第90話「遅過ぎた過去からの警告」
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アイリスは手早くビデオデッキをテレビに繋ぐと動くか確認して最後に電源を入れた。そしてこちらを向くとドヤ顔だった。
「アイリス……何でビデオを?」
「ふふん、英国に帰ってからお爺様との修行中、ご褒美にアニメ映画とか見せて貰ってたんだけど、お爺様の部屋ビデオしか無くて接続方法とか色々覚えたんだ~」
そうか向こうで……でも俺が向こうでお世話になった時にはアレックス老は普通にBDで映画とか見てた気がしたのだが厄介な物を押し付けられたのかな。
「アレックス老らしい、アイリスには特に甘いからな」
「だって日本ってアニメの国でしょ……少しでもレイの事を思い出したくて」
アニメと日本を結び付けるのはどうかと思ったが俺を思い出すからという理由を言われた瞬間に全て吹き飛んだ。
「アイリス……寂しい思いをさせたね」
「レイをずっと……ずっと思ってたから」
今日も俺の嫁が可愛すぎる。思わず抱き締めて見つめ合っていると叔父さんと呆れた両親そして極寒の視線を向けて来る従姉がいた。
「すまないが二人とも、そろそろ再生したいのだが……」
「そうでした、つい……失礼しました、炎乃海姉さんも、すいません」
アイリスと二人でペコペコ謝るが目が血走っている炎乃海姉さんを見て気が引き締まる。そうだった故人の遺言を聞く前なのに迂闊過ぎた。
「別に……じゃあ見せてもらえるかしら光の巫女」
「はいはい、お任せを……では再生しま~す」
ザザッとノイズが画面に走り映像が始まった。カメラの位置を気にしてるのか手のアップが映って調整に満足したのか座り直して正座でこちらを見る冷香叔母さんが映し出された。
「あぁ、母様……」
『写ってるかは後で確認するから、よしっと……まず最初にこれはビデオレターで私の遺言だと思って見てね。だから家族宛てだから関係者以外はなるべく見ないで欲しいかな……さて、今から色々と話して行くから聞いてね……』
炎乃海姉さんはもちろん叔父さんも涙ぐんでいた。俺も何か心に来るものがあって懐かしさともの悲しさが同時に去来していた。
『じゃあ、まずは大事な大事な夫の衛刃さんに……先立つ不孝と妻として母親としての役目を果たせず申し訳ありませんでした』
冷香叔母さんは俺の記憶と寸分違わず美しい黒髪を腰まで伸ばしていて正座のまま深々とお辞儀をして俺も思わず映像に返していた。
「そんなことは……無い、冷香……俺は」
『あなたの事だから凄く、すご~く責任を感じて後悔してると思います。でもダメですよ、あなたには大事な娘が二人もいます、そして炎央院の家を支えるお役目も有るんです……大変かと思いますが娘たちから目を離さないで下さいね』
叔父さんは既にボロボロと号泣していた。そしてすまないと連呼していた。もう内容とかちゃんと聞けてなさそうで炎乃海姉さんの方が冷静に見える。
『あなたは普段から冷静でしっかりしている分、身近な人間には隙を見せやすいのが心配です。もう私が一緒に居てあげられないからしっかりして下さいね……最後に、夫婦になれて、妻としてあなたと出会えて幸せでした』
「ううっ、冷香……すまない、すまない……」
「衛刃……」
親父もさすがに不憫に思ったのか叔父さんを慰めていて何だかんだで兄弟なんだ。俺の記憶では対立ばかりしていたイメージが有ったから不思議だった。
『あと炎乃華、黎牙お兄ちゃんに甘えてばかりじゃダメよ。お兄ちゃん子過ぎて私は少し心配です。でも小さい内は思いっきり甘えておきなさい……それと女の子なんだから木刀を振り回して男の子をイジメて回るのは止めなさい。これは衛刃様にもお願いします。お淑やかな子になって欲しいから』
「ううっ、すまない冷香……今や神器を振り回しながら虎に跨り敵を滅する兄上のような脳筋に育ってしまった……本当に、すまない」
