第102話「決戦の夜、総力戦の始まり」
「兄さん、少し近いと思う……」
「勇牙お前なにを言ってる?」
「え? 勇くん?」
心配してフォローに入った俺に弟が嫉妬心を丸出しで言ってくる。その結果よそ見をして陣形が崩れ横の清一が庇う形で事なきを得たが戦闘中に注意散漫とは何事かと思わず頭を抱えたくなった。
「勇牙……今は目の前の敵に集中しろ、まだ敵はいるんだぞ?」
そして清一の追い返した人工聖霊を串刺しにしてトドメを刺すと溜め息を付いた。実は京都から戻る間、何度かこういう場面が多々有った。
「あっ……わ、分かってるさ兄さん!!」
「ありゃ、勇牙くんも若いね~楓?」
「愛されてるわねクリス~」
この巫女二人にも戦場で世間話するなと言いたいが発端が俺と弟だから強くは言えない。最後にワリーが闇刻術士の生き残りを浄化して戦闘は終わった。俺達は車を放棄し戻ると正門前の戦闘も既に終了していた。
「皆、無事か?」
「黎牙兄さん琴音が!?」
炎乃華が走り寄って来るから見ると琴音が肩から流血していた。俺はアイリスに頷くとすぐに回復に回ってもらう。よく見ると炎乃華の方も体中に掠り傷や頬に切り傷が有った。
「まったく、お前も女の子なんだ顔への傷とか気を付けるんだぞ?」
「あっ、ありがと黎牙兄さん……うん、気を付ける」
フォトンシャワーで素早く炎乃華の怪我を治すと後ろで怪我人を見ていたベラがなぜか咳払いをしていた。そういえば炎乃華と仲があまり良くなかったな、この辺りの関係も改善の余地が有るか。
「やっと来たか……」
「兄上ご無事ですか!?」
声のした方を見ると庭園の奥から衛刃叔父さんと護衛の術師数名がやって来た。ちゃんと両足で走ってる辺り足の経過は問題無さそうだ。
「問題無い、それより内部の敵はどうか衛刃?」
「はっ、万事問題無く、その事とは別件でご相談がございます。レイや光位術士の皆様もよいか?」
俺やアイリスが無言で頷くとセーラとワリーそれとベラを伴って後に続いた。ちなみに勇牙は親父に捕まって強制連行されることになった。
◇
「――――という事態です衛刃殿」
「そうか、ご苦労だったなレイ……実はあれからも何度か闇刻術士に各所が襲撃を受けてな、エレノア殿やセーラ殿の配下の方々には専守防衛をしてもらっている」
状況は切迫はしているが襲撃は散発的で明らかに目的は陽動・かく乱だろうと襲撃地点を示した。
「確かに陽動だな……親父どう思う?」
「気になるのは一点、この本邸に今日まで襲撃が無かった事だ」
「戦力が無かったからと見るのが妥当かと思いますがレイの意見は?」
俺は一通りの報告をすると、そのまま親父と叔父さんの三人で今後の方針を話し合っていた。今日の襲撃で敵の狙いが炎央院なのは明らかで早急な対応をする必要性が有ったからだ。
「水森と岩壁の時間差での襲撃に戦力を割いたと楽観視したいですが何か策が有るかと思います」
「それには俺も同意しよう、京で戦った彼奴らは面倒だった……力押しだけではない連中で俺は苦手だ」
親父の言葉に叔父さんが苦笑していた。昔から知力や術師の力としての面では叔父さんで純粋な力や統率力は親父だったから何となく分かる。
「対策はいくつかありますが抜本的なものは無いです、基本的に迎え撃つのが基本になるかと……」
「分かった……そうだ真炎が会いたがっていたからアイリス殿と会ってやってくれないかレイよ」
「分かりました。では後ほど妻と伺います、西ですか?」
「いいや、お前たちの南にいるはずだ、頼む」
そして俺が部屋を出たら入れ違いに廊下に、あの女と勇牙と炎乃華がいた。なるほど、これから話し合いかと納得して俺は無言で脇を通り過ぎる。一瞬、勇牙のすがるような目が見えたが肩をポンと叩いて俺は本邸の広間の仲間の元へ戻った。
◇
「あ~あ勇牙くん、かわいそ~」
「自業自得だ」
「そんなこと言って二人がいい雰囲気だった時に見て見ぬ振りしてたのレイだよね、私も見てたから知ってるよ?」
そういえばアイリスはヴェインに憑依して見ていたんだった。確かに呼んでもいないのに勝手に出て来たりしていたなと思い出す。
