第3話「明かされる本当の歴史と黎牙の秘密」
「その、黎牙は聖霊使いの歴史をどこまでご存知ですか?」
「聖霊使いの歴史って始祖の四大聖霊帝と契約したって話の事かい?」
始祖の四大聖霊帝、そもそも聖霊には位階が存在している。最下位が聖霊魂、聖霊獣、聖霊王、そして最上位が聖霊帝だ。ちなみに聖霊帝とは初代の『聖霊使い』以外は誰一人として契約が出来ていない。
(俺は聖霊魂とすら契約出来なかったけどな)
そもそも聖霊使いは聖霊と契約する事で初めて術を行使する事が出来る。俺が失敗した試練はあそこで襲われた犬の聖霊獣と契約するのが目的だった。ちなみに俺以外は皆あそこで聖霊獣と契約に成功している。父は聖霊王、母は聖霊獣と契約している。
「なるほど……やはりそう言う認識なのですね」
「アイリスも聖霊使いなのは分かるんだが、俺はご覧のように無能で、見る事しか出来ないんだ」
「無能!? あなた様が無能なら全聖霊使いは等しくそれ以下ですよ!?」
いきなりアイリスが声を荒げて激昂した。どちらかと言えばお淑やかで、お嬢様っぽい彼女が感情をむき出しにするのを見るのは二度目だ。俺が驚いているのを見て彼女はコホンと軽く咳払いをして落ち着きを取り戻すと話を続けた。
「そうでした。失礼しました。確かに今の黎牙様いえ、黎牙は能力が覚醒されておらず、そのように見えてしまいますね……ですが、これも全て試練なのです」
「いや、アイリス。そう言ってくれるのは嬉しいが俺は聖霊獣と契約すら出来ない無能だぞ?」
「それは今の時代で四大聖霊などと言われている下級聖霊との契約ですよね? では話を戻しますね。まず黎牙様……すいません。やはり私は呼び捨ては……その、難しくて……」
そんなに難しいのだろうか? 英国なら、そもそも日本以外の諸外国では敬称を付けるのすら本来はしないはずで、そのことに疑問を持っていると彼女が口を開いた。
「その……実は私の祖父は日本人で昔は病弱で療養のために日本で育ちました。イギリスに来たのは四年前で、どちらかと言えば日本人に近い感覚がありまして」
「なるほど、クオーターだったのか。じゃあ俺はアイリスさんと呼ぶから、俺を『さん』付けにしたら――――「だっ、ダメです!! アイリスと呼び捨てでお願いしますっ!! それと私はご提案通りに黎牙さんとお呼びします」
「良いのか? なんか俺だけ呼び捨てだと変な気もするんだが……」
その後も押し問答があって結局俺は呼び捨てで、アイリスは俺をさん付けで呼ぶ事で決着した。そしてそこでさらに衝撃の事実を知った。
「え? アイリスって一四歳なの?」
「はい。黎牙さんは一六歳ですよね? なので目上の方を呼び捨てにするのは抵抗が……」
俺の見たところアイリスはどう見ても同い年か年上くらいで、背もこの年の女性としては高い方じゃないだろうか? 俺と並んでも一〇センチも差が無いように思う。
「俺は気にしないけどな、年下でも俺は『無能』とか散々言われたし……ここ五年間は人間扱いされたか怪しいもんだった」
「そんな……下級聖霊の使い手如きが継承者を……やはり歴史が……黎牙さん、先ほどの四大聖霊についてのお話以上の事はお聞きになって無いのですね?」
「ああ、始祖たる四大聖霊帝が契約して歴史が始まったと聞いてるけど……」
まるで彼女の態度はその歴史自体に何か間違いがあるような態度で、しばし頭を抱えた彼女が話し出すのを待つことになった。
「すいません。思った以上に下級聖霊が神格化されていたので驚いてしまって……では黎牙さん。今からお話する真実の歴史をお聞き下さい」
