第23話「合流、輝きの援軍と旅立ちの姉妹」
間に合わない、完全に勢いだけで前に出て今の俺は無防備だ。それでもアイリスを守る事が出来ずに逆に助けられた俺は最後の力で背後のひなちゃんだけは守らなくてはいけない。
覚悟を決めて俺は目の前の黒い水の龍に斬りかかるが暁の牙が悲鳴を上げている。もう術の展開も間に合わない。それに何より今の俺には神器が無い。
「くっ……だがっ、まだ……俺は」
「アハハハハハ!! まさかあの冷酷な継承者が女一人に現を抜かすなんて、愚かね!! じゃあ消えなさい……また守れずに!!」
これは罰なのかも知れない。俺はここ数日間の滞在を確かに楽しんでいた。アイリスを救うという大義を忘れ、どこかでこの水森の家に逃避していた。だから大事にしようとした人が俺の目の前から居なくなり、この手から離れて行ってしまう。
(また、俺は……だがっ、こんな、こんな事で……)
ジリジリと押される中で暁の牙にヒビが入る。特注とは言えただの聖具が一年半も良くここまで耐えてくれたと思う。最後はグリムガードを張るしか手は無い。
「それでも、俺は彼女も、そして、ひなちゃんも……守り、たいっ!!」
俺が覚悟を決めたその時、黒き闇の龍は俺の目の前で全て消し飛んだ。上空から放たれた二条の白い光によって吹き飛ばされたのだ。
「なっ!? よくも私の邪魔をおおおおおおおおおっ!!」
ダークブルーが発狂したような声を上げ上空を見上げて俺も思わず夜空を見るとそこには……。
「邪魔するに決まってんだろ戦友がやられてんだからな、待たせたなレイ!!」
「SA0所属、課長代理フローレンス=ターナー及び補佐ジョシュア=K=スワンプラド、そして臨時課員六名の計八名現着しました。お待たせレイ?」
そして光の翼を広げ目の前に降り立った二人は俺の部下で大事な友人達だった。さらにレイウイングを展開しながら降り立った白い隊服の隊員たちは恐らくSA2の所属だろう。以前、俺と一緒に香港で戦った者の顔も見えた。
「あ、あぁ……ジョッシュ、フロー!? どうして……ここに!?」
「英国で言ったろ戦友でダチだってさ?」
「二つの素材の加工をサラさん達が終わらせたから私達が予定を前倒しして来たの。忘れたのかしら? 必ず助けに行くと言ったでしょ?」
ジョッシュはウインクして、フローはいつものメガネをクイっとさせて俺を見ていた。残りの六人はフォーメーションを組んで即座に清一や令一氏たちと対峙していた闇刻術士を撃退している。
「くっ、光の守護騎士!! あんた達は風と地がそれぞれ抑えていたはず。こんな戦力を投入出来るはずがっ!?」
「舐めるな闇刻術士共、こっちも三年で大幅な戦力の補充は終わってんだよ!!」
「それと支社長夫妻も研究から本格的に戦線に戻ってくれたからね」
そうかヴィクター義父さんやサラ義母さんが前線に復帰したのか。だから二人がこちらに来れるようになったんだ。しかし、これは本当に完璧なタイミングだ。
「黎牙さん。あの、この方々は?」
「紹介するよ、ひなちゃん。俺の……俺の頼りになる仲間で友人たちだ!!」
俺のセリフに二人が驚いた後に満更でも無い顔をしていた。思えばアイリスを失ってから二人には迷惑をかけっぱなしだった。そして今回も。
「へぇ、随分と昔に戻って来たじゃないかレイ。吹っ切れたか?」
「喜ばしい変化よ。ジョッシュも茶化さないで、それでレイ? まだ戦える?」
「当たり前だ。お前達が来てくれたんだ。負ける気がしない!!」
そう言って俺は少し欠けたがまだ戦える状態の暁の牙を構えながらもう片手にはレイブレードを展開した。
「では号令を我らが光の継承者殿?」
「分かったよジョッシュ。光の継承者、レイ=ユウクレイドルの名において宣誓する。闇を刻みし者たちの浄化を行うとっ!!」
俺の鬨の声が邸に響く、そしてそれに呼応するように輝き出す光位術士たち。俺の継承者の称号は伊達じゃない、同じ場に居るだけで加護や力を補助する事が出来る。単純に言うと俺が居るだけで周囲の浄化が始まり光位術士に有利になる。
「行くぞ水のロード!!」
「くっ!! 調子に乗らないでくれるかしらぁ!! 光位術士っ!!」
ジョッシュのレイブレードでの突撃を懐から取り出した短刀で防いだ水のロードは即座に距離を取る。だがジョッシュから離れた瞬間、今度はフローが真上からレイランスを投槍のようにして投げつけた。
