第43話「傾国の始まり、迫る崩壊の足音」
◇
「うっ……ここどこ?」
「大丈夫か? お姫様?」
「え? れー君なの? そっか、アタシ天国には来れたんだ……結構悪い事した自覚有るのになぁ……」
どうやら本人は死んだ気でいるらしい。俺も英国で闇刻術士に襲われた時は死を覚悟した経験があるから分からないでもない。
「そいつは本当の地獄に堕ちてから懺悔してくれ。大丈夫? かえちゃん?」
「って……生きてる!? じゃ、え? 何で!? 偽物!? でも私の事……え?」
「ま、地獄から舞い戻って来たのさ。にしても最悪のタイミングで来たな……今ここに涼風家の人間来たら八つ裂きにされんぞ?」
そう言ってニヤリと笑って頭をポンと撫でると俺より二歳下のかつての盟友はポカンとした顔をした後に茫然とした顔で疑問を口にした。
「うちの実家何したの? あと、その割に私が治療を受けているのはなぜ?」
「決まっている。炎央院家当主補佐筆頭の俺が睨みを利かせてるからな? 取り合えず、君と妹は無事だ」
「あっ!? そうだ、琴音!!」
今さら気付いたようで周りを気にするあたり琴音が言ってたように重体なのはこちらだったようだ。
「別室に居るけど連れて来るか?」
「うん。お願い……」
「レオール!! 別室の皆を呼んで来てくれ」
そしてレオールが俺の横に出現して……なぜか一緒に炎聖霊のアルゴスも出て来て二柱で呼びに行ってしまった。犬型、正確にはレオールは狼なのだが、やはり仲が良いのだろうか?
「えっ? 聖霊? れー君、あなた聖霊が!?」
「まあな、色々とお互いに話す事が有るようだな?」
聖霊達が別室に呼びに行っている間に俺は簡単にこれまでの事を話していた。主に追放後の旅路や英国での事、そしてお家騒動についても詳しく話した。
「起きたばかりで、かなりハードな話題で悪いな、かえちゃん」
「問題無いよ……それにしても、まさか楓果さんが……嵐野家は今も仕えていてくれてるけど、私は何もっ……本当よ!!」
正直に言うと疑っていた。なぜなら楓はこう見えて涼風家の第三席か四席なはず。今回の騒動を何らかの形で知っていても不思議ではない立場だ。
しかし今の時点で俺に嘘を付くメリットが無い上に、知っていたのならタイミング的にこの家に助けを求めて来る事は無いはずだからだ。
◇
「楓姉ぇ!! 大丈……夫って傷が、消えてる?」
「ふふん、黎牙兄さんの光位術は凄いんだよ!! 琴音!! 回復術なんて上位の術が有るんだから!!」
「お前は、な~に自分の事のように自慢してるんだか……フォトンシャワーのような回復術は苦手でね。何か不調があったら言ってくれ」
そう言って炎乃華を正座させて改めて隣の涼風家の娘を見た。追放前は俺が唯一会った事が無かった末の娘だったが偶然にも来日時に出会った少女は、警戒心も隠さずこっちを見る。よく見たら少し見覚えがあるような気がしないでも無いが気のせいだろう。
「やっぱり羽田の時の、あなたが楓姉ぇの言ってた『無能の黎牙』だったなんて」
「それで? 先ぶれも無しに炎央院を訪れた経緯と怪我の説明を頼む。あと早馬はどうした? 何で二人だけなんだ?」
「それは……いかに筆頭と言えど当主に取次ぎして貰わないと……刃砕様は?」
そう言って部屋を探すが今この部屋には五人しか居ない。真炎は隣室で流美と待機している。と言うより真炎が眠ったからそのまま流美に任せて来たそうだ。
「ああ、そう言えば涼風と岩壁の方には当主が変わった事は通達して無かったわね」
「そうだった、炎乃海姉さん? 叔父さんは?」
「政府のお偉方と本邸で折衝中よ。通信で呼び出すのも厳禁、なぜか秘書業務の私を外して刃砕伯父様を連れて行ったわ」
謎だな。あの脳筋を連れて行くよりも炎乃海姉さんを連れて行く方がはるかに有用に決まっている。あれを連れて行く意味が分からない。
