第47話「本当の理由と勘違いの始まり」
◇
『では、以上で五大総会を閉会としよう。レイ、何か他にあるか?』
「いえ……私には何も、では皆様へは以降は指揮下に入って頂くと同時に今回の事は全てが私の判断と指示で行った……これで良いですね?」
俺は軽くため息を付いてアレックス老を睨むと俺の義理の祖父は苦笑する。横のサラ義母さんもニコッと笑うと、髪の色以外はアイリスとそっくりで一瞬だけ心奪われそうになる。何か一瞬引っ掛かったが浮気認定されそうなのでこれ以上は厳禁だ。
『ああ、レイ。君の判断が間違って無い事を我らは知っている。先ほどの言葉もな』
「ありがとうございます……これで全ての遺恨は無くなった、そうですね?」
確認するように言うとアレックス老は頷いて衛刃叔父さんを含めた各当主も頷いてくれた。とりあえずは乗り切ったと見て良いだろう。
これで闇刻術士に対する最低限の備えは完了した。ここからは朱家の力やエレノアさんの協力で本格的に準備を始めなければいけない。
「それでは五大総会を閉会します。では――――『あ、そうそうレイ、ちょっと待ってくれるかしら?』
「えっ? 何ですかサラさん?」
するとここまで一言も発していなかったサラ義母さんが口を開いた。どうしたんだろうか?
『ええ、後でプライベート通信をお願いね? 色々とお話したい事が有るから、よろしくね?』
なんでウインクとかしちゃってるんですか? 周りの視線が一瞬だけ俺に集まって殺気染みた感じになってるような気がして、周りを見ると女性陣数名が睨んでいたが、それ以上にまた俺の聖霊帝がキレていた。
「ヴェイン、無暗にレイブレードを出すな!? 危ないからっ!?」
『あらあら、本当なのね……じゃあレイ。後でね?』
それだけ言うと通信が切られて総会も今度こそ解散となった。色々有ったが朱兄妹からは両肩をそれぞれポンと叩かれ、エレノアさんは少し不満顔ながらも納得して出て行った。
やはり俺の判断はお気に召さなかったか……。俺は数分前の事を思い出していた。
◇
レイブレードを展開する。そして因縁の相手にトラウマにも等しい女に光の戦刃を向けた。
「じゃあ、さよならだ……炎央院炎乃海……」
「黎牙、兄さん……」
炎乃華の声や目の前の女の息を飲む音、だけどそれよりも俺の中ではある少女の泣き顔と、ある言葉だけを思い出していた。
「っ……」
そうして俺はレイブレードで炎央院炎乃海を切った……辺り一面には赤が舞い散った。そして、その光景に驚いた彼女は俺を見つめていた。
「どう……して……?」
「ふぅ……これで俺を追放した炎央院炎乃海と言う炎央院の負の面を背負った女と過去は、その髪と一緒に今、俺が斬った……あんたは俺の従姉の炎乃海姉さんだろ?」
「いえ、でも……」
俺は肩より伸びた彼女の赤髪をレイブレードで項が見えるまで短く切った。なぜか浄化はされなかったから俺の斬った奴の赤い髪が辺り一面に舞っていた。
「何と言われてもこれが俺の決意だ。俺は過去に復讐に囚われて神器を曇らせた……そして俺自身も、何よりも彼女への想いも穢すところだった……だから過去なんて振り向かずに未来を見る。それだけだ」
「なんで、どうしてよ!? 聖人君子を気取るつもりなのっ!?」
「そんなんじゃないさ。俺は自分のためにあなたを斬らない。それに……これが見たかったんでしょう? アレックス老?」
そう、何よりこれが俺への試練だと気付いたからだ。アイリスを失い、部下も失い失意のまま心の闇に囚われて力を振るっていた俺が立ち直ったか?