「レイ・ランス、ダブル!! 続いてジョッシュ!!」
「おう、続くぜ!!」
さらにフローはもう二つを投げつける。光の槍が三本迫る中で水のロードはそれらをギリギリで回避したが、その位置には先ほど離脱したジョッシュが既に準備していた。そして隙だらけのダークブルーにレイブレードで連続斬りを仕掛け奴の闇の防壁を削る。
「このままでは……はっ!? しまっ!!」
さすがの四卿でも防ぎ切れず安全圏まで後退するが、その逃げ出した安全圏とは俺の目の前だった。俺もダメージを受けていたがあと一撃を放つことは充分に可能だったから最大の一撃を放つ。
「いい位置だ。さすがフロー、完璧だ……これで終わりだ水のロード!! 輝け、光の戦刃レイ・ブレード!!」
光の刃が最大までの密度になり水のロードを捉え斬り裂いた。だが少し浅かった。奴に深手は与えたし致命傷に近いダメージなのだが完全なトドメはさせなかった。
「ぐっ、ああああああ!! てっ、たい……よっ……」
奴が瀕死の状態で闇に消え撤退すると周囲の闇刻術士も全員が浄化されており敵の聖具や残った闇刻聖霊をこちらの術士が討滅を開始していた。
「終わったか……うっ」
「レイ!! おまえっ、負傷したのか!? どうして!?」
「俺が迂闊だった……それだけだ」
傷口が完全に開いて白い隊服が真っ赤になる。そんなボロボロの俺を気遣うようにヴェインが出て来て俺を回復させた。恐らくはフォトンシャワーと同じ術なのだとは思う。肩の位置がちょうど良くて何度か肩を預けたような気がするくらい自然な高さだった。
「私が……私のせいで……黎牙さんを」
俺も回復して彼女フォトンシャワーをかけようとするが俺をヴェインがなぜか制して、ひなちゃんに自ら術を使う。本当にコイツ最近どうしたんだろうか。そんな俺を尻目にフローが現場を仕切って指示を出していく。
「心配は無用ですよ。レイはもう大丈夫ね? 各員、フォトンシャワーを!! ジョッシュ? あなたも苦手とか言ってないでしっかりやりなさい?」
「へいへい……ん? なんだ可愛い嬢ちゃん? もしかして俺に用かな?」
「いえ、あなたには用はありません……あっ、あのっ!!」
「えっ? 私かしら?」
そして水森の家の末の娘の清花さんは俺の同僚のフローに顔を真っ赤にして声をかけていた。そう言えばそうでした。この子は俺の同僚に憧れていたんだ。
「タ、ターナー博士ですよね!?」
「は、はい? ええと私は確かに博士号は持ってますけど……博士って、その前に英語がずいぶんと堪能ですね」
「はいっ!! 勉強したので、私、博士の癌研究と聖霊学を応用した論文を読んでファンになりました。その……サイン下さい!!」
今度こそフローは固まった。恐らく彼女の人生の中でサイン下さいなんて言われたのは荷物の受け取りくらいだろう。
「え? あの論文を日本の女の子が読んで、しかも聖霊学の応用を理解してるならあなたは日本の術師なのね?」
「い、いえ……わっ、私は、そのぉ……」
「フロー、その子は日本の協力者の水森の家のご息女だ。その他の事項については後で話すから、サイン書いてあげてくれないか」
少し疑問に思いながらもこちらの意図を一応は汲み取ったフローが、いつの間にか清花が用意していた科学雑誌にサラサラとサインをしていく。
「あのっ!! この中にレイさんの師匠はいらっしゃるんですか!?」
「あ? なんて言ってるんだ? レイ?」
「ああ、清一。聖霊での交信に切り替えろ。そっちの方が早い。てかお前英語とか出来ないだろ?」
そら日本語しか話せない清一と英語しか分からないジョッシュだとこうなるな……教養は大事だ。しかし俺達、聖霊使いにはそれを解決する方法が有る。
インチキだが意思を言語化し脳内に直接伝える。それが聖霊を介しての通信。聖霊交信などと呼ばれる通信術だ。正確には術ですら無くて術師になれば自然と使えるものだ。
「はいっ!! 英語は成績は2でした。今切り替えます!! 師匠の師匠は居ますか!?」
「レイの師匠って言うと俺の親父か?」
確かに俺の戦いの師匠はローガン師なんだが清一の言っている師匠とは剣だけだからヴィクター義父さんなんだよな。
「ああ、違う、師匠じゃなくて剣の強い奴探してんだ。つまり俺の義父さんだよ」
