第41話「炎の皇は三度敗れる、そして継承者の誤算」
「これはこれは奥方様、少しこの女を躾けていただけなのですが? 許嫁を躾けるのも私の役目かと……それより炎乃海が何か話したいそうなので先にそちらを」
「いいえ、それよりも大事な事は他に有ります。まずは炎央院の家によく戻りましたね。さすがは私の息子です」
この発言にキレなかった俺を皆で褒めて欲しい。人間と言うのは怒りを通り越した時には冷静になれると言う話は本当だったようだ。
「はて? 奥方様……私は八年前にあなたに、あの追放の日に『他人』だと言われたのですが? どの口で息子などと戯言をおっしゃるので?」
ああ、忘れもしない、俺は当主にパスポートを渡された後に自室へと戻った。その後に確かに目の前の女に言われた。他人だと、荷物をまとめて家から出て行けと言われた。そして俺に対して母と呼ぶなと言った言葉、絶対に忘れない。
「それは……母として全ては今日と言う日のため――――「戯言を、いまさら母親面とは随分と面の皮が厚いな、叔父さん。これは自白は無理です」
「黎牙、しかし……はぁ、止むを得ん……義姉上、自らの息子である嫡子の追放を誘導し、その命を執拗に狙い、あまつさえ我が娘達を使い家中で混乱を起こした罪を贖っていただきます!!」
叔父さんもやっと腹を決めた。この人も素直に今までの罪を認めた上で背後関係を喋らせるべきと甘い考えをしていた。ちなみに俺はすぐにでも封印牢にぶち込むべきだと主張していた。
◇
「なんて酷い言い草なのかしら、やはり衛刃殿は当主の座を狙っているようですわ。あなた、このままでは……炎央院の家が」
「う、うむ貴様らいい加減に――――「黙ってろ脳筋!! 今、真実を話してやる」
そう言って当主に縋るこの女、どこまで恥知らずなんだ。これで勇牙や当主を愛していたのなら俺にも同情の余地は有った。あればの話だがな……素早く当主の言葉を一蹴して俺は炎乃華に指示を出す。
「茶番はすぐに蹴りを付ける!! 炎乃華!! 準備は!?」
「はいっ!! 黎牙兄さんに言われた通りに録音機で一昨日の話を録音してたんで完璧ですっ!!」
いきなり俯いていた炎乃華が俺の号令で懐から出したのは俺が渡した物で、炎乃華からの告白を聞いた時に万が一、目の前の女が接触して来た用に用意した物だ。
「そんな物、いつの間に……だけど聖霊が介在している限り私は聖霊間での通信では本当の事を語るしか出来ない。上辺だけの言葉など……」
その通り、術を保存したり、それこそ風を扱う風聖術を形有るものに押し込める事など不可能だ。それは概ねで正しいのだが英国本社での最新の技術と光位術の前では旧世代の下位術など脆くも砕け散る現実を目の前の女に教えてやろう。
「そこで我が社の開発した対術士用の録音機なんだよ。炎乃華、再生しろ!!」
『あなたが火影丸を手にしたから悪い、あなたが悪いのよ。いい? 【風の言の葉が紡ぐ全てを受け入れなさい】では明後日、黎牙を会談の場で襲うのよ良いわね?』
『はい……楓果伯母様……』
これが風聖術、戦闘よりも移動や諜報に使える内政の術の本来の使い方だ。英国でもこれに近い事を本社所属の風聖師がやっていた。
「くっ、なんで術の詠唱までが……術を録音したと言うの!? 風の言葉を!! 風の奥伝が捉えられるはずがっ!?」
俺は来日時に涼風琴音に対して涼風の人間に借りが有ると言った件はこの事で昔、炎央院のために風聖術を研究していた。
その際に協力を頼んだのは涼風家の長女で琴音の姉と思われる涼風楓だ。その時に風聖術の奥伝の話も聞いていた。故に目の前の女も使えると踏んでいたので対策をした。
「ええ、残念です。義姉上、炎央院楓果……旧姓、嵐野楓果殿……まさか涼風家が裏で炎央院の内部崩壊を狙っていたとは!!」
そして嵐野家とは涼風家の分家で現当主の涼風迅人の親戚筋に当たる。楓果と当主の関係は、いとこ同士。つまりこれは涼風家から炎央院家に対する内部工作だった。
「そもそも疑問だったのは11歳の子供の炎乃華なら騙されても、今の炎乃華なら安易に騙されるかって話だ。真炎が気付かなければ俺でも見逃してた」
炎乃華と特訓をしたその日、真炎の横に寝かせた炎乃華に対して真炎が変なのが居ると言い出し炎乃華を調べた結果、過去に風聖術による呪縛が掛けられていた事が判明し、今も影響下に有る事が分かった。
