第1話「無能が辿り着いた場所」
プロローグを読んだ上での一話になってますので、よろしくお願いします。
あれから二週間、俺は日本を離れて中国の北京に居た。幸い限度額に余裕の有るカードをもらったわけだし使わなきゃ勿体ない。まだ一五歳のガキじゃ年齢確認されたら最後だから使うタイミングは慎重にしていた。
「はぁ、はぁ……くっ!! どうしてっ!!」
しかし俺は今、必死に逃げていた。他言語を喋れるわけじゃないけど英語と中国語は今や必須となっているこの時代、片言では喋れるようになっていた。それでも早口で何かを喋って俺に襲い掛かって来る人間が何を喋っているかなんて分からない。
「くっ、やるしか……無いか」
裏路地に追い詰められて肩で息をしていると怒鳴り声が聞こえてくる。そして目の前に四人の男が現れた。どうしてだろうか強盗にしては、あまりにもしつこい。これで先回りされたのは都合三度目で、まるで位置がバレているようだ。
「ここなら誰も見て無い……行くぞ!!」
相手がナイフや鉄パイプを取り出すのを見て俺も旅行カバンの中から特殊警棒を取り出す。本当は木刀か居合刀があれば良いんだけど、そんなのは飛行機に持ち込み禁止だった。だからこれを空輸で先に運んだ。正直カバンがちゃんと届いていて良かったと思う。
「ふぅ。ま、こんなもんかなぁ……え?」
四人を圧倒し軽く捻る。俺は聖霊術は無能だったが身体能力は鍛えたから高い。さらに剣の腕は誰にも負けない自負がある。だから『聖霊使い』相手じゃなければ余程の相手には負けない。これに聖霊術さえ使えればと多くの人間に言われ、そしてバカにされていた。
そんな事を考えていると倒れていた中の一人がユラリと立ち上がり何かを構えた。短刀、いやナイフを構えると次の瞬間それから鋭利な水の刃が飛んできた。
「うわっ!! 聖霊術かっ!!」
相手が何か中国語で喚いているが何を言ってるか分からない。中国の術師が一人居たのか!?こうなったら絶対に勝てない。俺は逃げるしかないと踏んで脱兎のごとく駆け出した。
「くそっ!! 水って事は水聖師かっ!?」
俺は咄嗟に近くの店に入って息を潜める。しかし相手はまるで俺がこの店の中に居るのが分かっているように店前で待機していた。おそらく聖霊術による索敵だ、いよいよ追い詰められた。そして店で適当に注文しながら外を見ると追跡者の男と目が合ってしまった。次の瞬間だった。
「あああああああ!!!」
「なっ、なんだ?」
いきなり外に居た水聖師が奇声をあげて突然苦しみだし倒れた。何か白い光が一瞬その男の近くで光った気がした。チャンスとばかりに俺はこの機会を逃がさないで駆け出すと宿泊先のホテルに戻った。
こんな大荷物を持って逃げられないし捨てるか金にでも換えて逃亡するしかない。旅行カバンの方に売る物をまとめ、背負っていたリュックの方の荷物も取り出す。
「これは……そうか。流美にもらった弁当箱も悪いから持って来たが……売るしか捨てるしか無いな」
そう言って弁当箱を持ったら一部が壊れていた。さっきリュックを背負ったまま全速力で走ったせいでどこかにぶつけたのだろう……そう思っていた時にその弁当箱がズレた。そう、ズレた。正確には二重底になっていたものが取れた。そしてそこに入っていたのは……。
「アハハ……くっくっくっ……そうだよな……聖霊術なんて使わなくてもコレがあれば俺の位置なんて分かるよなぁ……」
弁当箱にしては少しデコボコで使いにくい変な形だと思っていたし、一部だけ盛り上がっているのは何でだろうと思っていたが、その部分に発信機が入っていた。俺は日本を出る時に泣かなかった。それが俺の最後の意地だったからだ。
勇牙に憐れまれ、炎乃華にバカにされ最後は炎乃海姉さんに捨てられても泣かないように我慢していた。だけど今、その思いが一気に溢れた。ここに来て、それが一気に決壊した。俺は捨てられた、追放されたとハッキリ自覚してしまった。
「アハハハハハハハ!! 誰も……味方なんて……居ないんだよな……アハハハハハハハ!! ハハハハハハハハハハ!!! うっ……ぐぅ……」
その日俺は泣きながら嗤った。自分自身を、才能の無い情けない自分を嗤った。慟哭がホテルの一室に響き渡るが気にしてられない。ただ泣き崩れるのは嫌だったから狂ったように嗤った。目からは涙を大量に流して……。