分かったと頷くと彼女は一呼吸置いてゆっくりと話し出した。なぜか落ち着く声のトーンで自然と耳に入ってくるのが不思議だ。
「まず、四大聖霊が人間と契約したのは約四〇〇年前です。そしてそれまで彼らはこう呼ばれていました。『下級聖霊』と、そして『上級聖霊』と呼ばれる者達が居ました。それが『光位聖霊』と『闇刻聖霊』です」
それは余りにも衝撃的な話だった。俺達が崇め、共に生きて来た存在は実は下位の者達で、より上位の存在がいるという余りにも荒唐無稽な話だ。俺が実家の炎央院の家で伝え聞いていた聖霊の歴史とは違い過ぎた。
「驚かれるのも無理も有りません。この歴史は四〇〇年の間に失われた歴史なのですから……そもそもの発端は一〇〇〇年前と言われています。それまでは光と闇二つの力が互いに拮抗し、時に力を合わせ世の平穏を保っていたそうです。
しかしその均衡が崩れた。闇が、人々の心が負の感情に支配され闇の勢力が暴走を始めたのです。そこで光位聖霊は暴走する闇刻聖霊たちを抑えるために、自らの力の一部を分け与えた下位の聖霊たちを作り出し対抗し出したのです」
「それが四大聖霊の始まりなのか?」
「ええ。それが六〇〇年前と言われています。その後から術士の在り方も変わりました。光の力の一部を授けられた彼らは従来の光位術士とは違い聖なる力と元素の力を合わせた力を与えられ、光位術士とは違う『術師』と言う名を授けられました。そして彼らは自らをそれぞれ炎聖師・水聖師・風聖師・土聖師と名乗り始めたのです」
「それが俺の知っている術師の始まり……だと?」
「はい。そうして四大聖霊の投入により光と闇の戦いは、より熾烈を極めました。その戦いでは四つの聖霊と術師はあくまで光位聖霊や光位術士の補佐と言う扱いでしたがサポート受けた光側は徐々に戦況を好転させたのです。そして私たちの先祖と光位聖霊たちは闇刻聖霊とその一派を討滅、一部の封印に成功したのです」
そこで彼女は一息付いて水をコクコクと飲んだ。所作が洗練されていて育ちの良さが伺えた。俺も実家では会食時の簡単なマナーなどは家の躾けで覚えているが彼女はそれ以上だ。一朝一夕で身に付けたものではないのが分かる。
「しかし闇刻聖霊や術士を封じた際にその力を我ら光側も力を大きく喪失し、光位聖霊や術士も長く続く戦いで多くが失われました。そして光位聖霊の神の称号を持つ『光聖神』は配下の四大聖霊神に力が戻り再び自分が人類を守護出来るまで、その四柱にこの星の守護を託しました。そして四柱の使いの下位の聖霊たちが人に手を貸した。それが四大聖霊帝と呼ばれている聖霊たちです」
「そんな事が……でもアイリス、君は光位術士と言ったよな?」
「はい。私たちは生き残った光位術士の大家の一つ、その末裔で光位聖霊たちが蘇った際に戻れる場所として在り続けるよう光聖神に託された家系です。そして教えを密かに守り受け継いだ家系でも有ります。世界中で私たちのような家は多くありませんがそれでも世界に散らばりこの星を守護しています」
それがもし本当ならば俺の今までの認識は全て間違っていたことになる。ただし本当ならばの話だ。だから俺は率直に疑問に思った事を聞いてみる事にした。
「だが光位術士が存在しているのはおかしいんじゃないか? 光位聖霊が居ないと君たちは術を使えないのでは?」
「はい。確かに光聖神は力を失い光位聖霊は眠りにつきました。二〇〇年前までは……。光聖神以外の光位聖霊は復活し我が家を含めた光位術士の家に契約を求め戻って来てくれたのです。しかしその時には下級聖霊たちが世に出て少しづつ馴染んでいる最中でした。私達の先祖は光位聖霊たちと交信し光聖神が蘇るまで下級聖霊たちに引き続き世の平和を守る仕事を預ける事にしたのです」
