第13話「格の違い、幼き強き炎との出会い」
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あれから何度か寝ては起きを繰り返し機内食も食べたりしたが、時差ボケにならないように光位術『レイ・エナジー』で体力の回復をした。これのお陰で俺は二年間まとまった睡眠を取らなくても何とか動く事が出来た。アイリスを失ってから俺は一日に三時間、多くても四時間弱しか寝られなくなっていた。
そしてついに東京に、追放時は成田から発ったが今回は羽田に着いた。正直都心は嫌だったが日本への最も早い便があの日にはこれしか無かった。
「東京か……俺の世界は炎央院の家だけだったのに、妙な郷愁を覚えるな」
東京は炎央院の家の勢力圏で、俺の元実家は関東圏や東北の一部を中心にしている。
それに対して水森家は中国地方や九州などを管轄し土は関西と中部に、そして風は北海道に東北、つまり今一番警戒する相手は……元実家だ。
空港に降り立ち荷物を受け取ると、ここから一刻も早く離れるように動く、アイリスの実家は都内だが、まずは目的物を手に入れるために水森家の本家のある中国地方、島根県の出雲へ向かう。
幸いにも水森家は子飼いの会社に製薬部門があって完全な商売として乗り込む事が出来そうだ。そして例の物の場所さえ確認すればミッション完了だ。あとは術さえ使えば下位術師など相手では無い。
そんな事を考えて俺は待機しているはずのスタッフを探してレンタカーを受け取りに行く、そしてスタッフからキーを受け取り手続きを済ませ駐車場に向かった。
日本がイギリスと同じ右ハンドルで良かった。以前出張でドイツに行った時は左ハンドルでだいぶ苦労した覚えがある。今回は違和感なく運転が出来ると思って歩いている時だった。不穏な気配がした。
「この気配は……闇刻聖霊」
そう呟いた時に更に気配が五つ、恐らくこの駐車場の上だ。もしあの闇刻術士共なら見逃す必要は無い……だが闇刻術士にしては気配が違う。車に荷物を積み込むとシャイン・ミラージュで隠れて現場に近付いた。すると声が響いてきた。
◇
「やはり最近頻出している黒い妖魔ね、みんな行くわよ!!」
「琴音さま、しかしここは炎央院の支配圏内です。下手に我らが手を出すのは」
「ならばこの新種の妖魔を見過ごせと、論外よ続きなさい!!」
闇刻聖霊が唸り声をあげて先頭のブレザー風の制服少女に突っ込んで行くと、その少女は両腕の銀の腕輪に緑色の宝珠をはめ込んだ神器『風の音色』を起動させ逆に闇刻聖霊に真空刃を叩きつけ叫んだ。
「涼風家、第五席、涼風琴音……行きます!!」
「琴音様に続けっ!!」
(涼風……風の四大家、それに五席なら少なくとも直系か……琴音? あの家は早馬や楓が居たはず……そう言えば末の妹は見た事が無かったが)
彼女は飛ぶように跳躍すると両腕の腕輪から真空刃を射出させ闇刻聖霊に叩きつける。しかし術の精度が甘いし威力も弱過ぎる。
不可視の真空刃だから不意打ちには向いているが、彼女が相手にしているのは闇刻聖霊だ。上位聖霊に下位術は基本は通用しない。
「くっ、やはりこの新種の妖魔は……通常の術が……援軍の要請を!! 最悪、炎央院でも構いません。今はこいつを殲滅するのが先です」
「ですが琴音さまっ……ぐあっ!!」
見ると部下の四人の内、三人が負傷して倒れている。なので彼女は残り一人を伝令に走らせた。中々な判断能力だが俺にとってはマズイ状況だ。
(奴らを呼ばれるのはマズイ……仕方ない)
俺はシャイン・ミラージュを解いて即座にレイ・ブレードを展開する。背広姿だが構わない。俺は無造作に闇刻聖霊に斬りかかる。
「なっ、この聖霊力は当主クラス!? いえ、お父様でもここまでは……何者なのっ!?」
「下がってろ。闇刻聖霊は俺が全て滅する……消えろ虫けら!! 輝け、光の戦刃レイ・ブレード」
一撃で奴を真っ二つにすると即座にレイ・フィールドを展開し辺りを浄化する。そして撤退をしようとした時、真空刃が撃ち込まれ足元のコンクリートがエグれて吹き飛んだ。
「何者ですかっ!? 名を名乗りなさい怪しい術師、今の術は最近開発の進められている複合術ですか!? 答えなさい」
「ノーコメント。俺はしがないサラリーマンさ。お嬢ちゃん」
