第26話「継承者の決断と、砕け散る牙」
◇
目の前で輝き出した白い光が私に狙いを付けたのが分かる。これが黎牙兄さんの術で、そして答え、やっぱりダメか……あんな酷い事言って目の前の恩人で初恋の人を私は見捨てた。そんな私の言う事なんて聞いてくれる道理なんて何も無い。
当時の私はこんな当たり前で簡単な事にも気付いて無かった。気付いた時には遅かった。そして今度はお父様を助けたいと自分のためだけの行動でしか無くて、だから今まで目を背けていた報いが来たんだと思い知った。
「これで、終わりだっ!!」
『炎乃華、ダメージを受けた振りをしろ!!』
「えっ?」
『ど、どう言う事?』
「行くぞっ!!」
『ダメージ受けたように思いっきり叫べっ!! 良いな!?』
そう言って左腕から放たれたのは白い光。でもその白い光は私を包んで攻撃する事は無かった。それどころか温かく自分を包み込んで体の疲労が抜けて行く感じすら有った。
「行くぞ……輝く光の残照!! フォトン・シャワー!!」
「えっ? くっ、きゃ~? あれ?」(なんか回復してるような?)
『バカ野郎もっと上手く演技しろ。相手は炎乃海姉さんだぞ!!』
いきなり怒られた。昔はこんな頭ごなしに怒らなかったのに……昔はもっと丁寧に優しく教えてくれたのにぃ……でも、また話せた。そうだ、今は指示通りに動かないといけない……気を引き締めて行かなきゃ演技開始だ。
「はっ!? きゃああああああ!! いきなり不意打ちなんてっ!?」
『演技は、まあギリギリか、以降はこちらの指示に全て従え、今の話を信じるかはお前の態度次第だ。せいぜい頑張れよ』
うっ、一応交渉は成功してると思う……怖いけど今の私はもう黎牙兄さんに縋るしかない。今は信じてもらうように戦うしかない。でも少し疑問も有るのはこの白い光だ。たぶん術だと思うけど見た事も無い術で正直怖い。
『あ、あの、今の術は? なんか回復してる気がしたんだけど……』
『これは光位術だ。気取られたく無ければ無駄口は慎め。お前の態度次第で情報は開示してやる』
『はい……が、ガンバリマス』
そう言うと交信は繋いだままで姉さんには気付かれないようにしろと言われ、最初の指示が出された。それは黎牙兄さんに炎聖術を派手にぶつけ火影丸を回収して後退しろとの指示だった。
何がしたいのだろうか。いや疑問に思ってる暇なんて無い。信じなきゃ……今度こそ私は間違わないようにしなきゃいけないんだから。
◇
「炎気爆滅、消し飛べっ!!」
「ちっ、精度と威力は雑魚と段違いだなっ!?」
そう言いながら俺は今の状況を冷静に考える。最初は勝てないと踏んで俺の隙を突くための作戦かと思ったが後ろの炎乃海が動かない。
まだ油断を誘うための演技の可能性も有るから本当に炎乃華が言う事を聞くか試す。その上で奴の戯言に耳を貸すかを判断する。だが俺は同時にこうも考えていた。
(恐らく全部事実……少なくとも叔父さんは今、身動きが取れない状態だ)
『黎牙兄さん、つ、次はどうすれば?』
『落ち着け。火影丸で、いや待て……今の状態で奥伝はどこまで使える?』
ちなみにこれは特に意味の無い会話だ。強いて言えば現状で炎央院の最高戦力の一人の実力を知りたいと思っただけだ。
『え? でもそれって他言無用だって黎牙兄さんが昔……』
『なら俺は助ける訳にはいかない。現有戦力が分からなければ作戦も立てられない。残念だ――――『終ノ型まで全て習得してます。あと秘奥義も習得出来た……と、思います』
全てを修めたのか、相変わらずの天才っぷりだな。そして同時にハッキリした。これは確定だ。炎央院炎乃海が罠を張るなら自分の切り札に情報など漏らさせない。
仮に当主らと共同した場合でも家中のトップシークレットを安易に漏らすなど論外だ。叔父さん、いや衛刃殿ですら炎央院の柵で家を守るために情報を漏らす事は無いだろう。
(つまり炎乃華の言っている事は本当か……)
そしてそれを忠実に守るのが目の前の従妹の炎央院炎乃華と言う少女だ。それを破ると言う事はそれ以上の事態に巻き込まれた可能性が非常に高い。
『暫く互いに斬り合う。お前は奥伝で好きなだけ攻撃してこい。手心は加えるなよ。あの人は鋭い、だから全て本気で打ち込んで来い!!』
