第34話「炎の巫女の怒りと報い、可愛いあの子は反抗期?」
怒声の響き渡った食堂がシーンとする。俺は一瞬だけ意識を持ってかれたがすぐ隣を見ると意外にも真炎はケロッとしていた。単純に大きな音でも子供は怖がるのに隣の母親よりも、よほど落ち着いていた。
「うっ、ぐっ……すまないな……いきなり大声を出して、すまない黎牙よ」
「いいえ、タイミングとしては完璧でしたので……それよりも動かれてよろしかったので? まだ数時間しか休めてないのでは?」
「ふっ、そうも言っておられんからな、嫌な予感がしたから来てみれば……流美。お前が居ながら、どうしてこのように?」
「申し訳……ありません」
そう言うと衛刃叔父さんは俺と真炎を見て少し不思議そうな顔をしていたが、すぐに後ろの人間に車いすを押させると上座に着いた。
車椅子を押していたのは流美のもう一人の兄、里中祐司だった。目が合うとかつての俺の指南役は会釈だけをして流美の横に並んだ。
「兄上に挨拶に行ったがへそを曲げてな、それで黎牙と話そうと思えば……流美よ、黎牙の想い……お前なら分かると思って任せたのだがな?」
「で、ですがっ!! ここで何としてもお引止めしないと!! 黎牙様はまた手の届かない所へ、ですからっ!!」
流美が普段の被っていた仮面を取って当主補佐、場合によっては当主よりも権限が上になる相手に抗議しているのを見た。
昔の俺なら止めるなり何かしただろうが今の俺の感想は違った。無駄な事をしているなと冷めた感情しか出ない。
「それも仕方ない事、だから今は名を変えた黎牙と真摯に向き合うべきだと私は言ったはずだがな? 名を変えたのはどれだけの思いがあったか……さて、まずは黎牙よ。済まなかった、八年も経って今さらなのだが、まず謝罪から入らせて欲しい」
そう言うと衛刃叔父さんは車いすを降りようとしたので俺が慌てて止め、そのままで結構と言うと静かに長く一礼して再び済まなかったと言った。少しだけ、本当に少しだけ溜飲が下がった。
「はい。謝罪は確かに受け取りました。叔父上、令一殿と謁見を致しました。その件では既に先方からの謝罪も受けましたので、もう充分です」
「ああ、そうか令一殿にも迷惑をかけたな……今度また礼をせねばな……さて、まずは黎牙、いや新しい名で呼んだ方が良いのか?」
「衛刃殿であればどちらでも構いません。既に数名には許しましたし一部は勝手に呼んでいますので、それに意地を張るのも少々大人気ないので」
そう言って炎乃華と流美の方を軽く睨むと衛刃叔父さんはため息を付いていた。これだけで話は通じるのが分かった。だから気を付けなければならないとも思う。
今までは知性の足りてない従妹や狡猾な女二人、脳筋のバカ親父を相手にすれば良かったが、これからは違う、流美を通して叔父さんの真意を見ていたが今のを見るにこの人はどう出るか五分五分だ。ある意味ここからが本当の交渉になるだろう。
◇
昼食はとてもすぐに用意したとは思えない豪華な懐石料理だった。そう言えばこの家はお抱えの料理人が常駐していたのだった。昔は俺も食べていたなと感慨に耽っていたら気配を感じ横の真炎ちゃんを見る。
「……ん?」
少し挙動不審だったから見ていたら横の母親の隙を突いて俺の皿に何かを載っけている。椎茸の天ぷらだった、そして二つ目の蕗の薹の天ぷらを俺の膳に載せようとした所で目が合った。
「うぅ……」
なんだこの可愛い生き物は……俺はいつの間にか膳に載っていた、椎茸と蕗の薹の天ぷらを食べていた。
そして目線を合わせてコクリと頷いて安心させるために笑顔を向けた。最近は笑う事も減っていたので上手く笑えただろうかと不安に思ったが大丈夫そうだ。
「わぁ!!」
うん、可愛い……頭撫でたい、と気が緩んでいたら正面に座る勇牙が苦笑いしていた。見られた、幸いにも炎乃華と炎乃海の姉妹にはバレてないからセーフだと思って真炎を見るとまたニコっと笑っている。
子供か、俺もアイリスとの子供……欲しい。やはり早く英国へ帰らなくてはいけないな。そして叔父さんと無難な話をした後に本題となった。
「さて、あえて黎牙と呼ばせてもらおう……まず一つ聞きたい。この場に君の両親を同席させる事は可能か?」
「嫌ですね……論外です。その時点で交渉の余地は一切無いとお考え下さい。私は出来るのなら衛刃殿、あなたとサシで話をしたい」
俺があと日本でやる事は叔父さんにキチンと礼を言って諸外国の情報を一部開示するだけだ。そして衛刃叔父さんと今後も個人的なパイプを作った上で帰国する。それだけで後は興味が無い。だが、そこに待ったをかけた女がいた。もちろん奴だ。