学生に凄まれてもな……確かに将来が楽しみだが、アイリスには劣るなぁ……和風美人と言った感じの切れ長の鋭い目つきに健康的な太ももだが……闘気はまだ半人前かな。
「くっ、なら痛い目に……遭って頂きます」
「実力差を分かってて言ってるんだよな?」
「無論、ですがここで引くわけには参りません!!」
彼女の両腕から真空刃が連続で四度放たれる。しかし遅い、そして弱い、かつて戦ったダークウィンドーの新代の方の闇の真空波や竜巻に比べたらそれは文字通り微風で弱い風だ。
「その術の秘密を話して頂きます。やはり米国、岩壁家の関係者ですか!?」
「はぁ、なるほどな……その程度の認識か」
俺はレイブレードで全ての真空刃を軽く捌きながら目の前の少女を見て、かつての俺を思い出していた。闇刻術士と初めて戦った時に俺も複合術とかを疑ったりしたからな……見当違いなわけだ。アイリスも最初は頭抱えていたな。
「バカにしてっ!! 仕方ない、これはあの女への対策に取っておいた術ですが構いません。受けなさいっ!! 風・切――――「切り札を使う時はベラベラ喋らない方がいい」
俺は一歩踏み出し暁の牙を抜くと刃を返し峰打ちにして一閃、ブレザー風の制服少女を軽く吹き飛ばした。
「きゃっ、くっ!! だけどっ――――「いいや終わりだ。おやすみ涼風家のお嬢様。お兄さんとお姉さんによろしく、あいつらには借りが有るからな」
そのまま柄の部分で鳩尾を突いて気絶させた。残り三人も呻いてこちらを睨みつけているから俺はその場に彼女を降ろすと今度こそ撤退するためにシャイン・ミラージュを展開する。
(車まで戻ろう、万が一にも炎央院家の者と遭遇したら最悪だ)
俺は下まで戻ると急いで車に乗り込み怪しまれないように車を出した。それにしても日本の標識はゴチャゴチャして見辛い……そんな事を思って俺は都内に予約してあるホテルへと向かった。
◇
「琴音様っ!! お連れしました!! これは……」
「琴音、無事なの!?」
「うっ、よりにもよってあなたとはね炎乃華……」
私は驚いていた。四大家の緊急会議のために今日は札幌から涼風家の同い年の琴音が先遣隊として来る手筈になっていたからだ。彼女とはライバル同士と言っても差し支えない関係で有力な将来の敵だった。
「あなたほどの相手をこんな、それより黒い妖魔は?」
「くっ……倒されたわ……変な男に」
変な男に倒された? 今まで伯父様や一部の当主や嫡子候補などの実力者が撃退や結界処理する事で何とか退けていたあれを倒した。
「変な男って術師なのよね、いったい何者なの? 今は情報共有のためにも話してくれないと……」
「隠す気は無いわ、本当に分からないの……背広を着た男よ。白い刃と黒い日本刀……何なのよ、あの術……私が一撃で気絶させられた」
「あなたが一撃で……それこそ何かの間違いじゃ……」
琴音は私を含めた期待の新世代と呼ばれる術師の中でも実力者の一人だ。勇牙や私も含めて七人それぞれが各四大家に居て、言い方は悪いが前世代が不作だったので各家ではそれぞれ私達が次代と言う扱いだった。
「炎乃華様、本家にはいかがいたしましょうか」
「流美、まずは謎の男を調べないと、家の者を、炎乃海姉さんは来ないだろうし……祐司さん頼みね。頼むわ」
「はいっ、兄さんに手を回してもらいます。あと涼風家の方をご案内します」
そう言うとお付きの流美がすぐにテキパキ動き出す。私をサポートしてくれる私より三つ年上のこの人は炎乃海姉さんより、よほど姉らしく私に接してくれている。理由は察しているけど、やはりあの人への悔恨の念に駆られ動いているのだろう。
「琴音、後は何か分からないの?」
「いえ、その、私の兄さまと姉に借りがあると言っていた……だからその筋から探りたいの。年齢も似たような感じだったし、もしかして知り合いなのかも……」
そして彼女を促すと少しづつ重い口を開き始めていた。やはり四大家はそれぞれが互いにけん制し合っているために同い年で交流があっても互いの秘密を守ろうとする。
私も他の四家に話せない事がある。例えば家を追放された人間の動向などだ。
