第103話「闇の炎は真なる闇に消え覚醒する」
「っ!? 了解した……」
指揮所がピリピリとした空気に包まれる。この場の若い術師たちは俺達の関係を知らない者がほとんどで護衛の大人の炎聖師たちは息を飲んで見ていた。
「で、ですが楓果様、一掃して迎え撃つという選択肢も」
「二人とも将なら安易に動かず先に兵を動かすことを覚えなさい。当家はそれが出来ない者が多い……逆に楓さん、あなたのご両親はその点が素晴らしかったわ」
俺たち二人に諭すように話しながら戦況モニターを見て最後に正門前の大型PLDSと周囲の炎聖師たちを確認した炎央院楓果は頷いた後に俺たちに振り向いた。
「俺にそれをしろと? 今さら?」
「力に溺れて大事な妻や仲間を危険にしたいなら止めないわ」
そう言われれば俺は黙るしかない。ブスッと「分かった」と言うと部屋の空気が少し弛緩した。
「やはり問題は無いわね……報告を!!」
「はい!! 現在は正門前及び外縁部で敵を迎撃中……今殲滅を確認……邸内に侵入有りません!!」
PLDSの援護が有るとはいえ炎聖師がここまで戦えるのは驚いた。全員に光位術バッテリーを配備したのも大きいだろう。ただ今回の量産型は使用回数制限が六回と先行型に比べて増えているが炎乃華たち先行組のものよりも威力を抑えられた一般術師用のマイナーチェンジ型だ。
「忘れているようだから見ておきなさい、炎央院は涼風に比べ数は少なく水森よりも組織力は低い……しかし、どの家よりも圧倒的な武力のみで国の中枢たる関東一帯の守護を担って来たのよ」
「ああ、よく知ってるさ……」
夢枕に何度も何度も聞かされた話の一つだ。目の前の女に幼少期から嫌というほど聞かされた教えだ。
「だから当家は――――」
「奥方様!! 裏門に多数の闇刻術士の反応が……と、突破されます!!」
「裏門ね、確か配備されていたのは里中家の者たちね、映像は!?」
そして映像で闇刻術士が五人その中心にいたのは奴だった。
「ダークフレイ!! いや闇の支配者か、アイリスに繋いでくれ俺が出る」
「明らかな陽動ね、水森氷奈美いえ闇の巫女が目視出来ないし危険よ」
「だから俺が出る、アイリスは待機させてくれ、ワリー、ベラ、セーラ以外の光位術士は援護するように連絡を!!」
俺は聖霊を呼び出して準備を開始する。闇の巫女の対策はアイリスたち巫女組の担当で俺は最初から奴の足止めが役目だ。むしろ巫女組には聖霊力を温存してもらう必要が有るから俺が出るのは当然だったのだが、またしても待ったをかけたのは目の前の指揮する女だった。
「待ちなさい黎牙!!」
「楓果様、今回はレイ君が正しいです!!」
それを止めに入った楓と睨み合いになっている間に俺は準備を整えて部屋を出ようと駆け出した。
「黎牙って誰?」
「今の名前どこかで聞いたことが……」
「レイさんのことかな?」
途中、通信担当の若い術師たちが話していたが俺は何も言わずにニヤッと笑うと西邸の庭に降り立ち裏門まで駆け出した。
◇
「はぁ……光位術士の一人でも出て来ればいいものを、こんなオモチャごときで下位術師が偉そうに!!」
「そこまでだダークフレイ!!」
裏門で防衛に入っていた十名弱の炎聖師がPLDSの残骸の側で倒れていた。息のある者は数名で流美の父親の空也は無事のようだが気絶していた。
「来た来た!! 待っていた、待っていたぞ継承者~!! こんなに早く来てくれるなんて嬉しい限りだ!!」
奴は本当に喜んでいるようで俺に飛び掛かって来た。俺も咄嗟に神の一振りを鞘から抜いて応戦する。周囲を見ると里中の当主が倒れていて他にも里中の家の何名かと一般の炎聖師が事切れていた。
「お前ら!! 俺が楽しむから先に行け!!」
「ちっ!! しまった!?」
闇の支配者ダークフレイに手一杯な俺の横を三人の闇刻術士が抜けて行った。邸内に入られても問題は無いはずだが少しでも足止めしようと俺はダークフレイを押し返し距離を取って聖霊を呼び出す。
「ヴェイン!! 一人くらいは足止めをしてくれ」
「その心配は無用だ!! 私達が止める!!」