「それは問題ではなくて、お父さま? 現状で黎くん、いいえレイ=ユウクレイドルなる海外の術師と二人だけで密談となると謀反の疑いが再燃するのでは?」
「炎乃海、いい加減に――――「何か間違ってますか? お父さま……でも、私が入れば中立になりますよ? 証人にもなれます。二人とも意味は分かりますよね?」
本当に狡猾で、そして正論だった。現状では炎乃海が何か忠言すれば当主は簡単に靡く。これが炎乃華や勇牙なら丸め込める自信は有るが目の前の女と流美は厄介だ。
一つは俺は知り尽くしている点、もう一つは俺の性格上断れない事も利用して来る点、そこは俺が頑張れば良いのだろうが……俺はこの地に戻り弱く情けなくなっている。それはやはり故郷への郷愁なのか、過去への執着なのか答えは出ない。
「炎乃海、お前はどこまで……」
「ええ、ですがお父様――――「あのっ!! 姉さんが参加なら私も!!」
「こうなるから二人だけでお話したいんですが? あからさま過ぎる」
炎乃海の事だから今はこの場にいない側近たちを使い全力で俺の裏を洗っているはず、この発言だって情報を得ると同時に時間稼ぎまで想定しているに違いない。
そのために先ほどから炎乃華を煽るような視線を向けて今、会話に巻き込む事にも成功している。せっかく黙らせたのにと睨むと奴はニヤリと笑った。
「衛刃様、そして……黎牙様よろしいでしょうか?」
「何かね祐司くん?」「…………」
俺は叔父さんに任せると目線で言うと俺の元指南役は続けた、当主への報告のために自分が同席するので炎乃海と炎乃華の出席は不要と言う。
どう言う事だ?炎乃海と当主は結託しているはずでは無いのか?それがなぜ祐司が妨害するような真似を?
「ですのでここは私、里中祐司に預からせて頂いて」
「論外ね、それは当主刃砕様の言なのかしら?」
「そうよ!! それに、私も黎牙兄さんともっと話したいし……」
その三人と途中から流美まで乱入して言い合いをしている間、俺は何をしていたかというと叔父さんと話していたわけでも無く、横の可愛い少女の相手をしていた。
「レイおじさん。またハンバーガー食べたい」
「分かった。今すぐ行こう。すぐ行こうね~!! よしよし」
そんな感じで周りがゴタゴタしている中で俺は従姉の娘に夢中だった。最近は妻が昏睡したり部下が全滅したり、日本に帰ってくれば連日がトラウマ祭で俺だって癒しが欲しい。
そして英国に居る妻に言いたい、これは浮気では無く親戚の子が可愛すぎるのが悪いんだと、真炎の頭を撫でながら現実逃避していた。
「ねえ? レイおじさん? なんで黎牙お父様って呼んじゃダメなの?」
「う~ん、本当はお父様になってあげたいけど、俺はこの家が好きじゃなくてね? もちろん真炎ちゃんの事は大好きだからね?」
「そっかぁ……じゃあ、やっぱり、この家も他の人間もイラナイね……」
一瞬だけゾクリとした。目の前の少女の笑顔がかつて俺を追放した女の顔に被ったからだ。やはり親子、顔は似ているんだと俺は現実を見せられた気がした。
そして同時に圧倒的な聖霊力も感じた。その事に俺を除いたこの場の人間で気付いた者は誰も居なかった。この子は一体?
◇
結局は散々にもめた結果、俺と衛刃叔父さんと炎乃海そして祐司の四人での話し合いとなった。なぜか真炎はあれから俺の膝の上に乗っかって離れないので静かにしている事を条件に同席となった。
炎乃華が最後までうるさかったが勇牙と流美に強引に拘束させて別室へ連行させて、やっと場が静かになった。
「さて、では包み隠さず話そう黎牙、この通り家中はゴタ付いている。本来なら君が生きていた事の祝祭も行いたいのだが難しくてな……」
「それは良かった。今さら祝われても不愉快なだけですので、私は早く英国へ帰りたい。私の新しい故郷へ戻りたいと願っております」
「そう……か。炎乃海は論外としても炎乃華でも叶うのなら良い関係に戻る事は難しいのだろうか? あの娘は頭が弱いだけで決して……」
俺の訣別の言葉に対しての発言を受け、やはり衛刃叔父さんも本音は俺に家に戻って欲しいと言う事だったかと確信する。しかし娘二人や従者や脳筋とは違って遠慮が有る。
遠慮は良い文化だ。本音で語り合うのは大事だがそれはあくまでも心が通じている人間に限定すべき事だ。だって嫌いな人間や無関心な者に突然本心を語られても困るだけだろ?
