第一章最終話「虚しき勝利と響く継承者の慟哭」
第一章最終話です。よろしくお願いします。
化け物となったダークフレイを見るともはや最後に叫んだ以降、唸り声を上げるだけの存在に成り果て、それを見たジョッシュが呻くように呟いていた。奴は焦点の定まらない目から赤い血を涙のように流しながら歩いて来る。
「これが神降ろし? こんなん化け物じゃねえか……」
「違うよ。これは神降ろしじゃない。伝承によると神降ろしは神の力を降ろすだけの行為で力を与えるって……。だけどこれは神そのものが現界しようとして失敗した姿、もはや人でも神でも無い」
「つまり、敵はリミッターが外れた化け物と言う事か」
その呟きにアイリスが応え、そこに俺の返事が重なり他の三人は沈黙した。だから俺は神の一振りを構えながらアイリスに目で聞く『策は有るのか?』と、彼女は頷いた後に目で答え、そして全員に向かって言った。
「私たちが本当の神降ろしをすれば……私とレイの二人で!!」
「「「「なっ!?」」」」
俺とアイリス以外の四人はそれを聞き驚愕した。今言ったことは、つまり失敗すれば目の前のダークフレイのような状態になると言った事と同義なのだから当然だ。
だから尚のこと俺は彼女には勝算が有るはずだと思い目で先を促した。しかしその時にダークフレイが動き出す気配を見せていた。
「くっ!! 取り合えず今は時間を稼ぐ必要が有るんだろ? 俺が先に出る!!」
「待ってジョッシュ私も行くわ!! 二人とも、頼んだわよ!!」
そう言うとジョッシュがレイブレードを構えさらにフローもレイアローを牽制用に撃つと前に出る。それを見てワリーとベラも振り返るとこちらに頷いて走り出した。
「みんなっ!? すまない。今は……神、つまり光聖神を降ろす……だけど二度しか交信に成功していない俺達の呼びかけに応じてくれるのかアイリス?」
「ええ、そもそも伝承では継承者と巫女しか神降ろしは出来ないとあるわ。だから私とレイが出来なければそこまで、あっちはロード一人での神降ろしの失敗、だけど私たちは二人だよレイ。私たち夫婦に出来ない事なんて無いよね?」
そう言って俺の方を向くと彼女は抱き着いて来た。さらに少し挑発的な笑みで俺を見ながら震えていた。彼女の不安が伝わってくると同時に目が訴えかけていた。
自分と一緒に戦って欲しいと訴えていた。ならば決まっている……俺のこの想いも命も彼女のために使うとあの日、あの病室で俺は心の中で誓ったのだから。
今がその時なら俺は戦う。そう思うと肩の力が抜け自然とアイリスにキスをしていた。
「行こう……アイリス!! 二人で、どこまでも!!」
「はいっ!! レイ……二人で勝ちましょう!!」
俺達のこのやり取りの間にもSA3の四人はダークフレイ相手に死闘を繰り広げていた。しかし神にも等しい化け物をたった四人でするなど絶望的な戦力差だった。
それでも彼らは善戦していた。同僚の、そして何より友である俺達のために死力を尽くして時間を稼いでくれていた。
しかしフローは右肩と右足をやられ行動不能になりそれを庇ったジョッシュも脇腹をダークフレイに殴打されて二人で吹き飛ばされていた。
「くっ……ベラ? 行けるか!? 後は俺達二人だ」
「ええ、問題……有りません!! 二人のために!!」
しかしベラはこの時に左腕を骨折、さらに片目が見えていない。凶悪な闇の炎に焼かれ目が見えなくなっていた。
ワリーも先ほどの爆風と闇の炎からベラを数度庇っていたので全身火傷に近い状態でフラつきながら何とか立っている状態だった。
だが二人が敗れれば二人にダークフレイが殺到する、二人が死を覚悟して特攻をしかけようとした瞬間、背後で激しい光が輝いていた。
◇
「レイ、私に合わせて下さい!!」
「分かったアイリス!! 行くぞ!!」
それは切なる願い、神を降ろすためだけに祈る神聖な行い。俺の聖霊が次々と俺達二人を囲んで出現する。実はレイが契約した聖霊は三柱だけでは無くあの日あの病室に集った全ての光位聖霊だった。
その聖霊たちが今ここに全て集結する。その数は優に百柱を越えていた。そしてその中心にいるのは光位聖霊帝のヴェインだ。
さらにアイリスの光の蝶も周囲を照らして、その蝶が最大まで増えた時それらが一つに合わさり、そこから新たな聖霊が現れる。光位聖霊王の光のドラゴンの『エルゴ』が叫び声を上げた。
これがアイリスの光の蝶の本来の姿、白亜のドラゴンだ。