「待て、じゃあ間接的にアイリスも共犯じゃないのか?」
「え~、だって私は当時、喋れなかったからね~」
あの後、光位術士のみでの会合の結果ワリーの提案で総勢二十名弱の部隊を二人一組で邸内各所の配置へと指示を変更した。決戦は恐らく早ければ今夜だろうと予測している。闇の強くなったタイミングで闇刻術士は絶対に仕掛けてくるはずだ。
「もうすぐ夕焼けか、昔は嫌だったな~」
「そうだな……帰らなきゃ行けなかったから」
アイリスが高野の家に居た頃、俺たちの公園での逢瀬の終わりを意味する夕焼けは見ると嫌だったし俺の場合は家に帰って来なくてはいけなかったから余計苦痛だったのを覚えている。
「今も苦手?」
「いや、君に告白しようとして告白された時は夕焼けの中だったからね、大丈夫」
「そっか、じゃあ南邸に行こっか?」
分かったと頷いて真炎に会いに行こうとしたら本邸と西邸の間の通路から少し外れた場所にある池に人影が二人あった。
「あれって清一とセーラか?」
「ほんとだ……レイ、バレないようにシャイン・ミラージュだよ!!」
小声でアイリスが言うとすぐに俺ごとシャイン・ミラージュを展開し無理やり隠れてしまった。隠れる必要なんて有るのだろうかと思いながら俺とアイリスは抱き合ったままコッソリ近付く。
「清一、妹さんのことは何と言ったら……」
「気にしないでくれ……セーラは、いや誰も悪くない、悪いのは闇刻術士だ」
どうやら氷奈美の事を話しているようだ。抱き着いてるアイリスの表情も真剣そのもので二人きりでは呼び捨てなのかと思った以上に二人の関係が進んでいて驚いた。
(やっぱりね~車の中とか京都とかでも二人きりで居たし、セーラも例のパーティーの後から公私で連絡取り合ってたらしいし)
(例のパーティーって、日本支社の発表のだよな?)
あの日、叔父さんの足を治したり炎乃華や勇牙と和解したり俺の中でも印象深い日だった。最後は親父と戦ったり……思えばあの時に俺はもう親父の事を……いや今は、そんな事より目の前の二人だ。
「師匠やアイリスが何とかしてくれるとは言ったけど……」
「レイとアイリスなら大丈夫よ、私と違って選ばれた二人だから」
「え? 何言ってるんだセーラだって光位術士として立派じゃないか!?」
「うん、ありがと……でも私の役割はスペア、予備だから」
その話を聞いてアイリスの顔が曇った。エウクリッド家は元々は独立した三大家の一つだったが現在はアレックス老の弟が当主になり、その孫に当たるセーラが次いで聖霊力が高いからという理由で次期当主の最有力候補だった。
(一度有ったな……最悪の事態の話の対処法が)
(うん、光の巫女の代替の話よね?)
この話はエウクリッド家は元よりユウクレイドル家の秘密で知っている人間もアレックス老やヴィクター義父さんなど限られた人間しか知らない話でアイリスが死んでしまった場合の話だ。
もしアイリスの復活が叶わなければセーラを次代の光の巫女として担ぐ予定で俺のパートナーにする計画も有った。
(アイリスはいつ聞いたんだ? 君が眠っている間の話なんだけど)
(先月よ、涼風から戻ってレイが炎央院に出入りしている間にセーラとも何度か会った時に少しね)
そんな確認をしていると二人も話が終わったのか別な場所に行くようだ。これ以上は完全に出歯亀になるから去るのを待ってから俺達はその場でミラージュを解いた。
「最後の方は清一くんもセーラもいい顔してたね」
「ひなちゃんの事が有ったから心配してたけどセーラと一緒なら安心だな」
守るべき者があれば人は強くなれる、それは聖霊使いも一緒で俺もアイリスと出会い共に過ごして戦っていく内に強くなれた。
「うん、あの二人は前からお似合いだと思ってたし」
「日本支社の後任も任せられるか?」
「ええ、私達の後を二人が引き継いでくれるなんて素敵じゃない?」
◇
その後、真炎とアイリスが遊んでいる間に俺は炎乃海姉さんと今日の会合の簡単な打ち合わせと向こうでの情報共有をしたりして時間を過ごしていた。そして時間になると本邸の広間には他の光位術士たちも集結していた。