「はい。私は新しい場所で今を生きています。むしろ俺の今の居場所の大事な人々に迷惑をかけない為に私は自らの死を偽装致しました」
「そこまでの覚悟……ふぅ、分かった。残念だが諦めよう、叶うのなら君を息子と呼びたかったよ黎牙、いやレイ=ユウクレイドル君、君の前途を祈っている」
「それで良いのですか!? お父様!! そもそも当主の説得は? 祐司、あなたも何か有るのでしょう!?」
そうして炎乃海に促され今まで黙して語らずの姿勢だった祐司が静かに目を開いた。そして口も開き始めた。
「まずはこの度の帰参、元傅役として歓迎の言葉を贈らせて頂きます。黎牙様」
「私の名は今はレイ=ユウクレイドルだ。これよりはそう呼んで頂きたい里中殿」
「それは出来ません。当主、刃砕様は衛刃様とは違い帰参を望んでおいでです。そして仕える身である私に”殿”など不要です黎牙様」
こいつも炎乃海と基本スタンスは変わらないか、しょせんは炎央院の腰巾着の里中の人間か……兄弟揃って俺の邪魔をする、そして妹は目障りだ。
「仕える? 寝言を言うのは止めて頂きたい里中殿、戯れが過ぎる」
「私は至って本気です。私はあなた様が追放後に正式に父に成り代わり当主付きとなりました。ですので当主のお言葉を持って参りました」
あの脳筋の言葉だと?少し不穏に思いながら先を促すと、奴は感情の籠らない機械のように淡々と眼鏡の奥には怜悧な目を向けてこちらを見て話し始めた。
「まず祐介は一昨日に出荷済みですので側近は流美にするとの事、ご希望なら夜伽の相手もさせます。あれなら喜んで抱かれるでしょう。それで繋ぎとしては充分かと、その間に黎牙様には炎乃海様でも炎乃華様でも好きな方を娶るようにと、流美に関しては継続的にご利用なさるならご自由に、最後に種は予備のため残しても構わないと仰せです。以上が我が主、当主刃砕様からのお言葉です」
俺は奴が戯言を言い終わったタイミングでレイアローを放っていた。威力は極小で撃ったが食堂の壁を突き破って外の庭に祐司を吹き飛ばした。
「がはっ!! うぐっ……うっ――――」
「なっ!? 今のが……空港で見た、術?」
術で吹き飛ばした祐司と間近で術を感じた炎乃海がポツリと呟いた。衛刃叔父さんは沈痛な面持ちで祐司の方を見た後にこちらを見た。一方で炎乃海が見たのは俺の膝の上の真炎で、彼女は俺の膝の上で眠そうに目を擦っていた。
「衛刃叔父さん、申し訳、ありません。もう限界です。あなたの顔を立てるために我慢しましたが、今日より俺は完全にこの家と訣別したく思います」
「待て、レイ、いや黎牙!! 落ち着け!! これは罠――――」
「関係……無い!! 罠なら食い破ればいい!!」
「ぐっ!? 黎牙っ!!」
そう言うと俺は術に巻き込まないように聖霊力で衛刃叔父さんを車椅子ごと食堂の外まで吹き飛ばした。あとでキチンと謝ろう、そしてPLDSで極限まで弱めた光位術を使う事を決めた。神の一振りで人間は斬れない。あとは聖霊力を纏わせた拳でこの女は殴れば黙る。そう思って真炎を膝から下ろし立ち上がった。
「レイおじさん? もう、おしまい?」
「真炎ちゃん……ごめんな? 俺、君の父様になってあげられない……それに今から俺は君の母様を傷つける、ごめんね」
「え? 母様を傷つけるの?」
キョトンとした顔で無垢な天使は少し眉をしかめた。ああ、こんな顔をさせてしまった。すまないと心から謝罪する。だが彼女の次の発言は俺の予想を越えていて、あまりにも想定外の言葉が帰って来た。
「ああ、だから先に謝っておきた――――「良いよ? 母様が邪魔なんでしょ? じゃあ……私が殺るね?」
その瞬間、俺の術に呆けて隙だらけになっていた炎乃海が炎の圧、炎気爆滅で吹き飛ばされていた。俺が止める間も無く本当に一瞬で俺自身にも隙が出来ていたのを実感させられた。
