第20話「炎の追放と無邪気な憧憬と」
※この話は主人公視点は有りません。よろしくお願いします。
◇
「以上が報告になります。当主」
「それは本当なのか……そんな話、有り得ん……」
いつもの奥の間では無く炎央院の分家や門下までが集うための正式な謁見の間で、背中までかかる赤い髪をなびかせ炎央院炎乃海は歌い上げるように報告を終えた後に着座した。
「炎乃海。証拠は有るのか?」
「もちろんです、お父様。こちら私の直属の念写術を使う事の出来る者とそれの強化を行う者です。今から映像もプロジェクターに投影してご覧に入れますわ」
そう言うと炎乃海の周囲に四人の女性の術師が中央のプロジェクターを操作し念写の投影を始めた。映ったのは祐介を始めとする術師を次々と倒すレイだった。会場中からどよめきの声が上がる。
「ふふっ、凄い凄い、やっぱりレイおじさんは強いんだ~。そっかアレがレイおじさんの聖霊帝なんだ……あれ? でも何かこの聖霊……変?」
「え? レイおじさんって真炎……あなたが言ってたのは黎牙兄さんの事だったの!? おじさんて黎牙兄さんはまだ二十三歳なはずよ!!」
「その話、僕は聞いて無いんだけどマホちゃんは兄さんと会ったの!?」
炎乃海とは反対側の席に座っている炎乃華や勇牙それに真炎は映像を見ながらそれぞれ思うところがあった。真炎は大好きなアイドルやテレビのヒーローを見るような憧れを、勇牙も同じだが何か含みの有る複雑な顔を、そして炎乃華は……。
(あぁ、これなら……今の黎牙兄さんなら……この家を救ってくれる。昔みたいに強くて私に剣を教えてくれていた私の憧れの……)
だが次の瞬間にその思いは粉微塵に砕かれる事になる。炎央院の十選師や取り巻きを圧倒し本命の噛ませ犬であった祐介と対峙した時にレイが言い放った一言だった。
『一つ訂正をしておく……俺の名は、炎央院黎牙では無い……その男は死んだ。そして我が名はレイ=ユウクレイドル、光の継承者だ!!』
(え? ナニヲイッテルノ? 黎牙兄さんは生きてるじゃない、誰よレイ=ユウクレイドルって……光の継承者? 意味が分からない)
炎乃華はそこですぐに考える事を拒絶した。今は黎牙が生きている事を喜んで雑事は後で考えれば良いと自分に都合の良い事を考え、すぐに映像に注目した。まるで何かから逃げるように、そして場面転換が数度され祐介と黎牙の対決が始まる。
『俺と勝負しろ!! 炎央院黎牙ぁ!!』
『嫌だ。俺の名はレイ、レイ=ユウクレイドルだ。そんな名では無いっ!!』
またビクンとする。聞きたくない、そんな言葉聞きたくないと耳を塞ぎたい。そうしている間にも祐介が一撃で吹き飛ばされ更には聖霊同士も格が違う戦いをしていく。
周りのざわめきが大きくなる中で炎乃華の頭の中では疑念や困惑何より不信感がどんどん溢れて来る。気持ち悪い嫌な感覚だ。
『ああ、それはな……お前が俺より弱いからだ……里中祐介、今の無能はどちらかな筆頭さん?』
『あっ、ああ……そんな筈は無い……俺は門下筆頭で……炎央院を継ぐために』
『無様だな……炎央院の名? そんなものくれてやる。今の俺には毛ほどの価値も無い、今はもっと大事な者が居て、大事な物が有る!!』
そして決定的な一言が放たれた瞬間に周囲のざわめきと同時に怒号が溢れた。当然だ炎央院の家に向かって唾を吐いたと言う事だからだ。しかし炎乃華の中では違う絶望感が襲っていた。
「嘘よ……兄さんが家を、あれだけ大事にしてたものを……捨てる、なんて。有り得ない……そんなはず無い、それじゃあ私は今まで何のために……嘘よ」
「炎乃華……落ち着こう。まだ続きが――――「黙ってて!! 黎牙兄さんがこんな事言うはず無いっ!! 違う!! 勇牙は黙ってて!!」
そして映像は最後に祐介が腕を聖霊帝のヴェインに腕を切り落とされ叫び声を上げた後に流美から逃げるようにレイウイングで清花と逃げるところで終わった。怒号が鳴りやまない中でパンパンと手を叩く音が響いた。それは炎乃海だった。
