長、レイ様、私この子とファルと契約したままで良いのでしょうか? 人のを取った形になるのは……」
見るとファルと呼ばれた梟型の光位聖霊獣を肩に乗せた美那斗が不安そうに見て来た。そして当の聖霊も不安そうな鳴き声を上げていた。
問題無いとは思うが故人の聖霊を受け継ぐのは意外と大変で過去の契約者の思い出などが流入する事も有ると聞く。新人の美那斗には少し厳しいと思っていた時だった。
もはや恒例のヴェインが勝手に出現し美那斗の肩をポンポンと叩いて、ファルの方も頭を撫でていた。
「聖霊帝さま……出来るでしょうか? え? は、はい……頑張ります!!」
『っ!! ッッ!!』
相変わらず何を言ってるか分からないが励ましているのは伝わったからだろうか美那斗も安心した様子で、エレノアさんも感心していた。
「まるで先輩術士のようなベテラン感が有りますね。さすがは継承者様の聖霊、それも聖霊帝なのですね」
そんな話をしながら副長のマックスそして別動隊を率いて動いていた朱家の兄妹の尽力により敵勢力の協力者の存在が判明した。
その企業名は『パソノ・エレクトロニクス』、アメリカに本拠地を置く企業体で戦後から急激に力を伸ばした会社で、日本でも『PASONO』の名前で支社が存在している事が判明した。
そこで明日には再度、英国と通信を繋ぎ会議の場を設ける事にして、その日は解散となり明日に備える事になった。
◇
最近は夢だと認識して過去を見れるようになった気がしていたら、また過去の俺と愛花、いやアイリスとの夢を見ていた。いつの間に寝たのだろうか? そんな事を考えながら俺は当時の夢を回想させられていた。
「990、991、992……ふぅ、今日は遅いな……」
アイリスを傷つけてしまってから三日後には彼女は何食わぬ顔でやって来て、ひなちゃん、清一が帰ってからは二人きりでまた会っていた。
俺はあれから謝っておらず、アイリスもどこか遠慮気味だった。それでも俺に会いに来てくれていたのは彼女が本当に優しかったからなのだろう。
「998、999、1000……はぁ、ふぅ……何をしてるんだか」
「あのぉ、レイ君?」
「あっ!? 愛花か、遅かった……ね?」
俺は心の底から安堵していた。今さら謝るのが恥ずかしくて伸ばし伸ばしにしていたから余計に居心地が悪くて俺たち二人の関係は、かえってギクシャクしていた。
「も、もしかして待っててくれたの?」
「あっ、いや、違うし……別に、俺は……」
違う、俺は何を言ってるんだ。とことんまで素直になれずに、ここぞと言う時にハッキリしないのは当時からで、今思えば告白もキスもアイリスからだったのを思い出す。本当に俺は情けなかったんだ。いや、今もそうなのかもしれない。
「そう、だよね……こんな白髪のお婆ちゃんみたいじゃ……嫌いになっちゃったよね……」
「それはっ、ちがっ、いや……俺は……」
終始こんな感じで、俺達は何かの拍子に気まずくなり、さらにはこの頃、俺の方は家での扱いが一段と酷くなり封印牢に入れられてる事も増えていた。そうして俺達はさらにすれ違って行く。
それでも傷ついてもボロボロになっても彼女に会いたくて俺は週二回の公園にだけは必ず行っていた。その日は祐介や門下に特に酷い怪我を負わされていて骨折に脱臼とボロボロな状態だった。
「うっ、情けない、このっ……程度で、こんなんだから俺は未だに……嫡子になれないんだ……こんなんじゃ、いずれ俺は家に」
「レイ、くん? ど、どうしたの!? その怪我!?」
最近はフード付きのパーカーで頭髪を隠して俺に会いに来ていたアイリスが、叫びながら走り寄って来た。その頃には、ほぼ全てが銀髪になっていた頭を隠しながら、それでも彼女は毎回来てくれていた。
「愛花!? こんなの何でも無い……から」
当時の俺を俯瞰すると、それは明らかに大怪我で両腕は包帯でぐるぐる巻き、体中に擦過傷だらけなのに顔だけは普通、そんな典型的なイジメに遭っていてもバレないように顔だけは無事な子供だった。
