第36話「炎の巫女の謎、継承者は過去と向かい合う」
◇
「では叔父上、私は戻ります。何かあれば連絡を頂ければ」
「ああ、分かった。此度は真に申し訳なかった、我が身が不甲斐無いばかりだ」
「お気になさらずに、叔父上への恩をお返しするだけです。曲がりなりにも15年も俺が生きて来れたのはあなたのお陰です。本当に感謝しております」
そうして邸を離れようと俺は壊した正門を踏ん付けて外に出た。するとタイミング良く赤い外車が横付けされていて、そこからダークグレーのスーツに着替えた炎乃海が降りて来た。
「送るわ」
「結構だ」
「え~? 一緒にハンバーガー!!」
見ると車の後ろの窓から真炎がこっちを見て騒いでいる。可愛いなぁ!!もうハンバーガーでも何でも……いけない、これは罠だ。最近は本当に俺は騙されている。だけど真炎ちゃんには応えてあげたい。
「いや、しかし他にも用があって、また――――「レイおじさん……今すぐって、言ったのにぃ……」
「真炎、レイおじさんは照れてるだけよ? そうでしょ?」
「ああっ!! そうだよっ!! 真炎ちゃんからのお誘いは喜んで受けるよ。じゃあ一緒に行こう」
そう言って炎乃海を睨みつけるが奴は苦笑して車に乗った。俺は後ろに乗ろうとしたが助手席にと言われそのまま座る事になった。
後ろを見ると真炎がホーちゃんこと小型化し偽装している鳳凰と戯れていて、それを見ていると炎乃海が口を開いた。
「まずは礼を言うわ、黎くん……」
「今さらあんたに言われてもな、それに真炎ちゃんのためで、あんたはおまけだ」
「それでも命の借りは出来た。だから許嫁の件は一旦保留にしておくわ」
「一旦ではなくて永遠に諦めてくれ……それで本題は?」
そこで赤信号で止めると炎乃海がこちらを見てフッとため息を付く。そして自信満々ないつもの顔とは違っていて困惑顔を浮かべていた。
「ええ……その、真炎がね、ハンバーガー食べたいってうるさいから、おススメの店を紹介してくれないかしら? 店舗が多くてよく分からなくてね」
「え? いや、テキトーな店に入れば良いんじゃないのか?」
「いえ、だから予約は必要じゃないのかしら? 一応は和服はまずいと思って正装をしたのだけど……」
ん?どう言う事だと一瞬考えた後に俺は気付いてしまった。まずはこの運転している女だが学生時代から車で送り迎え、高校では成績は悪く無く大学進学を勧められたが我が家の脳筋の一言で諦めたという経緯が有る。
俺がまだ家に居た時の高校時代この女は家にこもって術の研究や男漁りをしていて家の外ではアクティブな生活をしていないかった。つまりコイツは……。
「そう言えば、忘れていたが一応は箱入り娘の世間知らずだったな」
「はぁ? あのね黎くん。私はこう見えてもデートの回数はあなたを含めて三桁を越えているのだけど?」
「ならその中にカフェでお茶した事は? 昼にファストフードは? バーで飲んだことは? どうせ高級レストランか料亭か、そう言う所でしかデートしてないだろ?」
「は? そう言うものでしょう? 会食をして最低限の人柄を見極めて使えるか判断する。使えそうならより親密に動くだけよ」
そう、コイツも炎乃華も一応はお嬢だ。俺もかつては嫡子、お坊ちゃまだった。この女との形ばかりのデートはそんな所で会話をするだけ。それも次第に無くなり俺の方は炎央院の恥とされていたので流美と一緒に外に出て色々していた。
そして英国でアイリスと運命の出逢いを果たした後は二人で様々な所にデートへ行った。楽しかった今でも大事な思い出だ。しかしコイツら姉妹や勇牙は今の発言でも分かるが、行きつけの場所での会食がデートと言う認識だったのだろう。そう言う意味では引きこもりより性質が悪い。
「ま、折角だ。真炎ちゃんをジャンクフードの悪い世界へご案内しよう」
「悪い世界って……あなたね、さすがに真炎の教育に悪いのは……」
「わ~!! 真炎、ワルになる!! そして母様も消す~!!」
信号が青に変わり仕方無しに動き出すが後ろの従姉の娘が物騒過ぎるんだが、横を見ると運転席の母親は意外と余裕そうだ。これが母親としての余裕なのか?