裂帛の一声が邸内に響き渡ると同時に闇刻術士の一人が光の刃で頭から真っ二つにされ瞬時に浄化されていた。
「エレノア隊長!! 私も!!」
エレノアさんと美那斗の二人が闇刻術士をその場で仕留めていた。さらに後ろからはセーラの部下の光位術士がやって来て完全に形成は逆転した。
「エレノアさん、美那斗も!!」
「ふっ、かかったか……ではこちらも本格的に始めようか!!」
ダークフレイが言った瞬間、邸の周囲で爆発が起こる。聖霊力の爆発が多段的に発生したのが分かった。通常の爆発物ならば炎央院邸に対して影響力は限りなく無いのに爆発がここまで起こるなら答えは一つだ。
「聖霊爆弾か!?」
「ご名答!! じゃあ続きと行こうか!!」
聖霊爆弾で炎聖師の一部の防衛網が崩され、そこから防衛線が崩され始めているのが分かった。更に俺たちの周囲にも伏兵が次々と出現する。エレノアさんや他の仲間も戦闘に入ったのを確認すると俺もダークフレイと再び刃を交えた。長い夜は始まったばかりだ。
「やっと貴様と聖霊力も得物も同等になったぁ!! これなら、これなら負けない今日こそ俺はアアアアア!!」
「剣は乱暴に振り回せばいいものじゃないぞダークフレイいや闇の支配者!!」
俺たちは上空に飛んで激しく互いの光と闇の聖霊力をぶつけ合う。幾度も刃を交えついに今日お互いにほぼ完璧なコンディションでの戦いだ。しかし思った通り俺の方が幾分か腕は上だ。
「くっ!? やはり慣れんな!!」
「お前の武器は? 神器はどうした!?」
「戯れ言を!? お前達が回収したのは知っているぞ!!」
それは変だ、回収された神器は風と土の四卿の物だけだと余計な事を考えながらも俺はダークフレイを圧倒する。奴の本来の武器は戦槌つまりハンマーで神器から繰り出される重い一撃は光位術士たちを何人も屠り俺やアイリスも追い詰められた。
「そもそも得物が違うお前なら勝てない相手じゃない!!」
「くっ!! 舐めるなよっ!!」
しかしさすがは闇の支配者、俺よりは劣るが明らかに他の光位術士や闇刻術士を圧倒する聖霊力だ。しかしハンマーの時のような圧倒的な強さは無い。だから俺は一気に勝負を決めるために神の一振りを取り出し間合いを詰める。
「終わりだ……レイブレード、最大出力!!」
「ちぃっ!?」
俺は神の一振りで強引に斬り付け奴を吹き飛ばす。吹き飛んだ方向は炎央院の本邸の庭先だ。そして、その場所には既に本隊が展開していた。
◇
「全員、敵はダークフレイ闇の支配者だ!! レイアロー撃てええええ!!」
ワリーの指示で光位術士によるレイアローの一斉射がされた。ベラはもちろんセーラも全員が俺に吹き飛ばされたダークフレイに向け一斉に攻撃を始めた。
「炎聖師は光位術バッテリーを!!」
「一斉攻撃よ~い、撃てえええええ!!」
炎乃海姉さんの指示が飛び炎乃華が連れて来た炎央院麾下の炎聖師が炎気爆滅を一斉射する。最初にレイアローの雨を浴びていたダークフレイに弱いながらも光位術を帯びた炎聖術が炸裂した。
「ぐああああああ、はぁ、はぁ……クソが、雑魚が集まってちょこまかと!!」
「全員、続けてレイランス……投擲っ!!」
今度はベラ率いる四名の光位術士が一斉にレイランスを投げつける。それらを全て手に持つ刀で受け切り上空に飛び上がったダークフレイは闇の炎を周囲に撒いたが、ワリーを含めた光位術士が前面に展開しグリムガードで防衛する。
「くっ……バカな!!」
「そこだあああああ!!」
そして俺が奴の背後にレイウイングで高速で接近しレイブレードで斬り付ける。確かな手ごたえを感じたが少し浅い。致命傷には至らないがダメージは与えた。
「バカな、この俺が……くっ!?」
背中をバッサリ斬られ左腕を負傷したダークフレイは地面に落下した。だが逃がさないで俺も地上に落下するようなスピードで斬りかかる。
「その隙は与えない!!」
「くっ!!」
奴との剣戟は熾烈を極め仲間からの援護が有っても互角だった。敵は負傷しているはずなのに痛みを感じないような暴走した動きを見せながらも剣を乱暴に振り回す。まるで暴走しているような動きで、かつてのダークフレイとは別物だった。