「え? あの、れー君。なんで毒婦と普通に話してるの?」
「本人目の前にしてよく言うわね小娘が……」
「そりゃアニキにまで色目使われてれば警戒はするわよ」
「うっわマジかよ炎乃海姉さん、早馬にまで……」
まあ、早馬は俺と違って普通の風聖師でそこそこ強くて嫡子として無難だったから狙われたんだろうな。
「はぁ、言っておくけど私、そもそも祐介以外とそう言う関係になってないわよ?」
「えっ……今さら隠さなくても気にしてる人間なんて誰も」
「あのね、そもそも『炎央院の毒婦』って噂を流したのは楓果伯母様よ? あなたへの嫌がらせのためにね。私もあなたと距離を置きたかったから黙認してたの」
あの女、本気で俺の事を恨んでたのか。確かに姉妹の教育係だったあの女が噂を流してたと聞いて納得した。いくら炎乃海姉さんでも自分が男のところを渡り歩いてますと宣言しているのは異常だし、今思えば噂の事実を認めた事など一度も無かった。
「そうだったの!? だって流美が炎乃海姉さんは夜な夜な男をとっかえ引っかえって話は、あれはウソだったの!?」
ちなみに最近は流美に今更ながらの性教育を施されている炎乃華ちゃん(十九歳)は、そう言う話題に興味津々だ。
「そもそも、私がそこら中で男を漁ってたらそれこそ家中の女性陣が黙ってないでしょ? 面白おかしく噂してるのに実害がゼロな時点で気付いてたでしょうよ。気付かないのは男と本家だけってね?」
「いやぁ、炎乃海姉さんはなら一晩に十人斬りとか余裕だと思ってたからな」
「え? 涼風の家には百人斬りとか噂が……」
それはさすがに無いだろ……と、思わずツッコミを入れる前にキレた本人が楓に怒鳴り散らしていた。
「そこまで行ったら私がただの化け物じゃない!!」
「ま、それだけヤベー女って思われてたんだろ? そりゃ真炎もグレるわ」
「真炎の耳には……入ってたのかしらね。私より上位の術を使えるなら……知ってたのよね……」
「ま、これから良い母親になれば良いのでは? それがあんたに出来る唯一の事だろ……っと悪い、かえちゃん、それと琴音……さんで良いか?」
ま、俺への扱いは酷かった最低な女だが娘の、真炎への愛情だけは本物みたいだからな……それに先週は不覚にも励まされたからこれで貸し借り無しだ。
「お好きにどうぞ、私は……レイさんとお呼びしても?」
俺が頷くと今度は楓が喋り出した。
「ええ、それよりも現当主は……衛刃様で良いのよね……仕方ない、話すわ」
「でも、そー兄ぃは当主に話せって……」
「臨機応変に対応すべき、それに、れー君のいいえレイ君の話が本当なら話すのはあなたが相応しい」
決意を秘めた瞳で彼女が俺を見る。昔とは違い髪は短く色は金色に変わっても、その瞳は強く、過去に見た強い瞳の輝きだった。
◇
「もったいぶらず教えてくれ何があった?」
「お伝え致します。父である当主・涼風迅人は討ち死にしました。母も恐らくは……涼風本家は壊滅状態で現在は兄の早馬が臨時で当主代行を務めています。兄の生死は不明……です。私達は他の三家への救援のために脱出して来たの」
「「「っ!?」」」
「敵は? 妖魔か悪鬼か? それとも……黒いローブを纏った術士か?」
「全部よ……最初は妖魔の強襲が札幌を中心に起きて分家と私たちが接敵、その乱戦の中で函館の本家と連絡が途切れて、本家に戻ると当主が黒いローブの男に、黒くて紫のオーラを出した日本刀の男に心臓を一突きに……」
琴音も楓も辛そうに顔を背ける。俺にはあの女と通じて追放した可能性の有る人間だが彼女らにとっては父親だ。複雑だが仕方ないと思いながら同時に別な事を考えていた。襲撃犯についてだ。
(黒紫の刀……旧代のダークウィンドー……奴まで日本に!? ダークブルーが負傷したから助けに?)
