第22話「招かれざる客と氷の姫の献身と」
◇
「はぁ、はぁ……もう無理ですよ師匠~」
「まあ中々の術の練度だと言っておく、ただ『水麗走』は水の有る場所ならもう少し速くなるよな?」
「ええ、ですけどレイさんの光の翼は空中じゃないですか前提が違いますよ~」
あれから三時間も稽古は続いていた。清一は元より触発された他の水聖師が俺に稽古を付けて欲しいと請われたので俺は快く応じた。そして俺や清一の周りには既に十二人の水聖師が倒れていた。もちろん傷つけたわけでは無く疲労からダウンしているだけだ。
「何を言ってる風聖師の『風舞い』や炎聖師の『炎気放出』は滑空に近い跳躍が出来る術だ。水聖術も戦い方次第で空中戦も可能なはずだ」
「それは例えば氷柱などの足場を術で形成して、その上から攻撃すると言う事ですかレイさん?」
見るといつの間にか着物から戦闘衣に着替え、プロテクターを装備した氷奈美がニコリと微笑みながら歩いて来る。弓を携えながら彼女の足元は既に氷が張っていた。
「そうだね。水聖師は水場では高い能力を誇るけど氷などで場を整えて戦うのも得策だと思うよ」
「はい、私もそう思います。あと、私もレッスンして欲しいです……レイさん!!」
そう言った瞬間に彼女の足元が爆発的に隆起して氷の柱が三つ同時に出現し道場の天井ギリギリまで伸ばした氷柱を足場にして彼女は自らの聖具を取り出す。
「これは恐れ入る『氷麗姫』にレッスンとは俺も偉くなったもんだ。それは確か聖具『氷流弓』だったかな」
「はい。それでは、お相手願います!!」
上空からの容赦無い矢の雨、恐ろしいのはそれら全てが氷の矢として降って来る事だ。彼女の装備は聖具だが彼女の矢には全て氷の術が付与されている。それを暁の牙とレイブレードで全て弾いて行く。しかしあまりにも数が多い。
「なるほど……これも水森家の奥伝かっ!?」
「はい、無限氷雨、海外の術師の方は過去にこれを『こきゅーとす』と呼んでました!!」
奥伝は複数有るのが普通だが嫡子以外にも覚える人間がいるのは知ってはいた。例えば俺の元実家では炎乃華が奥伝『焔の太刀』を習得しているはずだ。
そして近接格闘の奥伝『炎滅の拳』は当主の刃砕が使っているはず。何も奥伝は一人が全て覚えるものでは無く当主と、その家の神器を継承した者など複数名で運用する事になっている。
「ただその適合者が、ひなちゃんだったのは驚きだな!?」
「私も……強くなる必要が有りましたので!!」
そう言うと同時に矢を三つ番えて放つとそれがさらに九つに、分裂して増え百を超えるまでになると氷の矢が一斉に降り注ぐ。
「過激になったね!! ひなちゃんが強くなる理由なんて想像もつかないな!?」
ちなみに俺がグリム・シールドを発動させ、ぶっ倒れている清一たちを守ってなければ地味にマズイ状態だった。具体的に言うと何人かは串刺しにされていたかもしれない。
「ある方を、自分の手で探し出しお守りしたいと思ったからですっ!!」(結局無駄になってしまいましたけどね)
「そいつが羨ましい、なっ!? でも今の俺には効かない!! レイブレード・ディヴィジョン」
俺は暁の牙を鞘に納めてレイウイングを展開しながら高速で床スレスレを滑空しながら光の刃を伸ばしていく。そして目標の場所を一斉に斬った。
「あら? 足場が……きゃっ!?」
「こういう場合は氷柱を壊すのが定石だね。ま、普通ひなちゃんの氷の雨の矢の中を避けながら近づくなんて不可能だけど俺の術なら遠近両用な上に手数が多いから問題無い!!」
しかし氷柱だけを崩すと彼女は別な氷柱に飛び移りながら新しい氷柱を生成していく。その速さは中々だったが俺の術レイブレード・ディヴィジョンはその更に上を行く。
術師や人間に対しては効果が弱いだけで無機物や、ましてや術で形成された物ならば容易く消滅させる。