『でも……はいっ!! 分かりました、私の八年間の技を全部見せます!!』
そう言うと炎乃華は先ほど使った壱の型で斬りかかる。俺はそれを暁の牙で簡単にあしらって態勢が崩れた所に聖霊力を込めた蹴りを一撃。火影丸越しだが確実に脇腹に入った。
ブレザー風の制服、術師研究院の制服を着た炎乃華が簡単に吹き飛ばされたが、すぐに立ち上がった。昔はすぐにへたり込んでいたのに変わったようだ。
「がっ、ぐっ……ただの、蹴りなはずなのに……どう、して」
『聖霊力を纏わせた蹴りだ。当然だ』
『だっ、だって昔は剣だけを注意してればっ!! そもそも格闘技なんて使わなかった!!』
『それは俺の聖霊力が無かった場合だ、昔は剣だけでお前達の攻撃を防ぐのが精一杯だったんだよ』
すぐに直情的になるのは変わらない、少しは大人しくなったかと思えば……相変わらずだ。ご大層な二つ名までもらっても根は昔のまま……来年は二十歳だろうに、まったく……。
「じゃあ、もう本当に遠慮はしないっ!! 来なさいっ!! タマ!!」
聖霊を呼んだなら恐らくは参ノ型が出る……あれは妖魔などを滅するための奥伝で聖霊とのコンビネーション技だ。名前は知らなかったがその正体を俺は知っている。炎の虎だ。
――――グオオオオオオオオオ!!!
咆哮が空港中に響き、降り立った床はドロドロに溶けて行き周囲一帯がまるで溶岩で溶かされたようになって行く。聖霊王などは自分の戦い易いフィールドを形成する際に地形を変化させるのだが、炎乃華を見るとなぜか顔が真っ青になっていた。
『これが炎の聖霊王、しかし「タマ」って……ネーミングセンス無いな、お前』
『だって契約した時は、もっと小さくて猫みたいだったし……それよりどうしよ』
俺は当時は意地を張って炎乃華や勇牙の聖霊を見ようとしなかったし、二人が聖霊を使うほど当時の俺は強く無かった。最弱だったから見るのが今日が初めてだった。
『ん? どうした? 別に今のところは問題は無いが?』
『問題大有りだよ……空港はなるべく傷つけないようにするって政府と話は付けたのに、つい勢いでタマを呼んだからマズイよ』
『そんな折衝もお前が……てか、そんな交渉とかお前出来るのか?』
純粋な興味が有った。八年前は、お世辞にも頭が良いとは言えず家中の事など気にせずに道場や庭を走り回り木刀を振り回していた良い意味で天真爛漫な少女だった。
ただ、ある時からは俺に対してはどこか嘲るような下に見るような態度を取り始めていた人間、それが俺の炎乃華に対する評価だ。
『だって炎乃海姉さんは出来るのに面倒だからやらないし当主様や祐介とかが年中、家とかビルを吹き飛ばすし、お父様と私が必死に支えて来たんだよ』
『あぁ……衛刃殿の補佐はお前が代わっていたのか、それはそれは』
俺が追放前までやっていた仕事、つまり叔父さんの補佐を今は炎乃華がやっているそうだ。なるほど、だから叔父さんの負担が増えて隙でも突かれたのかもしれない。それは後で聞かせてもらうとするか。
「ならば見せてみろ新世代だったか? 正面から打ち砕いてやるっ!!」
「行きます!! 焔の太刀参ノ型「炎魔」はあああああああ!!」
まずは炎乃華が斬りかかる。俺は上空に跳躍するが、その位置には既にタマが待機していて、その炎に包まれた鋭い牙で俺を狙ってくる。
だが俺はそれをも暁の牙で防ぐ。だが嫌な音が一瞬聞こえた。耐久度が限界に近い……やはり聖具だと限界が近い。
(くっ、まだ持ってくれよ……)
「まだまだまだぁ~!!」
レイブレードさえ展開出来れば炎乃華を倒すのは簡単だ。レイアローくらいなら問題は無いと思う。しかし光位術を祐介に使った時には片腕を消し飛ばした。
あれはヴェインだったが俺もレイブレードを使っていた場合は同じだったかもしれないと考えると怖い。だから対人には光位術の攻撃系は、もう絶対に使えない。
「ちっ、効くかよ!!」
「タマの体当たりも牙も防ぐなんて……あの黒い妖魔を退けたこの技ですら無理なんて……終ノ型を使うしかないの?」
さっきから交互に攻撃を仕掛けて来る炎乃華とタマ。これが参ノ型「炎魔」だ。そもそも炎央院においての奥伝とは厳密に言えば技と言うよりも技術や戦法だ。