恐らくは流美が傍に付いて居なかったと言う数年の間に術をかけられたのだろう。あとは会う度に定期的に術をかけ直していたと言うわけだ。だから今回はそれを利用したのだ。
「炎乃華叔母さん、術耐性が無さ過ぎ~!! の~きん!!」
「ううっ、真炎、オバサンはやめて……あと、脳筋も許して……」
「つまりは風の術による暗示、涼風家の、いや風聖術の奥伝『風の悪戯』だったか? それで炎乃華はターゲットである俺の聖霊力に反応して真夜中なのに突然、俺の目の前まで来たわけだ……残念だったな、炎央院楓果!! お前の奥伝は脳筋には効き過ぎたんだよ!!」
単純な話、炎乃華は暗示に凄くかかりやすい体質だった。それが術の力も相まって効果が倍増していたと言う話だ。
俺が家に戻った際に芳江さん達が一斉に迎えた日に炎乃華もなぜか土下座待機してたのは間の悪い天然だったからでは無く、他の操られた人間を介して術が炎乃華にまで作用していたからだった。
「真炎が術に気付いてからは芋づる式に家中で術を掛けられていた人間は全て解放したっ!? もう家中に味方は居ないぞ!!」
「義姉上、彼らに話を聞いた所、殆どが拉致同然で連れて来た上に家の権力と術を使っての蛮行と聞きました……そこまでして当家を滅ぼしたかったのですか?」
叔父さんの言葉にさすがに当主も驚いたのか黙って俺たちを見ていた。では最後の仕上げだと考えたら、後ろで流美も動いていて準備は万端だ。逃げ道は塞がれた。
「上手い例えでは無いがWi-Fiの電波をパスワード無しで勝手に拾ってしまう癖にセキュリティはガバガバ、つまり炎乃華はフリーWi-Fiスポットだった?」
「誰にでも体を許すとか我が妹ながら情けないわね……体の使いどころが大事なのよ? 女は特にね?」
そう言って特殊メイクを取った炎乃海も立ち上がって俺の横に立つ。その目は少しの後悔と憐憫を合わせたような不思議な目をしていたのだが、そんな事よりも俺には言いたい事があった。
「あんたにだけは言われたくないと思うんだけど?」
「あら? これでも私、男は厳選していたのよ? 楓果伯母様と同じくね?」
最大級の皮肉と言わざるを得ない。なぜならこの女は……。
「本当に、本当に……どこまでも邪魔でいらない子供ね黎牙!! 勇牙のように言いなりならば愛してあげたのにっ!! 私の間違いは迅人様の傍を離れたのでは無く、そこの脳筋に抱かれたのでも無く、あなたを産んだ事だった!!」
そう、この女は炎央院と涼風の両当主を天秤にかけて強い男を選んだに過ぎなかった。十五年間、母だと思っていた人間の化けの皮が剥がれたのを見て俺の最後の希望は完全に打ち砕かれた。
もしかしたら最後は泣き崩れ詫びの言葉の一つでも言ってくれるのではないかと俺はどこかでそんな事を夢想していた。
「本当に八年前の俺は愚かだった。そして母親が早くに他界した炎乃海や炎乃華があんたから教育を受けたのならここまで歪むだろうな……何が将来の奥方教育だ!! 役にも立たない無駄な行為どころか実際はただの術による洗脳とはな!!」
そして、この女に教育を受けていたのは俺だけでは無く母親が亡くなった後の従姉妹たちも同様で、特に炎乃海の価値観はこの女そっくりだ。別に洗脳された訳では無いし炎乃華と違って術の耐性が低かったわけでもない。
しかし強者に惹かれ焦がれる性質は間違いなくこの女の影響だと実感した。なぜなら目の前の女の表情は俺が炎乃海から鍛錬と言う名の虐待を受けていた時とそっくりだったからだ。
◇
「もう終わりだ……今度こそ……終わらせる。炎央院楓果、大人しく縛に付け!! 涼風と炎央院がどうなろうと俺には関係無い!! ただ俺の人生を歪めたお前だけは!! この手で!!」
「そこまでだ……黎牙よ……」
「クソ親父!! あんたも利用されてたんだぞ!?」
俺が拘束のための光位術を放とうとしたら、当主が声を発して立ち上がり俺の前に立ち塞がった。
「どのような形であっても我が妻の不始末……なればこそ責任はワシにも有る……ゆえに黎牙よ、解決のための決闘を申し込む!!」
「二度もボロ負けしたお前と戦う価値など――――「ワシが負けたら当主を辞する……衛刃に家督を、欲しいのなら貴様にも明け渡そう……」
「そんなものは要らない。だが、分かった受けよう……」