「じゃあ決めるか、少しだけ肌寒いからね!!」
俺はディヴィジョンを五本同時に出現させ氷柱全てを破壊した。そして俺はそのまま足場が崩れて落ちて来る氷奈美ちゃんを空中でキャッチした。
「きゃ、レイ……さん」
「お見事だったよ。ひなちゃん。正直、少し焦った」
「わ、わたくしも、今……凄く焦って……ます」
それは仕方ない。挑んで来てここまでアッサリ負けた相手からお姫様抱っこをされているのだから。これをやったのはアイリス以外では彼女が初めてだ。
「焦らなくても、地上までゆっくり下ろすから」
「はい、ずっとこのままでも私は……」
「え? 何か言ったかな?」
そして俺が静かに着地し、顔を真っ赤にしている彼女を降ろすと令一氏が凄い形相で睨んでいる。睨んでいる者は他にも居た。
『……ッ!?』
いつの間にやら俺の旅に帯同している聖霊三柱が全て出て来ていて、ヴェインが俺とひなちゃんの間にぐりぐり割り込んで来た。顔が見えないけど何か怒ってるように見える。
「お前ら持ち場は、それとヴェインは勝手に出るなって」
「凄い聖霊力……これが聖霊帝様なんですかレイさん?」
「ああ、なぜか日本に来てからは情緒不安定なんだよな……コイツら」
そして今度はなぜか俺とひなちゃんの間にヴェインが割り込むように入って来るとコーヒーを淹れた紙コップを持って来た。
「あ、ああ。ありがと……って俺だけか?」
「聖霊帝様も嫉妬とかするんですね? こんな現象、初めて見ました」
『…………ッ!!』
主に近づく奴を威嚇するような習性なのか、この間の祐介も俺を害しようとした時に出て来たし、その前に清花さんを庇った。そして今回はひなちゃんに威嚇、本当に嫉妬とか後は害意が有る者に反応しているのだろうか。
「レイ、君の成長見せてもらった。そして確信した。光と闇の原初からいた聖霊や君の話は全て真実なのだとな」
「はい。そして黒き妖魔の正体についても昨夜お話した通りです。闇刻聖霊、闇を人々の心に刻み災いを起こす聖霊です」
「分かった。そして君たちが光の位階から世を守る光位聖霊と心を通わせる光位術士だと……分かった。ここまでの証拠が揃った以上は当家は納得するしかあるまい」
そして俺は当主令一氏と握手を交わした。するとピッタリのタイミングで道場に清花がやって来た。手には何かの水槽のような物を持っている。
「レイさ~ん、菜園から持って来ましたよ『草薙の霊根』あ、やっぱり勝負は圧勝でしたね~!!」
「なっ!? 持って来ただって見せてくれっ!!」
その水槽の中には青白く光り水に浮いている球根があった。それこそが、かの錬金術師が残した文献に載っていた素材の最後の一つ。
「これが素材の……最後の一つ」
文献にはこうあった――――龍討ちし聖剣が火事を止めるため力を振るわれた時、周囲一帯の草を薙いで難を逃れた。その後に焼け野原となった場所に聖剣の力の余波を吸収し地下に残っていた根が肥大化し球根のようになったものだと。
「我ら水森の先祖が、どこからか持ち帰り以後は我が邸内にしか植林を許さなかったものだ。しかし生命力が異様に高くて、邸内ではかなりの量が自生している」
そして道場で立ち話もどうかと言われ俺達は令一氏の書斎へ向かう事になった。清一は道場の後片付けをすると言って俺と令一氏それに令嬢の二人で話し合いが行われる事になった。
◇
「つまり、光と闇の戦いを終わらせるキーマンを救うための薬の素材がこれだと……しかしこれは我が家から出すと……枯れるぞ?」
「はい、清花さんから伺っています。ただ水森家の水に漬けておけば大丈夫だと聞きましたが?」
「そんな事まで……清花。相手がレイで、しかも同盟を組んでくれるような相手だったから良いようなもので安易に我が家の秘密をだな……」