「これでいかがですか当主、そしてお父様? それと集まった門下の皆も、これが今の炎央院黎牙の力……いかがです?」
「うむ、驚嘆すべき力だ。それに人型の……まさか聖霊帝とでも言うのか? それ以外にも鷲の白い聖霊、最低でも二柱、あの出来損ないが……契約したと?」
「当主、いえ兄上、事実に目を向けるべきでは?」
何か言いたげな衛刃の発言に刃砕が不満気な声を上げる。炎央院の集会ではお馴染みの光景なのだが今日は普段とは違い刃砕がイラ立ち衛刃の方がどこか安心した顔をしている。
「何か有るのか衛刃?」
「いえいえ、何でもありません。して炎乃海、元嫡子の、黎牙の現在が分かる情報を持ち帰ったのはよく分かった。それだけか?」
だが同時に衛刃には別の懸念があった。目の前で気持ち良さそうに話す自分の娘が自ら追放したはずの元許嫁をまるで誇るかのように話し内縁とは言え今のパートナーが叩き潰される光景を流した事に対する違和感だ。
「いいえ。どのような形とは言え炎央院黎牙は炎央院家に楯突いた。更には炎央院の名はいらないとまで言う……これは由々しき問題です」
「その通りだ。それで対策をどうする炎乃海よ?」
「はい。しかし、あの力を放置するのは惜しいと……ですので私と炎乃華それに勇牙の三人で説得をします。私の許嫁をね?」
その瞬間、水を打ったように場は静まり返った。錯乱し真っ青な顔をした炎乃華ですら何を言っているのか分からないと言った表情を浮かべた。勇牙も理解不能と言わんばかりの焦り顔で真炎だけは無邪気にニコニコとしている。
「なっ、何を言っている炎乃海!! お前と黎牙との関係はっ!?」
「あら、お父様? 私がいつ黎くんと婚約破棄なんてしましたか?」
「な……それは……お前は何を言っているのだ炎乃海よ!?」
「そうよ姉さん!! 第一、今の……祐介はどうなるのよ!?」
衛刃と先ほどまで茫然自失となっていた炎乃華が復活し同時に反論していた。負傷したとは言え祐介は死んだわけでは無い。他の術師にしてもそうだ。これはレイが手加減したから無事なので本来なら間違いなく消されていたであろう。
「ああ、あれはもういらないわ。聖霊病棟での検査待ちだけど、もう術が制御出来ないそうよ。片腕を失った代償と聖霊医は言っていたわ。そ・れ・と、あれと籍は入れてない。ただ私は子種を貰っただけよ」
その余りにも異様な発言に集まった一同が絶句していると炎乃海の側近が立ち上がり耳打ちしていた。その報告に彼女は頷きそして、その場に集まっている全員に改めて言った。
「今、正式に病棟から連絡が来ました。里中祐介は術の制御不能により災厄『急段』の認定になりました。更に他の十選師は負傷の為に一ヵ月は戦線に復帰は無理との診断のようです」
「そうか……しかし、それが――――「お分かりになりませんか、お父様。今の炎央院の実働部隊『十選師』の内の三人が負傷し筆頭は再起不能この期を他家が狙うのは必定です。さらに私の許嫁の黎くんは水森の家の娘と居ました。
こちらの情報は少なくとも水森家に漏れています。そして水森家には今代最高峰の実力者、水森清一が居ます。戦力が欲しく有りませんか当主? それも優秀な血族の」
「うむ……確かに、それに我が家で黎牙と炎乃海との婚約を破棄はしていないな。破棄状も作ってはいない。炎乃海の策にも一考の余地が有るか」
「兄上っ!! 何を言っているか理解しているのですかっ!? それは、それは余りにも勝手が過ぎます!! 私は反対です……兄上には人の心が無いのですかっ!!」
「なら衛刃よ。この難局、お前はどうする。謎の黒き妖魔に手を焼いている状況で更に四大家の内部分裂でも起きたらこの国は終いぞ。何よりあやつは黒き妖魔を滅した。他家にあの戦力を渡すわけにはいかん!!」
ついにここに来て衛刃がハッキリと刃砕と炎乃海の考えを否定し対立した。そして、その言葉を言った瞬間に炎乃海の口角がハッキリと上がった。