その割にさっきは錯乱して暴走してたよな……そんな事を考えていると、いつの間にか俺の宿泊先のホテルに到着する。おかしい、俺はホテルの場所を教えて無いのだが。
「日本での行動は全部調べたもの……流美に出来て私に分からないとでも?」
「はいはい、んじゃ待っててくれ着替えてくる」
「あら何言ってるの? 荷物をまとめるから私たちも行くわよ?」
何を言ってるんだコイツは? そして後ろの真炎がニコニコしてる可愛い。いけない、また騙されるところだった。
「いや、待てよ俺は――――「まさか毎回車で送り迎えがご希望かしら?」
「そ、それは……そもそも俺には術が――――「あんな大出力の移動術をバカスカ使ってたらそれこそ結界に綻びが生じる事くらい貴方なら分かるわよね?」
そうだった。戦闘以外では英国ですらレイウイングは使用禁止されているのもそれが理由だ。それを俺は日本で普通に使っていた。
今にして思えばこの間の闇刻術士相手に使ったシャイン・ミストも負荷をかけていた原因なのではと考えが過ぎった。
「レイおじさん?」
「一応聞かせてもらおう、俺の逗留先として用意してくれる場所はどこだ? スイートルームなど望まないから適当なホテルに、何なら民宿でも構わない」
「分かってて言ってるわね……炎央院の家に決まってるでしょ? あなた私や炎乃華ばかり気にしてるけど家に一番に戻したい人が誰か忘れてるんじゃない?」
流美か、それとも当主か……勇牙の可能性もじゅうぶん有り得るだろう、そこまで考えて俺は盲点に気付いた。
「あっ……叔父さん……」
「やっと気付いたのかしら? 口と態度は違う、お父さまは貴方を尊重はするでしょうけど本音は今も戻したいに決まってる。じゃなきゃ私と真炎をあなたに付けるなんて賭けをすると思って?」
そうだった他ならぬ叔父さん本人から家中での一番の味方は自分で、他は全て敵と思えと言われていた。俺は英国で仲間の大切さや絆、それに多くの出会いと別れを繰り返した事で判断が大幅に鈍っていた。いや炎央院の考え方と乖離していた。
「確かにな……それで? それを話す狙いは?」
「ふふっ、それはハンバーガー? でも食べながら話しましょうか?」
口元には笑みを、しかし目は笑わずにこちらを見る従姉で元許嫁の女の意図は相変わらず分からないが一つ分かるのは、この女は俺の利用価値を見出して交渉をしたがってると言う事だ。
俺にはそんなものは無い、無いのだけど、下からの視線が痛い。それはもちろん目の前の女の可愛い娘だ。
「ほんと嫌になる……俺は自分が嫌いで仕方ない」
「奇遇ね、私もよ?」
それだけ言うと部屋番号どころか部屋の鍵もさっさと開けて俺の荷物を勝手にまとめフロントに戻ると、チェックアウトを終わらせたそうだ。しかも俺のレンタカーまで勝手に手続きをしやがったせいで、いよいよ俺は付いて行くしか無くなった。
◇
「母様~!! 早く!!」
「真炎、待ちなさい!! はぁ、今のあの子なら大概は大丈夫かしら」
「そう言って面倒を見ないのは虐待の始まりだ。さっさと行くぞ」
真炎ちゃんに続いて俺達二人もアメリカに本社が有る有名なファストフードの店内に入ると炎乃海は顔を顰めた。
「これは……私への嫌がらせなのかしら?」
「いいや庶民の普通の昼の光景なんだが?」
「そっ……人が多いわね」
「母様!! レイおじさん早くぅ~!!」
ちゃんと列に並んで待ってる真炎ちゃんエライ、一方で炎乃海はこう言う場所に来た事が無いのかそわそわしている。この女はうるさい場所が好きでは無く、人が多いだけで不機嫌になったりしたのだが今回は少し違うように見えた。その後は少し悩んだが店内では落ち着いて話も出来ないので、歩いて近くの公園のテーブル付きのベンチで三時のおやつとなった。
「テイクアウト、か……なるほど確かに便利ね」
「母様、おいしい~!!」
「そう、じゃあレイおじさんにお礼を言いなさい」
頭を撫でながら意味深にこちらを見る炎乃海に若干警戒はしているがそれよりも真炎ちゃんの笑顔が可愛くて癒される。うん、俺の分のナゲットとポテトも、あ~んしてあげよう。
「は~い、レイおじさん、ありがとうございま~す!!」
「どういたしまして……はい、ご褒美だよ~」
「おいひぃ~!!」