これに関しては俺が聞き出した部分も有るから少しフォローしてあげた所、ひなちゃんも擁護に回ってお咎め無しとなった。
「レイさんに姉さま、ありがと。それで……お父様ここからが本題なんですけど」
「頼みごとか?」
「はい。私、術師になりたいです!! レイさんと一緒に英国に行って術師にしてもらいたいのです!! お願いします!!」
そう言うと清花は深々と土下座していた。俺には彼女の気持ちはよく分かる。肩身が狭い思いもしたに違いないし劣等感は常に感じていたはずだ。何より無力な自分が悔しかっただろう。同じ境遇だった俺も彼女を応援したくなる。
「なっ、ならんぞ!! 絶対にダメだっ!!」
「なぜですっ!! 私だって、私だって術師に、なりたいですっ……」
しかし令一氏の答えは否だった。ひなちゃんと俺も令一氏の発言に耳を疑った。問題など特に無いはずだ。何より彼女が術師となれば水森の家も安泰なのは間違いないだろう。
「お父様、どうしてでしょうか? 清花の願いを踏みにじるおつもりですか」
「氷奈美よ。冷静に考えるのだ……清花のような可愛い娘が英国で悪い男に騙されでもしたらどうする!? 一人で居たらきっと悪い男の手籠めに……おっ、おのれ許さんぞ英国人め!!」
そう言う事か。俺の頭の中からは完全に除外していた考えだった。て、少し待て冷静に考えてないのはそっちですよね令一氏。しかし考えてみれば令一氏は術師としてでは無く、親として考えてるだけで、そこは娘を持つ親としては当たり前の思いだとも理解した。
「父さま、レイさんも一緒ですから大丈夫です!! それにレイさんは既婚者ですからっ!!」
そう言った瞬間に対面に座っていた、ひなちゃんが「うっ」と呻いた。どうしたのだろうかと、思っていたら次の瞬間にはいつものように微笑をたたえていた。
「ひなちゃん大丈夫? どこか具合が?」
「いいえ、大丈夫です……。はぁ、お父様よろしいですか? 清花はもう大学生です。アルバイトもしっかりしていますし、何より東京で一人暮らしもしています。いつまでも子供では無いのです。そもそも――――」
そこからは怒涛のひなちゃん無双だった。なぜか微笑みながら毒を吐きまくる姿は幼い頃に後ろから付いて来た可愛い妹分じゃない。成人した立派な大和撫子だった。否、それ以上の逞しい女主人のような風格がそこにはあった。
「あ~。これ姉さま八つ当たりしてる……」
「八つ当たり?」
「清花、少し静かに。今あなたのためにお父様と交渉をしてるんですから。ね? お父様?」
そして数分後に令一氏は折れていた。凄いな、ひなちゃん……いや氷奈美さんと呼んだ方がいいかも知れない。すっかり逞しくなって立派な水森家を守る女だ。
これなら清一が多少アホでも何とかなる。あとは立派な婿を取れば完璧だなと小声で言うと清花さんが慌てて言った。
「今の話、絶対に、氷奈美姉さまにはしないで下さいね? レイさん?」
「え? でもどうして――――「良いからお願いしますね。水森家が氷漬けにされちゃいますから~!!」
イマイチ理解出来ない話だが清花と二人でそんな話をしていると細かい段取りを決めたようで、すっかり落ち着いてしまった令一氏を見る。そこには水森家を束ねる当主の面影は欠片も無かった。
「大丈夫ですわ、お父様。私も保護者として清花と一緒に英国へ参りますのでご安心下さい」
「「「え?」」」
「だって、お父様は清花が英国に一人で行くのが心配なのでしょう? それなら私も一緒に行けば問題は解決です」
凄い超理論だ。確かに二人で行けば安全度は上がるけど、そう言う問題じゃない。愛娘二人が同時に居なくなるとか色んな意味で令一氏には大ダメージになるだろう。
「な、氷奈美、お前まで……どうしてだ!!」
「それは草薙の霊根の問題です。水森家の水に漬けて維持できるのは一日が限界でしょう? ならば方法はもう一つしか有りません」