それから俺は涙を拭いて心に決めた。二度とあの家には、そして日本には戻らないと。そして俺はこの日から涙を、泣くという行動を否定した。もう二度と泣かない、強く、意地汚くどんなに惨めな運命でも生き抜くと……この時、心に刻んだ。
―――――日本、炎央院邸とある一室――――
「それで? 流美? 黎くんの処理は終わったの?」
「申し訳有りません。炎乃海様、件の前嫡子様は依然行方不明です」
「はぁ……祐介あんたの妹も中々に無能ね?」
そう言って話すのは追放された黎牙の従姉で元許嫁の炎乃海と、その従者になった流美だった。彼ら里中家の者は炎央院家の側近として使える宿命を負っていて兄の祐司は黎牙に、弟の祐介は将来的に勇牙に付く事になっていた。
そして流美は炎乃海と炎乃華の側近見習いとして付くように言われ近い内に主人を二人の内から決めねばならなかった。
「悪いな。あの無能を仕留めるならコイツでも出来ると思ったんだが……ま、二度と戻って来ないだろうし放っておいても……」
「いいえ。炎央院の家に恥は残してはならない。私の父のように口だけではダメなのよ。ましてや、あの甘い父のお気に入りの黎くんを始末したとなれば、父さんがどう言う顔をするか……流美!! 早く始末なさい!!」
「はっ!!」(申し訳ありません……黎牙様……)
しかしこの後、彼は数度に渡り追跡者に襲撃されるが運良く逃げ果せていた。そして黎牙がどうなったか判明するのはそれから五年後の事なのだが炎央院家の人間を含めて、まだこの時は誰も知らなかった。
◇
追跡者から逃れ、あれから一年。俺は何とか逃亡生活の日々を過ごし生き残っていた。俺は泣き叫んだあの日からすぐに行動を開始した。まずは私物は全て売り払うか捨てて服すら変え日本からの持ち物は全て捨てた。
何が仕掛けられているか分からないし、聖霊術は俺の知らない事の方が多いからだ。発信機も怖いからとにかく全てを売り払い身分証と財布、それとカードとパスポートだけを持って移動した。
「今日も生き残れたか……いただきます」
腐っても嫡子で次期後継者扱いだった俺は食事も、こんなバターロール一個なんて事は無かった。そもそもパンを食べる事が稀だった。空腹とも戦いフラ付きながら旅を続ける。途中で日雇いの仕事を見つけたりして片言の中国語で頑張った。
「これで俺も立派な犯罪者か……まさか密航者になるなんてな……」
中国から脱出する際には貨物船に密航した。追跡を恐れ気配を押し殺して貨物に紛れて数週間、虫や動物と密航仲間になったりと快適な船の旅が出来た。
そして着いた先はヨーロッパ。フランスだった。暴動やらデモが起きる中で人種差別を受けながら日雇いの仕事を探しその日暮らしの日々。英語で話しかけても最初は答えてくれない人も多かった。その後に俺を憐れに思った親切な人にフランス語を少し教えてもらい命を繋いでいた。
「どこでも居場所が無いな……俺は……」
そして少し小金が溜まると次の国へ……そうして貯めた資金を元手に俺は今、ドーバー海峡をフェリーで渡っていた。海風はこんな重いのか……デッキに出ていると少し髪がベタベタする気がする。
ボケーっとしていたら「ヘイ! ジャップ」とか言われたので「名高い英国紳士・淑女の方々が何の御用で?」と英語で返すと少し驚かれた後にニヒルな笑みを浮かべた初老の英国紳士にコーヒーをごちそうになった。
どうやら隣の奥さんと二人でバカンスの帰りだったらしい。そして以外にも博識で日本通だった夫妻に、日本人には英国は辛いかも知れないと言われた。
「それは……どうしてですか?」
「それは、君、我が大英帝国のテーブルの上にマナーはあるが、料理は無いからさ!!」
と言って笑った。これが本場のブリティッシュジョークか……だから思わず俺も言ってしまった。
「ならちょうど良かった。俺も美食に飽きてマナーを学ぶために日本から留学したので、これでマナーの勉強に集中出来そうです」
あまり上手い返しでは無かったけど英国紳士には意外とウケが良くて、その日はフェリーが着くとその初老の夫婦の家に泊めてもらえた。翌日、言うほどマズくないブレックファーストをいただいて、お礼を言いうと俺はその家を後にした。
「人の好意に触れたのは、久しぶりだな……去年までは……いや、過去はもう振り返らないで行こうか」
本来なら高校に通っている年齢だが、残念ながら今の俺は実家を追い出された世界を股にかけるフリーターだ。発信機を壊して中国を出てからは追跡は無かった。