「レイ、アイリス!! 無事な顔が見れて良かった」
「お二人とも長旅お疲れ様でございます!!」
すぐに声をかけて来たのはエレノアさんと美那斗の二人だった。東京を離れ三日、こちらでも散発的に妖魔や悪鬼それに人工聖霊のみの攻撃も有ったそうで他の光位術士と一緒に二人も都内各所で迎撃に当たっていた。
「二人こそ、俺達がいない間の東京の防衛お疲れさまでした」
「勿体なきお言葉ですレイ様、あっ……支社長」
どうやら美那斗は未だに俺を役職で呼ぶのに慣れていないらしい。中学生だからしょうがないと言うとエレノアさんに軽く注意された。
「レイ、君は年下に甘い……我々は軍属では無いが階級や位階それに身分を重んじるから気を付けるんだ」
「了解ですエレノアさん」
そんな話をしていると奥の間から炎乃華が出て来て準備が整ったと声がかけられ一同は入室した。今回は分家筋などは呼んでおらず炎央院の戦力と古くからの家、元十選師の家系や流美の実家の里中家まで動員されていた。
「っ!? お前は……」
「お久しぶりでございますレイ、殿」
そこに居たのは初老の人物、里中家の当主の里中空也つまりは流美の父親と、もう一人、里中祐司がいた。俺の元守り役で俺が来日して炎央院との話し合いの時に吹き飛ばした男で流美の兄だ。
「兄さん……」
「もう動けるのか里中家の嫡子殿、あと一ヶ月はベッドの上だと聞いたが?」
聖霊病棟の診断で祐司は全治三ヶ月と聞いていた。手加減したとはいえレイアローを一発受けただけで並みの術師ならば再起不能に近いと思っていたが無事復帰は出来たらしい。
「お陰様で足は動くようになりましたので……」
だが左腕はギプス姿で松葉杖も付いている姿は痛々しい。一瞬考えた上で隣の流美の顔を見ると目で分かってしまった俺はすぐに目の前の男にフォトンシャワーを使用していた。
「なっ!? 黎牙様っ!?」
「お前にはそもそも隔意は無い……ただ俺の八つ当たりだ。炎央院の家とも連携する必要が有る中で少しでも、いざこざは解決しておきたい」
「これが回復術……本当に存在するのですか」
驚く祐司に対して座ったままの里中家の当主は静かにジッと俺を見ているだけだった。元は親父の参謀だった男だが昔から泰然自若を表したような人間だったのを覚えている。光位術にも動揺しない辺りは流石としか言いようがない。
「まあな、流美行くぞ」
「はっ、失礼致します里中家の皆様……」
そして流美は深く礼をすると俺のすぐ後ろに付いてアイリスの右後ろの席に着いた。ここは光位術士のL&R社の者に用意された場所だ。真炎もアイリスに付いて座りそうになったので炎乃海姉さんに引き取ってもらった。
「何か前の時より人数少ないねレイ?」
「ああ、前の時は関東全域の炎聖師や関係術師を集めたから邸内だけで六百弱はいただろうし護衛や関係者を含めると千人弱はいただろうからな」
それに比べて今回は炎央院の邸周辺にいる家だけだから二十も家は居ないはずだ。前は分家筋だけで四十家以上は居たらしい。そして衛刃叔父さんの話から始まり防衛対策の話も終わり今回こそは何も無いと思った時だった。
「恐れ多くもご当主様、そして筆頭第一席の刃砕様にお言葉がございます」
「火燕の家の蓮之助か……何だ?」
火燕家は元は炎央十選師の家系の一つで祐介が筆頭になるまでは常に筆頭を輩出していた家系で今は生き残りの三家の内の中心的な家らしい。後ろの流美が俺とアイリスに解説してくれた。そういえば居た気がする、俺へのイジメもしなかったが助けもしない三人組が……良くも悪くも俺に無関心だったはずだ。
「勇牙様の件でございます、今は異国からの脅威を滅するが必定とは存じますが炎央院本家の一大事、噂では岩壁の娘と不義の仲となり許嫁の炎乃華さまを蔑ろにしているとか……もし事実なら」
「それは此度の戦が終わってから話す予定だった……勇牙の口から直接な、どうかそれまで待って欲しい」
「それは……いえ、畏まりました」