そしてエルゴは神を呼ぶ号砲のように咆哮をあげ、ヴェインが何かを読み上げ奏上する。それは人間では決して聞き取れない精霊たちの言語、だけど今の二人には理解出来る。
『光差す時、万物全ての父であり母である偉大な我らが神、聖光神よ。どうか人の子らに闇を払う力を、そして我が主、光の継承者とその番、光の巫女に全ての闇を払う力をお貸しください』
この神への奏上が出来るのは光の聖霊帝のみで、そこに多くの聖霊王と聖霊たちが集結し光聖神の降臨するための光の道を作りだす。後は二人の意思次第、そのための場は整った。
「光聖神、光の継承者として奏上致します。我ら継承者と巫女の力を供物に、お力をお貸しください。我らに闇を払う力をお与え下さい」
「私たちは多くの人々を、そして愛する人々を救いたい、この星を、この世界を、ですから私たちの力を捧げます。お力をお貸しください」
変化はすぐに表れた。以前二人は神器を光聖神から受け取ったがその時と比較にならない聖霊力が二人に注ぎ込まれていた。さらに手に持っている神の一振りが刀身が大きくなり、持ち手の柄が豪奢なものに変化していく。
そしてアイリスの神の一雫もネックレスの宝珠が一回り大きくなり輝きが増していた。神器が本来の姿へと至る段階へとなった瞬間だった。
そしてレイの髪にも変化が現れた。髪がアイリスと似た色のプラチナブロンドに変化し、瞳の色がヘーゼル色に変化していた。神の力を受け入れた状態へと継承者が変化した姿だった。
『我が子らよ、存分に戦え……神の力を使うのだ』
そして俺達は光と一体化したような万能感を得た。まずは俺が一気に凶暴化したダークフレイに肉薄した。
「ぐがあああああああ!!! ゲイショウジャアアア!!!」
「神の一振り、いや神の輝刃よ!! 浄化を開始する!!」
両者の闇と光の聖霊力が激しくぶつかり合う、何度も何度も激しくバチバチと力同士がぶつかり合う。一方でアイリスは強化されたレイ・フィールドとフォトンシャワーで戦場を癒していた。
「目が見える。お嬢様……凄い、欠損した人間までも……」
「俺の火傷まで……」
傷つき倒れた光位術士たちに癒しの光が回復させ、さらに大地が浄化されて安全圏が広がって行く。それはまるで傷ついたこのエディンバラの地そのものを癒すような長大な癒しの術だった。
遠くで倒れていたジョッシュとフローからもPLDSで連絡が来て状況を確認すると二人とも傷が治り全快したようで合流出来るようだ。
「やはり凄いな光の継承者、そして光の巫女は」
「ええ、レイとお嬢様の力です」
◇
レイと変異したダークフレイとの戦いはなお続いていた。互いの聖霊力は互角だがアイリスの生み出したフィールドの力によって戦況はレイが押し始めていた。そして光の強さが強まる度に逆にダークフレイの理性が戻って来ていた。
「ぐぁ、継ショウジャ……貴様は俺が!!」
「俺も負けられない。この星のため、何より愛する者のために!!」
神の輝刃と闇の戦槌が何度もぶつかり合い徐々にダークフレイが押され始める。だがこの時に地面にまだ残る闇の領域から闇刻術士が出現した。この戦場に入る無意味さを彼らも理解しているのに、なぜか乱入して来たのだ。そして彼らはダークフレイに殺到した。
「なっ!?」
「ふふふ。よく来た貴様らっ!! 喰わせろ!!」
黒い鎧に六人の闇刻術士たちが触れた瞬間、ダークフレイと融合するようにして術士が消えた。その瞬間に聖霊力が高まりさらに黒い結界が広まった。さらにダークフレイの周りに二人の影が現れた。
「あらあらだいぶ出来上がってるじゃないルーン? いえダークフレイ、良い感じよ漢前になったじゃない」
「素晴らしいですねダークフレイ。その強さ、では更に贄の暗黒聖霊です」
そう言うと二人のロード、ダークソイルとダークブルーが出現し、二人は同時に水のフィールド、岩の壁が出現させ更に……。
「それは聖霊爆弾!?」
それは聖霊爆弾だった二人のロードは各々の戦場でそれらを作りだし、ここに一斉に召喚したのだ。その数はダークフレイが生み出した倍の量だった。そしてダークフレイはそれを全て吸収した。
目の前のダークフレイはブクブクと膨れ上がり三十メートル以上の大きさに巨大化していき、膨大な聖霊力に耐え切れず今にも破裂しそうな醜い化け物になり果てた。それはもはや巨大な人型の黒い塊で人だった頃の面影など欠片も無かった。
◇
「デカ過ぎだろ……こんな化け物有りかよ」