「ふっ、動きが荒いぞダークフレイ!! だが両腕で得物を振るえるとは新しい体は便利なようだな!!」
「貴様に奪われた右腕の代わりに左腕を使っていただけだ!! あのロンドンの夜に俺は、利き腕のみを残し……ん?」
「そこだっ!! もらった!!」
「くっ!? まだだっ!! ふぅ、どうやら時間だ!! 貴様らの張った結界が消えるぞ継承者!!」
ダークフレイが宣言した瞬間、周囲が眩い光に一瞬包まれると結界が消滅する気配を感じる。どうやら大型PLDSが全て破壊されたようだ。つまりPLDSの周囲で防衛していた炎聖師隊が壊滅したことを意味する。
「予想より持たなかった……いや、むしろ健闘した方か」
「これで我が巫女が降臨する!!」
ダークフレイが叫んだ瞬間、夜なのに更に深い闇の気配にゾクッとした。それだけなら良かったが同時に炎聖師の数名が氷漬けにされた。
「これって!? 黎牙兄さん!!」
「全員、構えろ闇の巫女が来るぞ!! 各員PLDS出力最大でグリムガードを!!」
炎乃華の声とワリーの指示が戦場に木霊すると氷の矢が降り注ぐ。明らかに水聖術なのに矢は光位術士のグリムガードの防御を抜けて数名の光位術士を貫いた。
「負傷者は後退!! ここは俺が引き受ける!!」
闇の巫女は闇の中で連続攻撃を仕掛けて来ている。気配を探るが先に人工聖霊が次々と出現し捉えるのが不可能になっていた。まだアイリス達を動かす訳にはいかない状況だから俺が動くしかない。
「ふぅ、さすがは我が巫女だ」
「闇の巫女はコソコソ隠れているようだから、まずはお前を倒してから会わせてもらう!!」
再度ダークフレイとの剣戟が始まると思った時だった。奴の背後に極寒の闇と呼ぶべき気配の聖霊力が出現した。
「お呼びかしら? 継承者さま?」
その顔は俺の良く知る顔であると同時に全然知らない歪んだ笑みを浮かべて現れた。幼馴染で親友で大事な人……何より俺を慕ってくれた女性、水森氷奈美の体を乗っ取った闇の巫女ブルーが出現した。
◇
「ふぅ、やっと会えたね、ひなちゃん」
「分かってて言ってるの? 継承者?」
目の前の女性は嘲笑しながら俺を見る。だが今度は折れないし負けはしない。思いは俺にも色々有るが今はただ一つ。
「ああ、未だ貴様に乗っ取られている中の氷奈美に言っただけだ……闇の巫女!!」
大事な女性を、そして仲間でも有る水の巫女の水森氷奈美を救い出す。あとの問題は助けてから考えれば良いだけだ。
「ふふっ、そんな都合のいい事が有ると思っているの? この体もう私の物なの」
「その通りだ光の継承者、ここに支配者と巫女が揃ったのだ貴様らに勝ち目は無い」
「そうよ、もう間も無く全ての準備は整うのよ、ルーン、継承者を倒して」
それだけ言うと氷奈美に憑依した闇の巫女は闇に汚染された水の聖霊帝も呼び出して戦闘態勢に入った。さらに結界が破られたせいで周囲からは悪鬼や妖魔なども出現する。
「分かった巫女よ……回復を頼む」
「ええ、闇の聖霊力を回復するこれを」
ダークフレイは渡された小瓶を飲み干すとまるで再生するかのように負傷した箇所が治って行く。エリクシルのような聖霊力を回復するのではなく無理やり繋ぎ合わせる程の効果の有る薬のようだ。
「そんな危ない物を作ったのか!?」
「ええ、あなた達のような半端な薬では実現出来ない完璧な回復薬『アタルマ』と名付けたわ」
明らかに異常な再生力だが闇の力を取り込むとここまで違うのか……あるいは体が錬金術ベースの聖霊学を応用した体のホムンクルスのダークフレイだから回復が出来るのかもしれない。
「さあ勝負……うっ……こ、これは?」
「あら思った以上に早いわね……さすがは腐っても闇の四卿……力が湧いて来た?」
「あ、ああっ……こ、これならば!!」
明らかに苦しむような表情だが聖霊力は増していた。あれはリミッター解除のような薬だと俺は判断した……ならば勝てる。ドーピングを駆使する時点で闇の支配者の力の底が知れたからだ。