「いや、あれはあれで頑張ってるんだし良いんじゃないか?」
「レイ、静かに。私達は静かに聞かなきゃダメだよ。あと炎乃華ちゃんに甘過ぎ」
アイリスに言われて頷いている間も叔母さんの遺言は続いていた。女の子らしい趣味が苦手なので華道か茶道は覚えさせるように、許嫁の勇牙にはきちんとお姉さんらしくするようになどと話している。
「すまない冷香よ何一つ、何一つ守れなかった……」
「ま、これに関しては衛刃殿、いえ当主は悪く無いわね」
叔父さんがすまないしか言えなくなっている中でボソッと母が言う。また嫌味かと思った俺は思わず反応してしまった。
「ど~いう意味だよ」
「炎乃華に華道、茶道、日舞と一通り習わせたけど炎乃海と違って何一つ……あれは酷かったわ……風の奥伝の洗脳や擦り込みの効果が無かったのだから」
遠い目で過去の黒歴史でも思い出すような複雑な顔をした後になぜか俺が睨まれた。
「でも、お義母さま、炎乃華ちゃんは運動神経抜群ですし舞踊なら出来るんじゃ?」
「それが問題だったのよ。どっかの無能が剣術ばかり教えたせいで全て舞踊じゃなくて演《《武》》になるのよ。最後は教えてくれる流派がなくなったわ……」
俺か、俺が悪いのか……だが思い出してみれば炎乃華が小さい頃、稽古が嫌だと言って逃げ出して泣いてた時に匿ってやったりした覚えが……。
『――――という訳で、炎乃華にはしっかりと女の子として教育をお願いね。楓果お義姉さまにもお願いはしたのですが、あの人すぐに匙投げる方ですから不安で……』
「死んでも見透かしてるようで腹立つわね冷香……」
「さすが冷香叔母さん、性悪な女の本性をよ~く分かってるな」
視線をそらして俺は叔母さんのビデオレターを見て後ろの女を完全無視した。アイリスと小声で何か話しているから任せておこう。
『さて、次は炎乃海ね……まず何度も言ってるけど、あなたは最近少し急ぎ過ぎてると思うの。今に箍が外れて取り返しのつかない失敗をしてしまうんじゃないか母様は心配です。あなたは頭が良い子だからキチンと気付いてくれるとは思うけどね……唯一の救いは黎牙くんが側にいてくれる事かしら』
「っ……!?」
(冷香叔母さん……申し訳、ありません……)
俺は心の中で謝っておく、言うべきは今じゃなくて墓前の方が相応しいと思うし下手に口を出さない方がいいと思った。
『黎牙くんは炎央院の人間にない何かを持ってる。あなたに無い物よ……だからあなたの足りない部分を補って支えてくれる。そういう関係も素敵じゃないかしら、いけない私ったら……炎乃海、黎牙くんは今に目覚めるわ、だから許嫁としてあなたがその日まで支えてあげるのよ、いいわね』
「母様……私は……」
『見た目だけ、能力だけで人は決まらない。それは私たち聖霊使いも一緒よ……いつも言ってるわよね。本当にあなた達の結婚式に出られないのが心残りね……だからね写真だけでも参加させてね』
「冷香……本当にすまない……私が不甲斐ない、ばかりに……」
叔父さんは画面の前で土下座していた。親父と母は複雑な顔をしていたが反対に炎乃海姉さんは不気味なほどに無表情で続きの映像を見ていた。
『当主とその妻は辛いことが多い、常にその重圧と戦っているのよ……あなた達の代になってもそれは変わらない。だから辛い事を言うようけど……頑張って二人で家を支えるのよ、辛くなったらお墓に来て、愚痴は聞いてあげるからね』
「でも、母様のやり方じゃ……家は、変わらない……でも……今は」
『あとは黎牙くんと勇牙くん、たぶん二人が娘たちを支えてくれてると思うけどお願いね。二人とも少し視野が狭くなることが多いから、しっかり見ていてあげてね』
申し訳ありません冷香叔母さん、俺はその願いを叶える事が出来ませんでした。恩義が有るあなたに報いる事が出来ませんでした。