「そうなのか!? 英国までは半日程度だけど移動とかを考えたら都内で一泊はしたいし一日じゃ厳しいな」
ただ単に水に漬けるだけではダメだった。話が違うと清花さんを見ると彼女も知らなかったようで驚いていた。どうやら水に漬ければ良いとだけ聞いていたらしい。
「はい。ですがご安心を、水森家の水が必要なのでは無くて正確には水聖師の聖霊力を作用させている水が必要なのです」
「それはつまり……」
「つまり水聖師の同行者が居れば聖霊力を付与しながら安定して四日は持たせる事が可能、という意味ですレイさん」
さらに彼女の話を聞くと術の使えない清花では帯同者としては相応しく無く草薙の霊根の事を考えたら現時点で可能な限り高い能力の水聖師が付いて行くべきだと話した。
「あ、それでさっきは稽古に出て来たの?」
「はい。今の私の実力なら草薙の霊根を守りながら英国に安心して行けます。ご覧になりましたでしょ?」
しかしまだ諦めなかった水森家の当主は最後の悪あがきをしていた。
「だが、そうだ!! パスポートの申請には時間もかかるだろうから今回は別な術師に頼んだ方が良いと思うぞ、仕方ないな!!」
「ふぅ、お父様。私も清花もパスポートはもう持ってますよ?」
「なっ、いつの間に取った――――「姉さまは大学生になって作ってましたよ。その時も英国に行きたいとか言ってて……ヒッ!! ナンデモアリマセン……」
英国に何か用でもあったのかなと思っていたら急に黙る清花さんを不審に思って次にひなちゃんを見たがいつものように微笑んでいた。
「どうかしましてレイさん?」
一瞬前までは別の顔でもしていたかのようなリアクションをしてる令一氏と清花さんを俺は少し不信に思いながら思案しているとパンと手を叩いた音に注目する。
「さて、やっとお父様も静かになりましたし具体的なお話を致しましょうか。レイさんもよろしいですか?」
「あ……ああ、頼むよ。氷麗姫殿」
その後は細かい話し合いもしたが、結局は俺が二人を連れて英国へ帰国する事で話がまとまった。ちなみに後から部屋に来た清一までが英国に付いて行くと駄々をこねたので、それは実力で黙らせた。ヴィクター義父さんと戦うのを諦めて無かったようだ。
◇
それから諸々の準備で出立は三日後となった。そして出発を明日に控えた夜、清一が二人で話が有ると言って部屋に来た。
やはり連れて行けとか言う相談だろうかと俺は思案し一応は秘密の話と考えて客間に近い中庭の四阿で話を聞く事にした。
「違います……大事な妹二人をお願いしますって話ですよ」
「そうだよな。大事な妹か……ああ任せろ俺が二人を守るさ」
「今の黎牙さん、いえレイさんなら余裕だと思いますけど例の闇刻術士ですか? 相当な手練れなんですよね? 英国ではまだ戦いが続いてるとか」
それで二人を心配していたのか、実際、昨晩は二人で初のサシ飲みをしていたら十分もしない内に酔いが回り妹二人に運ばれて行ったが、その際の話も似たような内容だった。
その後に戻って来た氷奈美が晩酌してくれたのは嬉しかったし思い出話も楽しかったが、またしてもヴェインが出て来てゴタゴタして結局、清一とは闇刻術士について話せていなかった。
「ああ……んっ!? 清一、すぐにこの場から離れて当主や妹たちを守れ!!」
「えっ? なっ!! こ、この気配は!?」
「これが闇刻術士と闇刻聖霊だ。でもマズイのが居る。一人だけ聖霊力が大きすぎる……何者だ?」
今の今まで全く気配が無かったのにいきなり聖霊力が爆発したように出現していた。その数はおよそ二十人弱。
「ですけど、おかしですよレイさん!? この出雲一帯には水聖結界が、そしてこの邸には水森の水霊結界まで二重に張ってあるんですよ!?」
「なるほど、だからこの邸やたら侵入が面倒だったのね継承者?」
