第50話「茶番と真実」
◇
お酒を生まれて初めて飲んだ。会合だとか宴会が多くて古風な家柄なのでそう言う場面は事欠か無かった私、炎央院炎乃華なのだが意外とこの手の事は疎かった。
理由は二つ、一つは従兄の黎牙兄さんがさり気なく遠ざけてくれたから、もう一つは私が女で嫁入り前だからその手の会合には出されなかった。
今思えばこれも楓果伯母様が私に情報を入れさせないようにしたのかも知れないけど真偽はもう分からない。
「では炎乃海様に、お話する事が有ります。黎牙様の英国での恋人の事です」
一瞬だけ体が熱くなってすぐに気を失ったけど実はすぐに目が覚めていた。だって黎牙兄さんの話が聞こえたからだ。
いつもよりシュンとした姉さんと少し強気な流美が神妙な顔で話している。立場がいつもと逆転していてちょっと面白いと思った。
「なるほど、美人ね……どこかで見た気もするけど……厄介ね」
「はい、ですが違う意味で厄介かと……この方は恐らく亡くなられています」
情報量が多過ぎる、助けて黎牙兄さん……え? 恋人が居たんだ……そっかイギリス人の美人さんなんだろうな。あの炎乃海姉さんが美人と言うくらいだし。
でも流美が言った既に亡くなってるってどう言う意味? そこで私は寝た振りを我慢出来ずに起きていた。
「その話、本当なの?」
「炎乃華様……起きて、らしたのですか?」
正確には今さっき目が覚めたばかりなのだけど、最初から起きてたっぽい顔をしておく、こう言うハッタリも大事だと教えられていたのが役に立つなんて流石は黎牙兄さんだ。
「まあね、それで黎牙兄さんに恋人がいて流美はそれを黙ってたの?」
「はい。あの頃は黎牙様が亡くなられたと思っていましたので……」
「ま、あの頃に報告なんてしたら祐介辺りがレイプでもしてたでしょうね? けど杞憂ね。このアイリスさんも光位術士なら返り討ちでしょうし、逆に黎くんを早期の段階で釣り上げられたかもしれないわね。ほんと最後まで使えない男」
「真炎様の件以外は、ですか?」
なんか姉さんと流美の中で凄いバチバチしている気が、流美の顔も少し赤いし、お酒を飲んでるのかな?
反対に姉さんは一番お酒飲んでるのにさっきみたいな雰囲気は無い。冷静な雰囲気で黎牙兄さんにどこか似ていた。
「怒らないで流美、それなりに感謝はしているのよ? それに祐介って黎くんに構って欲しいから私に近付いて来たところ有るでしょ?」
「知っていたんですか……兄さんが黎牙様に拘ってたの……」
え? 祐介って黎牙兄さんが憎くて常にあんな事してたんじゃないの? 構って欲しかったって、それじゃまるで私と同じような気が……。
「ええ、だからお互いウィンウィンの関係だった所は有るのよ。知ってる、あいつ私と寝てる時にですら黎くんの名前出して『勝ったぞ、黎牙に勝ったんだ』とか言うのよ。流石にドン引きしたわ」
「え? 寝言くらい言うような気が? ってどうしたのよ二人とも?」
二人が生温かい目で私を見て来た。なんだろう、前に黎牙兄さんにもこんな目を向けられた覚えがある。
「いいえ。炎乃華様にはまだ早いお話ですので、どうぞお聞き流し下さい」
「そうね。もっと大人になったら意味も分かるわね?」
なんか凄い子供扱いされている気がする。元夫婦だったんだから寝言くらい聞くだろうにと少し不満に思うが、それよりも黎牙兄さんの恋人の話だ。そこで私たち三人は黎牙兄さんの情報を共有していた。
「えっと、つまり黎牙兄さんは向こうで恋人が居たけど今は居ないって話だよね……」(やった、まだチャンスは有る!!)