そして神器を曇らせる事無く真の意味で完璧な光の継承者となれたのかを、この二人は見たかったのだと気付いたからだ。
『ふむ……どうやら完全に立ち直ったようだな。そして復讐に囚われずに真の光の継承者としての自覚も取り戻した……今のレイ、君になら安心して任せられる。四大家の方々には我々の茶番に付き合って頂いて感謝する』
そして、その後から本当の話し合いが始まった。まず今回の事で炎央結界の早期修復を望まれて、そのための人員を朱家から出してもらった事、俺の報告書通りの要望が、ほぼ満たされていた。
「このような破格の条件で良いのですか? アレキサンダー殿?」
『アレックスで構いません。衛刃殿。レイから聞いておりました貴君の人柄なら預けても問題無いと判断しただけです。それと先ほどは高圧的な態度を取ってしまい申し訳無かった』
「いえ、そもそもがこちらの不徳の致すところ。私も娘に灸を据えるなら手緩いと感じてはおりましたので……」
そして先ほどのサラ義母さんがからかう場面に繋がったわけだ。サラ義母さんのあの言動だとまるでヴェインが怒るのが分かっていたような……謎だった。
◇
総会も終わり、即座に作業にも移ったが、一応はエレノアさんや朱家の二人への歓待の宴会も夕方から行われた。
エレノアさんは酒豪だったので日本酒を飲ませたら気分がだいぶ良くなっていて、俺の昼の行動を「甘い」、「優し過ぎる」などと言って、流美や炎乃華を振り回していた。
そして俺は程よく酔いが回っていたので廊下に出ると、すっかり赤いショートヘアーになってしまった従姉と鉢合わせした。
「あっ、えっと……」
「はぁ……挙動不審になるのは普通、私の方でしょ?」
「ああ、じゃあ――――「待って、少し真炎の事で相談が有るの。いいかしら?」
そう言われては断れないから少し酔いの回った頭で付いて行く事にした。本邸から離れて西邸、つまりは炎乃海と真炎の部屋で真炎は今は南邸に居るので実質は一人部屋みたいな状態だ。
「うわっ、凄いな……部屋」
「誰のせいだと思ってんのよ。私への警戒から部下は全員外されて世話役まで居ないんだから、その上で仕事は凄い量……こうもなるわ」
そこにはうず高く積まれた書類の山。束なんてレベルじゃない山だらけだ。そして部屋の中はジャンクな匂いがする。スーツも脱ぎ散らかされていて独身OLかくあらんと言った雰囲気が漂っていた。
「え? なんか臭う……って、ハンバーガー?」
「えっ、ええ……。この間食べてから手軽に食べられたし、意外と買うのも便利だったからね。たまに食べるのよ」
たまに食べる感じでは無い上にハッピーなセットの袋まで有る。なるほど、真炎の分も買ってたのか。おやつ時にたまに居なくなると思ったらそう言う事か。
「それで? 相談ってのは真炎がジャンクフードに目覚めたとかそう言うこと?」
「違うわ……まず一つ謝るわ。呼んだのは私個人の事よ」
何となくは察してたよ。話す内容ならさっきの事しか無いだろうから。そう言えば宴会に入れない小学生の真炎は今、何をしてるんだろうか?
「で? 俺はもう過去の事として割り切って全て訣別したつもりなんだけど? いまさら蒸し返すのは……」
「ええ、無粋ね、でも聞きたいの……あなたの本心をね? 追放に加担して自分を裏切った女を生かす理由、聞かせてくれないかしら?」
「単純な話だ……ただ昔、ある人に……大事な人に言われたんだ……その人の言葉が、想いが、俺を支えてくれたからなんだ」
そう言って思い出すのはあの大切な日々の事だった。
◇
俺が十九歳になってすぐの時、もうすぐ光位術士としても三年目となるくらいで任務も次々とこなし、四卿の旧代のダークフレイとも戦い二度撃退していた。この功績からSA3も認められ始め俺とアイリスのペアは特に注目の的だった。
「ふぅ、任務完了だな……全員集合してくれ」
ワリーの号令で俺達SA3の残りのメンバーは闇刻聖霊の殲滅が終わった。どうやら悪鬼や妖魔を取り込んだ変異体が出現していたようだ。SA2の部隊にも被害が出ていて俺たちが出て殲滅した。
「ま、最後はいつものコンビで圧勝だったな?」
「そうね……これじゃ私達、要らないんじゃない?」
ジョッシュとフローが呆れたように言うのも当然で、当時の最高の浄化力を持っていたのは俺のレイブレードとアイリスのレイキャノンだった。なので自然と四人はサポートに回る事が多かったからだ。
「これで実戦で任務成功率が90%を越えた……これで」
「レイ? どうしたの?」
「いや、これで少しは皆に恩返しが、何よりアイリスの恋人として恥じない強さを見せられたと思ってね?」
そう、強く無ければ価値なんて無い。術士として実力が付いて来ると俺は次第に、このような考えが出て来るようになった。