「ボロボロのアニキが残存戦力をまとめて札幌まで後退して、私達は青函トンネルを術で無理やり抜けて後は妖魔と悪鬼の追っ手を巻いて何とか……」
そう言う楓を見ながら俺は邸の周りに気配を感じていた、まだ他の人間は気付いてないようだ。南邸だけじゃない、本邸もか……少しマズイな。今の弱り切った炎央院の家じゃ防戦一方になる。
「楓……まだ逃げ切ってないな、かなりの数が来てるようだ……炎乃華、二人を守ってやれ、自分でやったとは言え結界が無いと、こうまで脆いのかこの家は……」
俺は二人を炎乃華に任せると炎乃海姉さんを連れてすぐに部屋に戻る。幸いにして南邸には未だ敵は出現していない。
だが本邸では黒い影のようなオーラを纏った人外の化け物である妖魔、そして人の負の感情から漏れ出た思念の集合体の悪鬼が炎央院の敷地を囲み始めていた。
◇
俺は着物からいつもの戦闘衣に着替えると同じく隣の部屋で戦闘用の紅い炎央院の家の戦闘衣に専用のプロテクター装備をした炎乃海と合流する。
「気配なんて……いつの間に、まるでステルスね……それに気付いたのは流石ね黎くん。それで? 私が出ても邪魔にならないのかしら?」
「ああ、闇刻術士相手じゃなければ炎乃海姉さんもやれるだろ? 俺のサポートを頼む、炎央院で指示を聞いてくれる人間はあんたか流美くらいだからな」
「なるほど、確かに他は猪突猛進の脳筋ばかり……良いわ。ご指名有難く受けるわ筆頭様、それで見習いのお姉さんに指名料金くらい頂いても?」
冗談っぽくウインクしてくるのはサービスのつもりか、年を考えろと言おうと思ったがこの人もまだ二十六か……そろそろアラサーだな。と、俺の考えがバレる後ろめたさに思わず言ってしまった。
「じゃあ、俺が英国で貸与されている聖具を貸す。それでどう?」
「ほんと? 冗談なのに棚ぼたね……もうっ!! 愛してるわ!!」
「俺は欠片も愛してねえ!! 行くぞ!! まずは左の集団を潰す!! 動きを止めてくれっ!!」
それだけ言うと俺はスカイとレオールを呼び出す。今回は光位術を全開で行く。理由は二つ、一つは早期殲滅、そしてもう一つの狙いは……。
「新しい筆頭か、本当に無能が治ったのか?」
「邪魔だけはしてないでくれると嬉しいわね……」
未だに家中で俺への叛意を隠さないアホ共へ見せつけるためだ。
「さあ、光の継承者レイ=ユウクレイドルの日本での再デビューだ!!」
俺は神の一振りを抜くとPLDSを展開、即座に悪鬼を切り裂く、振り向き様にレイアローを三連射し空の敵を叩き落とす。
「炎雀!! 舞いなさい!! 炎陣散華!!」
後ろでは炎乃海が南邸の付近に炎の壁を展開させ近付く悪鬼たちをけん制していた。炎雀も弱いと評価されても聖霊王の一柱だ。
そこらの術師の聖霊と比べるまでもない。あくまでも比較対象が他の有能な人間なだけで本人や聖霊が弱いわけでは無い。これでも炎央院では五指に入る実力者では有る。
「これなら後ろは大丈夫か……さて、じゃあ俺も炎聖術で行くか!!」
アルゴスを呼び出しながら俺は宝物庫から借りて来た刀の聖具の『炎無』に奥伝の終ノ型を展開する。秘奥義は使うまでもない。並みいる敵をひたすらに切り裂く。戦場には白い炎を撒き散らされ、その度に妖魔と悪鬼が消滅する。
「炎乃海姉さん!! 本邸へ向かう!! 怪我は!?」
「問題無いわ、行きましょう!!」
俺達はそのまま道中で苦戦していた術師を助けながら戦場を突っ切って行く。しかしそれも本邸までで、本邸ではほとんど悪鬼は消滅、妖魔はその体を燃やし尽くされ消し炭にされていた。
◇
「脆い!! 脆いぞ!! 妖魔共!!」
「兄上!! 邸に被害が出ますから力を抑えて下さい!!」
俺達が到着すると本邸の一部が吹き飛んでいて聖霊を召喚しながら自ら戦うクソ親父と術で牽制する衛刃叔父さんが居た。さすがは炎央院のトップの二人で妖魔は殆どが灰燼に帰していた。
逃げる悪鬼も容赦せずに全てを塵に変えると術に巻き込まれていた術師に俺はフォトンシャワーをかけて二人の元に向かった。
「二人とも来てくれたか……しかし、大変な事になった……」
「はい。それもなのですが叔父さん、実は客人と言うか使者が来てまして……」
涼風家が襲われ今度はこの炎央院まで襲われたのだ。早急に対策を立てなければいけない上にこの事件の裏には闇刻術士まで関わっているから急がなければならない。
「すまんな、今はそれよりも目の前の有事だ。恐らくなのだが他の四大家も襲撃された。水森家以外は連絡がつかん」
「水森家とロックウェルも!? なら話が早い。使者と言うのは先ほど涼風の家の直系の娘が二人、保護を求めて来ました。楓と琴音さんです」
「なんという……こちらは先ほどから国のお偉方と話していた所に緊急通信だ……幸いにも兄上が自由に動けるから本邸の被害は兄上自身の術で破壊された箇所だけだ」
「本当に被害しか出さないのな!? クソ親父!!」
「すまんな我が師よ。術のコントロールは苦手でな……」
「そいつは良い事聞いた……今後の課題はそれだな、熱量のコントロールの訓練で肉を焦がさないように焼く訓練とか思いついた!!」
「なんと、お前の祖父と同じような試練を思いつくとは……末恐ろしいな、さすがは我が師よ……」
「はぁ、バカな事言ってないで真剣に……お父様と伯父様には二人と面会を」
呆れた炎乃海に促されて俺は三人と、そして高校で一人で妖魔と戦っていた勇牙がちょうど帰って来たので合流し南邸へと急いだ。
◇
「仔細は分かった。二人は当家で保護しよう……あんなことがあったばかりだ。本邸では難しいだろうな……」
「分かってますよ。こっちで面倒を見ましょう。流美、手配を!!」
そう言うと流美は即座に部屋を出て指示を出し始めたようで廊下が数人の足音でパタパタ聞こえた。
「じゃあ琴音が泊まるなら仕方ない。私も今日からそっちに――――「炎乃華は本邸に私と兄上そして勇牙の四人で待機だ。南邸には黎牙と炎乃海と真炎の親子で二人の護衛に当たってもらう。西邸は他の分家の人間で運用してもらう」
「確かに戦力としてはそれがいいけど……私も……」
数少ない術師の友人が来たのだから話したいのは分かるが公私混同されては困る。と、俺が言ったところ炎乃海姉さんになぜか失笑された。どうして?