リスみたいに口の中にいっぱいに入れてる可愛い……よく見ると頭上では梟モードの鳳凰も喜んでいる感じで飛んでいる。聖霊は主人と心が繋がっているから、たまに感化されてあのようになるとは聞いた事が有るが初めて見た。
「ほら真炎、口にケチャップが……はしたないわ。拭いてあげるから来なさい」
「は~い」
口を紙ナプキンでふきふきされると、またモグモグ食べ始める。ずっと見ていられる、この光景……そう言えばアイリスとも最初の頃はこう言うデートが多かったな。
「味が濃い……のね、でも、ふむ片手で食べられるし悪くない……か」
「お気に召しましたか? 炎央院のお嬢様?」
「そう言われなくなって五年は経つわね……それじゃあ本題に入りましょうか?」
そう言って炎乃海姉さんはコーヒーを一口飲むとこちらに向き直り姿勢を正した。この人の今のような動きは公私を分ける時にしていたはず、ルーティンみたいなものだと思う。
「では単刀直入に、狙いは何だ? 炎央院炎乃海、殿」
「あなたが欲しい……怒らないで冗談よ。欲しいのは情報よ」
「情報ね、俺の現状か、それとも俺の力か?」
「違う……『炎の巫女』とは何?」
それを聞いた時に目の前の俺を追放した女の顔を改めて見る。いつもの人を食ったようなふざけた顔では無くて真剣な顔。
「話すのは難しいな……この件は衛刃叔父さんにまずは――――「母親である私に話せないのかしら? それは、私に資格が無いから?」
「違う。単純に俺の気分だな炎乃海殿?」
「黎くん、ふざけないで、私は――――「俺の仲間の乗った機を、炎核の術を起点にして狙撃しようとした女の言う事を信用しろと?」
あの空港での戦いで俺は空港の中をレオールに巡回させて、炎核の術を起点にしてエンジン部を狙撃をしようとしている術師を見つけていた。それは炎央院の配下の炎聖師で恐らくは目の前の女の指示だろう。
「そう、そこまでバレたわけね、当然か」
あの時に目の前の女は『罠の後に罠がある』と言っていた。その前に俺は偶然にもPLDSと聖霊を介して奴の奇策に気付いた。
だからスカイをフローに預けて機体全体に光位術で光のコーティングを施し一時的に機体を光速の速さで上空まで無理やり飛ばした。一種のワープのような術で、だからフロー達は昨日かなりの無理をしたはずだ。
「ああ、炎核の術は発動まで時間がかかる。ならコクピットなんてバレやすい場所に設置はしないし、普通は時間稼ぎをするはずだがそんな事は無かった。つまりは別の狙いが有る、そしたら偶然にも俺の聖霊がお前の配下を補足したんだ。弓の聖具を準備していた奴をな?」
「そう、だけど、真炎には――――「関係無いか? あの機は俺の命より大事な仲間や物が乗っていたんだ。悪いがそれに比べたら真炎でも軽いんだよ炎央院炎乃海」
「それは……なら何か取り引き――――「一切応じない。聞く耳はもたない」
「真炎、軽いのぉ~?」
ポテトを食べながら鳳凰と戯れていた真炎がこっちを見て来て少しだけ罪悪感を感じるが、譲れない。そう言えばあれから皆からの連絡が無い、PLDS経由で英国からそろそろ連絡が来てもいいはずなのにな。
「ごめんな、でも大丈夫、真炎ちゃんに悪い事は起きないからな?」
「大丈夫だよ!! 真炎強いもん!! 母様より強いから!!」
「ふっ、違いないな……真炎ちゃん、ナゲットだよ、あ~ん」
そうして大きく口を開けた真炎にナゲットを食べさせた後に頭を撫でて膝の上に乗っけると真炎の頭の上に鳳凰が乗っかって器用にバランスを取っていた。
「一つだけ教えておくが決して悪いものでは無い……それ以上は衛刃叔父さんとの話し合いに同席してもらえば教える。それだけだ」
「そう、分かったわ……」
「こちらからも要求が有る……八年前の俺の追放について、いくつか聞きたい事が有る。事実のすり合わせがしたい」
◇
真炎が俺の膝の上で舟をこぎ始めたくらいで陽は少しだけ落ち始めた中で、俺はついに切り出した。俺は炎央院の味方では無くて叔父さんの味方だ。だから当初は炎乃華や勇牙を支援し、流美を援護しようかと考えていた。しかしそれはかなり早計だった。
「なぜ、それを聞きたいのかしら? 私があなたを暗殺するために追っ手を差し向けた。そしてあなたは生き残った。むしろ私の方が聞きたいわ、どうやって生き残ったのかをね?」
「流美に聞いてはいたが、やはりお前か……本当に何度も何度もしつこかった」