この男が当主の事を口にするのは全てを背負う時のみ、それにこれは俺にも都合が良い。叔父さんが当主になれば今度こそ俺はこの家から離れられる。俺達はどちらとも言わず庭に出た。そして俺は後ろに振り向いて言った。
「炎乃華、火影丸をまた貸してくれないか? 今度は鞘から抜けるさ」
「あっ……はい。黎牙兄さんなら必ず、どうかご武運を……」
俺は実の母を拘束している炎乃華から火影丸を渡されると、一瞬だけ躊躇ったが、当たり前のように火影丸の封印を解禁して炎聖術を展開した。
「なっ!? 黎牙……お前、炎聖術を使えるようにっ!?」
「先週使えるようになった……だから、これは俺の炎央院の家への訣別の戦いっ!! 行くぞ炎央院刃砕!! これが……炎央院黎牙としての本当に最後の戦いだっ!!」
俺は炎の力を纏わせて火影丸を自力で鞘から抜いた。もしこれを八年前に出来ていたら俺は何も失わずに済んだのか? 見ると流美が泣いている。炎乃華は逆に笑顔で、あんな顔を見たのは本当に久しぶりだ。一方で炎乃海は何かを諦めたような悟ったような複雑な表情をしていた。
「行くぞ黎牙!! 炎央院当主……刃砕、此度は堂々たる真剣勝負を所望する!!」
そして俺たちは同時に動いた、当たり前だが俺の方が早い。しかし光位術に比べ格段に術の力も落ちていて今回は刃砕の炎障壁に俺の斬撃は防がれた。だが弱くなっている聖霊力のお陰で火影丸が折れる心配も無くなっていた。
「ふむ、これがお前の炎聖師としての力か……中々だな!!」
「これが今の実力だと!? まだまだ上がるさっ!!」
振り向き様に炎を纏う斬撃と左手で炎気爆滅も放つ。至近距離で放たれた術に当主は後退しながら奥伝の構えを見せる。俺も距離を取ると改めて構えた。
「焔の太刀、壱ノ型『炎撫』!!」
「焔の拳……壱ノ構『炎舞』!!」
炎の刀と拳がぶつかり合い文字通り火花を散らす。数合打ち合い互いに距離を取る。これが炎聖師としての戦いなのかと感じ俺はさらに聖霊力を上げて行く。
「次っ!! 焔の太刀、弐ノ型っ!! 『炎陣』……っ!!」
「焔の拳、弐の構……『炎刃』!!」
俺の弐の型に合わせるように当主は弐の構を出す。両腕の手甲から炎の刃が顕現しそれが俺の炎の渦を切り裂いた。同じ土俵に立った今なら分かる。コイツは、この当主は本当に強い……炎聖師としてなら最強と言うのも納得だ。
「聖霊抜きなら次が最後か……焔の太刀、終ノ型『炎殺御免』行くぞっ!!」
「ふむ、ならば……焔の拳、終ノ構『炎滅成敗』うおおおおおおお!!」
奴の奥伝の終ノ構を見るのは今回で二度目だが前回よりも聖霊力は上がっている。前の二戦はいずれも聖霊力が上がり切る前に制圧したので、ここまで聖霊力が上がらなかったのだろう。
「やるじゃないか当主、さすがは『無敗の炎皇』の名は伊達じゃないなっ!?」
「ふっ、ビクビク震えていただけの賢しい無能が、言うようになったっ!!」
奴は青い炎を、俺は白い炎を纏いぶつかり合う。ここで光位術を使えば簡単に勝てるだろう。しかし、この戦いだけは俺は炎聖師として戦いたい。
火影丸を見るが俺の手に馴染む。これを持って俺は当主になれた未来もあったのかもしれないと一瞬だけ下らない幻想を抱いてしまった。
「やはり、決め手にかけるか……認めよう、その力。誇れ、その強さを……お前は炎聖師として当主と同格、否それ以上だ!! 我が秘奥義を受けるに相応しい!!」
「来い!! ならば俺も……」
しかし俺は秘奥義なんて習得してない。終ノ型を習得したら自動的に覚えるものだと思っていたが、そんな事は無かった。ここは俺も秘奥義を出すべきだとは思うが使えないのでただ構える。
「その様子……秘奥には未だ到達してない、か……ならば、いや、そうなのか……なるほどな、フハハハハハ!! よい、行くぞ!! 黎牙っ!!」
「何一人で納得してんだ!! 気持ち悪い!! 行くぞ!!」
目の前の当主は俺が見た事も無い顔をして拳を構えた。俺がこの家に居た時に、この男が笑った顔など一度も見た事が無かった。
「はあああああああ!! 炎の断罪を受けよ『炎滅紅覇の一拳』……これが最初で最後のワシの教えだ……受け取れ黎牙よっ!!」
炎の拳が迫る、弱体化していなければ取るに足らない紅い拳が俺に迫っている。そして火影丸の紅い刀身と真紅の拳がぶつかり合う。光位術を解禁するか?