「レイ!! この辺り以外の全ての浄化と回復が終わり……ました。これは」
PLDSを見ていなかったようで慌てて確認するように言うと俺の戦闘記録を見て驚愕し、すぐに表情を引き締めていた。さすが光の巫女で俺の妻だと思いながら俺は神の輝刃を構えた。
そしてアイリスも神器『神の一雫』の進化した姿の『神の涙』から聖霊力を引き出していた。まだ慣れていないのか眉根を寄せていているのが少し気になった。
「レイ、アイリス!! お待たせ!!」
「お嬢様!! ご無事ですかっ!?」
そして更にSA3のメンバーが合流した。全員が全回復してこの場に合流してさらにいつもより聖霊力に溢れているようだ。アイリスの力の加護のおかげかも知れない。
「他のロードは俺達に任せろ。援軍も間も無く到着する!! ワリー行くぞ!!」
「二人にはあのデカブツを!! SA3各員最後の戦いだ!! 俺とジョッシュは土のロードを!! フローとベラは水のロードを頼む!!」
「「「「「了解!!」」」」」
そして戦闘が再開された。暗刻の巨人は腕を振るうだけで一面に暗黒の瘴気を撒き散らし、それだけで俺達を守護していた聖霊たちが飲まれた。苦しいけど今は耐えるしかない。
ヴェインやレオールや他の光位聖霊たちが巧みにダークフレイをかく乱し、アイリスのエルゴが光のブレスでけん制する。聖霊たちが奴を抑えている間に俺とアイリスは空へ飛び上がり化け物となったダークフレイと相対した。
そのまま神の輝刃と神の涙で、あの時と、初実戦の時と同じように二人で巨大な光の刃を作り上げる。その大きさは四年前の比では無く天に伸びた光の刃は暗黒の巨人の全長を簡単に超えていた。
「うおおおおおおおおおお!!! レイ・ブレード!! 最大聖霊力!! 神の輝刃よ輝けええええええ!!!」
「ぐっ、ううっ、神の涙よ、その輝きで継承者に……力を!! あなたっ!! 受け取って下さい私の聖霊力を!!」
俺達はあの時と同じように手を繋いで互いに見つめ合った瞬間。ドクンと体中にかつてないほどの聖霊力が漲るのを感じた。
光聖神の力を感じる。さらなる力を貸してくれているようで脳が沸騰するほどの聖霊力が駆け巡る。隣を見るとアイリスも同じ状態のようだ。
「なんて、凄まじい力……これが光聖神の聖霊力、行けます!! レイ!! 今こそ全てに終止符を!!」
「ぐっ、分かった。凄い力だ、人間には過ぎた力……だけどっ!! 今はこの力で闇を照らし滅する。光に消えろダークフレイ!!」
そしてその巨大な刃を一気に振り下ろした。輝く刃が暗黒の巨人を徐々に溶かして浄化して行く、そして半分を光に変えたその時だった。
「うわあああああ!!! 死ねえ!! 継承者ぁ!!」
突如ダークフレイの内部から一人の闇刻術士が出現し俺達に至近距離で闇刻術を爆発させ自爆した。その瞬間の術士の勝ち誇った顔を見た瞬間思い出した。
『ヒッ……』
『アイリス? 良いかい?』
『ふぅ、レイ……。もう行きなさい。これ以上の追撃は致しません』
――――かつての戦いで逃がした闇刻術士だった。そして奴が消滅する瞬間確かに口が動いた。
『逃がしてくれてありがとう』と、口がそう動いて闇刻術士はレイブレードに巻き込まれ消えた。だが奴の渾身の自爆によってレイブレードの軌道は逸れ半分までしか暗黒の巨人を消滅させられなかった。そして光の刃は消滅した。
「くっ、はっ……完璧に仕留めきれてない!! もう一度っ……ぐっ!?」
眼下を見ると暗黒の巨人は再生を開始していた。もしかしたら闇刻聖霊をまた吸収するかも知れない。術士が吸収されるかも知れない。だからもう一度、そう思ってアイリスの手を握る。
「レイ……大丈夫?」
「あ、あぁ……問題無い……さ。少し疲れているが、アイリスは?」
「私も、まだ少し……ですが問題有りません。この神器に貯められた聖霊力なら行けます!! レイ、あと、ひと踏ん張りですよ!!」
そう言うアイリスの励ましの言葉と笑顔に俺も口元に笑みを浮かべ最後の力を絞り出す。
「レイ・ブレード最大!! ぐっ、うおおおおおお!!」
「レイに、継承者に力を……神の涙よ……全てを捧げます!! この一撃に!!」
再び極大のレイブレードを生み出した。脳が、心が、全身が焼けるような巨大な聖霊力が駆け巡る。体から微かに光の粒子が漏れていくように天に昇って行く。
これは……もしかして俺の存在そのものが溶けかけているのか。奴を倒すには俺の存在全てを賭けるしかないと言う事なのか。