「なるほど……それでか……」
聖霊使いが歴史の裏で暗躍し始めたのは世界大戦中、つまり約一〇〇年前前後のはずだ。それより前は組織作りをしていたと家の書物で読んだ覚えがある。確かに時期は一致していたと納得しているとアイリスの話はまだ終わっていなかった。
「しかし、世の平穏を保つ仕事を彼らに任せておくことが出来なくなり始めたのです。黎牙さんを襲撃したあの者達は闇刻術士です。私たちの家系の復興と同時に彼らもまた封印の綻びから一部が復活し、また新たなる使い手達や私たち同様に生き残った者が世界に悪意を生み始めたのです」
「あいつらが……だから俺が見た事の無い術を、あれが闇の聖霊術……並みの術師の最大出力の技くらいの威力だった」
「あの闇刻術士はアフター世代、封印後に覚醒した家系の者たちで……言い辛いのですが彼らの中では最下級の術士に当たります」
あれで最下級と聞いて驚いた。自慢じゃ無いが俺は実家で門下の人間や他の同期の弟子たちに術の的にされていたので奴らの術の威力の比較が出来た……『術師』と『術士』の力の差は圧倒的だった。
「それは当たり前ですよ。下級聖霊と上級聖霊は言わば神と人間の関係性に近い者です。その差は歴然、純粋な光と闇の前に他の四元素は霞んでしまいます」
「でも普通、あくまで私見なんだが何か足したら力が上がったりはするものじゃないのか?」
「確かに一般的に何かを掛け合わせたら強くなる場合も有りますが光と闇に関して言えばそれは真逆です。不純物が混じる事により光と闇はどんどん劣化します。その結果、完成した術体系こそが四大聖霊やその術なのです。
そもそも我ら術士の従者だった者達でも契約し術を使えるように調整された聖霊が四大聖霊ですから力はかなり下げて創造されているのです。言わばコントロールのために弱体化されているとお考え下さい」
そこまで差が有るのか……そして四大聖霊は誰でも簡単に使えるように弱体化されている。だけど俺は術師にすらなれず聖霊術を覚えられて無い……俺の存在はそれ以下なのか。
思わず気分が重くなる。俺の表情でそれを察したアイリスが俺のベッドに腰掛けて近づくと再び俺の手を両手で握った。
「何かまた不穏なお考えをしているご様子ですが、それは違うと言わせてもらいます。なぜならこれだけの光位聖霊があなたの周りを守護しているのですから!!」
アイリスに言われた瞬間、病室中が眩い輝きに包まれる。こんなにキラキラ光っているのに目を開けていられる不思議な光景だった。
そこには無数の光の聖霊たちがいた。白い犬や猫の聖霊獣、さらに大型の鷹や獅子などの聖霊王と思しき者達、さらに人型の見た事無い聖霊まで居た。
「彼らは光の聖霊帝、光聖神に指示を仰ぐ事の出来る存在です。そして黎牙さん、彼らは光聖神からの直接の加護を受けた『光の継承者』であるあなたとの契約を望んでいる聖霊たちなのです」
「俺と……契約? こんなに多くの光位聖霊たちが俺なんかと?」
俺はその光り輝く光景を目にしながら同時に目の前の少女から目が離せなくなっていた。
「はい、ずっと、あなたをお待ちしていました。継承者様……」
彼女の青く透き通る瞳は万感の思いの成就と、まるで昔から俺を待っていた達成感のような不思議な色をしていて、その目に俺は吸い込まれそうになりながら同時に妙な郷愁も覚えていた。
「驚かれましたか? 『光の継承者』はその強大過ぎる力を暴発させないために、この地へ対となる私『光の巫女』の元へ来るまでは、ほとんどの力を封印されているのです。あなたが今まで聖霊を見る事は出来ても契約も出来ず、術を行使出来なかったのはそれが理由なのです」