「はい。恐らくこの方は亡くなられています」
「だから厄介なのよね……炎乃華、少し聞きたいんだけど、あなたの秘奥義ってどんな技なのかしら? 他にも詳しく仔細を教えて」
いきなり秘奥義? 何の話だろうと思ったけど姉さんはこう言う時は凄く頭が回るから素直に答える。
「私のは『炎牙一閃』って言うのだけど……高校生の頃に覚えたんだ。ちょうど黎牙兄さんが亡くなったって聞いた後くらいかな?」
「なるほど、確定ね……」
「どう言う事でしょうか? 炎乃海様?」
そこで炎乃海姉さんは独自の解釈だと言って奥伝と秘奥義の仕組みの一端を話し出した。曰く、聖霊力と思いが同調した時に最も強い思いが形となって現出し、それが技になると、私の技名に牙の字が入っているのが黎牙兄さんへの想いだと言われて焦ってしまった。が、そこで流美がハッとした顔になった。
「気付いた? そう、綾目の花はアイリス種の花、今まで奥伝も秘奥義も詳しく知らなかったけど納得出来た。黎くんの秘奥義、あれはこの写真のアイリスさん? への思いの形ね、相手が死者とか勝ち目が無いわ」
「つまり、黎牙様は死者に縛られていると?」
たまに見せる悩んでいる顔や、うなされている時もあった、何よりこの間フラフラになって部屋を出た時も顔が真っ青だった。
「そ、そんなの、あんまりだよ……黎牙兄さんが、かわいそうだよ!!」
「ま、それを私達が言えた義理じゃないけどね……追放された先で手に入れた幸せが何らかの形で壊れて嫌々戻って来た状態が今の黎くんよ? 炎乃華?」
「そっか……最近は厳しいだけで話をしてくれるけど、そもそも私たち恨まれてるんだった。こんなんじゃ……」
見ると流美もうなだれていて、今日はお酒も入っているようで泣きそうに見えた。普段は感情を抑え込んでいる分だけ余計にダメージが大きく見える。
「そこで提案よ二人とも、黎くんに戻って来て欲しい気持ちは今でも有るわね?」
私も流美も頷くとそれを見て姉さんは真剣な顔をして宣言した。
「思い出の恋人には勝てなくても三人寄れば文殊の知恵よ!! 私たち三人で黎くんを落とすわよ!! 幸い我が家には愛人は三人までって禁じ手も有るわ!! 誰が本妻でも恨みっこ無し、どう?」
「そ、それは……ですが、う~ん……色々と問題が」
流美が完全に酔いが醒めたような感じで思い悩んでいる。でも良く考えたら私達って三人全員が同じ人が好きなら仕方ないんじゃないだろうか? そもそも黎牙兄さんを救うためなら姉さんの話に乗るべきだ即断即決は大事!!
「そう……よね!! さっすが姉さん!! 卑怯な事や卑劣な罠を張る時は何時にも増して輝いてるねっ!! よっ!! 人をはめるのがルーチンワーク!!」
「あんたは天然だから今日のとこは許してあげるわ、誉め言葉だと思ってそうだからね……取り合えず、黎くんを我が家に取り戻す作戦を明日から実行するわ!! あの子は何だかんだで最後は甘いから押して押して押しまくるのよ!!」
「逆効果のような……う~ん。ですが、これも仕方ないのでしょうか……」
こうして私たち三人は黎牙兄さんを過去の恋人から取り戻すための作戦を開始した。だけど実は、この光景がとある聖霊に見られていた事に私達は全く気付いていなかった。
◇
昨日は意外と食べる事の出来た炎乃海姉さんの料理を食べた後に簡単に術についての話が終わると解放された。その後は俺の部屋にいた真炎に軽く説教して勉強を見たり遊んでやったりして解放された。
「なんか、昨日は仕事をしていたよりも疲れたんだが……ヴェインか?」
『っ!!』
コクコクと頷いて紅茶を差し出された。湯飲みに紅茶と言うスタイルもそろそろ慣れて来たと思ってヴェインを見ていると、いつもならすぐに消えるのに今日は消えなかった。
「どう、した?」
『っ!!』
ヴェインが近付いて来るとポンポンと俺の肩を叩くと顔にはヴェールが掛かっていて全く見えなかったが、口元が一瞬笑って見えた。そして最後にサムズアップだけすると今度こそ消えた。
「お、おいっ!? ヴェイン!! なんなんだよ……まったく」
仕方ないと俺は部屋を出て食堂に向かう。真炎は学校だから会う事は無いし、叔父さんか勇牙にでも会えれば良いのだがと思っていたら食堂には予想外の人間が居た。
「お、おはよー黎牙兄さん、き、奇遇だね~?」
「ああ、炎乃華か……どうした? 普段はもう出ているはず……ん?」
「そ、その、今日は久しぶりに黎牙兄さんに稽古つけて欲しくて、ちゃんとエレノアさんに許可はもらったよ!! ほんとだよ!!」
なんで必死なんだ? だが良いだろう日本の術師では親父と清一に次いで最高戦力は間違い無く炎乃華だし力を見るのは、と、そこで俺は気付いてしまった。これは仕事では無いだろうか?