「今治すから!! 最近は私の力増えてきててっ!! えいっ!!」
「何をっ!? 怪我が……」
当時は知らなかったが光位術のフォトンシャワーの弱いものだったがそれでも光の巫女である彼女の力は絶大で俺の体の怪我が一瞬で治っていた。
「やっぱり凄いな愛花は……それに比べて俺はさ……普段偉そうな事言ってても何も出来ない……」
「レイ君?」
悔しくて、そして情けなくて泣きそうになった。だけど泣きはしない、泣くのは弱い奴の証だからだと自分に言い聞かせていた。だから泣く時は一人で他人にバレずに泣いていて、それこそが自分の最後の意地だった。
「愛花、治してくれて……ありがとう。あと、ごめん。酷い事言ってさ。年下のそれも、女の子に助けてもらうのが悔しくて、俺は……」
「レイ君、前にも言ったけど私は強くなくても、レイ君が……すっ……」
「すっ?」
「すっごい優しい事、知ってるんだから!!」
そう言って俺の腰辺りにアイリスは抱き着いて来て泣き出してしまった。こんな時こそ語彙力でなんとかしなくてはいけないのに、俺の頭は思考停止して泣き出す彼女の頭を撫でる事しか出来ずに、その瞬間にフードから彼女の頭が出てしまった。
(あぁ、綺麗だ……白? いや銀色?)
「あっ、み、見ないでっ!! こんなのぉ……やっぱり」
しかし以前の白と黒が混じった時とは違って、ほぼ銀一色になったその髪は神々しく日の光の元で輝いていて俺には女神のように見えていた。
「あっ、ああ……って、愛花!! 目が……」
「うん……こっちの目だけ昨日、青くなっちゃったんだ。お爺ちゃんもお婆ちゃんも病気じゃないって言ったけど……怖くて、嫌われるの……」
そして今のアイリスと同じ青い瞳に片方だけがなっていた。分かりやすい言葉で言うとオッドアイ状態で、もう片方の目も少し青みがかっていた。これが光の巫女の力への解放直前だった。
「大丈夫だ……凄い、聖霊力だけど……愛花は……愛花だろっ!! なら大丈夫さ」
「でも、髪の毛も目の色も変わっちゃったし……それに、私もう……」
「何言っているんだ!! 例えどんな見た目が変わっても!! 君の、愛花みたいな泣き虫を俺は絶対に見捨てないし守りたいって、今、決めた!!」
「レイ、君……うっ……」
その瞬間にアイリスの青になっていない方が青く輝いた。そして俺達の脳内に荘厳な、男とも女ともつかない声が響いた。
『やはり導かれ、惹かれ合うのですね。継承者と巫女は……1000年前、600年前と同じく、ただ今代の二人は私が指定するまでも無く出逢い、求め合ったとは異例です』
それは光の神にして四大神の生みの親の光聖神だった。その瞬間に俺には力以外の記憶の封印が施され始めていた。
「なっ、なんだよ……これ!? 頭に直接!!」
「光聖神さま、待って、レイ君はっ!?」
アイリスの焦った声が響くが俺達以外には誰にも聞こえていない。当然ながら頭の中にしか響いていないのだから当然だ。
『光の巫女よ。彼こそが貴女の唯一無二なのですから。ですが今はその時ではありません。何より彼が本当に光の継承者に相応しいか……見定める必要が有ります』
「なにをっ!? お前が、お前が愛花をこんな風に泣かせたのなら!! 俺はお前を絶対に許さないからなっ!!」
俺はどうして良いか分からずアイリスを背に庇いながら天に向かって叫んでいた。目の前に見えず脳内に響いている声なのに天に向かって叫ぶ姿は滑稽だった。
「まだ未熟で幼い継承者、この出逢いは早過ぎるのです……貴方はこれから彼女と再び逢うための試練が待っています……それを越えたのなら話を聞きましょう」
当時はこの言葉の意味も分からず姿も見えない謎の存在だった光聖神に楯突いていた。今思えば光聖神に逆らったのはこの時と、例の決戦後の時だけだった。それ以外は俺は神託に全て従った。
「レイ君……私、待ってるから、貴方が来てくれるのを、遠い私の国で……」
「愛花っ!! それじゃまるでもう会えないみたいな……」