勝たなくてはいけない、なら勝つべきだ。いつもの俺ならレイ=ユウクレイドルと言う人間なら勝つための戦いを選ぶから躊躇無く光位術で蹴りを付けるはずだ。
「でも……それはダメだ。俺は、あの子に誇れるようにならなきゃいけない!! 向こうに戻った時に誇れる俺であるために……だからっ!!」
「あの機械も今日は外しているな? ならば、ここまでか? 黎牙よ!!」
PLDSも今日はなぜか外していた。どこかでこうなる予感がしていたのかも知れない。緊急の通信はスカイが受諾するから大丈夫だ。そう思った瞬間に、フッと脳内を過ぎるのは決まって英国で待っている最愛の人の笑顔。
見ると炎乃華や流美の横にいつの間にかヴェインが勝手に顕現してジタバタ動いている。スカイやレオールもどこかで見ている気配がする。向こうで出会ったのは彼女だけでは無く聖霊達ともだ。
「俺は、英国に渡って……そして今は、あの子のために戻って、だから!!」
ああ、なら答えは出ている。勝つさ、因縁も過去も全ては、あの日に出逢った彼女のために……俺は誇れる人間として彼女の元に帰らなきゃいけないのだから。その瞬間、脳内で自然と、そして当たり前のように俺はそれを習得した。
「その顔……至ったか……黎牙よっ!!」
目の前の当主は警戒するように距離を取ると再び構えた。そして俺の中では、まるで秘奥義を最初から知っていたかのような不思議な感覚が体中を駆け巡った。
「行くぞ炎の断罪を受けよ!! 黎牙っ!!」
これが俺の秘奥義? それは流れる白い一筋の光、その中で儚く、けど強く咲く一輪の花。イメージは彼女しか有り得ない。だから自然と口が動いていた。
「焔の太刀、秘奥義、行くぞ……『白綾目へ捧ぐ軌跡-B e l o v e d ・ I R I S-』これが、俺の八年間……」
火影丸に白銀の炎が巻き起こり、その炎がまるで花びらのように舞い散る中で白銀の刀と真紅の拳がぶつかり合う。
「きれいな炎、ですね……」
「白炎……でも私のと違って光ってる、白より銀色に近い?」
「へぇ、白アヤメ……ね」
白銀の炎が巻き起こる中で、なぜか呟いた流美や姉妹の声が自然と聞こえた。まるで辺りが無音のようになって俺の耳には届いていた。
「ぐっ……見事、奥伝を抜け秘奥を……得たな、黎牙……お前が、ちゃく――――」
目の前の当主……いや、俺のクソ親父はそう言うと白銀の炎に包まれ倒れた。青い炎の鎧も真紅の拳も白銀の炎に飲み込まれ炎央院刃砕、炎央院家当主はここに息子である俺に三度目の敗北を喫した。今度は文句など付けられない完璧な敗北だった。
◇
その後は早かった。当主と言う守りを失い、さらには四大家の風の大家と謀反を図った者に味方は誰も居なかった。そして俺の母だった人間を俺と炎乃海が封印牢に連行する事になった。
「本当に親不孝な子供ね黎牙……」
「…………」
「自覚が有るから黙っているのかしら? 今さら嫡子としての力を得て、さぞ気持ちいいでしょうね……実の母をこんな牢獄に入れて満足なのかしらっ!? あなたが早く目覚めていればっ!! 目覚めていれば私は本家に助けなど、そうよ……炎乃海と炎乃華も不幸にならなかったっ!? そうでしょう? そうよ、そうに違いないわっ!! 私は―――」
「伯母様……」
言いたい事は腐る程有ったのに目の前の惨めな人間を見ると怒りより憐みが先に立った。本当にこの人は俺の事など見ていなかったのが分かって悲しくなった。
今さら嫡子や当主になんて返り咲いて俺に何の得が有るのか……ただ壊れてヒステリー気味に騒ぐ女を無言で牢に入れると俺と炎乃海はその場を離れた。