「あぁ、見てやりたいんだが……これも職務になるのか?」
「そう言う事だ。ホノカ、自主練をすると言う話だから許可したら継承者様の手を煩わす気だったとは……お前は特別メニューを組んでやろう!! 飯は摂ったな? では行くぞ!!」
いつの間にか背後に居たエレノアさんがニヤリと笑いながら炎乃華の首根っこを猫のように捕まえると引きずって行く。ドナドナが流れそうだった。
「えっ!? そ、そんなっ!? 私は黎牙兄さんに色々と指導し――――」
バタンと扉は閉じられ食堂は再び静かになった。俺は流美が運んで来た朝食を食べ終えると休日をどうすべきか考える事になった。
◇
仕事関係の雑事も片付け、最低限の報告書も提出し完全に休みになって一時間、ちなみにPLDSで向こうにデータを送った際にはサラ義母さんにもエレノアに休めと言われたのに仕事するなと念を押されてしまった。
「そうだ!! ちょうど良い、サラ義母さんの実家のアイリスの田舎に行くか……いきなり今日行くのは失礼だし、明日にでも訪問出来るか聞いてみるか」
俺はサラ義母さんから貰った連絡先に連絡を取ると二つ返事で許可が下りた。そうと決まれば善は急げだ菓子折りの用意のために俺は外に出た。
しかし問題が有った。車が無いのだ。俺のレンタカーも勝手に返された以上、俺には足が無かった。
「黎牙様、よろしいでしょうか?」
「流美か? なんだ?」
「お出かけなのでしたら私が……」
よく考えたら頼むべきだった。それに流美なら昔からこの手の菓子折りを選ぶのも上手そうだ。
「すまんが少し頼まれ事をしても良いか? 実は明日、挨拶に向かわなくてはいけない家が有ってだな、菓子折りを選びたいんだ」
「その足が必要なのですね!? お任せ下さい!!」
車中でもアイリスの事は一切伏せて菓子折り選びを手伝って貰う事になった。本来は流美に借りなんて作りたくないのだが背に腹は代えられない。
「助かった。やはり日本の店には疎くてな……助かった」
「何か有ると私が買いに走ってましたから、その点はお任せ下さい!!」
店を出てふと思い出すのは過去の事だ。俺を含め家中の者が問題を起こすと里中家の人間が謝りに行っていた。
祐介なんかはそれが嫌で途中から俺に当たっていて、今思えば祐司や流美もたぶん嫌だったんだろうな。
「あの、黎牙さま? どうかされました?」
「いや、少し……な」
「何か、お気に触ることでも、致しましたか?」
「違う。いや、昔な清一とかのとこにも菓子折り持ってたよな? 他にも色々と陰で色々してくれてたんだなと思って……な、面倒をかけた」
そう言った瞬間に流美は驚いた顔をしていた。
「そんなに変な事言ったか? これでも――――「いっ、いえ……こんな言葉かけて頂けるなんて……思って、なくて……私は……私はっ……」
「あっ、おっ、オイ、泣くなよ……ったく、あ~、もう落ち着け!! な?」
頭を撫でながら車に連れ込むと運転出来そうに無かったので俺が運転する。助手席ではまだ少し泣き顔の流美を見ると、こちらを見てすまなそうな顔をしていた。
「もうし、わけ、ございません……最近は、感情を……ひっく、抑えるのが下手に、なってしまいまして……」
「気にするな。人間なら誰しも感極まる事なんていくらでも有る」
俺は怒りの余り闇堕ちしかかったからな、あんまり人の事は言えないんだよな。そんな事を思っていたら流美が即座に反論して来た。主に反論して良いのか従者が、とか思ったが今は好きさせてやろう。
「ですが、従者としてはっ!?」
「お前は今は俺の従者じゃないだろ? 一時的な世話役なだけだ、そうだろ?」