実際、炎乃華が先ほどから使っていた技は炎皇流で俺でも一部が使える。恐らくは秘奥義だけが厳密な意味での技なのだと思う。と、言うのも秘奥義だけは奥伝を全て修めた人間だけが知る事が出来る秘密で俺自身は知らないのだ。
(壱の炎撫で炎を帯びた火影丸での斬撃、弐の炎陣は火影丸で増幅した炎の術を用いての術の強化戦術、そして参では聖霊との同時攻撃……)
「炎乃華、そのまま追い詰めなさいっ!!」
「はいっ!! お覚悟をっ!! 黎牙殿!!」
『お? 今の良い感じだな……そのまま上手くやってみろ』
『ほ、ほんと!? う、上手く出来たっ!? 頑張るねタマ、行くよ!!』
なんか元気良くなったなコイツ……じゃあ、そろそろ終ノ型を打ち破って炎乃華から詳しい話を聞き出すと言う流れに持って行く。
だから炎乃華には思いっきり出せるだけの力を出してもらう予定だ。炎乃海の方は大した強さでは無いから放置か簡単な術で制圧が出来るはずだ。
「なら、そろそろ終わらせようか……っ!?」
俺はそう言いながらタマの牙を刀で弾く、そして炎乃華の一撃からはPLDSから出力されるグリムガードで受け止める。
光の壁と炎の刃が交錯し聖霊力がスパークのように弾ける。だが聖霊力の差で当然に炎乃華が吹き飛ばされていた。それを見てタマが後退し自らの主を庇うようにして背に乗せていた。
「ありがとタマ……強い。こんなに差が出来ちゃったんだ……でも、負けない!!」
『そうよ炎乃華。あなたの全てをぶつければ黎くんにも隙が出来るはず、頼むわ』
「はいっ!! 全力で!! 焔の太刀終ノ型『炎殺御免』……行きます!!」
いよいよ出たか……終ノ型、あえて肆ノ型にしなかったのはこれが最終だと言う意味と同時に秘奥義習得への最後の修行だと言う意味で終わりの型となっているらしい。
これは叔父さん……衛刃殿から俺も聞いただけなので詳しくは知らない。だが分かる事は、この型は三つの複合型で火影丸を使いこなすための試練だと言う事。
(まるで光位術士の修行のようだ……聖具へのエンチャントに、聖具を用いての術の行使、そして聖霊とのコンビネーション、最後はそれらを全て使いこなす)
そして更に炎乃華の体が青い炎で燃え上がる。火影丸から出ていた白い炎が青い炎に代わり、まるで炎乃華の体を守る鎧のように燃えていた。
『こうなったら私でも止まれないからっ!! 黎牙兄さん覚悟っ!!』
『ああ、これは確かに強いな……だが地力が違うっ!!』
そう言った瞬間に俺は全身に光の聖霊力を纏わせる。炎乃華が今やった終ノ型の光位術版のような感じだ。これを知っていたから俺は似ていると思っていた。
ちなみにこれは奥伝などでは無く光位術士にとっては基本技能で俺は聖霊力が多いから炎乃華を圧倒していた。
『うそ……なんで……黎牙兄さんが炎央院の奥伝まで使えるのよっ!?』
『ああ、俺も向こうで修行した当時は驚いたよ。まさか奥伝がこの程度だったなんてな。光位術士の第一段階、『光聖神の祝福』と同じだったなんてな』
ゴッド・ブレイジング――――光位術士には三段階の強さが存在する。その一段階目が『光聖神の祝福』聖具を使いこなし、光位術を使い、そして光位聖霊と供に戦える者だ。
二段階目は光の守護者と呼ばれる位階で、アレックス老やローガン師それにヴィクター義父さんがこの段階だ。
ちなみに三段階目に届いていたのは過去の俺とアイリスの二人のみで、ダークフレイとの最終決戦時の状態が一時的にその状態だったらしい。
「何なの……聖霊力がまた上がった。黎牙……もはや術師の領域じゃないわ」
「だろうな術師では無く術士なのだから……そして下位術師なら、その感想が妥当か……」
「黎牙兄さん……その術は本当に何なんですかっ!?」
炎央院の姉妹の声が驚愕では無く畏怖によって震えていた。炎乃華はもとより、あの様子では炎乃海も奥伝の姿や存在は知っていたのだろう。奥伝とは言わばその術師の家系の集大成であり最終兵器、切り札に等しいものだ。
「気分はどうだ炎央院のご令嬢方、切り札が三下だと分かった時の気分は?」