「ふぅ、それにしてもヒドイ匂い……勝ち馬に乗らなければ私もあそこで幽閉とかゾっとしないわ。そこは感謝してるのよ?」
「そう、だな……」
過去の清算と復讐、いや当然の報復をしただけなのに俺の心は少しも晴れなかった。あの女の最後の言葉が耳から離れなかった。
「外の空気は美味しいわね? お父様を牢にぶち込んだ時はスカッとしたけど、あの環境に一週間、さすがに悪い気がして来たわ。謝ろうかしらね?」
「ああ……」
「はぁ……黎牙!! 昨日まで散々とリハーサルしたでしょ? 私や炎乃華もあなたの復讐劇に付き合ってあげたわ。これはあなたの望んだ事、違う?」
そうだ。俺はこの三日間、証拠集めや証人の保護それに今日の炎乃華や炎乃海との打ち合わせを経て自分の母を追放し幽閉する事を誰よりも望んでいたはずだ。
「そう……だな……いや悪い、少しだけ感傷に浸ってた」
「私はね伯母様は失敗したって思ったの。でも私は失敗しない、真炎をキチンと炎央院に相応しい人間に育ててみせるわ、あ・な・た?」
本当にこの女は逞しいな、だけどこの気遣いは有難い。この女にしては今日は妙に優しい気がして、でも今回はそれに乗る事にした。
「ま、既に内縁とは言え元旦那を島送りにしてバツイチでシングルマザーとか盛大に失敗してるような人生の先達が言うと説得力が違いますね? 炎乃海姉さん?」
「うるさい。これからよ、真炎と言う優秀な子さえ居れば私は――――」
やたらと無駄に真炎の将来について語っている辺り色々と考えては居るのだろう、ただ最近少し気付いてしまったのは炎乃海と、あの祐介の子の真炎はネジが一本抜けているような気がしないでも無い。基本的には悪い子では無いのだが色々と不安だ。やはり父親が居ないのも不安の種らしい。
「だから模範となる大人の男を見せる必要が有るのよ。あの子にはね?」
「……ま、頑張ってくれ。俺も今は大事なつ――――「黎牙兄さん!! 姉さんも急いで戻って下さい!!」
俺が「妻のアイリスが」と続けようとしたら慌てた様子の炎乃華が来たので南邸に戻った。そこに居たのは当主、いや元当主だった。何やら叔父さんと言い合いをしている。まさか、当主をやっぱり辞めたくないと言って駄々をこねているのか?
「おい、元当主いい加減に叔父さんに迷惑かけんな!!」
「黎牙違うのだ……正式な事は後日なのだが、兄上は私に全権を委ねてくれると言ってくれた……のだが、な……その」
「うむ。相違無い。衛刃よ、これからの炎央院を頼んだ。ところで我が師、黎牙よ。明日からの修行なのだが……」
ん? 今なんか理解不能な言葉が聞こえた気がした……幻聴か、いや母親を追放したショックでさすがに光の継承者の俺であっても精神的負荷がかかってるのかもしれない。そうに違いない。
「その、黎牙兄さん……伯父様は先ほどからこんな感じで……」
「幻聴じゃない……だと……」
炎乃華がアタフタしているから取り合えず火影丸を返してやると少し落ち着いたので炎乃海姉さんに任せると俺は問題の元当主を見た。
「簡単な事だ。貴様に敗れたのだから、貴様に師事し貴様を越えれば良いだけ!! よって明日からワシはお前の弟子だ!! 何の不思議がある黎牙、いや我が師よ」
「さっぱり意味が分かんねぇよ!! クソ親父っ!!」
その発想に至る過程が意味不明なんだよ!! 取り合えず混乱した俺はレイキャノンで目の前の男を吹き飛ばした。
誤字報告などあれば是非ともよろしくお願い致します。
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