目の前に現れたのは黒いローブをすっぽり被っていながら体のラインから女と分かる闇刻術士だ。ローブの隙間からは漆黒の髪が零れていて俺はこの時に初めて、この女が黒髪である事を知った。
しかしそれ以外は忘れるはずも無い気配に俺は暁の牙を抜く。遅れて清一も水龍の牙を構えた。
「お前は、そう言う事か。確かにお前なら水森家とは相性はいいはずだ……ロード・ダークブルー!!」
「堕ちた継承者……その汚れた牙で神の寵愛も無い今のあなたに何が出来るのかしら。愛した者すら守れなかったあなたが?」
「よく回る口だ。今すぐ喋れないようにしてやる虫けらどもがっ!!」
即座にレイブレードを両腕に展開して斬りかかるが全て幻影だった。ならばと今度はレイブレードディヴィジョンに切り替え周囲を一掃する。
「レイさん落ち着いて下さい!? 明らかに全て水影柱の幻影です!? こんな分身に騙されないで下さいよっ!!」
「ふ~ん下位術師のくせに、こちらの術を見切るか。やはりこの国は異常ね……そもそも闇刻聖霊を放し飼いにして三年も経つのに被害が少な過ぎる」
「知るかよ!! 俺もお前も日本に来る事は無かっただろうがっ!?」
レイウイングで奴の氷の飛礫を回避しながらディヴィジョンで本物を探るが見つからない。それにしてもコイツも敵のくせに同じ事を思っていたのか。術師なのにも関わらず日本の一部の術師は下位の光位術士と同レベルの動きが出来るのだ。
それは神器を装備した清一や、奥伝を限界まで使いこなす氷奈美などの事で、威力や汎用性においては術士を上回る時があった。実際、今、視界の端で戦っている清一は劣勢では有るが闇刻術士と戦えてはいる。
「ぐっ、強過ぎる……ぐはっ!! ぐっ……」
「兄さま!? レイさんもっ!!」
「これは、なんて禍々しい聖霊力。清花……下がってなさい、私も参ります!!」
そして交戦状態に入って一分足らずで数十人の水聖師と一緒に二人の令嬢も中庭に雪崩れ込んで戦闘に入った。
しかし一瞬で六人の術師が倒され残りも負傷させられた。後で聞いたら彼らは炎央院の十選師に相当する術師だったそうだ。
「皆っ!? 我が家の精鋭中の精鋭が何も出来ないで戦闘不能なんてレベルが違い過ぎよ。こんな時に私は……何も」
「案ずるな清花、ここを水森家の、しかも当主の邸だと知っての狼藉かっ!! 覚悟せよ不届き者共め!!」
清花の怯えに応えるように奥の間から出て来た令一氏の手には長い槍、いや先端部分から見て矛と呼ぶべき長物を構えていた。
「令一様に続け、行くぞ~!!」
それは聖具『水蛇の剛矛』と呼ばれる上位聖具。そして奥伝を極めた当主の一撃は闇刻術士をその場に押し留めた。そしてそれに続くかのように水聖師達の援軍も次々と参戦する。
「確かに強いけど、技量はそこまででも無い!!」
「下位術師などと呼んでいるそうですが、対策さえしていれば、わたくし達でも!!」
そうして清一と氷奈美が巧みな連携で闇刻術士を足止めする。更に令一氏も一人を何とか抑え込んでいた。
「本当に驚かされるわ。下位術師程度が私達と戦えているなんて……でも、あなた達だけが特別なようね」
「させるかっ!! 虫けら共が……レイ・ブラスター!!」
俺が三人の闇刻術士を全て浄化して清一達に群がっている術士に肉薄する。そしてレイブレードで背後から貫き浄化した。
「さすがは閃光の悪魔、堕ちた光の継承者ね。部下から聞いた通り戦い方がここまで変わったなんて、まるで別人」
「ほざけよ虫けら共がっ!!」
更にレイブレードで二人の首を落とし、振り向き様にレイブラスターをダークブルーに撃ち込む。だが、またしても奴は水聖術の一つの水影柱に似た術で俺の攻撃を避けていた。
「レイさん……」
「黎牙さん。こんな苛烈で激情的な戦い。一昨日の鍛錬とここまで違うなんて……英国で何が、何があなたをここまでの修羅に……」