そんな事が……そう言えば一門の長老や祖父も不思議がっていた。ただ父や母を中心とした急進派の実力主義者の連中は歯牙にもかけないで助言を一蹴していた。つまり俺は今まで能力の大半を封じられて生活していたということになる。
「ですが光聖神の加護ですらあなたの能力を完全に封じる事が出来なかった。本来なら黎牙さんは全ての能力を封印されているはずでした。しかし剣技や霊視それに研ぎ澄まされた聖霊感知能力は封じられてもなお健在だったのです」
俺の剣技や小さい頃から聖霊が見えていた事、そして一門の連中に追い回されて術を避ける事が出来たのは全て俺の能力の一端だったと言う事なのかと思わず疑問を口にしていた。
「はい。ではお尋ねしますが、あなたと同じ事を聖霊術無しで行使出来た者が他に居ましたか?」
「えっ? いや、親族は誰も出来ないし、俺は一門の連中に剣術と逃げ足だけは炎央院で最強とか言われてたな。じゃあ俺も聖霊術さえ使えたら?」
俺はずっと術が使えない無能として扱われていた。だが冷静に考えてみたら術も使えないのに術師と劣勢とはいえ渡り合い、稽古試合が出来ていた時点で異常だった。俺は長年の虐待やイジメでその事に気付いてなかった。
「その通りです。一門どころか黎牙さんは光の側の聖霊使いの頂点に立つべきお方で、今まではその『試練』のために力を封印され本来の力を封じられていたのですから!!」
そう言うとアイリスの手から光の蝶が羽ばたき、それを見て俺は思い出していた。これは旅先で俺が危機に陥ると何度か羽ばたき道を示してくれた蝶。その羽ばたきに合わせて謎の声が聞こえていた。
「待ってくれ、この蝶の聖霊と、あの声は……君だったのか。俺が追放されて震えていた時に温かい言葉を届けてくれたのは……それに旅先で俺が折れそうになる度に助けてくれたのは!?」
「良かった。届いてたのですね……私の祈りが……届くように毎日お祈りをしていました。私に許されたのはそれだけでしたので……本当はすぐに、あなたを……お助けしたかった……っ!!」
そう言うと彼女の目からまた涙が溢れた。アイリスは意外と泣き虫のようだ。確かにこうやって見ていると今まで大人びて見えた彼女も少し幼く見えるから不思議だった。彼女は泣き止むとまだ目を赤くしたまま話を続けた。
「これこそが……光聖神の最後の試練でした。生きてこの地に、光位聖霊の発祥の地にしてかつては『ロンディニウム』と呼ばれ、今はロンドンと呼ばれるこの地へ黎牙さんご自身の足で辿り着いてもらう事、それこそが『光の継承者』の試練でした。それまでは、いかなる光位聖霊も手は貸してはならず、対となる『光の巫女』も宣託に従いあなたへは最低限の事しか手を貸してはならないと言う試練でした」
「なるほど、そうだったのか」
「申し訳っ……ございません……私はっ――――「君の声が聞こえた時、心が温かくなったんだ……だから俺の旅にはこれ以上無いくらい必要で大事なものだった。アイリスの助けが無ければ俺の心は間違い無く壊れていた……だから……アイリス、俺を見守ってくれて、ありがとう」
心が折れず、今日まで生き残れたのは間違い無く彼女のお陰だ。俺のこの一年間の放浪の旅は彼女と出逢うためのものだったのかも知れない。そう思うと俺は彼女の手を握り返して心に決めた。俺のこの命は彼女のために使う。世界平和はついでだ。彼女のために戦うと決意した。
そして俺はこの日、新たなる誓いと共に最高のパートナーを得て再始動する。光の継承者として、最高位の光位術士として復活の兆しを見せ始めた闇刻術士との戦いに正式に参戦する決意を固めたのだった。