「あぁ、ヴィクター支社長か。ま、確かに親父に勝てるのはあの人くらいだしなぁ、あとはお前と当主さまくらいか?」
そして俺達は改めてその場の全員を回復させると令一氏と向き合う。広い場所での会談が良いと考え、この間の武道場で話した方が良いという話になった。
◇
結論から言うと出発はあれから更に四日も延びた。やはり万全の状態で出立したい事、そして情報のすり合わせに、水森家や出雲の地の結界修復のためにそれだけの時間が必要だった。
そして肝心の戦闘後の話し合いは意外と短く三〇分程度行われ。その後は俺やSA0のメンバーを含めた光位術士の逗留と簡単な挨拶が行われ今日まで動いていた。
「本来なら羽田まで我が家から清一達を護衛に出そうと思っていたのだが必要無いのだなレイ?」
「はい。むしろ清一やご当主殿は残り結界の再構築及び強化をして頂きたい。昨日までに結界の修復は終わりましたが、まだ完璧では有りません」
この間の夜に令一氏の言っていた水聖結界の拒絶反応とはダークブルーたちの侵入だった。しかし水の特性を持つロードが相手だったために結界の一部を書き換えられ発見が大幅に遅れてしまったのだ。さらに光を抑える効果まで付与された結界は俺の弱体化まで行われていた。
「だけど、ひなちゃんや他の術師が何年もかけて作ってくれた結界を緊急事態とは言え破壊してしまったのは申し訳なく思います」
「気になさらないで下さい。その結界もそちらが直してくれたのですから、それにかなりの高位な術のようで、向こうで学ぶ事がまた増えてしまいました」
あの時、俺の危機に上空からジョッシュやフローがレイランスとレイアローを叩きこみ結界を破壊し突撃して来た。
その結果、四日の足止めとなってしまった上に水森家には多大な迷惑をかけてしまった。もちろんフローや俺が結界を再構築して今は正常に戻した上に色々と改良も加えていた。
「ま、良かったんじゃないですか? うちとしても古い日本家屋から立派な高層マンションにバージョンアップした感じですし、術式も古くさ――――痛い!! 姉さま痛いですっ!! ごめんなさ~い!!」
「レイさんが10年前に考案して下さって私たちが必死に作ったものを、この結界のおかげで私達は守られていたのに、でも確かに聖霊たちも力の循環具合などを喜んでますね……悔しいですが」
こんなやり取りをしていたり、後は水森の守備範囲の中国地方や九州などの闇刻聖霊の殲滅を他のメンバーに頼んでいたのが昨日完了した。その上で水森家の付近や縁のある場所に光位術の結界や特別な物を設置した。
「しかし、こんな物の持ち出しをよく許してくれたなアレックス老も」
それは英国でまだ試験段階の設置型の大型のPLDSの設置だった。機能はまだ結界の維持及び自動防衛機構のみだが、下位の闇刻聖霊なら簡単に浄化する代物で、それをデータ収集の名目で水森家に貸し出す事になった。
「他国でのデータ収集は助かるんだけど良かったのかしら? ワリー達は喜ぶだろうけど」
「はい。問題有りませんフロー先生!! うちの敷地内なんでガンガン利用しちゃって下さい!!」
そして完全にフローに心酔している清花さんはこんな感じで数日で押しかけ弟子みたいになってしまった。更に『調律』と『矯正』のコーチもフローがやってくれる事になったらしい。
「じゃあ俺は、ひなちゃんの『調律』の協力しなきゃな」
「はいっ!! お願いしますね!? レイさん!!」
ギュッと手が握られて真摯な目を向けられると悪くない。最近まで弟子の妹と見ていたけど今はもう一人の弟子のようなものだ。
しかも彼女はアイリスのために草薙の霊根を運ぶと言うミッションまでしてくれるから俺も全力で恩を返さなければならない。そんな事を考えていて俺の後ろで三人が内緒話をしているのに気付かなかった。
「なあ……おいフロー、まずくねえか?」
「アイリスが起きたら修羅場よ……まさかレイ、気付いて無いの、あれ?」
「たぶん気付いて無いです。氷奈美姉さまもレイさんが既婚者なのは知ってるんですけど諦めきれないって感じで……なんか、ほんと姉がすいません」
そんな様々な出来事が有ったから俺達の出立は遅れた。当初は新幹線の移動などと考えていたが闇刻術士に再び奇襲された場合も考慮し水森家のチャーターしてくれたバスで移動する事になった。
「東京まではノンストップで10時間弱だが休憩も考えたら約11時間だな。距離は約800キロと言った所か。遠いな」