中国で途方に暮れていた時に刺客から必死に逃げた。あの時は無我夢中でよく覚えていないが後でアイリスの介入があったと聞いていた。今思えばあれが俺達のファーストコンタクトだったのかもしれないと思っていると炎乃海が意外な事を言い出した。
「何度も? 私が送り込んだのは一度だけなのだけど? そもそも一度送り込んだ中国の術師が発狂して追跡が困難になったのよ? それでお父様にバレて動きが取れなかった。おまけにタダ働きもさせられたし」
「何を言っている!? 十回以上は俺は襲撃されたのを今も覚えている。光位術に目覚めてない俺は死に物狂いで中国を脱出した!! フランスでも気配を感じたから、俺はっ!?」
「フランス? すぐに英国に渡ったのではなくて? 報告書ではそんな事書いて無かったのだけど?」
演技か? しかし今の状況では意味が無い。そもそもこの女が誤情報を掴まされるなど有り得るのか。俺の仲間を仕留めようとした時は二重、三重に罠を張って慎重に俺を捕えようとしていたこの女が。
そんな慎重な人間を騙せるか? 演技かどうか確かめるには一つ、俺は一か八か目の前の女が当時と変わらないのかを試す事にした。
「嘘なら真炎の事も含めて全てを無かった事にして、すぐに英国に帰らせてもらうぞ、炎乃海……姉さん」
「私は真炎を完璧な炎央院の後継としたい。そのために謝罪をしろと言うなら喜んでしてあげる。だから断言するわ……黎牙、難しいでしょうけどね?」
「はぁ、だろうなぁ……炎乃海姉さんにしては残り五回はあまりにも雑過ぎた。他の見つからなかった時も日本人ばかりで俺にはすぐ分かった。あんたなら現地人を一人以上は入れて確実に俺を仕留めるかパターンは変えるはずだ」
俺が生き残れたのはもちろんアイリスの支援があったからだが、それは主に密航や旅の途中の話で、実は中国で介入を受けていない。これは中国が三大家の一つ朱家の縄張りだからで、光の巫女でも迂闊に介入は出来ず、最初の一回で朱家から厳重注意を受け以降は見守ることに徹していたらしい。
「そうね。そもそも私は外へのアピールであなたを消すようにしただけで実際はどうでも良かったのよ。今だって強く無ければそこまで興味は湧かなかったわ」
「だろうな。あんたが私財を溶かしリスクを犯してまで俺を消すなんて偶然出来ればラッキーくらいにしか考えて無かったはず、にも関わらず執拗なまでの追跡、てか俺の高校の入学金とか追っ手を雇うために使ったろ?」
「あらあら、炎乃華には散財したと言っておいたのだけど、さすがは黎牙ね? お見通し?」
そもそも炎乃海姉さんは周りへのポーズのために貴金属やらブランド品などを買ってはいた。しかしそんな事よりも術師としての強さを求めていた。だから宝石よりも聖具の方が喜ぶし、金なんて術の研究につぎ込んでいた。
この人はインテリ気味だが、その実は炎央院を体現した女だ。つまり強くなれれば他はどうでも良く、自分の子が嫡子として後を継げればそれが喜びなのだ。
「分かるさ、それで? もう隠し事は無しだ。本当の叔父さんの狙いは? あんたを味方に引き込んででも俺を家に残したい理由は?」
「それは我が家へ、いいえ今お掃除中の炎央院の旧南邸に戻ってからよ。炎乃華と勇牙それに流美が頑張ってるわ。私はそれが嫌だったから交渉に回ったの」
つまりこの女は掃除が嫌だから俺の説得に回ったらしい。そう言えばこの女の研究室は汚かった覚えがある。
「ここで俺が行かないと言ったらどうする気だったんだ?」
「あなたは必ず来るわ、だって、そこで八年前の本当の黒幕をおびき出すんですもの……楓果伯母様をね?」
なるほど、心がスゥーっと冷えて行くのを感じた。炎央院の家で俺と言う人間を一番恨んでいたのは誰か? 炎央院の人間は大体が当主と言う下らない肩書きを欲しがっている。
そして無理ならばその生母になる事を望んでいる。目の前の炎乃海姉さんは正にそれだ。だが、もしこの世に無能を生み出し、それが汚点になると考えている人間が居たとしたら?
「そう言う事かよ……はぁ、考えないように、してたんだな俺は……」
誤字報告などあれば是非ともよろしくお願い致します。
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