『当主ご夫妻も……どうか戦や策謀だけではなく話を聞いてあげて下さい。私の夫は常に家の事を考えて動きますがそれ以上にあなた達のために動く人です。どうか信じて話をして下さい。そうすれば炎央院は栄える事間違いなし、です!!』
「母様……じゃあ私は今日までやって来たことは……」
『あっ、忘れる所でした、お父様……手紙には弱音を書いちゃったけど私は宿命を受け入れます。あの日遭遇した化け物……あれを調べ始めてから徐々に私の体は蝕まれました……』
最後に父の凍夜殿へのメッセージが始まった段階で炎乃海姉さんは涙を流しながら茫然としていた。何も言わずに衛刃叔父さんが頭を撫でてて何か言葉にならない事を話しているが俺は画面に集中していた。
『――――浸食系の術に感じました……ただ不思議なのです。どの術とも違う本当の意味で無になる感触とでもいうのでしょうか……それはまるで光と闇が溶け合ったような混沌……でした。言葉に出来ない何か……ゴホッゴホッ』
「母様!!」
むせて咳が止まらない冷香叔母さんを見て思わず炎乃海姉さんが画面に駆け寄っている。あれは過去の映像だがそれだけ動揺しているのだろう。
◇
しかし俺とアイリスは既に別なことを考えていた。冷香叔母さんの光と闇という単語だ。
「やはり不明な術とは闇刻術なのかなアイリス」
「冷香叔母様の言葉だけでは……でも光位術士が日本に介入したのは私が生まれるまで無いはず……」
光の巫女たるアイリスは俺とは違い生まれたと同時に宣託が下り、それが光位術士の名家ユウクレイドル家だったためにすぐに力が判明した。
「母さんが『この子は光の巫女ですよ~』って産んですぐにお告げで言われて、お爺様が調べたら聖霊力が極端に封印されてたらしいのレイと一緒だね」
「ああ、俺の場合は試練もあったけど幼い体で巫女も目覚めてない状況では力を使いこなせないから特に厳重に封印されたんだよな?」
だから叔母さんが襲われた時に光位術士は介入していない事になる。同様に闇刻術士も英国での戦いがあった後の三年前くらいから日本で暴れるようになったことが分かっている。
「なら、どちらでも無いのかな?」
「ああ、仮に暴走した上位聖霊だとしても俺が入国した時点で気付くし実際、闇刻聖霊には降り立った瞬間に気付いた」
「いいかしら二人とも、私が襲われる瞬間に見た時には奴が崩壊していたのだけど鈍い発光をしていた、でも……あなた達の使う光より鈍く淡い光だった」
俺とアイリスが考察に入っていたら、あの女つまり俺の母が会話に入って来て重要な証言をした。俺たちの光よりも弱いというのはどういう意味だろうか。
「あの、お義母さま、他にも気付いた事とか有りますか?」
「ええ、あの白い半透明の化け物を夫が、あの人が混合術で倒した時に奴の体から聖霊力が若干漏れていたのよ……あれは妖魔や悪鬼じゃない……聖霊だった」
この女が言うのなら間違いないだろう。性格は悪いし平気で息子を切り捨てる女だが状況判断は衛刃叔父さんに次ぐし当時あの中で一番冷静だったのはこの女だ。
「なぜ話してくれた……」
「別に深い意味は無いわ、ただあの事件は私も不可解だった。急に決まった儀式、衛刃殿しか知らなかった詳細と当初は予定の無かった冷香も、無理やり参加させられた私も……今思えばまるで何かの……」
「陰謀説ですか……あんたらしくもない、それこそ陰謀の裏を読む方だろ?」
「ええ、そうなのよ……だから私は二人に話したかったのかもしれない」
俺とアイリスを見るその瞳は普段とは違って弱々しく俺が光位術士になって戻って来た時ですら強気だった母にしては明らかに不安そうだった。
「だいじょ~ぶですよ、お義母様!! 私とレイのコンビは無敵なんで、私の勘では突然変異型のD02……えっと妖魔の類かと思います」
「それは資料は有るのかしら?」