「そう、ですね……失念してました。今さら私が――――「従者じゃないんだから俺は気にしない。泣きたければ泣け、嬉しいなら喜べ。好きな時にそうしとかないと後で絶対に後悔する。昔みたいに自分を抑えなくていいんだ流美」
そう、アイリスともっとデートもしたかったし、あの笑顔を向けて欲しかった。抱き締めたかった。でも今は何も出来ない。そんな自分と重ねてしまって自然と口調が柔らかくなっていた。
「れ~がさまぁ~!!」
「ばっか!! お前、抑えるなと言ったが急に抱き着くな!? 今は運転中だ!! 安全運転第一だ!!」
結局は途中で車を止めて泣かせるだけ泣かせて落ち着かせ家に無事に帰る事が出来た。まったく昔と違って世話のかかる従者だ。いや前からこんな感じだったかも知れない。
◇
「そ、それで……炎乃海姉さん……これは、どうしたんですか?」
「ええ、それがね鍛錬終わって執務も終わらせて暇になったから少し料理を練習したのよ!! そうしたら意外と上手く出来たのよ!! 食べなさい!!」
確かに昨日より上手く作れているように見えるし、種類は豊富だ。これが数日前まで料理を作った事の無い人間なのかと驚く程だった。
「でも、量が明らかに多いですよね!? これっ!!」
見ると既に腹がポッコリ出ている炎乃華と真炎がピクピクしていて勇牙とクリス君も青い顔をしていた。見ないと思ったら二人で居たのか、仲が良いなコイツら。
ちなみにクソ親父はしっかり食べ終わるとすぐに鍛錬に向かったらしい。去り際が鮮やかだったと叔父さんの証言だった。
「そして衛刃叔父さんも引き際を誤ったのですか……」
「ああ、娘の手料理など初めてだからな……私も年を取ったな……」
叔父さんもやはり娘には甘いようだ。そもそも叔父さんが本気でキレた時など俺が追放された時と自分がクーデターを起こされた時くらいだろう。
他は泳がせていたに違いない。更に被害者は居て、涼風家の女性陣の二人も居た。早馬さんは既に逃げ出した後らしい。
「あ、レイくん、早く何とかしてよ」
「そ~ですよレイさんと流美さんも、このフルコース片付けるの手伝って下さ~い」
どうやら無駄に器用貧乏なのが災いして料理の才能に目覚めてしまったらしい。門下の人間にも振る舞ったらしいが、まだまだ有るらしい。
「流美、付き合え。覚悟を決めろ!!」
「はっ、どこまでも!!」
こうしてこの途方も無い料理を片付けるのに俺たちは邁進した。ちなみにエレノアさんは和食が苦手と言っていつの間にか逃げ出し、部下三名は満腹状態になっていた。すまない英国の同士よ……。胃薬を置いて俺も流美を置き去りにしてコッソリとその場を後にしていた。
◇
そして翌日、俺は朝から胃の消化に良いお粥を出されて食していた。流美じゃなかったのが不安だったが若い女子の術師のようで中学生くらいだった。
チラチラ見られたが、あの世代には恨まれていないはずだが、そんな事を思いながら俺は流美の車をそのまま使う。昨日の内にキーは預かっておいたのだ。
「ここか……ナビの住所は高野薬局……」
車を停める場所を探して窓を開けたら薬局から出て来たのは白髪混じりの男性だった。白衣を着ているようなので薬剤師の人だろうか。
「すいません……」
「すまないが隣の病院に迷惑もかかるから車は駐車場に停めてもらえないか? 処方箋だけでも目の前に停められると迷惑なのだが? それとも薬の話かな?」
今日は背広だったのでセールスマンか何かと勘違いされているのかも知れない。とにかく誘導に従うしか無いが、せめて事情だけでも話したい。事前に昨日、サラ義母さんのお母さん、つまり義祖母のユーリさんには話は通しているからだ。