「正直ライバルであるあなたに話して良いのか悩んだけど最後に一つだけ、私の術を白い刃、光の戦刃と呼んでいた術で簡単にあしらったの。凄まじい剣技、剣術だったわ、たぶん水森清一なんかよりも上よ……あんな太刀筋」
水森家の期待の新世代の一人で私より三つ年上の明日こちらに来る予定の水森家の嫡子で次期当主。彼の神器と水聖術を合わせた剣技は凄い。それでも私はあれより凄い剣術を知っている。
「清一さんより上なんて……そんな人……」
いる、いえ居た……かつて一人だけ剣術や剣技においてあの人には誰も勝てなかった。でもそれは過去、だってあの人はもう……。
「何か心当たりが有るの?」
「いえ、清一さんより強いなら相当な使い手だと思ってね……勇牙にも注意しておく必要が有ると思ってね」
「ふっ、さすが仲良しの許嫁ね? 幼馴染とは羨ましいわ」
「まあね、あの子を守って炎央院を発展させるのが今の私の役目だから……」
そう、あの人に託された役目で最後の意志だと私は思っている。勇牙を立派な当主にして炎央院の家を盛り立てれば、きっとあの人も天国で喜んでくれるとそう信じている。流美も私と同じ思いだから私に協力してくれているのだろう。
「そう、健闘を祈るわ。取り合えず私はそちらの用意した宿に行けば良いのね」
「ええ、流美に任せてあるから心配ないわ。明日は監視映像の確認を一緒によろしくお願い」
「ええ、分かったわ……じゃ、明日はその後に模擬戦も頼むわ」
そう言うと琴音は他の四人と一緒に流美に連れられてその場を後にした。私は現場を少し調べた後にその場を後にした。緊急事態が起きたからだ。
◇
目立たないようにホテルに車を付け預けると俺は部屋で今回の仕事用のノートPCを起動して接続を確認して作業を開始した。作業しながらつい先ほどの自分の迂闊さを省みる。
「見た目は黒髪で黒目の完全な日本人だからな……変に映ったんだろうな」
荷物を運んでくれたホテルマンにチップを渡しそうになって変な顔をされた後にやんわり断られた。ここが英国でも、そして海外でも無く日本なのだということを思い出す。
「さて、一応は確認しておかないとな」
そう言って俺はノートPCを操作しながら先ほどの出来事に関連したニュースを探す。だが何も無い。炎央院の家があの後に介入したなら情報封鎖は完璧で当然の結果だ。一応は『炎央院』と入れて検索してみた。
「俺の記事か……三年前、そう言えばアイリスが俺の死を盛大に盛り上げた時だった。待て、少なくともあの家の者は俺が二十歳に成長した顔を知っているはず……いくらアイリスのためとは言え写真を渡したのは悪手だったな」
そう言いながら俺はミネラルウォーターのペットボトルを開ける。さて夕食はどうするか、レストランにでも行くか、それとも八年振りの日本食か……。
でも日本食に近いものはアイリスやサラ義母さんが作ってくれた。だからよく有る故郷に帰って来たから食べたいという程じゃない。
「そう言えばアイリスが作ってくれたテリヤキソース付きフィッシュアンドチップスとか言う謎の料理は妙に美味かったな……」
そうしてニュースサイトを見ていると某ハンバーガーショップのテリヤキなバーガーの広告が流れていた。俺は背広のまま部屋を出ると行き先を決めた。
◇
「それで、どうしてこのような事態に……」
「おじさん? ど~したの?」
日本は安全な国だ。英国や米国の一部では子供を一人で遊ばせるのは違法であり法律でそうなっている。後で調べたらここ東京でも条例で夜に子供が出歩くのは禁止されているらしい。
それがこんな一九時なんて時間の繁華街に居たら大変だ。だから俺は思わずその少女に声をかけていた。年齢を聞くと六歳だと言う。
交番に連れて行こうとしたら嫌がるので落ち着かせるために二人でバーガーショップに入って俺は初めて食べるテリヤキなバーガーのセットを注文し、彼女は物欲しそうにハッピーなセットを見ていたので、それを注文し店内で二人で食べる事になった。これがここまでの経緯だ。
「それで、君の名前は小さなお姫様? 俺はレイ、日系のイギリス人さ」
「マホって言います。おじさんはイギリスの人? でも日本人みたいね?」
「物怖じしないんだねマホちゃんは、イギリスに興味が?」
「外国に興味がありまぁす」