「ぐあっ、このっ……うっ、炎聖術? 誰? まさか真炎? 何で?」
炎乃海はダメージを負いながらもギリギリで炎障壁を展開した上で普段から装備している対魔の聖具で何とか攻撃を凌いでいたようだが着物が燃えていた。
「だって、母様が居たらレイおじさんが怒ってどこか行っちゃうんだもん……だから母様、消えて。ホーちゃん、母様をやって、邪魔だから」
次の瞬間に炎の渦が巻き起こりそこに小型の炎の梟のような聖霊獣が出現した。しかし妙な気配だった。明らかに聖霊獣クラスでは無い大きさの聖霊力を持っている。擬態しているような印象を受けた。
「はぁ、真炎、安易に力を晒すなと、あなたは確かに強くなる、だけど今はまだ弱い……良いでしょう母様が稽古を――――」
「うるっさいなぁ……《《弱い》》くせに……」
「弱い……弱いですって!! この、私がっ!! いい加減にしなさい!! 来なさい炎雀!! その聖霊獣を蹴散らしてっ!!」
「止めろ!! 炎乃海姉さんっ!!」
俺は咄嗟に真炎の方に向かうがそれより早く炎乃海の炎の聖霊王『炎雀』が舞うように炎を叩きつける。さすがに手加減はしているが大怪我は必至の威力。
こんな虐待紛いの事と見るが炎乃海の顔はいつもの余裕な表情が消え去り完全に怒りで我を忘れている。あんた、最高の自慢の娘だと言っていたのに何をやってんだよ。
「それだけぇ? やっぱり弱過ぎ、母様……この程度で継承者様を追い出したとか……ほんとーに愚かだね?」
しかし、俺の予想に反して炎乃海と炎雀の術は全てが片手で振り払われ、真炎はため息を付くと実の母に向かって愚かと嘲る。
「は? な、何で私の、聖霊王の術が消された? あ、あり得ない……だって真炎、あなたはやっと初歩の炎聖術を使えるように……」
「弱い母様に合わせてただけなんだけどなぁ? それにホーちゃんの本当の姿が分かって無いのもダメダメ。じゃあ、もういっか、ホーちゃん、ううん『鳳凰』本当の姿を見せてあげて」
その瞬間に炎の梟はいきなり巨大化し、そこから荘厳な炎を纏う鳥へと変化した。それは二代目の炎央院の当主が一度だけ呼び出し、そのあまりの凶悪な強さで全てを焦土に変えたとまで謳われた歴代で最も破壊力の高い危険な聖霊王だった。
「これは、アイリスと同じ聖霊の進化……だとっ!?」
だが、そんな事よりも俺が驚いたのは同じ現象を、かつて英国で見た事が有るからだ。これはアイリスが光の蝶から聖霊王のドラゴンのエルゴにまで一気に進化させたあの現象と同じだった。
「バカな、あり、えない……なんで、どうして私が、私だけがっ!! どうして娘のあなたにそんな力が!! 黎くんは強くなって帰ってくるし、真炎が手を抜いていた? そんな、そんなはずがないっ!! なんでっ!?」
錯乱した炎乃海は完全に暴走していた。しかしその暴走した攻撃は全て真炎の前に展開した炎障壁よりも上の謎の高位の術で全てかき消されていた。
「う~ん、炎乃華叔母さんも強くないけど母様はそれより弱いんだね、かわいそ~」
「はぁ、はぁ……なんで、どうして私だけ……いつも、いつもいつも!! 炎雀!! もう遠慮はいらない!! やりなさいっ!!」
しかし炎雀は次の瞬間に燃やし尽くされ消える寸前にまで追い込まれた。完全な上位の鳳凰にとってその炎は余りにも弱く、そして脆かった。
「なっ、そん……な」
「はぁ、じゃあ、おしまいだね? 私はレイおじさんにいっ~ぱい、おべんきょー教えてもらうの、ハンバーガーも食べるの……だから母様、邪魔だから、きえて」
「ぐっ……こんな事って……」
目の前の少女はニコリと残酷に笑うと目の前の母親とその聖霊を焼き尽くすべく命令を下した。食堂に炎が吹き荒れた。
誤字報告などあれば是非ともよろしくお願い致します。
ブクマ・評価なども有ればお待ちしています。