「あっ、そうでしたか。すいません、ところでそちらの薬局の高野さんはいらっしゃいますでしょうか?」
「ふむ……もしかして君がレイ君かな? アイリスの夫の?」
「っ!? ご本人、でしょうか? 初めましてレイ=ユウクレイドルと申します」
「家の客なら裏手に回りなさい。そこに停めてある車の横に付けてくれ。そっちは自宅だからな。妻も呼んで来る」
そう言って薬局に戻ってしまったので俺は反対側まで回りそこで車を停めた。その瞬間に玄関のドアが開いてダークブラウンの髪の壮年より少し上くらいの女性が出て来た。普通に若くて驚いた。話では六十代だと聞いていたのにどう見ても四十代にしか見えなかった。
『来たわね? アイリスの旦那さま?』
『聖霊間通信!? あなたも術士ですか!?』
「ええ、もう第一線は引退してるけどね? ちなみに夫は一般人よ? でも術士の事情は全て知っているわ」
そう言って家に上がらせてもらうと俺は不思議な既視感を感じた。だが、それも納得だ。ここはサラ義母さんの実家なのだから似た雰囲気なのだろう。そしてリビングでは先ほどの男性、サラ義母さんのお父さんの頼寿さんが待っていた。
「孫の夫が来ると言うからな。一応は店は若いのに任せて来たから問題無い」
「そうですよ。あなた? 今日は私達は休みにしていたのに仕事に出るなんて、まるでサラがヴィクターを連れて来た時みたいにソワソワして」
「仕方ないだろう、アイカ、いやアイリスが選んだ男がどんな人間か気になって仕方なかったんだ」
色んな意味でハードルが上がっているな……だがユーリさんも頼寿さんも思った以上に普通な人だ。
「まずはご挨拶を、アイリスと夫婦になった挨拶が遅れまして申し訳ございませんでした。こちらはお土産です。それとサラ義母さんとヴィクター義父さんからもよろしく伝えて欲しいと言われまして」
そこで挨拶をすると二人とも神妙な顔になって話し出した。
「そうか……アイリスの話は聞いた、本当に無茶ばかりして」
「自分が、私が気付かないばかりに……アイリスを守れませんでした」
「聞いたわ、貴方を守るためにでしょ? 本当に……あの子は昔から嘘が上手でね……私達も小さい頃から手を焼いていたのよ……」
そう言ってリビングの棚の上に置かれていた写真立てを持って来て目の前に見せてくれた。
「あの、サラ義母さんの小さい頃の写真……ですか? その割には新しいような?」
「いいえ何を言ってるの? これはアイリスが日本に居た頃の写真よ?」
「だって、アイリスの髪の色が……黒……じゃないですか……」
そう、写真の中の幼少期のアイリスの写真は全て黒髪だったのだ。さらに瞳の色もブルーでは無く茶色っぽい色彩だった。
どこからどう見ても黒髪と茶色の瞳だった。それに何より驚いたのはその容姿と服装を俺はよく知っていた。
「これって愛花?」
「なんだ、知っていたのか? こちらに滞在する際の偽名なんだがな、私たちが付けたのだよ?」
「アイリスは愛や恋の花とも言われて花言葉もそれに近いもの、だから漢字で愛の花、滞在中はアイリスには高野愛花と名乗るように言ったのよ?」
二人の言葉に衝撃を受けていた。昔遊んでいた最後の一人、顔がおぼろで分からなかった少女の顔が、まるで封じられた記憶が蘇るように目の前の写真とピタリと一致したからだ。
「アイリスが愛花だった?」
そして俺がこの真実を知った時、これより十日前に俺より先にこの真実に辿り着いた人間が居た。その人物は今は英国に居た。
誤字報告などあれば是非ともよろしくお願い致します。
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