ハキハキとしているけどまだまだ子供で背伸びしているのがバレバレで少し震えている。だが彼女はなぜ俺が声をかけたと同時に手を繋いで来たのだろうか。それを聞くと彼女はただ安心したからと言った。
「イギリスの人間から言わせてもらえば、いくら安全な日本であっても女の子が一人じゃ危ないよ? 食べたら交番に行くから、いいね?」
「うぅ、でも家はあまり居たくないです」
「家が嫌いなのかい?」
六歳の少女にこんな思いをさせるとは親の顔が見てみたいものだ。いや、そんな親ロクでも無いから関わり合いになりたくない……か。
「母様は厳しいです。間違えたらすぐ叩いてきます。父様はほとんど家に居ないで色んな女の人のところに行ってます」
「そ、そう、なのか……」(思った以上にクソみたいな両親だな……ここが英国ならすぐに保護してあげたいのだが……今の俺には優先事項が有るしな)
「でも姉さまが居るから大丈夫です。いつもママに怒ってます」
「へ~、それはそれは……」
その後も聞けば聞くほどヒドイ親だと思い聞いていると彼女は次第に熱っぽく話し出していた。
「お爺様は優しいです。でも母様と父様とか家族と仲が凄い悪いです」
「あぁ……なんつ~か凄い家族だね」(こんな六歳の女の子にここまで把握されてる時点で……日本には虐待の概念が無いのかよ)
どこか可哀想に思ってしまい話を聞いているとあっと言う間に一時間が経過していた。さすがにマズイと思って俺は交番に預けようと考えたがここで公的機関に関わるのは危険だ。レイ=ユウクレイドルと言う人間の足跡が残るのは避けたい。
だから警官と二、三言話すと、さり気なくシャイン・ミラージュを使ってコッソリその場を離れた。彼女も警官に引き渡したし問題は無いだろう。そう思って俺は誰も見て無い所でレイ・ウイングを展開して空を飛んでホテル付近まで戻った。
◇
「ふ~ん、あの方が……やっぱり凄い。手を握ってもらっただけでこの力……なんで誰も気付かないのかな?」
「どうしたのかな~マホちゃん?」
目の前の警官さんは先ほどのレイおじさんの光位術で消えた瞬間を見逃していた。一般人なら仕方ないと思う。それは私たち術師も同じだ。
交番に着くと仕方ないので姉さまの電話番号を言う。すぐに繋がったから迎えに来てくれるらしい。たぶん五分かな……姉さまの聖霊や術式ならそれくらい。
「あと一分くらい?」
「いいえ、もう着いたわ、真炎、また屋敷を勝手に出たのね。今日は調査もあって忙し過ぎよ……ほんと勘弁して」
「ふふっ、ごめんね炎乃華姉さま?」
そうして私、炎央院真炎は叔母である炎央院炎乃華の手を握った。さっきのレイおじさんに比べて全然弱い。だってしょうがないよね? 姉さま達は自分達が下位術師だって自覚が無いんだから……かわいそうな人達。そして愚かな私の母様。
「何か良い事あったの真炎?」
「うん、イギリス人のカッコいい紳士にナンパされたの~」
私の話に一々真剣に話を聞いてくれた光位術士の優しいおじさん。お爺様以外ロクな大人を見て来なかった私は久しぶりにちゃんとした大人を見た気がしたから余計に嬉しかった。
「イギリス人!? 連れて来てくれた人は日本人って聞いたんだけど?」
「うん。「にっけい」って言ってたよ? 目も髪も黒かった」
「そ、今度お会いしたらキチンとお礼を言いましょう」
「うん。また会いたいな~♪ レイおじさん」
私の手を握って炎乃華姉さまは帰りを急ぐ、見ると家の者の、たぶん流美さんの運転する車が止まっていた。私の聖霊なら必要無いのに……そう思った時にゾクッとする術の感覚が伝わった。手を握っていた姉さまも気付いた。
「何なの今の聖霊力……敵意は無いのに凄い力……」
「うん。凄い大きい力がビュンって消えた感じだよね?」(レイおじさんのあれが移動術式なんだ……すっごい)
「ええ、とにかく戻りましょう。敵の可能性も否定できない……」(あんな聖霊力がもし黒い妖魔なら、人類は勝てない……)
レイ・ウイングの波動を感じた二人だがその感想は真逆だった。一人は敬意と憧れを、一人は畏怖と脅威をそれぞれ覚えていた。彼女たちとレイとの本当の邂逅はまだ少し先であった。
誤字報告などあれば是非ともよろしくお願い致します。
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