ニヤリと笑ったのだ。この時の衛刃のミスは一瞬とは言え冷静さを欠いた事、ただそれだけだった。そして最後まで冷静にそして罠を張っていたのは炎乃海の方だった。
「なら私が水森家の当主と話を付けます。そして黎牙の説得を!!」
「ならんな!! そうやって前も私を謀ってくれたな。極秘裏に涼風と水森と繋がり何をしようとしていた、なあ衛刃よ?」
「そ、それは……私は炎央院家の事を第一に――――「やはりお前は当主の座を狙っていたと言うわけか……血を分けた弟、衛刃よ私は情けない。だから私は炎乃海の案を推したい」
茶番だ。完全に頭に血が上っている兄に何を言っても無駄だ。ならば自分も独自の行動を取るしかない。炎央院の家のために動く時が来た。
遅すぎたと、そう考えた時になって衛刃は違和感に気付いた。まるでこの行動が何者かに誘導されているようだと自分は何かを見落としているのでは無いかと……。
「そうですか。なら私も独自の方法で解決を目指します。炎乃海の案と二策において黎牙の懐柔を、兄上にはその件の裁可を頂きたく……」
「ならん、私の判断に異を唱えると……そうか、そうか衛刃……残念だ。当主権限でお前を無期限の謹慎とする!!」
「なっ!? 兄上っ!! 正気ですかっ!?」
「封印牢に入って頭を冷やせ当主命令だ……」
そう、狙いは最初から衛刃だった。炎乃海は最初から自分の父の排斥を狙っていたのだ。事あるごとに自分の妨害をしていた邪魔者を排除したかった。
今までも炎乃華と勇牙そして流美を使って幾度も妨害し煮え湯を飲まされていた炎乃海は、虎視眈々と機会を伺っていた。
そこでいち早く情報を得た彼女は今回の状況を最大限に利用した。邪魔な父を排除した上で手元に最高の戦力を手に入れる。それこそが彼女の真の狙いだったのだ。
「くっ、炎乃海!! お前は自分が何をしたのか分かっているのか!?」
「もちろんです、お父様? 私が勝ってあなたが廃されるだけ……この程度を見抜けないだなんて老いましたね」
「スマン黎牙……不甲斐ない叔父で……炎乃華そして勇牙!! 選択を誤るな、決してだっ!!」
「まだ言うか連れて行け!!」
そして生き残りの十選師に周りを囲まれ衛刃は連行された。炎央院家の離に有る術を一切使えない座敷牢、通称『封印牢』に連れて行かれてしまった。
「ど、どうすれば黎牙兄さん……私は……」
状況が二転三転と入れ替わる中で炎乃華はレイの言動と父の騒動で完全に心が折られ、勇牙はオロオロするばかり。今この時から形勢は完全に逆転し当主の主流派及び炎乃海派が完全に台頭した。そして集会はその後、全て炎乃海の思うままに進んだ。
「ふむ、では決まった。今日より炎央院黎牙を当家に復帰させ、こちらの炎乃海の許嫁に戻す。異論は無いな!!」
「はい、異論は有りません。当主、いえ……お義父様」
逆らう者など誰一人として居なかった……全ては『炎央院の毒婦』と陰で呼ばれていた炎央院炎乃海の計画通りとなってしまった。
◇
先程の集会が全て自分の思惑通りに行ったと炎乃海は一人ご満悦だった。しかしまだ全てが終わっていないと気を引き締め最後に身辺を身綺麗にしなくてはいけないと思い直す。つまり仕上げだ。
「ふぅ、さて、地ならしは完璧……残りは後片付けね……真炎行くわよ?」
「はい、母様……どこへですか?」
「お別れの挨拶よ」
そう言うと彼女は車の手配をすると聖霊病棟に向かった。そして二人は特殊病棟に到着すると隔離区画の病棟の一室の前に立ちノックをして入室した。
「ここね、失礼」
「うぅっ……炎乃海、真炎……来て、くれたのか」
そこは病室と言うよりは隔離施設、まるで刑務所の牢屋ような鉄格子に強力な封印結界が張られた場所だった。そこに片腕を失った里中祐介は投獄されていた。
「あら父さま? 腕が……どうされたの?」
「そ、それは――――「黎くんに敗北して斬り落とされたのよね祐介?」