「私ね、今日、お別れを言いに来たんだ……パパとママがもうすぐ迎えに来るの……だから、その前に……」
そう言ってアイリスは俺の背から離れて手を掲げ俺に向けていた。その手からは光の聖霊力が溢れていて術を行使しようとしていた。
「愛花、何を?」
「ごめんね……でも必ずまた逢えるから……それと最後になってごめんなさい……私は、私の本当の名前はアイリス、アイリス=ユウクレイドル。待ってるから……私」
そこで俺の記憶は途切れていた。そしてそこからはまるで俺が見た事ない光景で、アイリスが泣きながら俺を気絶させた後に記憶処理の術をかけていく光景だった。
最後に彼女は泣きながら謝って迎えに来た車に乗って行った。その直後に時が動き出し数時間後に俺は流美に発見され家に帰った。これが俺とアイリスの最初の別れだった。
◇
『それで? これを俺に見せるのは何の真似ですか? 光聖神?』
『あなたが思い出せていない、見えていない記憶を、想いを見せたのです。せめてもの餞別にと思ったのです』
夢はまだ続いていて、それは神託と言う形で続いていた。つまり俺と光聖神の対話と言う形でと言う意味だ。
『それについては感謝致します。昔の愛らしいアイリスを思い出せて感謝致します。それで神託は?』
『現在、あなたの仲間たちは巫女を守るために英国全土で戦いをしています。かなりの激闘になるでしょう……』
『なっ!? なら俺も英国に!?』
『しかしそれは陽動です。闇の信徒達はこの国、『日ノ本』をコアとし闇刻神の復活を計っています』
いきなりの光聖神からの情報に俺は驚かされていた。普段この神はここまで具体的な情報はもたらす事は無い。逆に言えばそれだけ光聖神も危険視しているという事に他ならない。
『それは過去のダークフレイのような神降ろしと言う事ですか!?』
『似て非なる物です……前回は闇刻術士に神を降ろし具現化しようと彼らは罪を犯しました……ですが今回はこの国そのものを苗床にし闇刻神の降臨の地を整えようとしています。そしてその後に神を降ろそうとしています』
『僭越ながら、貴方様はまだ復活なされないのですか?』
『無理やりの現界は可能でしょう。それこそ貴方の体を借りれば……しかし、そうなれば……憶えているでしょう? あなたと巫女がかつてそれを行い、そして……』
過去、英国で俺とアイリスは、この神を降ろそうとした。だが、実はあれは厳密には成功してなかった。もし完璧に成功していれば俺達は人の形を保てず、それこそダークフレイのように変わっていた可能性も有った。
あの時はあくまで神の力を借りただけで、それだけで俺の髪の色が変わった。神降ろしが成功すればそれこそどうなっていたか、結局は俺達は神の力を貸与され行使したに過ぎなかった。
『もうあんな真似はしません。なのでその前に奴らの動きを止めます!!』
『頼みます。幸いにして光の巫女は動けませんが貴方の近くには目覚めていない四封の巫女が既に二人居ます。彼女たちを目覚めさせるのです』
『なっ!? 真炎以外にも巫女がっ!? 光聖神!! それは!?』
しかしそこで交信は途切れ俺は目を覚ました。俺の部屋には気配は俺一人、聖霊すら出現していないのは光聖神と俺が先ほどまで繋がっていたからだろう。
「とんでもない情報だ……明日の朝にはエレノアさん達と事前に打ち合わせをしなくてはいけない……」
独り言を呟きながら俺は夜風に当たりたくて障子戸を開けて庭に面した廊下に出た。すると気配がして見ると庭の四阿に居た少女を見つけていた。
「かえちゃん?」
「あっ、レイ君……どうしたの? 眠れない?」
そこに居たのは涼風家の才媛で俺の術研究仲間の涼風楓だった。ま、成人しているから少女と呼ぶには少し語弊が有るが……彼女が不思議そうにアイスを食べながら俺を見ていた。
誤字報告などあれば是非ともよろしくお願い致します。
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