あの日貰った弁当よりも今朝のブレックファーストの方が何倍も旨かったな。案外と俺はイギリスで生きていけるかもしれない。今は手持ちも少しだけ余裕が有るから心にもゆとりが有った。
「聖霊が多い……やっぱ大都市ロンドンだな」
老夫婦の家はダートフォードというロンドンの中心地より離れた郊外のような街にあった。なので駅までの道を聞いて俺はそこから電車で中心地へ向かった。そこで思ったのは、やはり聖霊が多いという事で、もちろん一般人には聖霊は見えない。
聖霊は訓練を積んだ才能の有る人間にだけ見える。幸い俺にも聖霊を見る事は出来た。車窓から流れる景色に無数の聖霊たちが流れて行く。
「ま、見れたのが生まれてすぐで逆に神童なんて呼ばれたんだよなぁ……見る以外は何も出来なかったけどさ」
そう、聖霊とは聖なる霊、精霊みたいなおとぎ話の存在とは一線を画す立派な生命体だ。悪霊やその他の霊などの死んだ負の思念体では無い。
人間の良き隣人であり有史以来、人々を守護していた存在だった。そしてそのパートナーとして今も歴史の裏で暗躍していたのだが『聖霊使い』だった。
(そう、俺も将来は聖霊使いになりたかった……でも俺には何の才も無く周りから置いて行かれる日々だった……)
かつての二度の世界大戦において様々な組織や国家がその力を悪用しようとした過去が有った、そこで世界中の『聖霊使い』は一致団結し各国政府に対して本来の役割の人々を守ると言う事、及び超常の事件や事故など以外には干渉しないと言う密約を結び、またそれらを秘匿させる事を約束させた。以降その流れが今も続いている。
(護国よりも民のため人のためと言っては居るけど実際は政府の人間とズブズブな関係だった。ま、よく分からないけどな……)
そしてその中でも日本の炎聖師の宗家『炎央院』家の嫡男だが無能で家を追い出されたのが俺、炎央院黎牙だ。
弟に憐れまれ、従姉妹にはバカにされ、門下に舐められ最後は両親に捨てられた、それが俺だ。ちょうどそこで回想が終わりロンドンに着いた。何かいい仕事でも見つかれば良いのだけど……。
「せっかくだし、ロンドン貧乏観光でもしてみようかね」
そんな独り言を言うと俺は駅を出た。テムズ川沿いを歩くと日本に居た頃にネットで見た事のある色々な建物が見える。今はスマホすら持てない身だから地図なんて無くて案内板や周りの人の会話だけが頼みの綱だ。
ロンドン塔、ビッグベン、大聖堂、そしてかの有名な寺院の裏手に着いた時に気付いた。先ほどまで周りには観光客などそれなりに人が居たのに今は誰も居なかった。これは中国に出るまで何度かあった現象だ。おそらく聖霊術を使った人払いの結界だと思う。
「最近油断してた……追手か……どうあっても炎央院の家は俺を消す気なのか……やはりこの国にも俺に居場所は無いのか……」
中国を出る際に用意していた特殊警棒は数度の戦いで真っ二つに折れてその場で放棄していた。つまり今の俺は無手だ。若干の護身術の心得は有るが剣が使えないのは心許ない。それでもやるしか無い、一年かけてやっとこの地に辿り着いたんだ。死ぬわけには行かない。
「死んで……死んでたまるか。俺はまだ何も出来ちゃいないんだから!!」
そう言った瞬間、昼なのに辺り一面が夜のように暗くなった。今までの追手とは格が違う。でもこんな辺りを暗くするなんて聖霊術なんて有るのか? 聖霊術は主に四つの火・風・土・水の四元素から成り立っている術だからだ。
「こんな辺りの風景を変えるなんて……こんな術……風聖師? それとも土聖師? それとも複数の術師が? そこまで俺を消したいのかよ!?」
「くっくっくっ……風や土だと……下級聖霊術を扱う者と我らを間違えるとは……ずいぶんと侮辱してくれるな……継承者よ」
「は? 継承者? 何の話だ。炎央院家の手の者だろ!? 継承者じゃなくて元嫡子で次期当主候補者だ。それくらい覚えてろよ!?」
いきなり目の前に現れたのは漆黒の闇を思わせるローブを深く被った怪しい二人組だった。これがイギリスでの俺の追手なのか? 今までの追手と圧が違い過ぎる。
どうやら実家は俺がとことん目障りらしい。無能が一年も生き延びたのがそんなに悔しいのか、今までとは違い本物の暗殺者をけしかけるなんてな……今度こそ終わりかも知れないと、俺は覚悟を決めて構えた。
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