これは俺も聞いた事がある事件で英国で車の練習中にヴィクター父さんから聞いた事があった。PLDSで検索するとすぐに出て来たから簡単に概要を話した。
「何例かは存在している。闇刻聖霊を取り込んだ力の強い妖魔に光位術士の部隊が半壊した事件が有った……らしい、ヴィクター父さん達が倒した話だ」
「うん……パパ、えっと私の父と母が闇刻術士の研究施設を襲撃した時に暴走した固体として出て来たのがそれらしいんです、色も半透明に近いし……」
アイリスもPLDSで出力して当時の画像を数枚見せていた。本当はかなり機密レベルの高い情報なのだが今回は仕方ない。
「確かに似ている……でも個体差かしら私が見たのはもう少し大きく……そうね黎牙、あなたの秘奥義の銀の炎に色が似ていた」
「あんな感じの色か……とにかく本社に問い合わせようアイリス、それと俺たちも機密を話したんだ《《混合術》》とやらについて教えてくれませんか奥方殿?」
気になっていたのはそれだ神器を合わせたという話も初耳だ。そもそも俺は親父との四度目の戦いでその力を見た。最後は俺がぶん殴って勝利したけど冷静に考えておかしい事だらけだった。
「私の一存ではね……そろそろ、あちらも終わるわ」
促されて見ているとビデオも終盤のようで叔母さんも画面の向こうで涙を浮かべている。
『あんまり長いと飽きられちゃうから、本当の最後よ炎乃海は本当は優しい子だからキチンと誰が敵か味方かは分かるはずよ、これ以上は言わない、あなたを信じてる。それに衛刃さんがいてくれるから安心ね。炎乃華も剣術以外も頑張って……では叶うのならばこれが見られないで皆で笑っていられる日が来ますように――――」
「母様っ、母様……私が、私は……何も教えを守れずに……」
「炎乃海、私が悪い……お前と炎乃華を見ていなかった私が全て悪い。お前達の面倒を義姉上に任せ辛さを仕事にぶつけ目を背けた私が悪かった」
いや一番悪いのは俺の母親だろうし半ば操り人形と化していたクソ親父だが、娘達から目を反らし甘やかし結果的に家の危機を迎えさせた叔父さんも悪いと言えば悪いのかもしれない。
「これが真相か……分かってみたら案外とあっけない、ただのすれ違いか……」
「うん、悲しいね……レイ」
だけどそのすれ違いで出来たのが俺とアイリスの出逢いと絆だから複雑と言えば複雑だなんて考えていたら冷香叔母さんの話はまだ続いていた。
『そうだっ!! 里中の家に気を付けて下さいあなた。あの家は危険よ……だってあの家は当家より歴史が古いのだから……私達よりも炎央院の裏を知っているから……いずれ禍根を生む原因になる、だから気を付けて用心しっ――――」
そこでテープの中身が終わったのかノイズがザザッと入って映像は終わっていた。
「母様の助言……凄い、全部当たって……わたし、全部失敗しちゃったんだ……ハハハ、ふふっ……」
茫然自失となった炎乃海姉さんを見て僅かに憐憫の情が湧いたが先に本来の依頼を済ませることを思い出し俺は叔父さんに向き直った。
「では叔父さん、いえ炎央院当主、衛刃殿、凍夜殿には私から直接ご報告したいと考えているのですが……どうでしょうか」
「あ、ああ……だが出来るならば私がこれを持参し直接伺いたい。叶うなら炎乃海と炎乃華も連れて、な」
「なるほど……そうですね家族同士で話し合うのが一番ですね……では調査が終わった事だけを向こうの部下から伝えさせるというのは?」
それで良いと言われ俺は立ち上がった。冷香叔母さんには結局は何も恩は返せなかったけど真相は知ることが出来た。今夜はこれで良しとしよう。
「あの、黎くん……少しいいかしら」
俺が奥の間を出ようとしたら背後から声をかけられた。炎乃海姉さんの目は泣き腫らして赤いままだったが幾分か落ち着いたように見えた。
誤字報告などあれば是非ともよろしくお願い致します。
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