明らかに未だに不満が有りそうな顔をしているが前回の分家のような露骨に反抗的ではないのが元十選師といった所だろう忠誠心は高そうだ。他の二家の当主も頷いている辺り統率も取れている。
「では会合はこれまでとする、最後に今回の戦の協力者であり同胞のレイ殿からお言葉を頂く、レイ殿頼む」
叔父さんに言われ俺はその場に立った。真炎が手を振ってくるが無視だ。勇牙は謹慎中で第二席は空席だが親父や炎乃華たち姉妹と、あの女もいて目が合ったが深くは見ずに口を開く。
「はい、衛刃殿から紹介に預かったレイ=ユウクレイドルだ。諸君の中には前回の戦いで俺を知っている者も多いと思うから挨拶はこれくらいにする、先ほど話した通り今作戦、戦においては当社が対闇刻術士用の装備を供与する」
供与する装備は関東と札幌でそれぞれ用意していた試作型光位術バッテリーの量産型だ。ワリーと炎乃海姉さんを中心に関東で量産体制に入っていて札幌でも独自の生産ラインを楓と主に彼女のパートナーの巧などが中心となって準備していた。
「詳しくは我が社の社員から直接指導を受けて欲しい。また炎央院の本家の方々には先んじて試験的に使用してもらっているので、そちらに聞いて頂いても結構だ……最後に今回の作戦は当社と炎央院の皆々様との連携が鍵を握ると考えている……ふぅ、どうかご協力をお願いしたい」
俺が頭を下げると叔父さんが最後の締めの挨拶をして解散となった。横のアイリスが「お疲れ様」と言ってくれて流美も頷いているから問題は無いようだ。
◇
そして夜も更けた頃、日付けが変わるまであと数時間といったタイミングで都内で一斉に事件が発生した。京都と同じ混乱を今度は東京で起こそうとしたのだろうが甘かった。炎央院の家は確かに弱体化したが質が他の三家と違うのだ。
「闇刻術士は居ないな!! 全員かかれ!!」
次々と出現する悪鬼と妖魔を的確に狩って行く様は正にハンターのようでありゴーレム術師の出現にも死者一名の犠牲で切り抜けていた。そのレベルの部隊が四人一組で都内各所に展開していた。
「凄い……改めて凄まじいわね、父や母が内部から切り崩そうとしたわけね」
「まあ、これが炎央院の強さの所以だ、それにエレノアさんの指導も効いているな、明らかに闇に包まれた日の時の動きとは違う、一ヶ月弱でここまで仕上げたか」
基本的に炎央院が強いと言われているのは炎央院刃砕という無敗の炎皇の存在だ。さらに脇を固める叔父さんや炎乃華と勇牙など今世代の親と子世代の術師のレベルが圧倒的に高い事が挙げられる。しかし同時に支えている炎央院の術師の戦闘レベルの高さも他家に比べて明らかに強く異常なのだ。
「実際、私が炎央院に助けを求めて琴音と来たのも地理的に近いのと同じくらい戦力頼みだったからね」
「でも、かえちゃんの直属も決して弱くないだろ? 京都では活躍したし」
報告の入る炎央院の西邸で俺は楓と二人で送られてくる通信の報告を聞きながら話していた。既に他のメンバーは配置に付いていて俺だけはすぐに動けるように通信指揮所で待機していた。
「江東区、墨田区の敵は掃討完了、損耗有りません!!」
「同じく杉並、中野の両区も敵を殲滅、被害は零です」
「なるほど……特に人口の多い区は隠蔽を徹底させるよう厳命をなさい!! 二十三区外からの報告も急がせなさい!!」
オペレーターとして配置されているのは十代術師の男女数名でそれを指揮しているのは炎央院楓果つまり俺の母だ。通信系統はやはり風聖師が強いので武闘派の琴音は他の炎聖師と出ているが楓には残ってもらっている状況だ。
「お、奥方様!! 炎央院邸敷地付近一帯に反応!! 悪鬼や妖魔です!?」
いよいよ来たかと俺や楓も神器と聖具の確認をして聖霊を呼び出した。やはり陽動かワンパターンな気がしたが出陣の用意を整えた。
「待ちなさい!! まずは露払いを当家でします」
しかし出陣しようとした俺達にかけられた言葉はこの場に留まるようにとの言葉で言ったのはもちろん俺の産みの親だった。
誤字報告などあれば是非ともよろしくお願い致します。
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