初実戦から徐々に周りから認められるようになったのは間違いなく俺の実力が認められたからだと、そう思っていた。
「レイ……別に私は強さだけが全てだなんて……」
「いいや強く無ければ全てを失う……俺はアイリスを失うなんて耐えられないから、だからもっと強く、立派に……」
今思えばこれも炎央院の呪いにも等しい教育の成果だった。皮肉な事に強くなればなる程に俺の思考は炎央院の家の考え方に近づいて行った。
「私は、レイが強くなくても……無茶なんてしなければそれで……」
「無能な俺が認められるには強くなるしか無いんだ……大丈夫さ、次も俺が何とかするさ!!」
そう言ってワリーに報告をしに行くが俺を見るアイリスの目は最後まで愁いを帯びていた。当時の俺は認められる喜びと同じくらい、再び見捨てられる恐怖に怯えていた。
手に入れた今の大事な全てを失いたくなくて必死だった。そういう強迫観念に押し潰されそうになっていた。
「良い事では有ると思いますが……お嬢様は違うと?」
「そうじゃないよベラ。強くなるのは悪い事じゃない、私のためって言ってくれるのも嬉しい。でも自分を追い込み過ぎて今のレイは自分が見えてない。いつも隠れて努力して必死に皆に追いつこうとして、頑張って……だからいつか壊れちゃうよ」
こんなに心配をされていたのを知ったのは、かなり後の事だった。力を手に入れた俺は皆のためと言って誰にも犠牲を出さないように単身で突撃し勝利する事が増えていた。
さらに認められようと必死で、その戦いも結果的に俺は何とか勝利を収めた。しかし、当然のように負傷してしまったが、本社では表彰され怪我も名誉の負傷だと言われて有頂天になっていた。
「アイリス!! 今回の褒賞でボーナスが出たからデートに――――」
――――パチン。俺は一瞬理解出来なかった、目に涙を浮かべて震えながら俺に弱々しいビンタをした恋人の行動に困惑した。
「なんで……あんな無茶したの? 私、無理はしないでって……言ったよね?」
「だけどさ。俺は無事なんだし――――「左腕は骨折して、体中は傷だらけ、フォトンシャワーしなきゃ出血だって止まらなかった!! それのどこが無事なの!?」
言い訳をして無事をアピールしたけど許してくれずにアイリスはその場で泣き出してしまった。ちなみに当時ヴィクター義父さんは真っ先に逃げ出し、サラ義母さんも少しこちらを見た後に微笑んでどっかへ行く始末。結局、俺は泣き出したアイリスを落ち着かせて一緒に自室に戻るしかなかった。
「レイが昔から一生懸命で英国に来てからは継承者として光位術士としても頑張ってるの私は誰よりも知ってる……だから無理しないでよぉ……」
「だけど、だけど活躍しなきゃ、強くなければ俺は、また……居場所も家族も大事な人も思い出も全部失うんだ……もう、嫌なんだ」
そう、俺は全てを失った。大事に思った家も家族も唯一無二の従者も全部だ。
「そうだよね……でもね、レイ。私は、私だけは何があっても……」
「そう言って俺と一緒に家を盛り立ててくれると言った人は他に男を作って俺を捨てた……妹だと思って大事にしてた子にはバカにされ見捨てられた、唯一無二の腹心には命まで狙われて……誰を信じられるんだよ……俺はっ、俺は……」
だから成果が欲しかった。能力が有れば無能じゃなければ誰も俺から離れて行かない。もう無能で全てを失う事は無いと俺はそう思って行動していた。
「でも貴方は自分の足で英国に辿り着いた。その悲しみを乗り越えて……そして継承者と言う使命に目覚めてレイは……炎央院黎牙と言う私の大好きな人は変わったんだよね?」
「そうさ、だから俺はもっと……」
彼女に相応しい人間になりたい。そしてずっと彼女の横に居ても彼女を困らせない人間になりたいと言おうとしたが、彼女は首を横に振って俺を見つめて言った。
「変わってくれたのは嬉しいの……でも変わって欲しくない所も有るんだよ? 例えば女の子に不器用だけど凄い優しい所とかね?」
「そんなの俺は、君だから……アイリスだから」
そう、アイリスだから……もう他の人間には、特に過去の家族だった人間なんて絶対に優しさを向けるなんて出来ないし、したくない。
「うん。でもね。あなたが話してくれた過去には辛い事や悲しい事ばかりじゃなかった。あなたはいつも誰かのために努力して頑張って抗ってた。その想い、行動、全部を否定しないで欲しいの、レイの優しさや過去を全部無かった事にしないで……」
「でも、そんな想いや努力だけじゃ何も、守れなかった……俺の優しさで救えたものなんて何も、だから価値なんて……」
炎乃海姉さんに付いて行くために必死に学んで、喜んでもらうために努力した事、立派に家の後継になって欲しくて炎乃華に剣を教えた事、従者であろうと誰であっても平等に丁寧に接した事も、全てが無駄だった。