「こう言う時は英国みたいに光の道がありゃ助かるのにな」
俺とジョッシュがぼやいていると、正門前では既に泣き出しそうな令一氏と、それを呆れた様子で見る清一が居た。
「二人とも、くれぐれも悪い男には引っかからぬように、それとレイと光位術士たち以外は信用するな、寂しくなったら必ず電話するんだ。それと必要ならお金はキチンと振り込む、カードは好きなだけ使いなさい。どうせ政府からの金だ」
「はいはい、いつまで経っても二人が英国に行けないだろ。落ち着けって、二人とも師匠の、レイさんの言う事聞いてりゃ大丈夫だから、だから絶対に強くなって帰ってこい。清花も頑張れよ。氷奈美は……あれだな蹴り付けて来い。向こうにゃ師匠の奥さん居るんだろうしさ……」
「はいっ!! 術師になって帰ってきますよ~!!」
「兄さま……もちろんです。黎牙さんの、いえレイさんの奥様とキチンとお話したいと思っていますし、それに色々と向こうで学ぶ事も多そうですので、頑張ります」
そして別れが済むと二人はバスに乗って来た。草薙の霊根を運ぶ氷奈美は俺の横の席に、その前の席にフローと横には清花が座り、バスの運転手のすぐ横にはジョッシュが座る。
運転手は水森家の分家の人間だそうで、当主を送迎する事も有る人間なので信頼できるそうだ。残りの術士達は索敵と守りのために三人交代でバスの後ろの席と前の席で待機する。
「いつ敵が来るとも分からないからな……気合入れておかねえとな」
「ああ、頼む。ひなちゃん。霊根は大丈夫?」
「はい。まだ水も問題有りません。ですが次の休憩所で用心のために補強しましょう」
そして俺たちは一路、東京を目指す。そこで待機しているユウクレイドル家の自家用ジェットで英国へと帰る事になっている。SA0の面々は俺と霊根を運ぶために大型のジェットで来てくれたようで、特殊な防御術などが編み込まれて空の要塞と化していると聞いた。
少なくとも闇刻術士が空で仕掛けてくる事は不可能なくらいの堅牢さだそうだ。
「だから、来るとしたらバスの移動の陸路だ」
「ええ。各員、水森家のご令嬢とレイを何としても英国へ届けるわ。SA0の名誉にかけて!!」
フローの号令で全員の気が引き締まった所でバスがゆっくりと出発した。水森家の屋敷がどんどん小さくなる。清花はそうでも無いが本当の意味で箱入り娘のひなちゃんは少し不安そうに見えた。
「大丈夫だよ。ま、何か有ったら俺を頼って、ひなちゃん」
「はいっ!! レイさん!!」
様々な思いを乗せてバスは羽田へ向かう。機の出発は明日なので都内のホテルに入る事になっていて、そこで最後の打ち合わせをする予定だ。
◇
しかし意外にもその後、闇刻術士からの攻撃も都内のホテルでの襲撃も無かった。ただ何者かに視られていたが闇刻術士では無いので気にする必要は無いと俺達は判断した。
そして翌日、俺達は再度バスに乗り羽田へと到着したのだが、一歩入ったそこは異様だった。いや、入る前から違和感は有った。
「人が居ない?」
「闇刻術士が? でも、こんな事するよりも周囲を巻き込むはずだ」
「では一体、誰が?」
空港が無人だった。係の人間すら居ないと言う異様な事態だ。俺とジョッシュが警戒しフローが水森の二人を守るようにして部下たちは素早く陣を組んだ。敵がいきなり出てくるかも知れない。そう考えた時、無人の空港に声が響いた。
「待っていたわ……黎くん。久しぶりね」
「その声……この気配、お前は……っ!?」
「ふふっ、『お前』なんて酷いわ……昔みたいに『炎乃美姉さん』って呼んでくれないのかしら?」
「やはりお前はっ!! 炎央院…………炎乃海っ!?」
過去最大級のトラウマが俺を襲う。あの日の思い出さないようにしていた、あの光景が頭を駆け巡る。奴は俺を捨てた女で追放の主犯、唾棄すべき悪魔のような女……そして従姉で俺の元許嫁だ。
「ふふっ、会いたかったわ」
そう言って扇子をパタンを閉じるとこちらを見つめる瞳に俺は嫌悪感と不信感が同時に溢れたが、それ以上に背中に嫌な汗が伝い、その目を見た時に心の底から恐怖感が沸き上がった。日本に来ての最大の試練の始まりだった。
誤字報告などあれば是非ともよろしくお願い致します。
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