「あ、ああ。だ、だが次こそ!! 今度戦えば俺が必ず!!」
「次? あなたは腕が無くなり『災厄』の認定を受けている。その意味が分かっているのかしら」
そう言って炎乃海はため息をついてスマホを取り出しどこかへ連絡した。そこには情など一切無く昨日まで夫婦であった関係など微塵も感じさせない対応だった。
「ええ、『島』への連行をお願い、里中家の里中祐介よ。症状は『急段』です。はい、あとは最後に挨拶をしてすぐに帰りますので、ええ、出荷をお願いします」
「お、おい炎乃海、何を、何を言ってるんだ!! 俺はまだ戦える!!」
「聖霊術を御せず、そして暴走の危険の有る術師の行きつく先は『島』での隔離よ。あなたも知ってるでしょ? 大丈夫、あなたの好きな女も定期的に送るわ。何不自由無く過ごせるよう手配します。迷惑料とでも思って」
「待ってくれ、お前は!? それに真炎は、俺の娘は?」
「ふふっ『俺の娘』ですって? この子は私の娘ですけどあなたの子では無い……書類上はそうなっているの。そしてこの子の新しい父親は既に見つかってるのよ」
そう言って炎乃海は当たり前の事を言っているような軽いトーンで、とんでもない事を言ってのけた。先ほどまで妻だと思っていた女の言う事が何一つ理解出来なかったからだ。
「な、何を、言ってるんだ炎乃海?」
「真炎、あなた黎くんと会ったそうね? どうだったかしら?」
「え? レイおじさん? うん、優しくて頭が凄い良かった……かな」
「な、何を言ってるんだ? 何で無能の話がここで出てるんだ!? 力がない無能など!!」
(そっか父さまはそうなんだ……じゃあ仕方ないかな)
突然目の前で妻と娘が自分の敗れた男の話を始めた。炎乃海はともかくとして真炎があの無能と会っていたとは何の冗談だと更に頭が混乱する。彼の頭では理解が追い付かない展開で、おかしくなりそうだった。
「先ほど緊急招集で決議が行われたの。議題は帰還した正当な嫡子への対応について、そこで私と黎くんが許嫁に戻るのが決まったわ。あれだけの力だから今度は誰一人として反対者は出なかった……ふふふっ」
「な、じゃ、じゃあ俺は、俺は――――「あなたは災厄よ? この炎央院に居場所はもう無いの。でもあなたは私の最高の娘を生むのに協力してくれた。だから感謝はしているの、そもそも私もあなたも最初から愛情は無かった。違う?」
そもそもが浮気三昧だったのは祐介の方で入り婿なのに力だけで好き放題して来たのだから力を失えばこのような扱いは至極当然だ。それを本人が自覚していない所が地頭の悪さを物語っていた。
「待ってくれ炎乃海!! 俺は、俺はあああ!!」
「ふふっ、黎くんのくれたプレゼントを全部取っておいて正解だったわ。これで再会をより良く演出する事が出来る。あ、それとあなたからの贈答品は金銭に変えてお返しするわ。じゃあね祐介、もう会う事も無いでしょうけど、お元気でね」
ドアが閉まり残ったのは血縁関係では有るが書類上は一切の関係のない複雑な親子だけとなった。そして祐介がポツリと呻くように呟いた。
「あ、ああ……炎乃海。どうしてっ……俺が、俺が何を……」
『しいて言うのであれば光の継承者の覚醒を促す駒として利用されただけか……しかし選ばれたのはお前の邪な心があればこそ……悲しいな我が子よ』
「え? 真炎? 何を、言っているんだ父さまだぞ?」
炎乃海が出て行き俯いていた祐介に突然聖霊を介しての通信が発生した。ここは封印施設で祐介は術を行使出来ないにも関わらず不思議な現象が起きた。更に目の前の自分の娘の目が紅く輝き、全身は赤と白のオーラを纏って宙に浮いているという怪現象まで起きていた。
『だから貴様は愚かなのだ……神の言葉を理解出来ぬその愚かさ……我らが神に申し訳が立たぬわ』
「真炎? 何を……」
『まあよい。一生分からぬまま朽ちて行くのが定めとなったのは、お前の今日までの行動の結果よ。依代の、この『炎の巫女』の気持ちを考えずに行動した己を恥じて一生を過ごすのだな』