「それにしてもレイ君があんなに強くなったなんてね……驚いた」
「楓姉ぇには言いましたけどね? あのサラリーマン強過ぎって」
先ほどの戦闘を見ていたようで当時の俺を知っている楓には驚かれた。一方で俺が倒した時に琴音さんと初対面は背広だったから俺は強いリーマン扱いで逆に驚いた。
「それがレイ君だなんて知らなかったのよ……でも、良いの? アニキは知ってたと思う。それに父さんは主犯……よね?」
「ま、かえちゃんに教えてもらってた情報が有ったから、あの女への対策が取れたしな、炎乃華も術にかかってたのも分かった」
盟友で術の研究仲間だった彼女に風聖師の奥伝を聞いていたので対策を取れた。気付いたのは真炎だが対策を取れたのは情報のおかげだ。
「そうだっ!! 琴音、あなたもあの洗脳みたいな術が使えるの!? あれさえ無ければ私は今頃……」
「奥伝の風の悪戯は裏方の術で、それこそ嵐野家の十八番だから私たちみたいな武闘派は使えないの」
「ふむ、では各々、上の人間だけでも連携は取れるようにならねばならん。皆、それぞれに遺恨は無いかな?」
衛刃叔父さんが俺や炎乃華、それに涼風家の二人を見て、そう締めくくると俺に対策は有るかと聞かれた。その場の全員が俺に集中するのを見て少し考えた後に俺は口を開いた。
◇
「しかし、このタイミングで四大総会を開くとは……」
「戦力を集中する必要が有ります。それに妖魔や悪鬼の存在、俺たち術師の存在を隠すためにも四家での情報共有も必要でしょう」
あれから数時間、疲弊し切った姉妹を客間に通して流美を付けて休ませると炎央院サイドだけで話し合いをしていた。ちなみに炎乃華とクソ親父は途中から寝ていた。
「涼風の『嵐迅結界』が無事だからまだ戦っている術師は健在なはずだ。生きてはいるだろうが……」
「現状では……ね」
「兄さん。救出は……難しいんだよね?」
幸いにして北の大地では膠着状態が続いている事が確認されている。一方で関西では岩壁家の結界『|偉大なる祖国《G r e a t U S A》』と言う名の割と新しい結界が働いているので妖魔や悪鬼は静かになったそうだ。残るは闇刻術士だが、なぜか動いて来ない。千載一遇の機会なのにも関わらずだ。
「勇牙の懸念は分かるが早馬なら自分で連絡くらいして来る。こっちに妹二人を寄こしたんだから生きてれば確実にな。それよりも水森と可能なら岩壁、つまりはロックウェルとの会談の場を持つべきだと思います叔父さん」
「なるほどな……状況が分かってないのが――――「失礼します!! 黎牙様!!」
「流美、どうした? 悪い知らせか?」
涼風の姉妹に付けていたはずの流美が来た。それは下の者が流美の業務を遮ってまでの報告を彼女にしたと言う事だ。そして今の状況下ではそれは良い報告である事は無いだろう。
「岩壁家当主アイザム=ロックウェル様、及び嫡子バーナビー様が討ち死にとの報告……です。謎の黒ローブの術師に敗北とのこと。次席のジュリアス様及び奥方様と他の直系子息様が行方不明との報告が水森家より入りました!!」
最悪の状況……後手後手だ。四大家の内で、まともに動けるのは水森家だけじゃないだろうか……ひなちゃんが居ないだけであの家だけは万全だ。
光位術の実験装置や新結界が相当の効果を発揮しているようで被害報告が無いらしい。相手が闇刻術士ならやはり英国に救援を頼むしかない。俺はすぐにPLDSを起動させた。
誤字報告などあれば是非ともよろしくお願い致します。
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