「ならば勝機は有る!! 行くぞダークフレイ!!」
「あがっ……ソウダ、勝負だ、げいしょうしゃああああ!!!」
しかし俺達の勝負は数合だけ刃を交えて決着が付いてしまった。いや、むしろ目の前のダークフレイが異常をきたしアッサリ限界を迎え刃を落としていた。
「ダークフレイ、お前は……とっくに限界を」
「違う、俺はまだ……まだだ、そうだろ巫女よ!!」
闇の巫女を探すような変な動きをしていることから既に目すら見えてないようで完全に敵では無い。その姿は七年前から何度も戦った者と同じ姿とは思えなかった。しかし、未だ聖霊力だけは高く臨界寸前の炉のようにも見えて不思議だった。
「そうよ、まだよルーン、あなたには最後の仕事が残っているの……」
「さいご、だと?」
「ええ……闇の支配者様のために死んでね……ルーン・オーウェン?」
その瞬間、闇の巫女は懐から出した何かでダークフレイを一突きにした。それは前に俺も刺された氷奈美の聖具『氷麗の角』だ。心臓への一撃は完全に致命傷でダークフレイの呼吸は更に荒くなり同時に困惑している。
「な……んで? 俺と、お前で……支配者と、巫女じゃ?」
「くっふふふ……バカねえ、本当にバカな男、あなたが闇の支配者様なわけ無いでしょう? あなたは、どこまで行っても贄にしかならない」
心臓を刺されても縋るように手を伸ばし呻き声を上げるダークフレイは驚愕の表情を浮かべていた。だが俺も今の発言に驚いていた。
「どういうことだ!?」
実の所、俺やアイリスは闇の支配者自体そこまでの脅威とは考えておらず闇の巫女のブラフだと考えていた。光の継承者の対になる存在がいると言って注意を引くのが狙いだと思っていて敵の目的は別だと思っていた。
「ダークフレイいえ、同士ルーン・オーウェン喜びなさい!! あなたは真なる闇を目覚めさせるための一助にはなるのよ!!」
「そんな、また……供物、なのか……嫌だ、いやだあああああ!!」
「今このタイミングだからこそ、貴方様を、闇の支配者をお呼びできる!!」
闇の巫女は最後に聖具をダークフレイの心臓に押し込むと同時に周囲を炎と闇が包み込み何度も聖霊力の爆発を起こす。その余波に俺や闇の巫女を含めた周囲の者らが全て吹き飛ばされ炎央院邸の庭には闇の塊が出現する。
そして塊が弾けるように吹き飛ぶと中から出現したのは一人の男だった。
◇
「ぐっ……凄まじい聖霊力だ、奴が闇の支配者?」
俺や周囲の聖霊使いが態勢を整える中、闇の巫女もまた吹き飛ばされ倒れていたのを水の聖霊帝に起こされていた。その瞬間、炎央院邸内からアイリスや他の巫女たちと親父や叔父さん達が駆け付けた。
「レイ!! 今の爆発は!?」
「皆さんご無事ですか!?」
アイリスとクリスの声が響く中、それ以外の音は無く周囲は静寂を保っていた。まるで物音を立ててはいけないかのような静謐な空間が広がっていた。
「うそ……あ、あれって……」
最初に口を開いたのは炎乃海姉さんだった。闇が収まると同時に周りが驚愕の声に震える中で闇の巫女は素早く闇の中心で立ち上がる男の前に跪いた。
「おおおお、ついについに顕れて下さいましたね……二代目、闇の支配者様」
「…………はぁ、この場で俺を顕現するとは悪い冗談か、お前が闇の巫女だな?」
「はっ、闇の支配者様、わたくしが当代の闇の巫女ブルー=F=ジャーラカンでございます……宣誓をお願い致します」
ぼろ布のようなマントをバサッと払うと表情が見え俺は困惑した。しかし俺以上に周りの人間が驚愕の表情と悲鳴を上げている。どこかで見た顔だが驚くような事だろうかと再び奴を見ると口上を謡うように名乗り上げた。
「全ての闇を支配し、遍く光を閉ざし滅する者、そう……今こそ世に覇を唱えよう!! 我が名は炎央院 黎牙……闇の支配者だ!!」
そこには八年前の俺がいた……八年前に家から追放された当時の俺がいた。
誤字報告などあれば是非ともよろしくお願い致します。
ブクマ・評価なども有ればお待ちしています。