それだけ言って真炎の周りのオーラが消えると真炎がまるで今、目を覚ましたかのようにキョロキョロ辺りを見る。
「あれ? また勝手に……言って下さらないと困りますぅ……」
「真炎今のは……そ、それよりも、母さまを説得してくれ頼むぅ!!」
「説得?」
無邪気な顔をして不思議そうに聞くのは六歳の少女らしく、むしろ二十三歳にもなって実の娘に土下座して意味不明な事を言っているのは祐介の方だ。
「このままじゃ俺は……父さまは、お前と会えなくなるんだぞ良いのか!?」
「う~ん……でも母さま言ったよ? 代わりにレイおじさん。ううん黎牙お父さまが出来るって、そう言ってた」
無邪気な顔でキラキラした瞳で言う娘の口から『黎牙お父様』と出て軽く卒倒しそうになり無言になる。それではまるで自分が要らない人間だと言われているような気がしたからだ。実際はそうなのだが脳が考えるのを拒絶していた。
「え? な、ナニヲイッテルんだ」
「レイおじさん。ううん黎牙お父様は私が迷子で困ってるとすぐに迎えに来てくれた。そして一緒にハンバーガーを食べて私のお話を全部聞いてくれた」
「な、たったそんな事で――――「父さまも母さまも一度も、お外で私とご飯食べてくれなかった……話聞いてくれなかった。でも新しいお父様はお父様じゃない時から優しかった」
「そんなの、ここから出たら俺が全部やってやる!!」
「昨日までなら良かったけど……もう遅いよ。それに私、頭の良い人が好き。レイおじさんが父さまになったら英語とか、お勉強とか色々教えてくれる」
蛙の子は蛙、やはり真炎もどこか壊れていた。それも母親の血をかなり色濃く受け継いでいて、その特質は執着だ。ただ違うのが母親である炎乃海が力や権力と言った『力』に執着し固執しているのなら真炎の執着する対象は『知』だった。
「父さまみたいな野蛮で頭の悪い人より、あの人の方がいいんだ~」
そして知識への憧れは偶然出会ったレイと言う大人によって塗り替えられた。その憧れは会えない間に大きくなり親身になってくれた存在を憧憬の対象として見てしまい、最後にこう思った。
「だから思ったの……レイおじさんが、お父様になってくれたらいいのにって……」
「な、そ、そんな……」
これはもちろん小さな子供が『誰々のパパがイケメンだから私のお父さんと換えたい』とか『○○君のママは美人だから俺のカーチャンと交換して』とか、そのレベルの話でそこまで深刻な話では無かったが、そこに炎乃海の悪意と真炎の無邪気な憧憬の念が入る事によってここまで悲惨な状態になってしまった。
「だから、さようなら父さま……あ、違う。え~っと……」
「祐介さんよ真炎? もう行くわよ。これから黎くんを迎える準備で忙しくなるわっ!! お家に帰りましょう」
面会場から出て来るのが遅い真炎に業を煮やした炎乃海がドアを開けて再び入室して手を繋いで帰ろうとする。その後ろ姿に祐介は必死に目を向けるが何も言葉など出て来なかった。
「えっと、祐介さん? さよなら……母さま待って、レイおじさ、お父様は私にお勉強教えてくれるかな?」
「ええ、黎くんはソレと違って小中と学年では常に一位だったの、学校で一番頭が良かったのよ? 真炎の事も必ず可愛がってくれるはずよ」
そんな会話を最後にドアが閉まった。その牢獄にはかつて炎央院でも門下最強と謳われ、やがては炎央院を率いるかも知れないと言われた男が一人物寂しく追放を待つだけの場と化した。
「あ、アアアアアアアア……アアアアアアアア」
彼に残されたのは出荷先の島で永遠に腐って行く余生だけとなった。これから何十年も続く人生を外界から遮断された地で永遠と死ぬまで過ごすと言う罰が彼を待っているのだ。そしてレイを追放した男の末路が決まった同じ頃にレイ本人は別の問題に直面していた。
誤字報告などあれば是非ともよろしくお願い致します。
ブクマ・評価なども有ればお待ちしています。