それを啓示のように理解した瞬間、手を強く握られた。見るとアイリスも決意を込めた目でこちらを見ている。その瞳に頷くと俺達は最後の聖霊力を振り絞った。
「行くぞ!! ダークフレイ!! これが、《《俺達》》の最後の一閃!!」
「ええ、これが《《私の》》命の輝き!! 受け取ってレイ!!」
その瞬間、ガクンと聖霊力を吸い取られるような感覚が走るが構わない。俺は最後まで手を放さず一気にレイブレードを叩きつけた。
「ガアアアアアアアアアアアア……オノレ、オノレ!! ゲイショウジャアアア」
ダークフレイが断末魔の叫びを上げ消滅して行く。圧倒的な光の奔流の中で奴は完全に消滅した。その光の刃は大地にぶつかる寸前に砕け散り辺り一面に広がると浄化していた。
ロード達や闇の勢力が一斉に撤退して行くのが視界の端で見えたのを確認したのが見れた。
◇
勝った……でも俺の輝きや存在も、そうか、神への供物そう言う事か……神の力を合計三度も借りたからしょうがない……すまないアイリス。
全部の力が抜けて地上に落ちて行く。だから最後はアイリスを見たいと思ったらアイリスも微笑んでいた。そしてキッと表情を引き締めると俺に言った。
「大丈夫……あなたは……あなただけは、逝かせないから」
「えっ? 何を……アイリス?」
困惑する俺を落ち着かせるように同時にアイリスは子供をあやすように静かに語っていく。
「レイ、言ってない事が、あったの……巫女は……あくまで継承者を導く存在で……導いた後は、力を与えるだけの存在……なの」
「何を言ってるんだアイリス!?」
その先を俺は分かってしまった。いや理解したく無かった。だけどアイリスは止まらなかった。落下しながらも俺を見つめて言葉を続けた。
「だから、せいれい、りょく、も……アナタより多いの……だからね。持って行かれる分、回せば……貴方《《だけ》》は助かる……」
「何を!! そんな事しないでアイリスだけを、いや二人で、そうだ半分づつお互いに!!」
「無理……なの、あなたの聖霊力……と生命力は繋がっていた……だから半分じゃ、あなたの、存在……消えちゃうの……」
そう言って彼女は悲しそうに笑った。
「ならしなくて――――「いやよっ!! 絶対に!! アナタだけは私が、守る……どんな事があっても私が!! 大丈夫……いつか、必ず……」
「やめろアイリス!! 止めてくれ!! こんなの止めるんだ!!」
しかし俺がそう言うと意志とは反比例して彼女の力が俺の中に流れ込んで来る。俺は空中で何とか体勢を整えると自動で起動したレイウイングを展開していた。
そして着地する。腕の中のアイリスの力が今も流れ込んで来ていてどんどん弱って行くのが分かってしまう。
「ふふっ、やっと……泣いてくれた……レイの涙……はじ、めて……」
「なっ!? なら、いくらでも泣いてやる!! 涙なんていくらでもっ!! だから止めてくれ!! 頼むからっ!! アイリス!!」
俺はあの日以来初めて泣いていた。恥も外聞も誓いなんて関係無く、ただ涙を抑える事が出来なかった。アイリスに止めるように何度も言うが、腕の中の彼女は微笑んで消えそうな声で言った。
「キス……して、レイ……」
「アイ……リス……」
「生き……て、愛して……る」
彼女の、アイリスの本当の最後の力を振り絞ったのだろう。彼女は首だけを上げて俺の唇にそっと触れるようにキスをした……そして今度こそ俺の腕の中で力尽きた。
「アイリス? アイリスっ!? うっ、ぐっ……」
「レイ!! どうしたっ!?」
仲間が集まって来る。SA3だけでは無く遠くに義父さんや義母さん、それに他の光位術士の姿も見える。みんな最初は笑顔だったが俺の様子を見て何か異変を察したようだ。
「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
勝利に湧くはずの場は凍り付いた。だがそんな事は俺にはもうどうでも良い事だった。彼女が居ない、俺のアイリスが、俺を絶望から救ってくれた最愛の人が、腕の中の彼女がもう……居ない。
腕の中のアイリスを、妻を抱きしめ俺はただ泣き叫んだ。勝利の喜びなど無く、戦場には俺の慟哭だけが響き渡っていた。
第一章「目覚める継承者」編 完
誤字報告などあれば是非ともよろしくお願い致します。
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