つまり、それこそが術師の最高峰になる。しかし光位術士は違う。それが出来て初めて一人前なのだ。そもそも術士のデッドコピーにして急造品のような者達が術師の始まりだ。ここまで達した術師の方がむしろ稀であった。
「つまり術師の最高峰にしてその年代に一人か二人の天才は俺達、光位術士の間では戦場に出られる最低限度のレベルなんだよ……さて、では茶番を終わらせるぞ!!」
『炎乃華、頑張って抗ってみせろ。無様に生き足掻いて俺に見せてみろ!!』
「くっ……せめて一太刀でもっ!! いっ、行きます!!」
『黎牙兄さん……その、ほ、本当に大丈夫なんですかっ!?』
炎乃華の不安な声が聞こえているが、あいつはもう俺と戦うしかないのだから一切答えない。だが同時に俺から溢れ出る聖霊力に反比例して脆くなっていく聖具に不安も覚えていた。俺の聖霊力に耐えきれてない。耐久度が限界に近い。
(だから、暁の牙……時間も無いから一撃だ……頼むぞ)
目の前に今までより幾分か素早い動きの炎乃華が迫る。避ける。聖霊のタマが鋭い爪と牙に炎を纏わせ突撃して来る。それも避ける。さらに複数回同じ攻撃を繰り返す。しかしその青い炎を纏った斬撃は俺に掠りすらしない。
『そんな、奥伝の最終、終ノ型が初歩で最低限なんて私はこの型を五年間ひたすらに鍛錬して……』
『俺を追放して得た成果はその程度か情けないな。俺が修行をして祝福を受けたのが二ヵ月弱だったな……良かったじゃないか。五年間も長々と無駄な努力をしたものだな炎乃華? それとも武器の交換でもしてやろうか? お前は俺より術師としては優秀だったからな?』
『そんな言い方……酷い……よ。なんで、そんな、黎牙兄さん……そんな酷い事……あっ……』
思い出したようで良かったよ。お前がよく俺に言ってくれた言葉だ……懐かしいだろ……だから特大の一撃をくれてやる。
本気でやったら消し飛ばすから見た目だけは派手に行く……殺しはしない浄化するのは闇刻術士、それに連なる者たちだけだ。これは俺が決めた最低限の誓いで有り、最後の矜持。
「せっかくだ。本物を見せてやるよ炎乃華。炎皇流、炎牙双極斬っ!!」
「えっ!? なっ!? 嘘、ぐっ……がっ……負け、ないっ!! 火影丸!!」
俺は先ほど炎乃華が使った炎皇流を使った。術有りきのこの技を俺も当時は真似して使った。そして何度も失敗した。だが今は違う。つい調子に乗ってしまう俺の悪い癖だった。
「ほう、突きを聖霊に、斬撃は自らが防いだか……だが俺があと少し力を入れたら終わるぞ? まさか、これが本気か炎央院を背負っているんだろ!!」
そしてそれは最悪の形で表れてしまった。炎乃華が自らの神器の火影丸に全ての聖霊力を込めた純粋な斬撃を叩きつける。結果、俺の暁の牙と正面切っての鍔迫り合いになった。
「くっ……うああああああ!! 負け、ないっ!!」
「中々だ。だが、それだけだっ!! ハッ!? しまっ――――」
――――ピシピシ、バキンッ!!
俺の聖霊力と炎乃華の全てを込めた聖霊力のぶつかり合いが発生して空港一帯を包み込む。炎が暴発し光が散りばめられる。その中で俺の最後の武器、暁の牙は真っ二つに砕けた。炎乃華は俺の聖霊力で弾き飛ばされ気を失っている。
(奴は!? 反応が無い……今の混乱に乗じて逃げる事は可能か……)
すぐに付近を探ると今の聖霊力同士のぶつかり合いの余波で炎乃海の気配が無い。逃亡したのか分からないが今は好都合だから俺は折れた牙を回収した後に炎乃華の元に行くと気絶している彼女を肩に抱えてその場を後にする。
「レイ・ウイング!! さて、このままどうしたものか……取り合えず水森の家に行く前のホテルに荷物が残っているかは確認するか」
「うっ……うぅ……」
肩に背負ったままの炎乃華が呻き声を上げている。仕方ないから両腕で抱くかを考えるが面倒なのでこのままにして行こう。今は服はボロボロで下着が見えそうで色んな意味で危険だ。しかし俺は同時に別な事も考えていた。
「思ったよりは強くなってたぞ炎乃華……八年間よく頑張ったな」
そして頭をポンと一撫ですると今度こそ速度を上げて目的地へと飛翔した。
誤字報告などあれば是非ともよろしくお願い致します。
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