いつかは報われると思っていた事は水泡に帰した。そこに価値なんて見出せ無かった。だけど彼女は涙を拭って俺に向かって叫んだ。
「それだけは違う!! 私が好きになったのは優しい貴方だから……自分が辛くて傷ついても手を差し伸べて優しくしてくれたあなただから!! だから私は……あなたのために綺麗になりたいって……ずっと思ってたんだから……」
「アイリス……」
「だから、優しさを、私の一番大好きなレイを……あなたを消さないで……」
彼女の声は懇願するようで、それでいて強い信念を持った言葉だった。その顔は何かを確信してるような真剣な顔で、俺はこんな時なのにその泣き顔がきれいだと思ってしまった。
「力だけに、負の感情にだけに塗りつぶされないで……そんな事になったら今度はレイが実家の人達と同じになっちゃうんだよ? 私はそんなレイ、見たく無い!!」
「俺が、あいつらと一緒?」
考えた事が無かった。俺は、より有能に近づくために努力してたつもりだった。でもそれは力を求め続ける餓鬼のような所業で、言われて初めて俺は自分が炎央院の家の者と同じような人間になっていた事に気付けた。
「うん。レイの親戚や家族の事を悪く言いたくない……でも、レイが力に憑りつかれて最後は力だけが全ての人間になるなんて私、悲しいよ。今回の無茶はそれが見えちゃったから……だから絶対に止めたかった。ごめんね、私のわがまま……だよね?」
「いいや。ありがとう……そしてゴメンな。また泣かせちゃったな……本当に俺は失敗ばかりだ……」
「分かって、くれた?」
そんな顔で言われたら納得するしかない。だって俺の大好きな女の子のわがままだ。それに光の継承者が闇に囚われてはいけない。彼女が気付かせてくれた。
「ああ、アイリスがいてくれれば俺は自分を見失わないで済みそうだ。怒りに囚われずに……ただ正直、実家の人間とは二度と会いたくないな?」
「今は、今はそれでも良いよ……でも、いつかレイが心から立ち直った時が来れば少しだけ考えて欲しいんだ。血を分けた家族なんだよ? レイがもし出来る時になった時で良いから。少しだけ立ち止まって考えて欲しいんだ」
「じゃあ、そんな時が来たならアイリス……君も一緒に来てくれ。あんな家には戻りたく無いけど、それでもいつかそんな日が来るなら……君を紹介したい」
その後に俺はアイリスとキスをすると一人部屋で考え反省した。無謀な行動、英雄的な行動は確かに賞賛される。
だけど何でも一人で出来るなんてどんな偉人でも不可能なんだ。何より、俺のアイリスを泣かせるような真似は絶対にしないし、出来ないんだと強く、強く自分を戒めた。
◇
「だから、その人に言われたんだ……優しさを消さないでくれって……一番大好きな俺を消さないでくれって」
「そんな事で私を?」
「俺にとっては果たさなくてはいけない大事な願いで今も心を支える言葉だ。それを俺は最近まで忘れていた。いや、封印していた。その人を失った心の喪失から目を背けたんだ。それを思い出せたのは秘奥義を習得した時だった」
思えばアイリスを失ったあの日から俺の心は闇に蝕まれていた。それでも戦ってアイリスを取り戻す事を決めて、その後に部下を失い完全に闇に落ちた。
結果、俺は神器を失った。光の継承者では無く、閃光の悪魔へと名を変え漆黒の『暁の牙』に武器も変わっていた。
「失った……その人は、いったい?」
「ま、それはノーコメント、ただ、その人は家族ならいつか分かり合えるって言ってくれてさ……だから前向きには考えようと思ったら自然と斬れなかった。それだけ」
うっかりアイリスの事を話してしまいそうになったので急いで話を切り上げて中断した。違和感は持たれただろが今はまだバレる訳にはいかない。いずれきちんと紹介しよう、俺の妻を……。
「黎くん、いいえ黎牙……あなたは私を許す、の?」
「許したい、とは思っている……実際は難しいけどな? だけど俺は前に進みたいと思っているから、あんたとも今日で手打ちだ」
「そう、じゃあ私も言わなきゃいけない事が有るわね……ごめんなさい黎くん。八年前……あなたを見捨てて、たくさん傷つけて、そして助けてくれてありがとう……」
鬼の目にも涙と言うのだろうか、炎乃海姉さんが泣いているのを初めて見た……。俺は少しは継承者として成長出来たかな?
アイリス……君が起きるまでに俺はもっと君に相応しい男になってるから……だから、それまで俺、頑張るよ。
誤字報告などあれば是非ともよろしくお願い致します。
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