水森家の二人の令嬢を背後で守りながら聞こえたのは俺に対する驚愕と畏怖の声、ここ数日間は忘れていた。あまりにも平和で心地よい時間だったから。だけどコイツら違う。コイツらは俺の……アイリスの仇なのだから。
◇
俺の戦い方から水聖師たちは水聖霊での援護と自衛のみをして防戦一方に切り替えていた。唯一対抗しているのは水森家の三人だけだった。正直に言えば助かる。
力が無い者が戦場をウロウロしているのは邪魔にしかならない。そして俺はそれを清一たちにも言った。自衛と援護に努めて欲しいと言った。しかし返って来た答えは否だった。
「出来ません!! あなたは、黎牙さんが英国で何があったか私は知りません。それでも、あなたの心は悲鳴をあげています。そんな泣きそうなあなたを、ただ見ているなんて私には出来ない!!」
「氷奈美……ひなちゃん、何を……」
「戦術的に正しいのはあなた、そして判断も間違ってない。だけど、それでも……私は、もうっ……後悔したくないっ!!」
どうしてだろうか……彼女の、氷奈美の言葉に俺はアイリスと出会った時の事を思い出していた。だけどその一瞬は完全に俺の隙となっていた。そしてロードはそんな隙を見逃す程甘くは無い。
「よそ見はいけないわ継承者!?」
「ぐっ……しまっ!?」
軽い負傷、しかし闇刻術士との戦いでは致命的な負傷。脇腹を軽くえぐられた。本来ならフォトンシャワーで回復したいが今のような乱戦で回復する隙などない。また俺は感傷に浸ったばかりに、情けなく弱い俺はまたしても醜態を晒してしまった。
「それにしても……戦闘中に継承者が心動かされる存在……そんな人間、私は一人しか知らないわ……まさか、あなたもそうなのかしらっ!?」
「ぐっ、氷鎧壁!! 黎牙さんを守って!!」
咄嗟に氷奈美が俺に対して氷の防御術を展開した。しかし、その判断は間違っていた。なぜなら奴の狙いは俺から彼女に変わっていた。黒い闇の力を帯びた氷の槍が彼女に迫るが間に合わない。
「分かっています。私の方に来ている事くらい!! 氷麗姫の二つ名……甘く見ないで!!」
彼女の足元の氷が滑るように彼女ごと動いてダークブルーの攻撃をすべて回避し、更に氷柱を連続で五本作り出し狙撃ポイントから氷の矢の雨を降らせる。そして矢の一つがダークブルーのローブを引き裂いた。
「くっ、下位術師程度が!! あの方の寵愛を受けた私をおおおおおお!!」
「氷がいへっ――きゃああああああああ!!」
氷の柱はこの間の稽古と同様全て砕かれ彼女は落下する。しかし落下しながらも今日は弓を放さずダークブルーを執拗に狙い撃つ。
だがそれは敵も同じだ。危険だと頭の中で警鐘が響く。水のロードは完全に逆鱗に触れた状態だ。
「その脆い氷の鎧、あなたごとバラバラにしてあげる。水よ、闇よ、舞い狂え青・乱・舞・龍!!」
「あれはっ!! ひなちゃん!! クソっ!! コイツらぁ!!」
だが俺はまた同じ失敗をしてしまった。焦りのあまり敵にトドメを刺さず動いた時に瀕死の敵の攻撃を背に受けた。
「黎牙さん!! 氷奈美!! くっそお!!」
「ぐおおおお!! 氷奈美!!」
俺以外の二人、令一氏も清一も動けない。そんな中でロードの最高の攻撃が完成してしまった。俺は後ろの二人を斬り払うと、ひなちゃんの前にギリギリ間に合った。しかし、それはまたしても完全な悪手であり同時に敵には好機だった。
「いらっしゃい継承者。そんな雑魚を私が狙うとでも? 消えなさい!!」
完全に心理戦で敗北していた。冷静さを失ったら負けだと教えられていたのに、奴の術の奔流の前で俺は防護術すら張る暇も無く、後ろの少女を守る事も出来ずに目の前の闇の龍に飲み込まれようとしていた。
誤字報告などあれば是非ともよろしくお願い致します。
ブクマ・評価なども有ればお待ちしています。




